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ぽっくりボタン  作者: 瀬川雅峰


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9章 偽物師(下)

第四回 訪問記録


十二月二日


 ネズミ七匹を手配し、対象者へ届けた。

 部屋に入ると、残りの窓も目張りされていた。空気がよどんでいた。

 対象者は作業台に向かったまま、振り返らなかった。


【録音 第四回訪問】

「動物を持ってきました」

「そこに置け」

「ケースのまま置きますか」

「そこでいい。邪魔だ」

「状況を教えてもらえますか」

「邪魔だと言っている。置いたら出ていけ」

「確認事項があります」

「後にしろ。今は、集中している」


 対象者は作業台に何かを書き続けていた。動物のケースを置いて、退室した。

 退室際、対象者が独り言を言いはじめたので、ドアの近くでしばらく聞いたが内容は判別できず。


 第四回訪問を終了した。




第五回 訪問記録


十二月七日


 前回から五日後、確認のため訪問。

 扉を開けると、ほのかな死臭があった。

 ネズミの死骸が、部屋のあちこちに転がっていた。外傷は確認できず、死因はわからなかった。

 作業者はそれを意に介する様子もなく、作業台の前に座って作業を続けていた。

 照明は作業台の上のみ。台上には白い、ボタンの台座に似たパーツが、いくつか散乱していた。複製の試作品と思われた。

 床には他に多数のゴミ、しわくちゃになった書類等が認められた。


【録音 第五回訪問】

「来たか。犬が必要だ」

「犬」

「大型でなくていい。ただ、複数いる。すぐに用意できるか」

「ネズミが……全て死んでいます」

「……そうか」

「原因は」

「うるさい。失敬な。進んでいる。わかってきた。あと一歩だ。犬が必要なんだ。ネズミでは小さすぎた。もっと大きい命が……生き物が必要だ。すぐに用意してくれ」

「少し時間をいただけますか。現状を整理して、上の指示を仰ぎます」

「なんでもいい。時間がない。早くしろ」


 対象者の目は充血していた。前回よりさらに痩せて、手袋は着用しておらず、素手で作業していた。着衣に汚れが増え、血痕とおぼしき染みが前面に増えていた。


 犬三頭の手配を要請。

 翌々日の到着を配送スタッフと確認、退室した。

 第五回訪問を終了した。

 

 付記

 二日後、犬の配送を担当したスタッフへ、到着確認のため連絡を入れたが返信がない。





第六回 記録


十二月十二日


 訪問予定のなかった日の早朝。ボイスメッセージが二件届いた。


 一件は依頼主から。人を介して届いたもので、犬の配送に関わったスタッフの行方についての問い合わせ。十二月七日の訪問以降、対象者と接触しておらず、また配送スタッフとも面識はない。自分に心当たりはない旨を返信。


 もう一件は、対象者からだった。

 物音が大きく極めて不鮮明だったため、何度か聞き直して内容を確認した。

 

【ボイスメッセージ 二件目】

「わかった……わかったぞ。来い……今すぐ来い。これで……これでわかった。全部……なんという……これは、」

 メッセージは大きな物音によって途絶え、終了した。





第七回 訪問記録


十二月十二日


 早朝のメッセージから三時間後、現地に到着。

 階段を上がると、踊り場の段ボールが崩れていた。何かがぶつかりながら移動したのか。かなり大きな力で散乱させたように見えた。

 扉の前に立つと、内側から強い死臭がした。

 警戒し、万が一に備え携行武器の使用を準備。


 鍵を開けた。


 部屋は、締め切られていた。窓は全て閉まり、目張りは剥がれていなかった。

 犬の死骸が三頭、床に横たわっていた。いずれも外傷はなかった。


 床に血痕。犬からのものではないと思われた。


 対象者の姿はなし。

 作業台の上に、検体とそっくりのボタンが大量に積まれ、あるいは崩れて散らばっていた。複製の試作品であると思われた。外見上は本物と全く区別がつかなかった。この中に本物が混在している可能性を考え、手に触れないようにしながら本物を探した。


 作業台の引き出しの中に、本物を発見。当初持ち込んだときの白い箱に収められていた。


 このとき、一度だけ、白い箱の中にある本物に触れた。

 そして、散らばる大量の複製品に触れると、その質感が全く違った。どちらもプラスチック状であり、その違いをここに記録するのは困難だが、強いて言えば、温度が違った。本物は手に触れた瞬間、一種の冷気のような感覚を指先に……いや、冷気という表現は適当でないかもしれない。吸い付くようなエネルギー……波動……わからない。私では言語化できない。


 持参した袋で、本物、複製全てを回収した。

 偽物は袋に入れ、本物は箱のまま持ち出した。


 部屋を出て、鍵をかけた。

 階段を降りながら、何かを考えようとしたが、何を考えようとしたのか、もう思い出せない。


付記

 後日、血痕は人間のものであると判明。

 対象者、および犬の配送にあたったスタッフの消息は以前として不明。


 本報告書の作成にあたり、第四回訪問以降、記憶に不明瞭な部分がある。

 しかし、録音データをもう一度確認する気になれない。


 対象者が最後に何を言おうとしていたのか、ボイスメッセージの背後の音が何だったのか、録音データの解析を行うことは可能なはずである。

 データはそのまま提供する。


 以上をもって、本件の報告を終了とする。

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― 新着の感想 ―
なんと不気味。 依頼主とは。ボタンとは。 外傷なく死んでいた小動物は何らかの方法でボタンを押してしまったのか。 ここまで読んできて「ボタン」とは抑止力の様なものかと思う。 押すと死んでしまう事がボタン…
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