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勇者転生 ~裏切られたのでスローライフはじめました~  作者: 川合 佑樹


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第3話

 夜が更け、祝宴の喧騒がようやく収まった頃だった。

 控えめなノックの音が響き、王女エリーナからの使いがマサのもとにやってきた。

 若い侍女は深く頭を下げ、静かに告げた。

「今夜、寝室へお越しくださいませ」


 ――それは、魔王討伐の暁に結ばれると約束されていた、婚姻の夜だった。


 マサの心臓が、ドクドクと激しく跳ね始めた。

 表向きは冷静を装いながらも、内側では興奮が抑えきれず、鼻息を少し荒くしながら王女の寝室へと向かった。

 廊下の絨毯を踏む足音が、自分でも妙に大きく聞こえる。


 扉の前で立ち止まり、そっと手のひらにフッと息を吹きかけて嗅いでみた。

「……よし、臭くない」

 小さく呟き、深呼吸を一つ。

 マサは自分を落ち着かせようと軽く首を振ったが、期待で頰が熱くなっているのが自分でもわかった。


 マサは扉をそっと開け、部屋に足を踏み入れた。

 柔らかな月光が窓から差し込み、部屋を淡く照らしていた。

 エリーナが白いナイトドレス姿で立っており、長い金髪が銀色に輝いている。

 頰がわずかに紅潮し、緊張した様子でマサを見つめていた。


「お待ちしておりました……マサ様」

 彼女は震える手でテーブルのワイン瓶を手に取り、グラスに注いだ。

 注ぐ音が静かな部屋に小さく響き、指先がわずかに震えているのがわかった。

「少し……酔っていないと、怖くて……」

 恥ずかしそうに目を伏せ、グラスをそっと差し出してきた。


 マサはつい、ぼそっと呟いていた。

「……かわいい」

 慌ててグラスを受け取り、思い切って一気に飲み干した。

 喉をゴクゴクと鳴らし、空になったグラスをテーブルに戻す。


 その瞬間、エリーナの表情が一瞬、固まった。

「……ごめんなさい」

 目元に涙を浮かべ、彼女は突然部屋から飛び出していった。

 白いドレスの裾が翻り、扉がバタンと閉まる音が響いた。

「え……?」

 マサは呆然とその場に立ち尽くした。

 部屋に残ったワインの香りと、静けさだけが広がっていた。


 次の瞬間、体が急に重くなった。

 膝がガクガクと震え始め、支えきれずにその場に崩れ落ちそうになる。

 喉が締めつけられるように苦しくなり、冷たい汗が背中を一気に伝った。

「……まさか、毒……?」

 指一本、思うように動かせない。

 視界がぐるぐる回り始め、部屋の壁が歪んで見えた。

「くそっ……ステータス……!」

 必死に意識を集中し、ステータス画面を呼び出す。


 そこには、ありとあらゆる状態異常が赤く点滅していた。

【猛毒】【麻痺】【混乱】【衰弱】……

(まじ……か……)

 全身が熱く痺れ、息すらまともに吸えなくなってきた。

(……頼む、発動してくれ……)

 マサは震える意識の中で、残った魔力を必死に胸元へ集めた。

 胸元のペンダント――『不死鳥の雫』に、全力を注ぎ込む。


 その瞬間――

 廊下から、ドタドタと重い足音が急速に近づいてきた。

 甲冑の金属が擦れ合う音、複数人の息づかいが混じり、部屋の空気が一気に張り詰めた。

 バンッ!

 扉が勢いよく開け放たれ、王国直属の黒い甲冑を纏った騎士たちが、数人一気に雪崩れ込んできた。


 剣は既に抜かれ、冷たい刃が月明かりにギラリと光った。

「今だ! 殺せ!」

「王命だ……許せ、マサ殿……」

 騎士の一人が低く呟き、剣を振り下ろした。

 マサの視界が激しく揺れ、胸に熱い痛みが走った。

 体が床に崩れ落ち、息が詰まる。

(……仲間は……知ってたのか?)


 意識が急速に遠のく中、朦朧とする視界の端に、最後に捉えたのはエリーナの姿だった。

 開いた扉の向こうで、震える白いシルエットが立ち尽くしている。

 彼女の手は口元を押さえ、肩が小さく上下していた――

 そして、マサの意識は、深い闇に落ちていった。


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