5話 『遭難中』
目を閉じ、
しばらくすると、
少しだけ眠っていた。
……眠れたのは、
多分良いことだ。
三十分か、
一時間くらいだろうか。
夜は更に深くなっている。
これまでとは違う。
今はむしろ、
冷静になれる静けさだった。
このまま朝を待つか
それとも、
周囲を確認するか……。
というのも、
穴を掘った場所は、
かなり離れている。
もう、
戻るという選択肢は無かった。
……とはいえ、
何もしないのも落ち着かない。
水。
それだけは、
結局何も進展していない。
朝になって、
何も無かったら。
そう考えると、
少しでも確認しておきたかった。
ゆっくり立ち上がる。
……体は固い。
集めた草を一度見下ろし、
周囲へ視線を向ける。
……暗いな。
木漏れ日が消えただけで、
島はまるで別物だった。
何か仕掛けたい。
とはいえ、
ここを拠点にするつもりも無い。
朝、
少しでも
“動いたからこその変化”
があれば――。
そんな気持ちだった。
土へ触れる。
……まあまあ冷たい。
休んでいた場所は湿っていなかった。
なら、
この辺りの土は固いんだろう。
近くの、
少しだけ掘りやすそうな場所を掘る。
水への期待ではない。
湿っていない土でも、
何か変化があれば、
次へ繋がるかもしれない。
それから、
葉が密集している場所へ、
別の場所で千切った葉を乗せていく。
……今の自分に出来るのは、
この程度か。
「…………」
無言のまま、
休憩場所へ座り込む。
最初は、
木へ身体を預け、
そのまま目を閉じた。
……今度は、
なかなか寝付けない。
シンシン――。
そんな音が、
耳へ入り込んでくる。
“シンシンとした空気”
なんて言葉は聞く。
だが、
本当に音として聞くことになるとは思わなかった。
「……寒い」
身体が冷えた訳じゃない。
その空気へ身体を寄せるように、
太腿を抱え込み、
自然と丸くなる。
座ったままだと、
寝てもすぐ起きるな……。
気分を変える意味も込めて、
今度は横になろうとした。
集めた草を、
木の根元へ寄せる。
そのまま横向きになり、
足を軽く曲げた。
……さっきよりは、
落ち着く。
日が出るまでは、
こうしていよう。
何度か身体の向きを変えながら、
朝を待つように眠った。
おもむろに、
木の根へ触れる。
……寝始めた時より、
湿っている気がした。
まだ日は出ていない。
それでも、
少しだけ周囲が明るくなっているようにも感じる。
……起きるか。
ゆっくり身体を起こし、
軽く伸びをした。
木の近くの草へ触れる。
湿っている。
指でなぞると、
ほんのり水の感触があった。
「これを、
一つずつ集めるのは効率が悪いな……」
とはいえ、
変化が出ている。
来た――。
喜びより先に、
葉の様子を確認し始めていた。
近くの葉は、
みずみずしく、
水滴が溜まっている訳じゃない。
だが、
指でなぞれば、
水らしい感触にはなる。
二、三枚で、
一滴分くらいだろうか。
ある程度雑に集め、
数滴分ずつ口へ含んでいく。
……潤わない。
それでも、
口へ入れていくうちに、
段々と分かってきた。
「思った以上に、
口の中も渇いていたんだな……」
今度は、
葉を乗せていた場所へ向かう。
そこは、
一枚ごとに、
一滴分くらいの水分が出来ていた。
「……助かった」
葉でなぞるように集め、
少しずつ口へ運んでいく。
段々と明るくなっていく中、
朝露を探し続ける。
朝日が昇る直前、
一度休憩場所へ戻った。
朝日が出る方向へ、
枝を一本置く。
それから三十分ほどして、
もう一本。
更に時間を置き、
もう一本。
太陽の動きを見ていた。
腕を広げ、
大体の位置関係を考える。
「……ざっくり、
この辺だと思おう」
こうなると、
冷静さは足枷になりかねない。
高い山も見当たらないし、
あっても行きたくもない。
状況は何一つ分からない。
……南を目指す。
はっきり言う。
遭難中だ。
どこへ向かうか決めなければ、
いつまで経っても動けない。
南でも、
北でもいい。
とにかく決めて、
動く。
最初は、
好奇心で慎重になり過ぎていた。
知識が無いなら、
とにかく足を動かすべきだったのかもしれない。
近くの朝露を探し終え、
ざっくりと南へ向かい始めた。
ちなみに、
深夜に掘った穴は、
どんな状態だったか、
記憶が曖昧になっていた。
変化があったのか、
無かったのかも分からない。
……失敗だな。
朝露は、
残っている場所もあった。
だが、
もう消え始める時間だったのだろう。
気付けば、
探すことより、
歩くことへ意識が向いていた。
……どこまで行ける。
現実と違って、
救助隊なんて来ない。
希望もまた、
無い。
元気な内に。
動ける内に――。
「本当、
砂漠じゃなくて良かった」
今はまだ、
気候が穏やかだ。
歩ける。
それだけでも幸いだった。
日は、
もう一番上まで来ただろうか。
……景色が、
何も変わっていない気がする。
どれだけ広いんだ?
焦りは無い。
最初から、
遭難だと思っている。
だが、
ここまで広大だと、
力も抜けてくる。
腰を下ろす訳にはいかない。
これは、
作業じゃないんだ。
夜とは違う意味で、
木へ触れる回数が増えていく。
手を預ける時間も、
少しずつ長くなっていた。
直射日光が当たらない道。
それだけが、
延々と続いていた。
指針になるものも無い。
ただ、
歩き続ける。
「初日に、
ここへ辿り着けていたらな」
「ここ、
拠点に良さそうだな」
そんなことを考える余裕も、
もう無かった。
……南。
気付けば、
その“南”すら、
考えなくなっていた。
歩く……。
木へ寄りかかる。
歩く……。
木に額を預ける。
歩く……。
木に支えてもらう。
歩く……。
木を抱え込む。
……これ、
もう倒れているのと、
変わらないんじゃないか?
まだ、
夕方にもなっていない。
気を失いそうな訳でもない。
木を抱えたまま、
少しだけ休む。
膝を曲げ、
立ったまま眠るような姿勢になる。
……倒れ込んでないなら、
また動き始められるさ。
十分ほど休んだだろうか。
よたよたと、
また歩き始めた。
……しんどい。
もう、
それすらよく分からなかった。
そして、
ついに倒れ込む。
「……思ったより、
早かったな」
倒れたからなのか。
受ける風の感触が、
少し違う。
「…………?」
前を見る。
……景色が違う気がした。
五百メートルほど先だろうか。
よた……。
よた……。
立ち上がり、
そちらへ向かう。
景色が変わる、
その手前で――
前のめりに倒れ込んだ。
……気配がある?
耳が、
必死に音を探し始める。
「バッカでぇー!」
ゲラゲラと笑う声。
「……バカなのは、
お前だ!」
コツン。
コロコロ……。
石を投げる。
コツン。
コロコロ……。
誰かに、
アカシックレコードの存在を知ってほしい。
無意識の欲求が、
それだけを支配していた。
死んだら、
使えなくなるかもしれない。
ただ、
ただ――
その存在を、
知って欲しかった。
いくつ石を投げただろうか。
近寄ってくる気配がある。
こちらから、
声を出す。
「……あ」
「あっ?」
もう、
返事が返ってきたことすら理解できない。
「アカシックレコード」
それだけを言い切って、
意識が完全に途切れた。




