第60話
マサは立ち上がり、縁側の手すりに寄りかかった。
「よし、何か娯楽でも作るか」
「娯楽?」
「冬は暇だろ? みんなで楽しめる何かがあった方がいい」
マサはそう言って、雪の降る中を歩き出した。
リリィが慌てて後を追った。
村の広場では、エルフたちが雪かきをしながら、楽しげに談笑していた。
マサが広場に近づいてくると、シルヴィがスコップを止めて顔を上げた。
彼女の息が白く広がり、笑顔で手を振った。
「村長! どうしたんですか?」
マサは軽く手を上げて応えた。
エルフたちは作業の手を止め、自然とマサの方に視線を集めてきた。
期待するような目が、ちらちらとこちらに向けられている。
マサはにやりと笑った。
「新しい娯楽を作ろうと思うんだよ」
その言葉に、エルフたちの表情がぱっと明るくなった。
「娯楽ですか!?」
「どんなのー?」
みんながわいわいと声を上げ、スコップを置いてマサの周りに集まってきた。
雪の上に膝を抱えて座り込み、輪になって興味津々に覗き込む。
マサは雪を軽く払った地面に指でザザッと線を引くと、期待の視線が集中し、広場に小さな興奮の輪が広がっていった。
「これから作るのは、将棋ってゲームだよ。王を守るための戦略ゲームで、相手の王を先に詰まらせたら勝ち!」
エルフたちの目がぱっと輝き、輪が少し詰まってみんなが身を乗り出した。
「王を守る……?」
アルが首を傾げ、他の子たちも興味深げにマサの描く線を覗き込んだ。
マサはさらに駒の形をいくつか簡単に描き加えながら、楽しげに説明を続けた。
「駒がたくさんいて、それぞれ動かし方が違うんだ。斜めに飛べるやつとか、まっすぐ進むやつとか、色々あってさ」
動きの詳細はあえてぼかして、みんなの想像を刺激するように。
「最初は覚えにくいかもしれないけど、やってみればすぐ分かるよ。頭使って相手を出し抜く感じが、クセになるんだ」
「面白そう!」
シルヴィが目をキラキラさせて手を叩き、周りのエルフたちも「早くやってみたい!」「どんな駒があるの?」と声を上げた。
輪の中が一気に賑やかになり、雪の冷たさを忘れるくらいの熱気が広がっていった。
マサは木の板を剣で素早く切り出し、簡易的な盤面を作った。
駒は木片を削って形を作り、適当に名前を付けて配置した。
「これで準備完了! まずは俺と誰かでやってみようか」
「私と!」
アルが即座に手を挙げた。
他のエルフたちが「次は私!」「私も!」と声を上げた。
マサはアルと向かい合った。
広場は小さな興奮に包まれていた。
ゲームが始まると、最初はみんなの手がプルプル震え、駒を間違った位置にポンッと置いては慌てて直した。
「えっと、この飛車は……まっすぐ?」
「そうそう。こっちに飛ばして!」
マサが優しく教えると、エルフたちの目が急に鋭くなった。
そして、数手進むと、エルフたちの飲み込みの速さが際立った。
シルヴィが隣で観戦しながら、すぐにアルに囁いた。
「アル、そこ桂馬で跳べば王が危ないわよ」
「本当だ! じゃあ……こう!」
アルの桂馬がマサの王を脅かした。
マサの手が止まった。
「えっ、みんな強くない!?」
次の手でシルヴィが代わりに座った。
わずか十数手でマサの王を詰まらせた。
「これで、勝ちですかね」
「負けた……」
マサが頭を抱えた。
周りのエルフたちが歓声を上げた。
すぐに別の対局が始まった。
「次は私とシルヴィ!」
「負けないわよ!」
気がつけば、エルフたちはマサを置いてけぼりにして盤面を囲んでいた。
熱い対局を繰り広げていた。
「そこは角で飛ばして!」
「いや、銀で守った方が……」
「王手!」
マサは少し離れた場所で座り込み、見守っていた。
「まぁ、楽しんでもらえて何よりだよ」
リリィがマサの隣に腰を下ろし、肩を寄せてきた。
「みんな、夢中ね」
「やっぱり娯楽に餓えてたんだなぁ」
マサは立ち上がり、広場の端に積んである木材を見やった。
「よし、次はもっとみんなで遊べるやつ作ろうか」
「また何か作るの?」
「冬は長いからな。みんなが笑って過ごせるものがいいだろ」
二人は雪の降る中を歩き出した。
背後でエルフたちの「王手!」「詰んだ!」という歓声が響いた。
マサは再び剣を抜いて素早く削り始めた。
「次はこれだ。ボウリングってゲームでさ、ピンを並べて、ボールを転がして倒すんだよ」
エルフたちの目がさらに輝き、輪が少し詰まってみんなが身を乗り出した。
「ボウ……リング?」
マサは削った木材でピン型の細長い木片をいくつか作り、丸いボール状の木片も素早く仕上げた。
「こうやってピンを10本並べて……」
彼は雪を軽く払った地面に簡易的なレーンを整え、雪を固めて滑り止めのように溝を付け、ピンを丁寧に立てていった。
ボールを転がして試し投げしてみる。
コロコロ……とボールが滑り、ピンがカタカタと倒れる音が響いた。
「よし、これで準備できた! 順番にボールを投げて、倒した本数で競うんだ。ストライクとかスペアとか、細かいルールもあるけど、まずは楽しもうぜ」
「面白そう!!」
リースが最初に丸い木のボールを手に取った。
「えいっ!」
勢いよく転がした。
ゴロゴロ……ガシャァン!
ピンがバサバサと半分以上倒れた。
「やった! 八本!」
みんながワァーッと歓声を上げた。
「次は私が!」
シルヴィが投げ、七本倒した。
ガルが豪快に投げると、ピンが全部吹き飛んだ。
「全部倒した!」
「ガル、すごい!」
みんなが次々と順番に投げた。
マサも投げてみたが、ピンが三本しか倒れず、みんなにからかわれた。
ボウリングは大盛り上がりだった。
リースが「もう一回!」とボールを握った。
シルヴィが「次はストライク狙いましょう!」と戦略を立てた。
ガルが「俺が投げ方、教えてやるぜ!」と叫んだ。
マサは再び少し離れて座り込み、その様子を眺めた。
「……みんな、楽しそうで何よりだ」
リリィがマサの隣に腰を下ろした。
「あんたも、本気出せば勝てるのに」
「……本気出したら、ピンごと吹き飛ぶ」
二人は顔を見合わせて、くすくす笑い出した。
少し間を置いて、リリィが小さな声で呟いた。
「……ちょっと歩かない?」
マサは視線を上げ、立ち上がった。
「いいよ」
二人は広場を離れ、雪の積もった村の小道を歩き始めた。
足元で雪がキュッと音を立て、吐く息が白く混じり合った。
雪はまだ降り続けており、村の灯りが遠くにぼんやりと浮かんでいた。
しばらく無言で歩いた後、リリィがぽつりと口を開いた。
「……マサが死んだって聞いた時は、二度とこんな暮らしできないと思ってた」
マサの足が一瞬止まった。
リリィは視線を落としたまま、続けた。
「王女と結婚するって話も聞いて……悔しかった。本当は、私がマサの隣にいるはずなのにって」
マサはリリィの横顔を見つめた。
マサは立ち止まり、リリィの肩をそっと引き寄せた。
そのまま、優しく唇を重ねた。
短い、温かなキスだった。
離れると、マサはリリィの目を見つめた。
「今はもう、こうしてるからいいだろ?」
リリィは頰を赤く染めながら、小さく呟いた。
「……ばか」
リリィはマサの胸に額を押しつけた。
マサは白い息をゆっくり吐き、ぽつりと口を開いた。
「……俺もさ、あの時……本当に死んだって思ったよ。もう終わりだって、諦めてた」
リリィは静かに顔を上げ、マサの横顔を優しく見つめた。
マサは視線を遠くの白い畑に落としたまま、静かに続けた。
「でも、生き返って……魔界に来て、最初は一人で畑耕してただけだったけど、サチが来て、ガルが来て、リースが来て……気づいたら、みんなが集まってきて、こんな賑やかな村になってた」
少し間を置いて、彼は小さく笑みを浮かべた。
「旅の時は、毎日戦って、仲間と別れるのが怖くて……でも今は、みんながいる。ここにいるみんなが、俺の望んだ暮らしだったんだなって、最近ようやく分かったよ」
リリィは黙って聞き、そっとマサの袖を握った。
彼女の指先が、わずかに温かかった。
「私も……マサと一緒に旅してた頃は、いつか別れる日が来るって思ってた。エルフの寿命は長いから……マサが老いて、死んで、置いていかれるって」
リリィの声が少し掠れた。
「だから、諦めようって思ったの。でも……今は違う」
マサはリリィの手を握り返した。
「今は、みんなで生きてる。俺はもう、戦わない。みんなで、ただここで暮らす」
リリィは手に少し力を込めた。
「うん……それでいいの」
二人は再び歩き出した。
リリィが小さな声で呟いた。
「……ねえ、マサ」
マサがリリィの顔を見ると、リリィは頰を赤く染め、視線を少し逸らしながら言った。
「もう一度……キスして」
マサはリリィの頰に手を添え、唇を重ねた。
今度は少し長く、温かなキスだった。
離れると、リリィは照れくさそうにマサを抱きしめた。
マサはリリィの髪を優しく撫でながら、呟いた。
「俺、ばかで良かったよ」
二人はそのまま、雪の降る中を歩き続けた。
冬の長い夜は、まだ始まったばかりだった。




