表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽっくりボタン  作者: 瀬川雅峰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/25

10章 デスゲーム・リターンズ(Ⅴ・葛城光)


葛城光


 ふざけんな……なんでこんなことに。


 この場に、この遺言に、この茶番の全てにふざけんな、と思った。

 そう思っても、この部屋を出ることはできなかった。出ていけば相続分を失う。それだけの問題ではなく、出ていくことが何かを認めることになる気がした。


 円卓の向かいに座る堂島達也を、できるだけ見ないようにしていた。見ると、頭の中が静かに沸騰する感覚があった。


 全部あの男のせいだ。きっとこのふざけた集まりも、あの男のせいだ。


 父と祖父の関係が壊れたのは、十二年前……俺が十三歳のときだった。

 父の不倫が発覚した、と母は言った。しかし俺は信じなかった。父はそういうことのできる人間ではなかった。

 几帳面で、不器用で、家族以外の人間に心を開くのが苦手な男だった。今になって、俺はそんな父親にそっくりなんだと思う。だからなおさら、あの父が不倫をする姿が、想像できなかった。


 大学に入ってから、真剣に父のことを知りたくなった。父の不倫相手とされた女性の名前を、記録から掘り起こして、金を積んで調べさせた。


 その女性の交友関係に、堂島達也の名前があった。達也と不倫女の繋がりは薄かったが、時期が一致した。父と母が別居した時期、不倫女が父の前に現れた時期、達也が葛城家の事業に接触を始めた時期。全てが、あまりに綺麗に並んでいた。


 証拠なんてない。

 でも、俺は達也が仕組んだことだ、と確信している。


 もっとも、と自分に言い聞かせることもある。

 この確信は、思い込みかもしれない。父を失ったことへの怒りを、どこかへぶつけたいだけかもしれない。達也が穏やかで誰にも好かれる人間であることが、俺の疑念を強めているだけかもしれない。ただの……嫉妬なのかもしれない。


 そうやって自問して、怒りをいつも中途半端なところで止めていた。


 右隣に座る、白石遥を盗み見た。

 遥はテーブルの一点を静かに見ていた。その横顔に、視線を引き寄せられた。

 二年前のことを思い出すたびに、俺は自分が嫌いになる。


 病院の廊下で遥に告白した。断られたのは仕方ない。

 問題はその後だった。退勤する遥を、駐車場で待ち伏せた。


 何をするつもりだったのか、今もわからない。ただ、そのまま帰したくなかった。上手く口が動かなくて、立ち去ろうとする遥の左腕を右手で掴んだ。遥は驚いた様子もなく「離してください」と俺の手を払おうとした。

 俺は手を放さなかった。彼女が暴れるのを止めたくて、左手で胸元のブラウスを掴んた。

 遥の体にさらに力が入って、ブラウスのボタンが飛んだ。彼女の真っ白な胸元が見えた。夢の中の出来事のように、それが眩しくて。


 遥は俺の頬を平手で強く打った。

 俺は手を放した。

 遥は俺を見て、静かに言った。

「光さん、いけません」

 遥は歩き去った……それだけのことだったのに。


 翌日、祖父に呼ばれた。

「お前は何をした」

 祖父の声は低かった。怒鳴らなかった。静かで、怒鳴られるより余程怖かった。

 俺は遥に謝ったし、遥は受け入れてくれた。

 それで終わったことなのに。祖父の目は、あの日からもっと冷たくなった。ほんの少しはしてくれていた期待というものが、無くなった目だった。


 この場に呼ばれたのは、あのことへの罰だろうか。


 自分の箱を開けると、黄色いボタンが入っていた。


 黄色って、こんなに不吉な色だったのか。

 押せるのか、こんなの。


 六分の一。本物なら死ぬ。いやだ。




 光は剛を見た。それから箱を見た。

 それからまた剛を見た。

 目で、さっさと、押せ、という圧力をかけてくる。

 光は、クソが、と心で毒づきながらも、心が折れていた。


「……わかりました、わかりました!わかりましたよ」

 光は自棄を起こしたように言った。


 黄色いボタンに手を置いた。

 手が震える。

 頭を真っ白にして、ただ手を下げる、という脳からの命令だけで、押した。


 一秒……二秒……


 何も起きなかった。

 光はすぐに椅子から立ち上がった。

 体が言うことを聞かなくなったらしく、全身が震えていた。


 壁際に退いて、円卓に背を向けた。顔が青いまま、呼吸が浅かった。


 「ひ弱な野郎が」と剛は嘲った。

 「何も起きてないだろがっ」


 またしばらく、誰も口を開かなかった。


 壁際に立って、震えていた光が、円卓の方を見た。

 足がまだ震えていた。呼吸は整っていない。


 ふざけんな、ふざけんな、と光は繰り返し、自分に言い聞かせた。

 押す前の一瞬、頭をかすめた、本物だったら、という恐怖が体から抜けない。


 光は血走った目で遥を見た。


 遥は静かに座っていた。円卓の端で、この場の騒ぎとは別の場所にいるような静けさだった。

 光の中の、もやもやとした被害者意識が、口を開かせた。


「白石さん」

 遥は光を見た。

「なんであなたが、ここに、いるんですか!」

 遥は答えなかった。

「祖父の看護師が、なぜこの場に呼ばれるんですか。遺産目当てで取り入ったんじゃないですか!」


 室内が静まった。

「あの方に取り入ったと思っているなら」遥は静かに言った。

「そう思っていただいて構いません」


「……違うと言うなら」光はどう続けていいか、一瞬困惑して詰まった。

「違うと言うなら……言うなら、ちゃんと理由くらい、言ったらどうですか」


 遥の目は冷ややかに光を見ていた。

「私もなぜ呼ばれたのかは、わかりません」

「わからない?」

「はい。ただ、押さないことは決めています」

「なぜ押さないんですか」

「あの方が最後に用意したこの場を、最後まで見届けたい。それだけですから。ここにいるのは、私の意志です」

 光は遥の目を見た。嘘をついている目に見えなかった。

 それがかえって、光を落ち着かなくさせた。

 言いたかったことは、いっぱいあったはずだったのに、何も言えなくなった。


 達也が穏やかに口を開いた。

「光くん、白石さんへの質問はそのくらいにしましょう。この場を前に進める必要があります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ