第25話
畑の土が湿った匂いを立ち上らせていた。マサは剣を軽く振り上げた。
ズバッ! ズバッ!
刃先が土を豪快に抉り、水路を一気に延ばしていく。
汗が額を伝い、土埃が舞い上がったが、彼の表情は晴れやかだった。
ガルは隣で手のひらを地面に押し当て、土魔法をかけ続けた。
ゴゴゴッ……
低い振動が響き、溝の壁がみるみる岩のように固まっていく。
「よし、壁はバッチリだぜ! これで水が漏れねぇ!」
サチは少し離れた岩の上に座り、全体を見渡していた。
単眼を細めて時折手を振る。
「マサ、そこをもう少し深く! ガル、そこの角を丸くしてください!」
「「おう!」」
二人が声を揃えて修正を加える。
肉の調達は魔界狼たちに任せ、今日は全員で畑仕事に集中していた。
アインたちが森の奥で狩りをしているはずだ。
水路が貯水池から畑まで繋がった瞬間――
ザザーッ!
澄んだ水が勢いよく流れ込み、乾いた土を濡らしていった。
新しく作った畝がキラキラと光り、作物たちの葉が喜ぶように揺れた。
マサは剣を肩に担ぎ、大きく息を吐いた。
「……なんか、生きていけそうな気がするな」
汗まみれの顔に、満足げな笑みが浮かんだ。
ガルがマサの肩をドンッと叩いた。
「当たり前だろ! 俺たちの畑だぜ!」
サチが岩から降りて、二人の間に並んだ。
三人は並んで畑を見下ろした。
遠くでアインたちの遠吠えが聞こえ、狼たちが獲物を持って戻ってくる気配がした。
朝の風が穏やかに吹き抜け、魔界の森に新しい一日が始まろうとしていた。
そんな穏やかな最中、
――ズンッ。
空気が一瞬、重く沈んだ。
影が揺らぎ、黒いドレスを纏った少女――新魔王リリアーナが、姿を現した。
「勇者。ずいぶん馴染んでいるようだな」
サチとガルが慌てて跪いた。
リリアーナが軽く手を振った。
「よい。立て」
二人は素直に立ち上がり、緊張した面持ちで魔王を見上げた。
マサは剣を地面に突き立てた。
「おぉ、魔王じゃないか。トマト食うか?」
リリアーナが目を瞬かせた。
「はぁ?」
マサは畑の端から赤く熟れたトマトを一つ摘んだ。
パシャッと水で軽く洗って差し出した。
「ここで採れたやつだ。ガルのおかげで結構育ったんだよ」
リリアーナは、
「はぁ……?」
と受け取り、トマトをじーっと見つめた。
そして、視線をガルに移した。
「オーガ種のガルガルか。確かお前はドルドルの娘ではなかったか? なぜこんな所で勇者を手伝っている?」
ガルは顔を上げる。
「喧嘩に負けたので、番になりました」
リリアーナがマサを睨んだ。
「お前……」
マサが慌てて両手を振った。
「いや、俺だって言ったよ!? サチもいるし、二人と関係を持つのはちょっとくらいは……!」
リリアーナが今度はサチに視線を移した。
「サーチアイ。報告されてないが?」
サチの頬が赤く染まった。
「その……申し訳ありません」
リリアーナが額を押さえ、ため息をついた。
「まぁよい。英雄色を好むというしな。優秀な子を産めよ……サチ」
サチは顔を上げ、
「はっ! リリアーナ様!」
慌てて跪き、首を垂れた。
――ぽろぽろと、涙がこぼれた。
リリアーナが慌てて言葉を重ねた。
「べっべつに、優秀な雄がたくさんの種を残すのは当然な訳で! サチだから特別許したとか、そういう訳ではないんだからな! それと……リアでよい」
「はいっ……はいっ……ありがとうございますっ」
マサはその様子を見て、頭を掻いた。
「それでリア。何の用事で来たんだ?」
リアが少し照れくさそうに咳払いをした。
「おぉ、そうだ。せっかく土地を与えたのに死なれたら気分が悪いと思っての」
彼女が手をパンッと叩いた。
シュッ! シュッ!
後ろに黒装束の集団が現れた。
「冬支度の為に、いくらか物資をな」
ズゾゾゾゾゾゾゾゾッ
黒子たちは体の中に両手を突っ込んだ。
空間がビリビリと歪み始めた。
毛布、薪、厚手の衣類、保存食……
次々と大量の荷物がドサドサと引き出された。
マサが感心して口笛を吹いた。
「おー、体の中がアイテムボックスになってるのか!」
リアが少し目を細めた。
「内緒だぞ?」
サチとガルが黒子たちを連れて、物資の置き場を決めに離れていった。
マサとリアは並んでその様子を眺めていた。
マサがふと口を開いた。
「お前、結構いいとこあるのな」
リアは視線を逸らし、頰をわずかに赤らめて呟いた。
「……勇者を手元においておけるなら、このくらい安い。打算よ、打算」
「素直じゃねーのな」
「うるさい!」




