第14話
魔界の朝靄が窓代わりの隙間から差し込み、ログハウスの中を淡く照らしていた。
外では、紫の空に鳥の代わりに小さな魔獣の鳴き声が遠く響いている。
マサはマントの上に寝転がったまま、腹を押さえて深いため息をついた。
「腹減った……。そういえば、昨日から何も食ってねぇな」
入り口近くの丸太に腰掛けていたサチが、小さく頷いた。
彼女は膝の上で手を組み、静かに言った。
「私もです。魔族は魔素でしばらく凌げますけど……」
マサはゆっくりと体を起こし、膝をポンと叩いて立ち上がった。
苦笑いを浮かべながら、頭を掻く。
「……領民一人食わせるどころか、自分が餓死しかけてるってのは終わってるな」
サチはマサを見上げ、単眼に穏やかな光を宿らせて微笑んだ。
「……でも、マサなら何とかなると思います」
マサは一瞬彼女の顔を見つめ、ニヤリと笑った。
「そうだな……よし、狩りに行ってくるわ!」
彼は聖剣を腰に差したまま、入り口の布をサッと開けて外へ踏み出した。
朝の冷たい空気が頰を撫で、紫の空の下で枯れた草が軽く揺れた。
サチが後ろから静かに声をかけた。
「場所は、私が――」
彼女は言葉を切り、目を閉じて額に手を当てた。
体がわずかに震え、眉間に小さな皺が寄る。
まるで遠くの景色を覗き込むように、集中を深めていく。
次の瞬間、単眼が開き、淡い紫の光が一瞬だけ漏れた。
サチは息を吐き、静かに報告した。
「……北東、川の浅瀬にイノシシ型の魔獣が三頭。体長は2メートルほどです。群れで水を飲んでいます」
マサは振り返り、ニヤリと笑った。
「上出来だ! サチ、ありがとな」
マサはすぐに体を強化した。
「ストレングス、プロテクト!」
瞬間、体が熱く膨張し、筋肉がブワッと膨らんだ。
プロテクトの膜を指向性に絞り、前方だけを薄く硬く張る。
そして、地面を強く蹴った。
――走り出した。しかし、足音一つ立たない。
特殊な歩法――「影走り」と呼ぶ、足音を完全に殺す移動術。
マサの姿は、朝の薄靄の中に溶け込むように、北東へと疾走していった。
次の瞬間――
マサはイノシシの群れの真横に、音もなく現れていた。
朝の薄靄が川面に漂い、三頭の巨大なイノシシ型魔獣はまだ水を飲むことに集中したまま、気づいていない。
黒い毛皮に覆われた巨体が、ゆったりと水面を覗き込んでいる。
マサは静かに剣を抜き、一頭目の首筋に滑り込ませた。
ザシュ……
ほとんど音を立てず、剣が肉を裂いた。
首が落ちる気配すらなく、その個体は死んだことにも気づかず、水面に顔を埋めたままゆっくりと崩れ落ちた。
川に赤い血が静かに広がっていく。
残りの二頭がようやく異変に気づき、鼻を鳴らして振り向いた。
「グオオオッ!」
咆哮を上げ、長い牙を剥いて同時に突進してくる。
マサは体を軽くひねり、返す刃を一閃。
ザッ! ガシュッ!
二頭の首を同時に斬り裂き、黒い血飛沫が朝の光に散った。
巨体がドサッと倒れ、川辺の土を叩く重い音が響いた。
マサは息一つ乱さず、一番大きい個体を肩に担ぎ上げた。
残りの二頭は後で回収することにし、ズルズル……と巨体を引きずりながらログハウスへと戻ってきた。




