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勇者転生 ~裏切られたのでスローライフはじめました~  作者: 川合 佑樹


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第49話

 その日の午後、村の空は穏やかな秋の色に染まっていた。

 マサは畑の端で鍬を休め、遠くの空を見上げた。

 紫灰色の雲の切れ間に、巨大な影が現れた。

 ドラゴンの翼が優雅に羽ばたき、旋回しながらこちらへ近づいてきた。


 その足取りは、どこか軽快で楽しげに見えた。

 遠くから、エルフたちの「帰って来た……!」という小さなざわめきが聞こえてきた。

 マサは呟いた。

「さて……大丈夫だろうな」


 影が徐々に大きくなり、地面に近づくと、轟音とともに着地した。

 リースの巨大な前足と後ろ足には、何やら見慣れたものが絡みついていた。

 ボロボロになった石の壁の一部、割れた床板、そしてその中央に鎮座する、どこか煌びやかな金色の浴槽。


 マサの嫌な予感が的中した瞬間だった。

「お前、まさか!?」

 リースの巨体が光に包まれ、瞬時に少女に戻った。

 ――ドスゥンッ!

 金色の浴槽が地面に激しく落ち、土煙がモクモク上がった。

 中から「うおっ!」「きゃっ!」と驚きの声が飛び出した。


 リースの背後から、リリィがひょっこりと顔を出した。

 彼女は両手を広げた。

「マサ! 帰ったわよ! あと、お土産も持って帰ってきたわ!」

 リリィが浴槽を指さした。

 浴槽の縁から髭面のドワーフと白いローブの僧侶が、慌てて顔を覗かせた。

「ガンドルフ!? セリーヌ!?」


 ガンドルフが浴槽から這い出した。

「なんじゃ、マサ。……マサか!?」

 セリーヌも浴槽の縁を掴み、涙目で身を乗り出した。

「痛たたた……えっ!? マサ様!?」

 二人は浴槽からドタドタと飛び出し、よろよろと足を滑らせながらマサに向かって走り寄った。


 そのまま勢いよくマサに抱きつき、ガンドルフの太い腕がマサの背中をバンバン叩いた。

 セリーヌの柔らかな体が胸にぎゅっと押しつけられた。

「おぉぉ! マサ、生きておったか! よかった! よかったのぉ!」

 ガンドルフの声が震え、涙がぽろぽろ零れた。

 セリーヌは嗚咽を漏らした。

「亡くなったと聞かされた時は……本当に、心が張り裂けそうでした……」


 二人は涙を流しながら、マサを強く抱きしめた。

 マサも、胸の奥から込み上げる熱いものが溢れ、目を閉じて身を委ねた。

(……仲間は、裏切ってなかったんだ)

「そうか……そうだよな。俺もまた会えて、うれしいよ」


 三人はしばらくの間、互いの体温を感じながら抱き合っていた。


 やがて、マサはふと目を開け、浴槽に視線を移した。

 金色の装飾が施された豪華な浴槽は、間違いなく王宮のものだった。

 マサはリリィの方を振り返った。

「その風呂ってさ……」

 リリィは悪戯っぽく舌を出し、指を唇に当てた。

「王宮から取ってきちゃった。てへっ」

 リースが胸を張った。

「久々に暴れて楽しかった!」

 リリィが慌ててリースの口を塞ごうとした。

「こらっ! それは秘密だって!」

 マサは二人を交互に見た。

「お前ら……!」


 何か言いかけたが、言葉は喉の奥で止まった。

 今、こうしてガンドルフとセリーヌが目の前にいる。

 誰も裏切っていなかった。

 あの夜の記憶が、溶けていくような感覚だった。


 マサは二人の肩を軽く叩いた。

「まあ……いいか。無事風呂も作れそうだな」

 ガンドルフがマサの顔を眺め、髭を震わせた。

「マサ、おぬし思ったより元気そうだな」

 マサが「ははっ」と笑うと、ガンドルフとセリーヌはその腕をほどいた。

 二人は目元を擦り、顔を整えた。

 セリーヌが小さな声で呟いた。

「……本当に、生きていてよかった」


 マサは浴槽に近づき、縁に手を置いた。

 冷たい感触が、懐かしい温かさを思い出させた。

「ありがとうな、みんな。本当に、ありがとう」

 ガンドルフがマサに近づき肩を叩いた。

「礼なんかいらん! それで次は誰を倒すんだ?」

 セリーヌも近寄りそっとマサの手を握った。

「これからは……もう、離れませんから」

 誰もが、ようやく「本当の家」に帰ってきたような、温かな午後だった。



 勇者パーティ勢ぞろいの宴は、朝まで続いた。

 マサはアイテムボックスを開き、「これでもか!」とばかりに名だたる銘酒を次々と取り出した。

 王都の秘蔵酒、魔王軍の古酒だった。


 マサは涙目になりながら杯を掲げた。

 ガンドルフは「うおおお! これがあの時の!」と叫んだ。

 セリーヌは「マサ様……!」と泣いた。

 リリィは「飲むぞー!」と煽った。

 リースは「人間の酒なんて!」と言いつつゴクゴク飲んだ。

 みんなで大騒ぎに付く大騒ぎだった。

 裏切りの記憶も、孤独な日々も、マサは全てを忘れ去るほどに酔い、騒いだ。


 マサはみんなの顔を見渡して呟いた。

「……これで、ようやく始まるな」


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