第三十一話 砂漠を越えて(3) スナワニ.2
船上では、まだスナワニとの戦いが続いていた。
スナワニは砂の中へと自在に身を隠すため狙いが付けづらく、矢を当てるのも苦労している状況であった。
砂の中から飛び出してくる数匹のスナワニを迎え撃つのは、剣を構えたハヤトと槍を手にしたウィルだ。
「でやっ!」
ハヤトは甲板を蹴って跳躍し、頭上から襲いかかろうとするスナワニを剣で叩き落す。ウィルも狙いすました突きをスナワニの口の中へ放ち、その穂先は口腔から頭蓋を正確に貫通していた。
「みんな無事か、状況は!?」
船室から戻って来たヒロシはボウガンを構え、仲間たちの元へ駆け寄る。
「まだ犠牲者は出ていませんが、魔物が次から次へと出てきてキリがありません。
倒しても倒しても、すぐにどこかから新手が集まって来るのです」
ボウガンを撃って近付くスナワニを牽制しながら、ヤクモがそう答えた。
左舷側に顔を向けて砂漠の方をよく見ると、スナワニを何匹か撃退しても、すぐに遠くから別のスナワニが合流し一向に数が減らない。
これでは無駄に体力と矢を消耗するばかりだ。
「……」
ヒロシはまたしても妙な違和感を感じ、左舷の縁を掴んで目を凝らし砂をじっと観察する。一見すると不規則で、ひたすら砂上船に迫ってくるだけに思えたスナワニたちだが、その中でずっと砂の中に身を隠し、船から一定の距離を保ち続けている個体が存在することにヒロシは気付いた。
「ツキヨ、こっちに来てくれ!」
ヒロシが叫ぶと、船に乗り込もうと飛び上がったスナワニを弓で射落としたツキヨが近付いて来た。
「どうしましたヒロシどの」
「ほら、ここから真っ直ぐ……二十メートルくらいの所だ。
砂の中に、ずっと距離を保ったまま姿を隠してる奴がいる」
「……言われてみれば確かに。
船に近付く連中に気を取られて気付きませんでした」
「妙だと思わないか? どうしてアイツだけ寄ってこずに、
じっとこっちを見てるみたいに間合いを保ってるんだ?」
ツキヨは鋭い眼差しで砂に潜り続ける個体の方を見つめ、そしてすぐにヒロシが言わんとした事を察した様子だった。
「もしや、司令塔のような個体が群れを率いているのかもしれません。
だとすれば……!」
ツキヨは弓を強く引き絞り、姿を隠し続けるそれに狙いを定める。
――ヒュンッ!!
放たれた矢が空を切り裂き、盛り上がる砂の上に突き刺さる。
次の瞬間、奇怪な唸り声を発しながら、他のスナワニより一回り大きな個体が砂の中から飛び出してきた。その図体の大きさもさることながら、巨大なスナワニには他と違う、鮮やかな色合いの背びれのようなものがある。
背びれは自在に折りたたみが出来る構造になっていて、砂の中ではこれを背中に這わせ、移動の邪魔にならないようにしていたようだ。
「で、でかい!?」
「ヒロシどのの言う通りだった……こんな奴がいたとは!」
その姿は砂上船の船員たちにとっても初めて見るものらしく、その巨大さに彼らも驚きを隠せていない。背中にはツキヨの撃った矢が刺さっているが、致命傷には至っていない様子である。
「ギシャアアアアアアアァァッ!!」
巨大なスナワニは耳障りな叫び声を上げ、猛然と砂の上を滑るように突進してきた。そして甲板に乗り込もうとするのではなく、その巨体と勢いのままに砂上船へと体当たりを仕掛けた。
「うわあっ!?」
衝撃で危うく投げ出されそうになり、ヒロシは肝を冷やしながら砂上船の縁にしがみつく。仲間たちや船員もバランスを崩し、その場にしゃがみ込んだり転倒している者がほとんどだ。
巨大スナワニは二度三度と体当たりを繰り返し、徐々に船体は傾き初めていた。
「あいつ船をひっくり返す気だ! このままだとまずいぞ!」
船をやられてしまえば一巻の終わりである。船室に残してきたメリアや荷室の馬車の事を考えると、これ以上のダメージは絶対に避けなくてはならない。
最後の一撃のため、再び船から距離を取る巨大スナワニを目で追っていると、視界の端から通常のスナワニが砂の中から跳躍し襲いかかって来た。
「危ないっ!」
誰かがそう叫んだ瞬間、ヒロシは咄嗟に腰の剣を抜くと身を屈めて仰向けになり、柄を両手で掴み切っ先を真上に向けていた。剣はスナワニの前足の付け根より数十センチほど身体側の位置に突き刺さり、そのままヒロシの上に覆いかぶさるようにして動かなくなった。
「ぐぎぎ、重い……!」
近くにいた船員やツキヨがスナワニをひっくり返して押しのけると、ヒロシはぶはっと息を吐いて這い出してきた。
「大丈夫ですかヒロシどの。怪我はありませんか」
「ああ、なんとか。重くて窒息しそうだったから助かったよ」
これといった傷も無いヒロシを見て安堵したツキヨは、剣が突き刺さったままのスナワニの死体に目をやる。
「しかし見事です。正確に急所を突いている。
動く的には至近距離でも命中させるのが難しいので」
「いやあ、いきなりで必死だったから。
でも……今回はやけに冷静に『ここだ』って狙えたような気がするんだよな」
「戦いにおいては敵の急所をいかに早く見抜き、
冷静に狙えるかが生死を分ける鍵になります。
ヒロシどのにもそうした感覚が芽生えてきたのかも知れませんね」
「はは、そうだといいんだけど……それよりあのデカいのは?」
巨大スナワニはダメ押しの体当たりを何度か試みようとしていたが、船員たちが必死に矢や投げ槍で抵抗してくれたおかげで近付けずにいたようだ。だが、その他のスナワニの群れは矢や投げ槍をかいくぐり、船上の獲物めがけて大きな口を開き飛び掛かる。
「このっ、しつっこいニャ!」
ヒナタは素早く横へ身をかわすと同時に、かぎ爪でスナワニの喉を切り裂く。
その一撃でスナワニは絶命したが、頭から甲板に突っ込んだおかげで床板が折れてしまっていた。
「あーもうっ、船の上で待ち構えてるなんてアタシのスタイルじゃねーのニャ!
こっちも砂の上を自由に滑れたら……って、およ?」
ヒナタは穴の開いた甲板を見て、両耳とシッポをピコンと立てる。
そして穴の開いた甲板の一部を強引に引き剥がすと、かぎ爪でザクザクと刻んで形を整え始めた。
「ここをこーやって……!」
ヒナタは板を二枚の細長い形に割り、それを踏んでから手近な紐でブーツに括り付け、二ッと笑う。
「へへーん、雪山でこーやって沈まないようにしてた連中を見たことがあるニャ」
「おいヒナタ、なにするつもりだ!?」
「こうするに決まってんのニャ!」
ヒナタは左腕の手甲に装着したワイヤー発射装置を構え、巨大スナワニめがけて発射した。先端に返しが付いた杭がスナワニの背ビレに引っ掛かると、ヒナタは伸びきったワイヤーに身を任せ船外へ飛び出してしまった。
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