第55話
皆が湯の中で杯を重ねた。
酒の熱と湯の温かさが混じり合い、会話が湯気に溶けていった。
ガルが「次は俺の番じゃ!」と熱燗を注いだ。
リースが「私ももう一杯!」と杯を差し出した。
エルフたちが「勇者様、乾杯です!」と声を揃えた。
青白い光が水面を揺らし、湯気がみんなの笑顔を柔らかく包み込んだ。
程なくして、マサは風呂の端に移動した。
脚だけを湯に浸して、空を眺めていた。
湯気の向こうで、星がぼんやりと瞬いていた。
水音と、遠くから聞こえる仲間たちの声が混じり、心地よい疲れが体を包んだ。
セリーヌがそっと隣に座った。
マサは優しく微笑んだ。
「セリーヌ、王都はどうだった?」
彼女は視線を逸らし、頰をほんのり染めて答えた。
「なんだか慌ただしかったですね……」
「だろうな。あいつら絶対大暴れしたんだろうなぁ」
「そう……ですね。なんだか冒険の日々を思い出しました」
「楽しかったなぁ」
「楽しかったです」
マサが空を見上げたまま、尋ねた。
「また王都に帰るのか? 聖女になったって聞いたよ。忙しいんだろ?」
セリーヌが一瞬言葉に詰まった。
「あ……の。それは」
「どうした?」
「その……、マサ様がお嫌でなければ。……ここにいても……いいですか?」
「あぁ、嬉しいよ。でも、聖女の仕事はいいのか? ずっと目指してたんだろ?」
セリーヌが顔を真っ赤にした。
「その……聖女ではなくなってしまったので」
「ん? 何があったんだ?」
セリーヌはさらに赤くなり、指をモジモジと絡ませて俯いた。
マサが心配そうに身を乗り出した。
「どうした? 何かされたのか? 言ってみろ! 俺が何とかしてやるから!」
セリーヌが慌てて首を振った。
「それは……その」
ゴンッ!
ガンドルフがマサの頭を軽く叩いた。
マサが「痛ぇ!」と叫んだ。
ガンドルフがため息をついた。
「痛ぇもんかバカモン。お前が酒に溺れてやりたい放題やったからじゃろーが」
「……ん? それって」
ガンドルフが髭を撫でながら呟いた。
「……まぁそういうことじゃ」
そう言うと、そのまま何も言わず、湯船の反対側へと歩いていった。
マサがセリーヌに視線を送ると、彼女は見たことがないほどに紅潮していた。
湯気の向こうで、頰が熱く染まり、目を伏せて唇を噛んでいた。
セリーヌが小さな声で言った。
「そのっ……私は大丈夫ですのでっ」
マサが慌てて頭を掻いた。
「あっうん。よかった……ははっ」
セリーヌが恥ずかしそうに俯き、マサがそっと彼女の肩に手を置いた。
「これからもここにいてくれ! みんなで、ずっと一緒に過ごそう!」
セリーヌが頷いた。
「……はい、マサ様」
村の夜は温かく、穏やかに更けていった。
マサは皆の顔を見回し、心から思った。
(守るものが、また増えちまったな)
湯船の端で、セリーヌはそっとマサの手に自分の手を重ねた。
小さなため息をついた。
それは、喜びと、ほんの少しの照れが混じった、静かな息だった。




