第三十一話 砂漠を越えて(4) スナワニ.3
「無茶だ! おーいっ!?」
ヒロシが船の縁まで走って追うと、ヒナタは巨大スナワニに引っ張られながら、足に履いた板で砂の上を器用に滑っていた。
「ま、まるで水上スキーみたいだな……」
ヒナタが無事なことにホッとしたのもつかの間、船外に出た彼女の周囲にはスナワニが一気に集まって来た。
「そー来ると思ってたニャ! アタシに触れるもんなら触ってみろーッ!」
ヒナタはアクロバットな動きで器用に飛び跳ね、スナワニの襲撃を難なく躱していく。そればかりかすれ違いざまにかぎ爪の一撃を叩き込み、数匹をまとめて撃退してしまう。
「わーっ、ネコのねーちゃんかっけー! ねーねー、オレもあれやりたい!」
派手に立ち回るヒナタを見て、ハヤトは両目をキラキラ輝かせている。
強い力を秘めているとはいえ、こういう部分はまだまだ年齢相応、遊びたい盛りの男児である。
「遊びじゃないんだからマネしちゃいけませんッ!」
「ちぇーっ、つまんねーっ!」
ハヤトは不服そうにしながらも、船員たちにスナワニが迫らないように剣で追い払い続けている。目立つ動きではないが、ハヤトが居なければ砂上船を守る戦いはもっと骨が折れた事だろう。
「それにしても、ヒナタはここからどうしようっていうんだ」
ヒナタは巨大スナワニの背後に付いて砂の上を滑っているが、それだけでは状況は変わらない。その時ふと、ヒロシはスナワニではなく、砂漠の景色そのものに意識が移った。
(これは……!)
戦いの混乱ですっかり忘れていたが、砂漠は平坦な地形ばかりではない。
強い風によって砂は波のように形を変え、時には一ヶ所に集まって高い丘を形作ることもある。そして今、砂上船はまさにその丘を駆け上がり、頂上へと到達せんとする所だった。
「そうか、ヒナタはこれを利用するつもりだったのか!」
彼女の狙いが分かった瞬間、砂丘の頂上を砂上船が飛ぶ。
そしてその横で船を追うスナワニたちも次々と飛び出して来た。
その中には、当然巨大スナワニも含まれている。
重力に引かれ先に着地した巨大スナワニの後ろで、ヒナタが勢いを付けて空高く舞う。
「待ってたニャ! この瞬間をよー!」
遥か頭上を取ったヒナタは左腕のワイヤーを巻き取らせ、かぎ爪を突き出して一気に突き刺そうと突進する。
(ダメだ、そっちは――!!)
離れた位置からその様子を見ていたヒロシは直感した。
死角を突かれた巨大スナワニが、簡単に敵の接近を許すだろうか。
連中は目が見えない砂の中でさえ、正確にこちらの位置を把握する能力を持っている。そしてヒロシの目に映る巨大スナワニの動きは追い立てられる獲物のそれではなく、油断した敵を待ち構える必殺の気配に満ちていた。
「背中は弱点じゃない! 脇を狙うんだッ!!」
ヒロシは喉が破れそうなくらい、声を張り上げて叫ぶ。
その声を耳にしたヒナタはすぐさま全身に細かい震えが走り、彼女の本能が危険を敏感に察知していた。
「こ、これはヤバいニャ!!」
ヒナタは突き出していたかぎ爪を引っ込め、身体を捩るように回転して無理やりにジャンプの軌道を変えた。その直後、巨大スナワニの背びれが一瞬にして立ち上がったかと思うと、その節々から飛び出た鋭いトゲが一斉に発射された。
そのトゲは紫の液にまみれており、ヒナタはギリギリのタイミングでトゲの直撃を免れ、周囲に飛び散った液まみれのトゲは、近くにいた無数のスナワニたちに突き刺さる。
「ギャーーーーッ!」
液まみれのトゲを浴びたスナワニたちは一瞬にして身体が硬直し、ボトボトと砂の上に落下していく。その死体には他のスナワニも近付かず、紫の液が魔物でさえ避けて通るほどの猛毒であることを物語っていた。
「あ、危なかった……ヒロシが叫ばなかったらトゲがぶっ刺さってたニャ。
こんニャろー!」
砂丘の斜面に着地したヒナタはその勢いに乗って巨大スナワニと並走、そこから一気に間合いを詰め、巨大スナワニの脇にかぎ爪を深々と突き刺す。
ドラゴンの爪を鍛えた刃はスナワニの肋骨を貫通し、心臓を切り裂いていた。
「ギーーーーーーーッ!?」
巨大スナワニは背びれを震わせ、奇怪な絶叫を上げた。
手足の動きが無くなり、小さな眼球からは光が消えていく。
そのまま砂丘を滑り落ちた後、巨大スナワニは頭を砂の中に突っ込んだまま動かなくなった。
勢いが止まったヒナタは砂の上に一人取り残される形となったが、リーダーである巨大スナワニを倒されたことで群れは統率を失い、四方に散って逃げ出していった。
「やったニャー! 大勝利ッ!」
力尽きた巨大スナワニを後ろに、ヒナタは勝ち誇ってカラカラと笑う。
難を逃れて停止した砂上船から降りてきた仲間や船員たちは、巨大スナワニの死骸を眺めて感嘆の声を上げていた。
「まさかスナワニにこんな親玉がいたとはなあ。
普段俺たちが相手にしていたのは奴らの子供か、あるいはハチかアリみたいな兵隊だったんだろうな」
巨大スナワニの死骸を見上げ、砂上船の船長はそう言った。
群れを統率し次々に呼び寄せては襲い掛かって来た所からして、彼の考えはおおよそ当たっているだろうとヤクモも同意していた。
「しかしこれは……使えそうですね」
ヤクモは巨大スナワニの背びれにあるトゲを慎重に観察し、そこから分泌される毒液をいくつかの瓶に採取していた。
「同族ですら忌避する程の威力なら、いざという時の切り札になるでしょう」
物騒なものを平然と回収するヤクモに、ヒナタはジトッとした視線を送る。
「それ、間違ってもアタシらに使うんじゃねーのニャ」
「もちろんですとも。非力な私などは、こうした武器にも頼らねば生き残れませんので」
二人がそんな会話をしている隣で、ツキヨが感心した様子でヒロシを見ていた。
「しかしヒロシどの、よくこの背びれに毒があると気付きましたね。
あの騒ぎの中では、私もそこまで気が回りませんでした」
「それが自分でも不思議でさ。なんかこう、見てたらよくないモノがあるって感じたとしか……」
「飛び掛かって来たスナワニを仕留めた時といい、以前と比べてヒロシどのの感覚や反射神経が鋭くなっているようですね。なぜそうなったのか、私には想像も付きませんが」
二人揃って首を傾げながら考えていると、ヒナタがヒロシに近付いて肩をバンバンと叩く。
「いやー、ヒロシのおかげで命拾いしたニャ。
ヒロシはやればできる子だってアタシは信じてたニャ」
「ヒナタが無茶するからこっちも焦ったよ。でも間に合って本当によかった」
「うんうん、そーだろニャそーだろニャ。
もっとアタシを甘やかして、ご褒美の酒とお小遣いくれてもいいんニャよ?」
「そういうのはツキヨに話を通せって言われてるから……」
ヒロシが目を逸らすと、その隣でツキヨがふんすと鼻を鳴らし睨みを効かせている。
「あーっ! ツキヨそんなお母さんみたいなコトしなくていーのニャ!」
「だまらっしゃい。そんな台詞はもっと色々ちゃんとしてから言ってもらおう」
ぷんすこ怒って迫るヒナタの顔を片手で押さえつつ、ツキヨは顔だけヒロシの方に向けて言う。
「さてヒロシどの、ヒナタの事は私が見ていますから、メリアの所へ行ってあげてください。もうしばらくは傍で看ていた方が良いでしょう」
「ああっ、そうだった! じゃあ二人とも、また後で!」
ヒロシは砂に足を取られつつも急いで砂上船に戻り、メリアを寝かせた船室に向かった。
巨大スナワニの体当たりや砂丘を飛んだ衝撃でメリアがベッドから落ちていないか心配だったが、彼女は部屋を出た時と変わらず、じっとベッドに横たわっている。
「ふう、無事で良かった……」
ヒロシは彼女の額の濡れタオルを新しいものに替え、ホッと安堵のため息をつく。しばらくして砂上船に戻って来たヒナタとツキヨにメリアの着替えを頼み、メリアの体調は順調に回復していった。
その後は砂上船を襲うモンスターの姿は無く、ヒロシたちを乗せた船は無事に砂漠の対岸へと辿り着くことが出来たのだった。
第三十一話 砂漠を越えて おわり
次の投稿は月曜19時予定です




