第三十二話 争いの影(3) 達人への入口
「ううっ、この槍の使い方は……!」
一方で、ウィルは一人のケンタウロス兵に手こずっていた。
他と違い、黒塗りの鎧を纏ったそのケンタウロス兵は力強く、動きのひとつひとつに迷いや躊躇いがない。
容赦なく急所を狙ってくるその槍さばきに、ウィルは確かに覚えがあった。
「お前……やっぱりブラッドなのか……!?」
喉笛を狙う突きを槍で受けながら、ウィルは目の前の黒い鎧のケンタウロス兵を見る。兜越しにニヤリと笑みを浮かべた黒い鎧のケンタウロスは、ウィルに蹄の前蹴りを食らわせて間合いを取り、そして兜を脱いだ。
挑発的な顔つきのその男は、年齢はウィルと近い二十歳前後で、黒い髪を肩にかかる長さまで伸ばしている。
「ふっ。まさかと思ったが、弱虫のウィルじゃないか。
こんな場所で再開するとはな」
「そうか、やっぱり生きていたんだな……」
「おっと、無駄話してる場合か?
俺たちは敵同士……殺し合いをやってるんだぜ!」
ブラッドは再会に喜ぶ様子もなく、再び素早い突きを連続で繰り出す。
ウィルはじりじりと後退しながら、その切っ先をかわすので精いっぱいだった。
「相変わらずだなお前。訓練の時、いつもそうやって泣きそうになりながら防戦一方だったよなあ!」
攻めに転じられないウィルを嘲笑しながら、ブラッドはさらにまくし立てる。
「俺は違うぞ。強さも力も手に入れて、今じゃこのフォルスの副将軍だ。
いずれはもっと上り詰めてやるけどなあ!」
ブラッドはくるりと槍を反転させ、フェイントから石突きでウィルの腹部を殴りつける。鎧の上からでも響く打撃の衝撃に、ウィルは数歩後退して膝を折ってしまう。
「ぐは……っ!」
「久しぶりの再会だがよぉ、嬉しいとは全く思わないね。
俺はお前なんぞに構っている暇は無いんだ」
冷たい目つきでそう言い放つブラッドに、ウィルは槍を支えにして立ち上がる。
「ブラッド……この国の王様がおかしくなって、兵隊同士で殺し合いをさせられるなんておかしいと思わないのか。裏にはきっと魔王軍が――」
「関係ないねそんなもの。俺は強い方に付く。当たり前の話だろうが」
自分の言葉を遮ってきっぱりと言い放つブラッドに、ウィルは奥歯を噛みしめる。
「そうか……それじゃ最後だブラッド。ずっと聞きたかったことがある……
僕たちの村が襲撃を受けた時、お前はどこにいた?」
その問いかけに、ブラッドの顔がわずかに動く。
だがブラッドは槍を力強く握り、ウィルめがけて突っ込んできた。
「知りたきゃ俺に勝ってからにしろ!
弱虫のお前に話してやる義理はねえんだよ!」
槍を手にした二人のケンタウロスの、激しい打ち合いが始まった。
ウィルとブラッドが打ち合っているのと同時に、タイロンはヒナタとハヤトの二人を同時に相手にしながら、一歩も引かない立ち回りを見せていた。潜在能力ならドラゴンをも圧倒するはずのハヤトの攻撃さえ、どういうわけかタイロンには通じない。
打ち込んだ剣の全てがいなされ、それとほぼ同時に反撃が飛んでくるのである。それも二人を相手にしながら、である。
「くっそー、なんニャこいつ!
デカい図体なのに、いくら攻撃しても全然手応えがねーニャ!」
自分の攻撃が通じないことに苛立つヒナタは、目の前にそびえ立つタイロンの巨体を見上げて言う。
「お前たちの腕は大したものだ。実践の中で磨かれてきた技と、大いなる異能。
いずれも武の高みへ届き得るものだが、ただの力押しなど楊柳の風に吹かるるが如し……それだけで私に傷を付けることは出来んぞ!」
「ウニャー! なんかこのおっさん、アタシの先生みたいなこと言ってくるニャ!」
小難しい話に頭を抱えているヒナタの横で、ハヤトも首を傾げながら剣を構えている。
「ねーおじさん! おじさん悪者なのに、なんでそんなコト教えてくれるんだよー!」
タイロンは表情を変えぬまま、純粋な疑問をぶつけてくるハヤトを見つめている。
「……お前にもいずれ分かる。善か悪かが問題なのではない。
望みを叶えたくば力を示せ!」
タイロンはぐるりと円を描きながら後方へ走ってヒナタやハヤトから距離を取ると、槍を構えたまま高く跳躍した。
「そんな離れて飛び上がってどーするつもりニャ」
タイロンと二人の間は十メートル以上も離れている。
だが、その状況をじっと見ていたヒロシは、背筋にぞわっとしたものを感じ身を乗り出した。
「二人とも逃げろ! そこは相手の間合いだ!」
ヒロシの声がヒナタとハヤトの耳に飛び込んだ刹那、宙を舞うタイロンが握り締めた槍が金色の輝きを放つ。
隆起した腕の筋肉に力を込め、タイロンは槍を真っ直ぐ投げ付けて来た。
「うにゃーっ!?」
「うわっ!?」
ヒロシの声で一拍早く動き出した二人は、槍が地面に直撃するより一瞬早くその場から飛び退いていた。直後、槍が刺さった地面が大きな爆発を起こし、そこはすり鉢状に地面が抉れてしまっていた。
「あ、危なかったニャ……ヒロシに言われなきゃ避けるのが間に合わなかったニャ」
地面を転がって体勢を立て直したヒナタは、大穴の空いた地面を見てぞっとした表情を浮かべている。
「うわぁ……こんなの当たってたらバラバラになっちゃうよ。
よく分かったね兄ちゃん!」
その場の注目は、にわかにヒロシに集まる。
「こないだの砂漠でもそうだったけど、ヒロシの勘が冴えてるニャ!
細かい話はあとにして、その調子でアタシらのサポート頼むニャ!」
ヒナタが再びタイロンの方に顔を向けると、着地したタイロンは地面に突き刺さった槍を引き抜き、ゆっくりと構えた。
「二人とも、ただ真っ直ぐ突っ込むんじゃなくて、その……相手の動きの先を見るって言えばいいのかな。あの将軍にも、攻撃を避けきれない位置やタイミングが時々あるみたいなんだ。それさえ掴めれば……!」
ヒロシがそう言うと、ヒナタは顔を前に向けたまま答えた。
「……ヒロシにはそれ見えてんのニャ?」
「え? いや……ハッキリ形で分かるとかじゃないけど、
じっと見てるとそう感じる時があるというか」
「そーゆーの、フツーは達人の境地って言うんだニャ。
でも言われっぱなじゃアタシの沽券に関わるし、やってやんニャ!」
そう言いながら、ヒナタは地面を蹴ってタイロンに向かっていく。
ハヤトも一緒になってタイロンに挑みかかるが、二人の攻撃はそれまでと明らかに動きが変わっていた。
先に突っ込んだヒナタがかぎ爪の突きを仕掛け、タイロンがそれを槍で受け流した瞬間、正面ではなく脇から迫ったハヤトが剣を振り下ろす。
――ガキッ!!
ハヤトの剣は槍に防がれはしたが、今までのように受け流されることは無く、初めてハヤトはタイロンを押し込むことに成功した。
「すげー、兄ちゃんの言う通りになった!」
「む……!」
タイロンは力ずくでハヤトの身体を槍の柄で押し返すが、その後も二人はフェイントを交えた変則的な攻撃を自在に繰り出し、その戦い方はさっき見た二人一組のケンタウロス兵のそれとよく似ていた。
虚実の入り混じった攻撃は容易に受け流すことを許さず、徐々に二人は攻撃に手応えを感じ始めていた。
「どーだニャおっさん、さっきみたいな余裕が無くなって来たニャ!」
「……」
ヒナタのかぎ爪や蹴りを受けながら、タイロンは口を結んだままヒナタをじっと見ている。
「そろそろ喋る余裕も無くなったニャ? んじゃそろそろ――」
「調子に乗るな愚か者ッ!」
突如叫んだタイロンは頭上で槍を振り回し、自身にまとわりつくヒナタとハヤトを弾き飛ばす。
「ようやく入口に立てた程度で、でかい口を叩くなど百年早いッ!」
「このおっさん説教したり怒ったりで情緒が忙しいニャ!」
ヒナタがうんざりした様子で舌を出していると、タイロンの全身を黄金のオーラが包み込む。それは以前、ヒナタが嘆きの牢獄でみたウィルのそれと同じものであった。
「げっ、ヤバいっ!?」
ヒナタの直感は正しかった。突進してきたタイロンが駆け抜けざまに槍を下から上へ振り上げると、その剣圧だけで地面が抉れ、衝撃波が遥か先まで突き抜けていく。
「さあ死力を尽くせ! 私を倒せぬ者が魔王軍に挑むなど片腹痛いわ!」
そう叫びながら縦横に駆け巡るタイロンは、離れて見ているヒロシの感覚で言えば暴走するトラックのようであった。
決して止まらぬ巨体、そこから繰り出されるケタ外れな威力の攻撃。
ヒナタはその速さと重さに圧倒され、何度も弾き飛ばされては地面を転がる。
まともな方法では、暴れ回るタイロンを止める方法など思い浮かばなかった。
だが、次の斬撃を放とうとするタイロンの前に躍り出たのはハヤトだった。
ハヤトは小さな身体で向き合ったまま、両手で剣を握り構える。
「次はオレの番! さあ来いおじさん!」
「……ぬんっ!」
タイロンが放つ斬撃の衝撃波は、地面を抉りながら真っ直ぐハヤトを襲う。
剣を水平にして衝撃波を受け止めたハヤトは、両足を踏ん張ってその場で耐え続ける。
「んぎぎぎ……! でやあっ!」
ハヤトは渾身の力で剣を振り、押し寄せる衝撃波を横へ弾き飛ばす。
「うわーっ、手が痛ってー!」
剣を握るその手は赤くなり、放たれた斬撃の威力が並大抵ではない事を物語っている。
「子供の身で我が攻撃を受けたのは見事。
だが、それだけで勝てるとは思っていまいな!」
タイロンは再び駆け回り、位置を変えながら槍の斬撃を繰り出す。
ハヤトも懸命に攻撃を受けて弾き飛ばすが、攻めに転じられず防戦一方という状況だった。
「違う、こうじゃない……もうちょっとなのに……!」
赤く腫らした手で剣を握ったまま、ハヤトは悔しそうに呟く。
しかしタイロンは手を抜くことなく、容赦のない斬撃を次々に繰り出し続ける。
「まずい、このままじゃハヤトが……どうにか援護しないと!」
離れた場所で見ていたヒロシの隣で、メリアが魔法の杖をかざし呪文を唱える。
「雷よ!」
魔法の杖の先端からタイロンに向けて稲妻が放たれたが、その気配をいち早く察知したタイロンは、槍の切っ先でそれを弾き返すという離れ業をやってのけた。
跳ね返った電撃はヒロシとメリアの目前の地面に落ち、土や周囲の雑草を黒焦げにしてしまった。
「きゃあっ!」
「ぶ、武器で魔法を跳ね返すなんて、そんな馬鹿な!?」
どうにか無事だったヒロシとメリアの方に顔を向け、タイロンは眉間にしわを寄せ二人を睨み付ける。
「その程度の小細工など無駄だ。剣を持たぬ者が戦いの邪魔をするな!」
しかし二人に向かっての攻撃はせず、タイロンはヒナタとハヤトがいる方向へ再び顔を向けた。
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