第42話
リースが訪れてから数日が経った。
リースは最初こそ「こんな下等生物と一緒に暮らすなんて!」と叫び続けていた。
今ではマサに頭を撫でられたり、エルフたちに「ありがとう」と声をかけられたりして、すっかり溶け込み始めていた。
ある日の午後。
リースはドラゴンの姿に変身し、巨大な翼を広げて青い氷のバラの上空を旋回していた。
リリィが下から手を振りながら大声で指示を出した。
「じゃあ、氷が落ちないように気を付けて放ってねー!」
リースが低く唸った。
「分かったわよ……!」
巨大な口を大きく開いた。
ブワアアッ!
灼熱の炎のブレスが吐き出された。
赤く燃える炎が氷の表面をジュウウウと溶かしていった。
溶けた水がツツツッと滴り落ちた。
エルフたちが杖を構えて「ルミナ・パス
!」と叫びながら、魔法で光の道筋を作った。
水を貯水池へと導いていった。
やがて青い氷のバラは溶けきった。
空にただの粒子となって散っていった。
空が再びいつもの紫灰色に戻った。
貯水池の縁では、サチとガルが水着姿で足をチャプチャプ浸していた。
サチが水面を指で優しく撫でた。
「ひんやりして……気持ちいい……」
ガルが豪快に水をバシャッと跳ね上げた。
「さっぱりするなぁ! 最高だぜ!」
サチに水をかけた。
サチが「きゃっ!」と小さく声を上げ、水をかけ返した。
村の外周では、新たな工事が賑やかに進んでいた。
拡張された拠点の安全を高めるため、アルが提案したのだ。
「領域を明確に決めて、結界を張った方がいいと思います。外敵の侵入を防げますし、内部の魔力も安定しますよ」
マサは鍬を肩に担ぎ、皆を見回した。
「どうやって結界張るんだ?」
アルが少し考えて、リースの方に視線を移した。
リースは少し離れたところで、重い石材を軽々と持ち上げて運んでいた。
ドラゴンの力で、薪運びや資材移動ではすでに大活躍だったが、まだ少し不機嫌そうな顔をしていた。
シルヴィがふと気づいたように言った。
「リースさんの魔力残滓……ドラゴン特有の波長が、結界の基盤にぴったりかもです。強力で安定してるし、魔界の空気とも相性がいい」
リリィが杖を軽く振って、試しに魔力を探ってみせた。
「確かに。リースの魔力が残ってる土に触れると、共鳴するわね。これを境界に使えば、強固な結界が張れそう」
マサがリースに声をかけると、彼女は石材をドサッと置いて、ぶすっとした顔で近づいてきた。
「……何よ?」
「結界張るのに、お前の魔力がいるんだってさ。協力してくれないか?」
「へっ? ……仕方ないわね」
こうして、リースのドラゴン魔力が結界の基盤に使われることになった。
サチがリースに向かって指示を出した。
「では、そこから地面を掘っていってもらっていいですか?」
リースが大きく頷いた。
ズゴッ!
鋭い爪を地面に突き立てた。
ゴゴゴゴッ!
地響きが響き、黒い土がドドドッと勢いよく抉られ、高く舞い上がった。
アルが杖を振って土を整えた。
ガルが土魔法で壁を固めていった。
村の外周工事の喧騒の中で、エルフの一人――エレノーア・ミリアンディル・セレスティア、通称エレと呼ばれている女性が、少し離れた場所から作業を熱心に眺めていた。
長い銀髪を風に揺らし、好奇心に満ちた瞳でガルの土魔法に注目している。
ガルが手のひらを地面に押し当て、ゴゴゴッと土を固めているのを見て、エレはそっと近づいた。
「ガルさん……あの、ちょっと失礼します」
ガルは作業の手を止めず、巨体を軽く振り向けて笑った。
「おう、エレか? どうした?」
エレは少し緊張した様子で、ガルの魔力の流れを指さした。
「よくドラゴンの魔力に負けずに土魔法を発動できますね。あの残滓、かなり強烈なのに……どうやってるんですか?」
ガルは鼻を鳴らし、土を固めながら肩をすくめた。
「ん、これか? 魔族特有の波長に合わせれば、なんとなくできちまうな」
エレの瞳がキラキラと輝いた。
「感覚派なんですね……! ドラゴンの波長に合わせるコツ、教えてくれませんか?」
ガルが大笑いし、土をドンッと叩いて固めた。
「ははは! コツなんてねぇよ。ただ、土に話しかけるみたいに魔力流すだけだ」
エレは頷きながら、メモを取るように指で空に線を引いた。
「土に話しかける……勉強になります。ありがとうございます、ガルさん!」
ガルが照れくさそうに赤毛をガシガシ掻いた。
「おうよ。いつでも聞いてくれ」




