第13話
そして、数時間後。
ログハウスが完成した。
真四角で素朴な家だった。
壁は木板が隙間なくぴったりと組み合わされ、屋根は集めた苔で丁寧に塞がれ、雨風をしっかり防げる仕上がりになっていた。
入り口に掛けた粗末な布が、魔界の風に軽く揺れている。
中は二人で過ごすのにちょうどいい広さで、まだ粗削りなところは残っていたが、確かに『家』の形をしていた。
初めての、自分の家。
マサは両手を腰に当て、満足げに大きく息を吐いた。
そして手をパンッと叩き、笑顔で振り返った。
「ちょっと寝てみよーぜ、サチ!」
サーチアイは一瞬、ぽかんとした表情で固まった。
「……サチ?」
マサは彼女の肩をポンと軽く叩き、悪戯っぽく笑った。
「サチの方が可愛くて呼びやすいじゃん」
彼女は目を大きく見開き、頰がわずかに赤らんだ。
視線を少し逸らし、小さな声で呟いた。
「……好きに、呼んでくれていい」
照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに。
マサはニヤリと笑って、呪文を唱えた。
「アイテムボックスオープン!」
空間がビリビリと黒く歪み、彼はガサッと手を突っ込んだ。
「出てこい、出てこい……あった!」
引き抜いた手には、大きな灰色のマントが握られていた。
それをログハウスの床に広げて敷き、外から集めた柔らかい落ち葉をたっぷり重ねて簡易の寝床を作った。
マサはそこにドサッと寝転がり、天井を見上げて大きく伸びをした。
「あー、いい感じだ! 疲れた体に染みるぜ」
サチは入り口の布を軽く握ったまま、じっと寝床を見つめていた。
マサはマントの上に寝転がったまま、寝床の端をポンポンと叩いた。
「ほら、サチ。お前も来いよ。一緒に寝ようぜ」
サチは少し迷ったように視線を落とし、それからゆっくりと近づいてきた。
マサの横に腰を下ろし、落ち葉のクッションが小さく音を立てる。
そして、わずかに体を固くした後、そっと隣に横になった。
二人の肩が軽く触れ合い、温もりが伝わってきた。
マサは天井の丸太を見上げながら、穏やかな声で言った。
「これで二人とも、とりあえず屋根の下で過ごせるようになったな」
「……そうですね」
少しの沈黙の後、マサは夢見るように続けた。
「これから畑作って、デカい家建てて、畑を広げて、堀と塀で囲って、庭付きの家にするんだよ」
サチが小さく首を傾げ、尋ねた。
「……本当に、ここで暮らすんですか?」
「ああ。ゆくゆくはここを村にして、街にして、国にだって……」
「国にして?」
マサはくすっと笑った。
「楽しく生きていけたらいいなってさ」
サチは少し間を置いて、静かに聞いた。
「これまでは……楽しくなかった?」
マサの声が、少し遠くなった。
「……殺してばっかりだったからな」
「もう、殺さない?」
「どうだろうな。人が増えたら、考え方も変わるのかもな」
シュッ
サチは腰の短剣をゆっくり抜き、スッとマサの首元に刃をあてがった。
冷たい金属の感触が、わずかに肌をくすぐる。
「……これでも?」
マサは目を閉じたまま、苦笑いを浮かべた。
「……それで死ねないから、毒で殺されそうになったんだよなぁ」
ピキッ!
刃が軽く弾かれ、小さな火花が散った。
マサのプロテクトの薄い膜が、無意識に張られていた。
サチは短剣を引いて、ため息をついた。
唇を少し尖らせ、頰を膨らませて呟く。
「……本当にズルい」
「俺もそう思うよ」
歴史上、人間と魔族が初めて平和な夜を共にした日が訪れた。
外では魔界の風が低く唸り、屋根の苔をバサバサと叩く音が響いていた。
家の中は、落ち葉の優しい匂いと、二人の静かな息づかいだけが満ちていた。
マサはゆっくりと目を閉じた。
サチはそっと体を寄せ、震える指でマサの袖を握った。
その小さな手は、最初は冷たかったが、徐々に温かくなっていった。
――ここが、新しい始まりだった。




