第三十二話 争いの影(2) 英雄タイロン
翌日、準備を済ませた一行は宿を出て目的の見張り塔へと向かった。
ヤクモの予想通り、見張り塔には三人ほどの兵隊がいたが、彼らはヒナタやツキヨによってあっという間に縛り上げられてしまい、特に障害とはならなかった。
塔の屋上にある見張り台に出ると、眼前には広い城下町と、ほど近い場所に城壁に囲われた巨大な城が見える。ヒナタは発射機構付きの手甲を構え、足場のある城壁に向けてロープを括り付けたフックを発射した。
「よっしゃ、上手く引っ掛かったニャ」
フックが見張り塔よりやや低い石壁の出っ張りに引っ掛かったのを確認すると、ヒナタは手元のロープを見張り台の柱にしっかりと結ぶ。そして例の滑車をロープに取り付けると、まったくためらう様子もなく城へ向けて滑り出して行ってしまった。
ほどなくして向こう側に着いたヒナタは、ヒロシたちの方を向いてブンブンと手を振っている。安全に渡れるというサインだ。ヒナタが滑車についているボタンを押すと、滑車はスルスルとロープの上を移動し見張り塔へと戻ってくる。
「次オレの番!」
そう言って目を輝かせ、滑車のハンドルを握って飛び出したのはハヤトだった。
男児にとって、こういう仕掛けは否応なくわくわくするものらしい。
問題なく向こう側へ渡ったハヤトも、ぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。
「よし、それじゃ順番に渡ろう」
続いてタマゴ型に縮んだゴーレムを背負ったヒロシ、メリア、ウィル、ヤクモ、そして最後にツキヨがロープを渡り、全員が無事に城内への侵入を果たした。
そっと城内の様子を窺ってみたが、警備は手薄で見張りの数もまばらである。
「――酒場で聞いた話は本当だったようですね。
見張りの兵すら数が間に合っていないとは」
ヤクモが言うように、見張りの兵士さえ不足しているというのがこの城の現状のようである。侵入する側にとっては好都合だが、それはこの国の異様な状況を静かに物語っていた。
ヒロシたちは目立たないよう、物陰から物陰へと移動していたが、中庭に見覚えのあるものが存在している事に気付き足を止めた。
「これは……あの塔から出るときに使ったのと同じ飛行船だ!」
嘆きの牢獄と呼ばれる塔の屋上から脱出する際、ヒロシたちが乗って来た飛行船と同じ物がそこにはあった。中に人が乗っている様子はなく、飛行船は沈黙している。
「もしかしてルークの奴もここに居るのか?」
嫌な予感に背筋がぞっとするヒロシだったが、それが気のせいではなかったことにすぐに気付かされた。ふと周囲を見ると、いつの間にか武装した兵士たちに取り囲まれていたのだ。
その中でひときわ体格が大きく、豪華な装飾の鎧兜を身に纏った男が前に出て来て言った。
「昼間から堂々と乗り込んでくるとは、見た目と違い豪胆な連中だ」
その大男は五十代くらいの厳つい顔つきで、たくましい体格も含めて見るからに軍人といった風貌である。肩飾りの付いた赤いマントを羽織り、かなり身分が高そうなのが見て取れる。
「だが、四魔将ギリュウ殿を討ち取ったというのは事実なのであろう。
お前たちの目……多くの戦場をくぐり抜けた戦士のそれだ」
身分の高そうな男が気合いを入れた途端、その身体が瞬く間に変化し、灰色の毛並みをした半人半馬のケンタウロスへと変わる。
それに呼応するように、周囲の兵士たちも次々に姿を変えていく。
「名乗り遅れたが、我が名はタイロン。
この国……騎士の王国フォルスの将軍を任されている者だ。
歓迎するぞ、魔王軍に刃を向けし者たちよ」
その名前を聞いた途端、飛び上がりそうなほどに驚いたのはウィルだった。
「タ、タイロンだって!?」
その驚きように、ヒロシは敵に囲まれていることをつい忘れて尋ねてしまう。
「ウィル、あの人を知ってるのか?」
「知ってるなんてもんじゃないですよ!
タイロンといえば僕たちケンタウロスの英雄なんです!
僕らの一族は皆、タイロンのような偉大な騎士になれと言われて育ってきたんですから」
興奮気味に語るウィルだが、状況は憧れや思い出に浸ることを許してはくれなかった。
「この国の将軍って、それじゃあ……!?」
この国に入る直前、ヒロシたちが巻き込まれた同じ国の兵士同士による戦い。
それを指揮していたのは目の前のタイロンその人だということになる。
「ちょ、ちょっと待った! 自分の国の兵隊同士で戦争をするなんて、ケンタウロスの英雄がそれを認めているのか!?」
ヒロシが尋ねると、タイロンは腰に差した剣を抜いて言った。
「それが国王の望みだからだ。そして我らにとっても、強さこそが全て……
より強い者が生き残り、一人の兵で百にも千にも匹敵する軍団を作れば良い。
それだけのことだ」
「く、狂ってる……メチャクチャじゃないかそんなの!」
「これ以上の問答は無用。話の続きがしたければ、貴様らの強さを示して見せよ!」
タイロンの号令の下、ヒロシたちを囲んだケンタウロスの騎士たちが猛然と襲い掛かった。
だが、彼らの戦い方はやみくもに突進するのではなく、二人一組となって接近し、先の一人が牽制、続く後の一人が手にした剣や槍で斬りかかるといった連携を繰り出し、それが四方から飛んでくる。しかも常に同じ組み合わせで行動するのではなく、時々の位置に応じて組む相手を入れ替え、隙の無い攻撃が繰り返される。
ヒロシの背中から降りて人型に変形したゴーレムも、縦横に動き回る攻撃に翻弄されたうえ、全身にロープを引っ掛けられて転倒し、身動きが取れなくなってしまった。
「皆さん気を付けてください!
この動きは十分に訓練されたもの……彼らは戦いのプロです!」
そう声を上げたのはヤクモだった。
実際、最初に突っ込んでくるケンタウロス兵を迎え撃とうとヒナタが構えても、別の角度から文字通りの横槍が飛んで来て前方に集中する隙を与えてくれない。
それはツキヨやハヤト、ウィルも同様で、メリアが広範囲の魔法で対抗しようとしても、魔法の気配を察知した瞬間にケンタウロス兵は後退して散開し、的を絞らせなかった。
「つ、強い……!」
そう唸らずにはいられないほど、統率の取れた敵兵との戦いは困難を極めた。
指令を出すタイロンを狙おうにも必ず行く手を阻まれてしまい、結局は押し返されて一歩も前へ進めない。
「まだ生き残っているのは見事。お前たち、個々の能力は高いようだが……
それだけで勝てるほど戦場は甘くは無い!」
タイロンが合図をすると、今度はケンタウロス兵が四騎で横並びになり、槍を構え一斉に突撃してきた。その勢いと圧力を正面から受け止めるのは不可能で、弓で対抗しようにも、その隙さえ与えてはくれない。
「こうなったら体当たりしてでも止めるしか――!」
進退窮まったと感じたウィルは自らもケンタウロスの姿に変身、正面から突っ込んでくるケンタウロス兵の前に槍を構え立ちはだかる。だが、その瞬間ヒロシの脳裏に強い予感のようなものが走り、反射的に叫んでいた。
「ウィル、その場所はダメだ! 横に飛んで身を屈めるんだ!」
ヒロシの鬼気迫る声を聞いたウィルは咄嗟に横へ飛び、足を屈めて姿勢を低くする。直後、ウィルを狙った矢が頭上をかすめて飛び、突撃するケンタウロス兵の胸に突き刺さった。そのまま倒れたケンタウロス兵は左右の仲間を巻き込み、なまじ勢いがついていた為に巻き込まれた側も派手に転倒し、立ち上がることが出来なくなってしまった。
「みんな、あの陰に隠れろ!」
ヒロシの呼びかけで、仲間たちは急いで倒れ込んだケンタウロス兵の近くへ移動する。彼らの巨体は身を隠すには十分な大きさで、これだけ大きな障害物があっては整列しての突撃も不可能で、ぶつかる前に飛び越えるか避けるしかない。
タイロンの側からヒロシたちの姿が見えなくなった途端、その場所から大量の白煙が広がり始めた。それはいつかの採石場での戦いでメリアが使った『目隠しの煙』という魔法だった。
効果としては煙を出して視界を悪くするだけのものだが、単純なだけに効果範囲は広く、漂う煙は瞬く間に周囲の景色を覆い隠していく。
「ぬうっ……!?」
視界を奪われてケンタウロス兵たちの間に動揺が走った時には、ヒロシたちはすでに次の行動を開始していた。
煙の中から空高く跳躍、空中から素早く矢を射かけて数人のケンタウロス兵に命中させるツキヨ、猛然と走り出して正面のケンタウロス兵をなぎ倒すウィル、火炎の魔法を周囲に放ち、炎の壁で敵の追撃を防御するメリア、そして切り開かれた道を真っ直ぐに突っ込むヒナタとハヤト。
兵たちの司令塔であるタイロンめがけ、パーティでも特に肉弾戦が得意な二人が肉薄する。
「おらっ、大将首いただきだニャ!」
地面を滑るようにして走るヒナタが、かぎ爪の鋭い一閃を放つ。
タイロンは手にした槍でそれを受け止めるが、間髪入れずに飛び上がったハヤトが、両手で上段に構えた剣を脳天に振り下ろそうと迫っていた。
「……ふんッ!!」
だが、タイロンは気合いと共に四つの蹄で地面を蹴って跳躍すると、その勢いだけでヒナタとハヤトを弾き飛ばし後方へ着地する。
「狙いは悪くない。だがその程度で私の首は獲れんぞ!」
タイロンは後ろ足で立ち上がりながら勢いを溜め、ヒナタとハヤトに猛然と突っ込んできた。
「へっ、そーこなくちゃ面白くないニャ!
チビッコも油断すんじゃねーニャよ!」
「うんっ!」
こと戦いにおいては、二人とも感覚派なためか、考えは似通っている様子である。言葉を交わさずとも互いの狙いが理解できるのは、戦いの連携においては大きな強みとなる。
そして二人と一騎の間で、激しく武器を打ち合う音が響いていた。
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