第10話
その瞬間――
バキバキッ!
天井の隠し扉が突然弾け飛び、木片と埃が舞い散った。
黒い影が一斉に舞い降り、床に着地する重い音が連続して響く。
漆黒の鎧を纏った女性護衛部隊だった。
ガチャン! ガチャン!
槍と剣を瞬時に構え、リリアーナを完璧な円陣で囲み込んだ。
鎧の隙間から覗く瞳は鋭く、殺気が静かに部屋を満たしていく。
先頭の護衛が、低く鋭い声で叫んだ。
「姫様に、指一本触れさせません!」
マサは床に転がった剣をゆっくり拾い上げ、軽く振って埃を払った。
彼は静かに微笑みながら、護衛たちを見回した。
「誰の前で吠えてるんだ、三下ども?」
そう言いながら、マサの魔力が再び爆発的に膨れ上がった。
部屋全体がビリビリと震え、黒い魔力が渦を巻いて護衛たちを押し包む。
床の石が微かに軋み、空気が重く歪んだ。
護衛たちの膝がわずかに震え、槍の先がカタカタと小刻みに揺れた。
マサは剣を構え、ゆっくりと口を開いた。
「誰が先代を殺したと思ってる?」
一瞬、部屋の緊張が頂点に達した。
――そしてまた、
ガキン!
マサは剣を軽く放り投げ、再び床に転がした。
乾いた金属音が、張り詰めた空気を一気に切り裂いた。
「なーんてな。冗談だよ」
マサはスッと魔力を引き、肩をくるりと回してリラックスした様子を見せた。
「ほら、聖剣もお前らにやるよ。預かってくれ」
一人の護衛が警戒を残しつつ、素早く剣に駆け寄り、慎重に拾い上げた。
マサは軽く手を振って、にこりと笑った。
「はいどーぞ」
リリアーナは玉座の肘掛けを握ったまま、呆然とマサを見つめていた。
やがて、彼女は小さく息を吐き、静かな声で尋ねた。
「……お前は、一体何がしたいのだ?」
マサは少し考えて、照れくさそうに頭を掻いた。
後頭部をポリポリと音を立てながら、視線を少し逸らして呟いた。
「……異世界チートスローライフ、ってやつ?」
リリアーナがぽかんとした顔で瞬きを繰り返した。
「……は……?」
マサは苦笑いを浮かべ、続けた。
「いや、ほらさ。魔王倒した後って普通、英雄扱いで楽勝生活だろ? でも俺、人間側に殺されかけて、魔族側にも敵認定されてるし……もうどっちにも行くとこないじゃん。だったら、ここで適当に土地もらって、畑でも耕してのんびり暮らそうかなって」
護衛の一人が、声を震わせて前に出た。
「ふ、ふざけるな……!」
リリアーナはゆっくりと玉座に腰を下ろし、額を押さえて顔をしかめた。
深いため息が漏れる。
「……お前、本気で言っているのか?」
「本気も本気だよ。もう戦うのも疲れたし、家と飯と、たまに酒があればそれでいい」
サーチアイが、初めて小さな声で口を開いた。
彼女はマサの袖を軽く握り、不安げに瞳を揺らしながら尋ねた。
「……本当に、それでいいのですか?」
マサは彼女の方を向き、柔らかく微笑んだ。
「ああ。もう、誰も守らなくていいんだから」
リリアーナの赤い瞳が一瞬、鋭く光った。
『真実の眼』が静かに発動し、マサの言葉の奥深くまで探っていく。
彼女は静かに呟いた。
「……馬鹿げている……だが、嘘はついていないようだな」
そして、深いため息混じりに続けた。
「本気で土地が欲しいと?」
唇をわずかに歪め、彼女は護衛たちに視線を移した。
「この男を監視下に置け。……そして、空いている土地を、一区画用意しろ」
護衛たちがざわついた。
「姫様! そんな!」
「危険です!」
リリアーナの声が低く、しかし確かな威厳を帯びて響いた。
「黙れ」
彼女はマサをまっすぐ見据え、静かに言い切った。
「この男が本気で剣を捨てたのなら……我々にとっても、悪い話ではない」
マサは軽く手を挙げ、照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとー。よろしくな、魔王様」
リリアーナは目を細め、冷たく言い返した。
「調子に乗るな。いつでも殺すぞ」
「了解。じゃ、明日から畑掘るわ」
玉座の間に、奇妙な静けさが広がった。
護衛たちは呆然と立ち尽くし、サーチアイは小さく息を吐き、リリアーナは玉座の肘掛けを握ったまま微動だにしなかった。
誰もが、予想だにしない結末に、言葉を失っていた。




