9章 偽物師(下)
第四回 訪問記録
十二月二日
ネズミ七匹を手配し、対象者へ届けた。
部屋に入ると、残りの窓も目張りされていた。空気がよどんでいた。
対象者は作業台に向かったまま、振り返らなかった。
【録音 第四回訪問】
「動物を持ってきました」
「そこに置け」
「ケースのまま置きますか」
「そこでいい。邪魔だ」
「状況を教えてもらえますか」
「邪魔だと言っている。置いたら出ていけ」
「確認事項があります」
「後にしろ。今は、集中している」
対象者は作業台に何かを書き続けていた。動物のケースを置いて、退室した。
退室際、対象者が独り言を言いはじめたので、ドアの近くでしばらく聞いたが内容は判別できず。
第四回訪問を終了した。
◇
第五回 訪問記録
十二月七日
前回から五日後、確認のため訪問。
扉を開けると、ほのかな死臭があった。
ネズミの死骸が、部屋のあちこちに転がっていた。外傷は確認できず、死因はわからなかった。
作業者はそれを意に介する様子もなく、作業台の前に座って作業を続けていた。
照明は作業台の上のみ。台上には白い、ボタンの台座に似たパーツが、いくつか散乱していた。複製の試作品と思われた。
床には他に多数のゴミ、しわくちゃになった書類等が認められた。
【録音 第五回訪問】
「来たか。犬が必要だ」
「犬」
「大型でなくていい。ただ、複数いる。すぐに用意できるか」
「ネズミが……全て死んでいます」
「……そうか」
「原因は」
「うるさい。失敬な。進んでいる。わかってきた。あと一歩だ。犬が必要なんだ。ネズミでは小さすぎた。もっと大きい命が……生き物が必要だ。すぐに用意してくれ」
「少し時間をいただけますか。現状を整理して、上の指示を仰ぎます」
「なんでもいい。時間がない。早くしろ」
対象者の目は充血していた。前回よりさらに痩せて、手袋は着用しておらず、素手で作業していた。着衣に汚れが増え、血痕とおぼしき染みが前面に増えていた。
犬三頭の手配を要請。
翌々日の到着を配送スタッフと確認、退室した。
第五回訪問を終了した。
付記
二日後、犬の配送を担当したスタッフへ、到着確認のため連絡を入れたが返信がない。
◇
第六回 記録
十二月十二日
訪問予定のなかった日の早朝。ボイスメッセージが二件届いた。
一件は依頼主から。人を介して届いたもので、犬の配送に関わったスタッフの行方についての問い合わせ。十二月七日の訪問以降、対象者と接触しておらず、また配送スタッフとも面識はない。自分に心当たりはない旨を返信。
もう一件は、対象者からだった。
物音が大きく極めて不鮮明だったため、何度か聞き直して内容を確認した。
【ボイスメッセージ 二件目】
「わかった……わかったぞ。来い……今すぐ来い。これで……これでわかった。全部……なんという……これは、」
メッセージは大きな物音によって途絶え、終了した。
◇
第七回 訪問記録
十二月十二日
早朝のメッセージから三時間後、現地に到着。
階段を上がると、踊り場の段ボールが崩れていた。何かがぶつかりながら移動したのか。かなり大きな力で散乱させたように見えた。
扉の前に立つと、内側から強い死臭がした。
警戒し、万が一に備え携行武器の使用を準備。
鍵を開けた。
部屋は、締め切られていた。窓は全て閉まり、目張りは剥がれていなかった。
犬の死骸が三頭、床に横たわっていた。いずれも外傷はなかった。
床に血痕。犬からのものではないと思われた。
対象者の姿はなし。
作業台の上に、検体とそっくりのボタンが大量に積まれ、あるいは崩れて散らばっていた。複製の試作品であると思われた。外見上は本物と全く区別がつかなかった。この中に本物が混在している可能性を考え、手に触れないようにしながら本物を探した。
作業台の引き出しの中に、本物を発見。当初持ち込んだときの白い箱に収められていた。
このとき、一度だけ、白い箱の中にある本物に触れた。
そして、散らばる大量の複製品に触れると、その質感が全く違った。どちらもプラスチック状であり、その違いをここに記録するのは困難だが、強いて言えば、温度が違った。本物は手に触れた瞬間、一種の冷気のような感覚を指先に……いや、冷気という表現は適当でないかもしれない。吸い付くようなエネルギー……波動……わからない。私では言語化できない。
持参した袋で、本物、複製全てを回収した。
偽物は袋に入れ、本物は箱のまま持ち出した。
部屋を出て、鍵をかけた。
階段を降りながら、何かを考えようとしたが、何を考えようとしたのか、もう思い出せない。
付記
後日、血痕は人間のものであると判明。
対象者、および犬の配送にあたったスタッフの消息は以前として不明。
本報告書の作成にあたり、第四回訪問以降、記憶に不明瞭な部分がある。
しかし、録音データをもう一度確認する気になれない。
対象者が最後に何を言おうとしていたのか、ボイスメッセージの背後の音が何だったのか、録音データの解析を行うことは可能なはずである。
データはそのまま提供する。
以上をもって、本件の報告を終了とする。




