2話『認識は、無意識へ沈む』
気が付くと、
そこは教室ではなかった。
無人島でもない。
……ああ、
夢か。
ああいうのって、
途中で急に場面変わるよな。
少しだけ残念に思いながら、
さっきまでの光景を思い返す。
そこでふと、
違和感に気付いた。
……いや。
俺、
随分昔に卒業してるわ。
よくよく考えれば、
これまで見た学生時代の夢に、
携帯なんて出てきたことはなかった。
なのに、
今回は途中から普通に出てきた。
……なんでだ?
そう考え始めた頃、
ようやく周囲へ意識が向く。
辺りは白く覆われていた。
ただ、
真っ白なのに不思議と冷たさはなく、
むしろ清潔感のようなものを感じる。
「無の色は白……か」
そんな持論を、
ぽつりと口すると
「面白いことを考える」
声がした。
……いや。
これ、
本当に“声”か?
慌てて意識を向ける。
けれど、
どこから聞こえたのか分からない。
右でも、
左でも、
上でもない。
そもそも、
“聞こえた”という表現が合っているのかすら怪しかった。
次の言葉を待つ。
……待つ。
聞こえてこない。
少し待つ。
更に待つ。
だが、
特に何も起きない。
……アクション無しかぁ。
ならば――
少し悪ノリしてみることにした。
「姿を見せろぉ!!」
思い切り叫んでみる。
けれど、
声はこだますることもなく、
静寂の中へ沈むように消えていった。
「……気は済んだ?」
今度は、
さっきよりも“近く”で聞こえた気がした。
とはいえ、
やはり姿は見えない。
「お前は、
静寂を不安へ結びつけるんだな」
そう言われた瞬間、
“そこにいる”
という感覚だけが生まれた。
……あ、
一瞬、
意識がこちらへ向いた気がした。
主も、
“個”として存在しているのだろうか。
姿も無いのに、
そんなことを思う。
「どうも初めまして」
何となく、
挨拶したくなり口を開いた。
……返事はない。
「あのー……」
少し間を置いてから、
恐る恐る口を開く。
「何故、 私はここへ?」
夢にしては妙に現実感がある。
だからだろうか。
自分は、
“連れて来られた”のではないか。
何故か、
そんな気がした。
「やってくれた」
そう聞こえた。
……褒め言葉では、
ないんだろう。
それなのに、
不思議と達成感のようなものがあった。
気持ちが上がるというか……。
“お前は他とは違う”
そんな認識を向けられている気がする。
「恐縮です」
何となくそう返すと、
「本当に、
やってくれたよ」
と、
再び声が届いた。
相変わらず、
姿は見えない。
“そこにいる”
という感覚だけがある。
どんな姿なのだろう。
少し期待している自分に気付き、
思わず苦笑した。
……あ、
笑っている場合じゃない。
女性がいいな、
なんてのんきに考えている場合でもない。
「何故、私はここへ?」
もう一度、
問いかけてみる。
「想定していないことが始まった」
「……えっ?」
始まった?
“連れて来られた”
という感覚と上手く結び付かず、
思わずおうむ返ししてしまう。
「条件付きの選択肢なんて、
範囲内ではないの」
……なんだろう。
少しずつ、
人らしく見えてきた。
「そう言われましても」
自分の中で、
引っ掛かっていたことを口にする。
「例えば、
“特定の誰かと結婚したい”
は許されるわけですよね?」
「でも、
生年月日も、
出身地も、
身長も、
趣味も、
特技も一致した、
“ただ一人”
を指定するのは駄目」
「だったら極論、
“結婚したい”
しか叶えられないのと、
同じでしょう?」
“線引きは匙加減”
そんな言葉だけは、
聞きたくなかった。
だからこそ、
少し熱を込めて言葉を返す。
「意識は、認識を変える」
唐突に、
そんな言葉が届く。
「……それを抑える為の無意識。
脳のブレーキ」
「認識と、“知らないままの状態”。
その差が、人の違いを作る」
「そして、認識した者は、
認識していない者を理解できない。
何故か――」
質問をされた気がした。
「認識が、イレギュラーだから」
自分でも驚くほど、
自然に答えが口から出た。
「認識は、やがて無意識へ沈む」
「だから人は、“差が生まれたこと”
そのものに気付けない」
そう言われた瞬間、
不思議と、
そこに“人”がいる気配を感じ始めていた。
……沈む。
ああ、
沈むのか。
その言葉に反応する。
その人間だけの“当たり前”になって、
表へ浮かび上がらなくなる。
「ははっ……
教育って大事だ」
共通認識を刻み込まなければ、
そもそも相互理解なんて成立しない。
しかも、
社会へ出た後では、
修正すら難しい――。
そんな、
今は考えなくてもいいことを思っていた時、
ようやく気付く。
……あれ?
これ、
さっきの教室の続きなのか。
「他の人達はいないみたいですが」
そう尋ねると、
「先に行っとるわよ」
と返ってきた。
良かった。
「……アカシックレコード、
触れられるんだ」
安心したのか、
そんな言葉が口から漏れていた。
「ん?
“行っとる”……?」
不意に、
聞き覚えのある方言へ意識が向く。
その瞬間――
初めて、
“そこ”へ視線が定まった。
そこには、
一人の女性がいた。
……ああ。
北欧系って言うんだっけ。
灰色にも見える、
淡い銀髪。
あれ、
昔から好きなんだよな。
そう思っていると、
ぼやけていた存在が
ついに形を持ち始める
おおっ――。
対峙した、
という感覚が一気に押し寄せてくる。
感動なのか、
高揚なのか。
気持ちが大きく揺さぶられた。
「まあ、
こちらの方が話しやすいか」
推定女神は、
どこか気楽そうに続ける。
「何故お前がここに来たか、
だったな」
「へぇ……」
思わず、
そんな返事が漏れた。
「お前だけだったよ。
“人の為だけ”に、
持って行く物を選んだのは」
「なかなか面白いと思ってね。
調整も済んだし、
もう一つ選ばせてやろう」
……いや、
正直それどころじゃない。
こっちは、
姿を見せられてから、
ずっとドキドキしっぱなしなんだ。
「どうした?」
その言葉が、胸の中心を駆け抜ける。
……何だこれ。
とんでもなく心地良い。
「さあ、
お前も次へ行きたいだろう?」
あっ――
もう、
何か言わなきゃ
「貴方からの好意を、私に向けて欲しい」
口から、
飛び出すような勢いだった。
現実では決して目にできないような力。
真球生成への憧れを、
今なら選べるはずなのに。
それを考えるより先に、
言葉がこぼれていた。
「ふむ、
それでは……」
それだけ言われた瞬間、
急に“幕が降りる”ような感覚がした。
「まだ、会話らしい会話もしてないのに!」
そう口にしながらも、
終わりが近いことは理解していた。
……なら、
最後にもう一度くらい、
悪ノリしてもいいだろう。
「せめて、お名前だけで――」
言い切る前に、
意識が呑まれていく。
それでも、
最後まで右手だけは伸ばしていた。
……うん。
名残惜しさの演出としては、
結構良かった気がする。
「…………」
何を考えているのだろう。
だが、もうこちらから
それを認識することは出来なかった。
「さて、
他はどうなっているかしらね」
それを最後に、
女神との接触は途切れた。




