第三十二話 争いの影(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
身体がバラバラになりかけたが無事に復活
その後、妙に勘が冴えるようになる
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法の実力は急上昇、上級魔法使いクラスへ到達
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
パーティのムードメーカー
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
他人には言えない秘密があるようだが……?
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
嘆きの牢獄で新たな力に目覚める
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
単独での攻撃力は随一
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
砂漠越えを果たしたヒロシたちは対岸の町に滞在し、メリアの体調が回復するのを待った。もちろん砂上船での戦いの疲れを癒す目的もあり、この滞在は元々の予定とほぼ変わらないものだった。
数日が過ぎてメリアの状態も万全となり、旅の準備も十分に整った一行は、さらに北東を目指して出発した。そこは魔王軍の勢力下ではあったが、清涼で緑の多い土地であり、一見すると魔王の影響など嘘のような光景が続いていた。
起伏の多い草原を馬車で進むこと数日、ヒロシたちは異様な光景に直面した。
草原を伸びる街道を挟み、馬車の左右にある丘の向こうから、無数の軍勢が姿を現わしたのだ。軍勢は互いに向き合う形であり、完全に武装している。
整然と並んだ彼らの姿は雑兵の寄せ集めなどではなく、完全に統率された軍隊のそれだった。
「ど、どうしたんだ急に?」
両側を軍隊に挟まれる形となったヒロシたちは驚いたが、彼らの視線は自分たちの方にはなく、互いの軍勢と睨み合っている。
互いに一番前に出て来ているのは、鋼鉄の鎧兜に身を包んだ半人半馬、ケンタウロスの男たちだった。その中でも特に目立つ装飾を付けた人物が中心にいて、それぞれが互いの指揮官のようである。
片方は華美な装飾の入った鎧を纏った将軍然とした者、対するもう一人は黒塗りの鎧を身に付けた、まだ年若い印象の者だ。
「なんかものすごく嫌な予感が……」
両側の指揮官が腕を振り上げ、互いの方向を指し示すと、両側の軍勢は一斉に動き出し丘を駆け下りて来た。
「うわわっ、巻き込まれるっ!?」
御者をしていたヒロシが慌てて馬を走らせるが、ケンタウロスを含む騎兵の動きは素早く、あっという間に馬車の周囲は戦場と化してしまった。武装した騎兵はあちこちで武器を打ち合い、駆け回りながら矢を放つ。
それは演習などではなく、剣で斬られた者、槍で突かれた者、矢が命中した者は次々と血を流し倒れていく。突然始まった地獄のような光景に、ヒロシは身体を低くして馬車に張り付くしかなかった。
「理由は分かりませんが、とにかくここを抜け出さなくては。
我々が馬車の周囲を守ります!」
そう言ってツキヨが馬車から飛び出し、続いてヒナタ、ウィル、そしてハヤトも外へ飛び出していった。彼らはそれぞれ馬車の両翼に展開し、近寄る騎兵らを武器で追い払う。
だが飛んでくる矢だけはどうにもならず、数本が荷馬車の幌に突き刺さってきた。
「これじゃすぐにハリネズミだ。ゴーレム!」
ヒロシが呼びかけると、荷車の隅にあったタマゴ型の置物がぴょんと跳ねて荷馬車の外へ飛び出し、大きなロボットの姿に変わる。
「ゴーレム、飛んでくる矢をどうにかできないか!?」
「むっ」
ゴーレムが両眼を光らせて返事をすると、両肩の一部が開いて小型の銃のようなものがせり出してきた。それは意志を持つかのように自在に向きを変えて動き、飛来する矢の方に素早く銃口を向けた。
――バシュッ!
銃口から発射された青白く細い光線が、飛来する矢を正確に撃ち落とす。
その後も次々と馬車めがけて飛ぶ矢を、ゴーレムは器用に迎撃し続けていた。
「今のうちに離脱しましょうヒロシどの」
馬車の中からそう言うヤクモの声に頷き、ヒロシは馬車を必死に走らせ続けた。やがて殺気立った戦いの輪から抜け出した馬車は、幌に無数の穴を開けながらも無事に戦場を脱することが出来た。
「はあ、なんとか助かった……生きた心地がしなかったよ」
手綱を握ったまま大きなため息をつくヒロシだったが、振り返って馬車の仲間たちに目をやると、ウィルだけがずっと戦場の方角を見つめている。
「どうしたんだウィル、なにか気になる事でも?」
そう尋ねると、ヒロシの方を向いたウィルは複雑な表情を浮かべていた。
「さっきの騎兵の中に、知ってるヤツが居た気がするんです。
そいつとは同郷で、一緒に戦士の訓練も受けていました。
故郷が襲撃されたときに行方が分からなくなっていたんですが、
どうしてこんな場所に……」
そう語るウィルには仲間と再会した喜びよりも、戸惑いの方が色濃く見える。
「詳しい事情は分からないけど、生きてるならまた会えるさ」
「……そうですね。今は先を急ぎましょう」
真っ直ぐ街道を走り続けた先には、大きな城とその城下に広がる街の姿が見えていた。その街もこれまでと同様、魔王軍の勢力下ではあるが、そこに暮らす人々の様子や生活は至って普通で、異邦人であるヒロシたちを特に怪しむこともなく受け入れてくれた。
ひとまず宿を確保した後は、街の状況を知るために酒場へ足を運ぶことにした。
「これは……」
酒場の中はひと目で分かる異様な雰囲気だった。
というのも、席に着いている客のほぼ全てが兵士であり、程度の違いはあれどそれと分かる装備を身に付けていたからだ。
彼らはヒロシたちには目もくれず、皆が一様に暗い表情で酒をあおっている。
奇妙に思いつつカウンターに近付き、酒樽のような体型のマスターに話しかけると、彼もまたため息をつきながら事情を語ってくれた。
「ああ、連中が暗い顔をしてクダ巻いてる理由かい?
ひどい話なんだが……ちょっと前から国王の様子がおかしくなってね。
兵隊の質を高める必要があるとか言い出して、軍の兵隊が味方同士で
分かれて戦わされているんだ」
「そ、それって……俺たちがここへ来る時、その戦いに巻き込まれたんですよ!」
「そうかい、あんたらも災難だったね。だが無事でよかったじゃないか。
あの戦いで、毎日大勢の兵士が死んでどんどん人の数が減っている。
ここにいる連中も、いつ自分の番が来るかって怯えているんだよ」
事態は想像以上に深刻なものだった。国王の命令とはいえ、仲間同士で戦い命を奪い合うなど正気の沙汰ではない。
ヒロシは一旦話を切り上げ、宿に戻って仲間と顔を突き合わせた。
「みんな、どう思う?」
ヒロシが仲間の顔を見渡して言うと、最初に口を開いたのはヤクモだった。
「ここが魔王軍の勢力下である以上、今回の件も彼らが絡んでいると見るのが妥当ではないでしょうか」
その意見に異論を挟む者はいなかった。その後にツキヨが続く。
「今までの経緯を考えると、次は四魔将の一人イレーナが出てくる可能性が高いはず。国王の様子がおかしくなったというのも、あの女の能力が絡んでいるとすれば簡単に説明が付きます」
真面目な顔をしているツキヨの横で、酒場から買って来た酒を飲みながらヒナタが言った。
「味方同士で兵隊を戦わせるとか、あの性悪女が考えそうなことニャ。
前もそうだったニャ」
ヒロシやメリアも港町リンドでの戦いを思い出して頷くが、イレーナと実際に遭遇したことが無いウィルとハヤトはあまりピンと来ない様子である。
「あの、四魔将のイレーナについては皆さんから話で聞いてますけど、
だとしたら手ぶらで挑むのは危険なのでは?」
ウィルが言うように、イレーナの能力である『魅了』は非常に強力で恐ろしいものだ。対策も無しに挑んだ所で、前回のように男性陣は操られてしまうのがオチだろう。
「うん、確かにウィルの言う通りなんだよな。
あの時はメリアのおかげでなんとかなったけど、
ずっと手を繋いでるわけにもいかないし」
ヒロシが腕を組んで考え込んでいると、メリアがそっと手を挙げた。
「あの、その事についてお話があるんですが……
イレーナとまた出会った時のことを考えて、前にお師匠様に相談したんです。
それで『魅了』を防ぐお守りの作り方を教えてもらいました」
「そ、そうだったのか。凄いじゃないかメリア!」
「どれくらいの効き目があるかは確かめられてませんけど、
きっと役に立つと思います」
その後はメリアの指定した材料を集め、手分けしてお守りを人数分用意した。
それは数種類の香料や花びら、香油を混ぜ合わせたものを小袋に詰めた、いわゆる匂い袋というものだった。
そこにメリアが解析した『魅了』に対抗するパターンの魔力を込めることで、イレーナの能力を打ち消すという理屈なのだという。匂い袋は男性四人分があれば足りるはずだが、想定外の出来事に備えて全員がひとつずつ携帯することにした。
「――さてと、ひとつ準備が整ったけど、もう一方はどうなったかな」
匂い袋づくりを終えたヒロシがテーブルの席でそう呟く。
内職だとか細かい作業は苦手だと言って、ヒナタはハヤトを連れて城へ忍び込むルートの調査に出かけたきりだ。
ここの城は王都に負けないくらいに巨大で、外側を一周するだけでも結構な時間が必要なほどの広さがある。正面から乗り込むのはほぼ不可能に近いため、やはりどこかから侵入するルートを見つけるしか方法は無かった。
「にゃっほー、戻ったニャ!」
そう言って部屋のドアを勢いよく開けて入って来たのはヒナタである。
その後ろでは紙袋一杯に入ったおやつを抱えて上機嫌なハヤトの姿もある。
「偵察は完了、城に乗り込むルートの目星も付けてきたニャ。アタシってば偉い!」
腰に両手を当ててカラカラと笑うヒナタを、ヒロシと同じくテーブル席に座っているツキヨが見上げている。
「偉いかどうかは内容を聞いてからだぞ」
そう言われたヒナタは鼻をフンスと鳴らし、窓に近寄ってヒロシたちを手招きする。
「まーまー、オメーらちょっとこっちに来るニャ」
呼ばれたヒロシたちが窓際に集まると、ヒナタはそこから見える、街の端に建つ背の高い塔を指した。
「あそこに見張りの塔のてっぺんから、上手いことロープを渡して中に乗り込めそうだったニャ」
「ロープを渡すと言っても、結構な距離だぞ。
それをぶら下がって渡るつもりなのか?」
ツキヨが聞き返すと、ヒナタは旅の荷物の中から取っ手の付いた滑車を取り出してきた。それも単なる滑車ではなく、やや大きめの本体部分にはスイッチらしきボタンが付いており、これを押すと滑車が回転する仕組みになっている。
「じゃじゃーん! これ、鍛冶屋のおっさんが作ってくれたニャ。
コイツを使えばロープもサッと渡れるニャ」
それはヒロシにとっては、アクション映画などに出てくる小道具としてお馴染みのモノでもある。
「……なるほど、ヒナタの考えにしては悪くない。
これなら侵入にも手間取らないか」
滑車を見たツキヨが感心したように言う一方、ヒナタは少しむくれている。
「なんかひどい言われようだニャ」
その横で皆と同じく塔を見ていたヤクモが、塔と城の位置を見比べながら言う。
「高さ、距離から見てもあの塔から侵入を試みるのがベストでしょう。
現場には見張りの兵がいるでしょうが、我々の人数なら騒がれる前に
制圧も出来るはずです」
ヤクモの一声もあり、見張りの塔から城へ侵入するというルートが決まった。
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