9章 偽物師(上)
検体Aの解析、複製依頼に関する報告書
作成者 ====
依頼主の指示に基づき作成。
依頼主 K=== 氏以外への公開を禁ずる。
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第一回 訪問記録
十一月三日
依頼主の指示により、対象者の自宅兼作業場を初めて訪問。
都内==市==町、築四十三年の雑居ビルの最上階。エレベーターはなく、階段を四階まで上がる。踊り場に段ボールが積まれ、廊下の蛍光灯が切れたまま放置されていた。行き来しているのは対象者のみと推測される。
玄関チャイムを数回鳴らすも、返事がないので、ドアをノックする。一分間以上経過して、内側から扉が開いた。
対象者は六十代前後と思われる男性。長身で痩せており、白衣に似た作業着を着用していた。玄関にはカーキ色の古びたサンダルと、男性が履いていたシューズのみ。部屋に通されると、作業台の上に工学系の専門書が数冊積まれ、棚には精密機器類と、各種計測器、奥には樹脂成形機等が見えた。いずれも旧式ながら、丁寧に手入れされており、使用に問題はないと思われた。
検体を渡し、解析と複製を依頼した。
【第一回訪問 録音】
「依頼の品です。先だってお知らせしたとおり、解析と複製をお願いしたい」
「……」
「……どうでしょうか。できそうですか」
「できるかどうかは、触ってみなければわからん。ただ、見た限りでは、困難な点はなさそうだ」
「期間はどのくらい、かかりそうですか」
「やってみなけりゃわからん。急かすなら、別の人間を探せ」
「いえ、急かしているわけでは。上に目安を報告したいので」
「……とりあえず一ヶ月、もらえるか。それで目処が立たなければ、立たないと言う」
「構いません。必要なものがあれば、用意します」
「今のところは、ない。あるもので解析できるかやってみる。不足があればこちらから連絡する」
品物を渡す際、対象者は白い手袋を着用。箱を台上に置いて開封し、ボタンを取り出して、しばらく蛍光灯の光にかざして見ていた。対象者は特に言葉を発せず。
様々な方向から観察を数分に亘って行う。
作業に入るのに、居られては邪魔だ、と退出を促された。
初回訪問終了
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第二回 訪問記録
十一月十七日
対象者より連絡があり再訪。前回から十四日が経過。
遮光カーテンが大窓に引かれ、部屋は暗くなっていた。そのため、作業台の周囲だけしかはっきりとは視認できなかった。
作業台の中心に白い箱が置かれ、周囲に、各種工具と測定機器、拡大鏡、ガイガーカウンターらしき機械、その他用途のわからない機械類が雑然と広げられていた。
対象者は前回より痩せたように見えた。室内の照明の影響かもしれないが、目の下の隈も濃くなっているようだ。
【第二回訪問 録音】
「ここまでの進捗状況を教えてください」
「検体外部からの観察を続けている。まだ、直接は触っていない」
「十四日間、触っていないということですか」
「触っていない。非破壊検査というだろ。CT、超音波、顕微鏡……構造的に特殊な物理機構は一切見つからない。外部から観測できる構造は単純だ。誰にでも理解できる。ボタン、バネ、台座、ネジ……単純すぎる。だが、だからといって偽物が作れるかの断言はできない」
「どういう意味ですか」
「素材が問題だ。電子顕微鏡も、スペクトル分析も使ったが、既知の物質データと一致しない。一見するとプラスチックに極めて似ているが、これはプラスチックではない。形状を模倣して、そっくりのものは作れるだろう。しかし材質は模倣できない。そして、この素材が、検体の動作に何らかの決定的な影響を与えていると考えられる」
「直接分解して調べることは可能ですか」
「……分解、していいのか」
「それはあなたの判断に委ねます。ただ、上からは、解析に必要な処理は自由にしていいと言われています」
「壊してしまうかもしれないが、いいか」
「もし気が進まないというのでしたら、依頼を取り下げていただくことも可能です。ここまでの調査に対する報酬もお支払いしますが……」
「……やめない。やめるとは言っていない。分解していいなら、やる。やらせてくれ。ぜひ」
対象者は以上のやりとりの間、ほぼ立ったままだった。椅子に座るよう促したが、気づいていない様子で、次第に興奮した様子になってきた。
第二回訪問を終了した。
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第三回 訪問記録
十一月二十八日
前回から十一日後、進捗状況の確認のために訪問した。
ドアを叩くと、対象者は無言でドアを開け、そのまま室内へ戻ろうとしたので、後をついて入室した。前回と同じく部屋は暗く、カーテンのない窓の一つに目張りがしてあった。
部屋に入ると、作業台の上の工具の数が増えていた。拡大鏡の倍率が上がっており、ファラデーケージらしき金属ケースや、ものものしい検査機器が台の周囲を埋めていた。
ボタンは中央に置かれ、ボタンを囲むように樹脂の細いヘラや精密ドライバー、細い短冊状の金属板などが散らばっていた。さらにその周辺に細かな文字で埋まった記録用紙が散乱していた。記録用紙にはところどころに乱雑な書き込みが見られ、何枚かはぐしゃぐしゃに皺がついていた。
対象者は作業台の前に立ち、まっすぐにボタンに目をやっていた。
【録音 第三回訪問】
「進捗を聞きに来ました。どんな状況ですか」
「分解した。できた。構造的には何もなかった。恐ろしい……いや、偉大だ」
「恐ろしい?偉大……?」
「この物はこの物としてあるべきものだ。今、そこに何がある」
「……ボタン、ですか」
「そうだ。ボタンだ。昨夜分解した。分解したんだ。分解したまま、寝た」
「え」
「分解したのは確かだ。押さないように、細心の注意をして、ネジを回した。ボタンを器具で持ち上げて、板を何枚も挟んで。絶対に押さないように。失礼のないように」
「でも、ボタンはそのままここに」
「今、元通りになっている。確かに分解した」
「そんなはずは……」
「……」
「……分解自体は、したということですね」
「……した」
「それで、何かわかったことはありましたか」
「内部に特殊な機構はなかった。仕掛けと呼べるものなど、何もない。そんな小細工など、不要なんだ。この素材は……違う。これは違う」
「違う……?」
「違う何かだ。微量だが、何か出ている。確かに反応があった。ボタンを押していない。置いているだけで、出ている。わかるんだ。成分はまだ特定できないが……見えてきたぞ。見えてきた、見えてきた」
「危険があるものですか」
「危険は、わからない。そんなことは些末だ。もっと調べなくては。そのために、動物が必要だ」
「動物……」
「小型のものでいい。ネズミくらいで。たくさん、用意してくれ。これで、わかる。もっとわかる」
対象者の話し方は前回より明らかに速かった。言葉の間が短く、視線が定まらない瞬間があった。分解の件については、記憶の混乱、ないし忘失と見られる。このまま作業を継続させるかの検討を提案する。
第三回訪問を終了した。




