第35話
ドラゴンの巨体は、青いバラの光に包まれたまま宙に固定されていた。
その周囲の空気は、リリィの魔法の余波で、一瞬で凍てついていた。
魔界特有の雲さえも白く霜を帯び、畑の葉先がパリパリッと白く凍りつき、トマトの実が――パリン! パリン!
次々と割れていった。
ガルが息を呑み、サチが単眼を大きく見開いた。
マサも剣を構えたまま、呆然とその光景を見つめていた。
アルが杖を握ったまま、突然体を震わせた。
彼女の瞳が、青い光の独特な輝きを捉え、魔力の波動を敏感に感じ取った。
「……この魔法……まさか」
アルはゆっくりと視線を下げ、リリィの姿を認めて声を上げた。
「リリィお姉さま!?」
リリィはアルに気づき、軽く手を振って微笑んだ。
「アルちゃん、おひさー」
マサが慌てて声を上げた。
「まずい……作物が!」
彼は剣を鞘に戻し、凍りついた畑に駆け寄ろうとした。
リリィは杖を畑に向けた。
「フローラル・リヴァイヴァル!」
彼女の指先から柔らかな橙色の光が広がった。
凍りついた葉を優しく溶かしていった。
同時に、辺り一帯の温度が急速に上昇し、夏のような暖かさが戻った。
凍えていた空気がほぐれていった。
「これで大丈夫でしょ」
リリィが満足げに頷いた。
マサは安堵の息を吐いた。
「ありがとう、リリィ。助かった」
マサは息を吐き、凍てついた畑を一瞥した。
リリィは杖を軽く回し、肩をすくめた。
「別に。大したことはしてないわ」
ガルが腕を組み、鼻を鳴らした。
「しかしよ、すげぇ魔法だな……体が芯まで冷えちまったぜ」
アルが杖を握ったまま、震える声で言った。
「みんな……寮に戻りましょう。暖を取らないと」
マサが頷き、周りを見回した。
「そうだな。落ち着いて話そうぜ。リリィも来いよ」
リリィはくすっと笑い、杖を肩に担いだ。
「もちろん。積もる話しかないわ」
皆は自然と足を揃え、エルフたちの寮へと移動した。
寮の巨大なダイニングホールに着くと、すでに暖炉が赤く燃えていた。
長い木製のテーブルが並び、壁際の炎がパチパチと薪を弾けさせていた。
部屋全体に薪の香りと温かな空気が満ち、凍えた体を優しく迎え入れた。
マサは扉をくぐるなり、両腕を擦り合わせて震えた。
「暖炉があっても寒いなぁ……」
リリィが杖を軽く振った。
「はいはい」
彼女の指先から柔らかな橙色の光が広がり、部屋全体に温かな風が吹き抜けた。
凍えていた体が一気に解け、肩の力が抜けていった。
マサはほっと息をついた。
「ありがとう、リリィ……生き返った」
ガルが後ろからマサの腰に両腕をガバッと回した。
巨体がマサをすっぽり包み込み、熱い体温がドクドクと伝わってきた。
「俺が温めてやろうか?」
マサはガルの腕に自分の手を重ねた。
「ありがとう、ガル……」
リリィがその光景を見て、目をぱちくりさせた。
彼女はアルに近づき、耳元に囁いた。
「あれ、どうなってるの? 魔族よね? なんか……良い仲になってない?」
アルが慌てて小声で答えた。
「……マサ様がここで暮らすようになってから、みんなで家族みたいに……」
リリィは少しだけ頰を膨らませた。
「それなら、私にだって……」
彼女はマサの方を振り向き、鋭い視線を飛ばした。
マサはその視線に気づき、首を傾げた。
「リリィ? どうした、怖い顔して」
リリィは一歩、また一歩と近づき、両肩に手を置いた。
その指先に力がこもった。
「私もここに住むわ」
その瞬間――
エルフたちが一斉に目を剥いた。
「えええええ!?」
「待って!」
「リリィお姉さま!?」
大騒ぎになった。
アルが慌ててリリィの腕を掴み、他のエルフたちも彼女を囲むようにして奥へ連れていった。
「マサ様ちょっと待っていてください! 話は後で!」
「リリィ様、落ち着いてください!」
「ダメですってば!」
リリィは抵抗する間もなく、引きずられるように奥の部屋へ消えた。
マサとサチとガルは、それを遠くから眺めていた。
ガルがマサの肩を揉んだ。
「なんだ、あいつら」
サチがマサに尋ねた。
「あの方は?」
「勇者パーティの仲間だよ。アルと一緒で、エルフ族の第一王女。名前はリリィ」
ガルが鼻を鳴らした。
「そういうことか。似たような匂いがすると思ったぜ」




