10章 デスゲーム・リターンズ(Ⅰ・葛城哲)
かつて、国内有数の企業グループを束ねた大実業家、葛城哲が死んだのは、十一月の終わり。本格的に冷たい風が吹き始めた矢先だった。
七十九歳。心不全。葛城家の屋敷の寝室で、家令の奥田恭三が発見した。前夜まで普段通りだった、と奥田は周囲に語っている。食欲もあったし、いつものように就寝前、愛用のグラスで、お気に入りのスコッチをワンフィンガー分飲んで、奥田におやすみを言った。
翌朝になっても起きてくる様子がなく、奥田の呼びかけにも応じなかった。奥田が寝室に飛び込むと、すでに身体は冷たくなっていた。
葛城のもつ財と権力に似つかわしくない、ひっそりとした最期だった。
葬儀は簡素に行われた。現役を退いていた彼のために足を運んでくれる参列者も少なかった。晩年の葛城は、仕事から離れ、人も遠ざけてこの屋敷で静かに生きてきた。
葬儀から十日ほど経った頃、葛城に縁のある六人のところに封筒が届いた。
差出人は「葛城哲」。奥田によれば、筆跡は確かに本人のものだった。
◇
封筒の中身に指定された場所は、葛城家の屋敷の奥にある一室だった。
普段は使われていない部屋で、隅にわずかな家具が積まれている以外、がらんとした空間が広がっていた。二、三十人が集まって、パーディーするには丁度よさそうな広さ。背丈ほどもある大窓からは分厚いベルベットのカーテンが下がり、天井から下がる古風なデザインのシャンデリアが部屋の中央を照らしていた。
部屋の明るくなった中央に直径にして二メートル強の円卓が置かれ、等間隔で木製アンティークの椅子がそれを囲んでいた。
六つの椅子の前、テーブルの上には、それぞれに白い小箱が置かれていた。箱の前に名前を書いた紙が置かれ、各人の座る場所が示されていた。
手紙で集められたうちの五人は、しばらく無言でその光景を見ていた。
残る一人、奥田恭三だけが、あらかじめ呼ばれていて、部屋の入り口で残り五人の案内役をした。彼宛ての手紙には、残りの全員に送られた手紙に加えて、司会を務めるよう指示した追加の手紙が入っていたからだった。奥田は最後に部屋へ入って扉を閉め、残りの五人に着席を促した。
入り口の扉から見て、一番遠い奥側に妻の葛城妙子、その左隣に孫の葛城光、右隣に甥の堂島剛と達也の兄弟が並んで座った。葛城光のさらに左に看護師の白石遙。そして入り口すぐの席に、全員の着席を待ってから、奥田が腰を下ろした。
奥田が、手に持った封筒から紙を取り出した。
「本日は、葛城哲様の遺言をお伝えするためにお集まりいただきました。これより、本日ここに集まった六名に対し、以下の条件のもとで、故・葛城哲が所有する遺産の分配を行います」
奥田の声は低く、淡々と紙の内容を読み上げていく。
「条件一。各自の前に置かれた箱の中に、ボタンが一つあります。六つのうち一つは本物です。本物のボタンを押した者は、この場で死亡し、自然死として処理されます。残り五つは偽物ですので、死亡することはありません。」
室内の空気が変わった。誰も声を出さなかった。
「条件二。ボタンを押した者には、均等に分配された遺産が与えられます。なお、一度誰かによって押されたボタンを、再び押すことはできません」
「条件三。この部屋を出た者は、その時点で分配の権利を失います。その者の相続分は、残った者に均等に分配されます」
「条件四。本日この場で話し合われたことは、一切を他言無用とします。ただし、法的な責任はこの条件によって免除されるものではありません」
「条件五。ボタンはすべて、同じ形状の箱に収められています。各ボタンは混同を防ぐため、それぞれ異なる色をしています」
読み上げを終えて、奥田は顔を上げた。
「以上が、葛城哲からの遺言です」
沈黙がずしり、と深くなった。
シャンデリアの光が、円卓の上の六つの箱を等しく照らして、周囲の闇を一層深くして見えた。
剛が、あぁ?と小さく言って、懐から左手でスマートフォンを取り出して、目を細めながら、画面を親指でタップし始めた。かすかな指音がポチポチと聞こえてきそうな静けさだった。
「剛様、この場ではどうか、ご遠慮ください」
「……ん?ぁあ……んどくせえ」
奥田の注意に、舌打ちしながら剛がスマホをしまい、首を傾けて周りを睨め回す。
その様子を目だけかすかに動かして見やった奥田が、前に向き直り、ふーっと息を吐いた。
「一点、申し上げます」
微かに声が震えていた。
「私、奥田恭三も、この場の参加者の一人です。なぜ私がここに座るよう指示されたのか、私にもわかりません」
それだけ言って、奥田は自分の椅子に座った。
――
数分の間を置いて、最初に声を上げたのは、葛城妙子だった。




