第三十二話 争いの影(4) 閃き
(手を出すなって言ったって、このままじゃ二人が……!)
ヒロシは背負っていた小型のボウガンを手に持ち、一直線に駆け出す。
後ろからメリアの呼ぶ声がしたが、ヒロシは構わず間合いに入るまで進み、タイロンに向かってボウガンを構えた。
タイロンはこちらに背を向けており、完全に死角の位置である。
(一瞬でもいい、隙を作らなきゃ――!)
ボウガンの狙いをタイロンの下半身、つまり馬体の後ろ足部分に定めてトリガーに指を掛けた瞬間、ヒロシの背筋に言いようのない悪寒が走った。
(ダ、ダメだ! ここを狙ったら……!)
刹那、脳裏に駆け巡ったのは放った矢を後ろ蹴りで跳ね返され、自らの眉間にそれが突き刺さるという、やけに具体的な想像だった。
気のせいだと思うにはあまりにも生々しいイメージに、ヒロシは息を呑む。
(けど、どうすればいい? どこを狙えば――)
戸惑うヒロシの視界の端に、地面に転がる小石があった。
それは本当にただの小石だったが、なぜか目を離せない存在感を放っているように思えた。
(あれを狙えってことなのか? 自分でも理由がさっぱり分からないけど……
やるしかない!)
ヒロシはボウガンの照準をタイロンから小石の方へ移し、祈りながらトリガーを引く。
(頼む、上手く行ってくれ!)
――ヒュンッ!
――ガキッ!
放たれたボウガンの矢は、小石の脇をかすめるように当たり地面に突き刺さる。そして矢に弾かれた小石は弧を描いて高く飛び、タイロンの兜に当たってカツンと音を出した。
「むっ……!?」
その時、ハヤトに向かって次の斬撃を繰り出していたタイロンの意識が、一瞬だけ逸れた。同時に放たれたタイロンの斬撃には、見た目では分からない力の綻びが生じる。
その糸のようなわずかな隙を、ハヤトは見逃さなかった。
「分かったぞ、こうだッ!」
ドラゴンの牙から削り出された刃が飛ぶ斬撃を受け止め、そしてハヤトはその力をただ押し返すのではなく、巻き込むように剣を回しながらタイロンへ向けて剣を振り払う。するとタイロンの飛ぶ斬撃は勢いを増して向きを変え、地面を抉りながら放った本人の元へ返って行く。
「――!?」
斬撃がタイロンに直撃した瞬間、耳を衝く轟音が響き、周囲に土煙が舞い上がる。煙が流れ姿を現したタイロンは、槍で直撃を免れたものの、体勢を崩しその場に前膝を付いた姿だった。
「やった、大成功っ!」
手応えを感じたハヤトが喜びの声を上げたその横を、後ろからヒュンと音を立てて通り過ぎる影があった。
「ここだニャ! もらったーーーーーッ!!」
地を這うような低い姿勢で一気に詰め寄り、ヒナタは千載一遇のチャンスに身体ごと突っ込んで行く。そして全身をバネにして矢のように真っ直ぐ前方に跳躍、すれ違いざまにかぎ爪の一撃を叩き込んだ。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
タイロンの声が響くと同時に、胸の部分が鋼鉄の鎧ごと切り裂かれ赤い血が噴き出した。致命傷までには至らないものの、もはや戦いを続行するのは不可能といえる深手だった。勢い余ったヒナタは地面を転がり、素早く体勢を立て直して身構えたが、タイロンはその場に膝を付く格好のまま動いていなかった。
「ハァ、ハァ……おっかねーおっさんだったニャ。
今の隙が無ければ勝てたかどうか分からんニャ。
チビッ……ハヤトもよくやったニャ!」
ヒナタは顔に汗を浮かべながらも、タイロンに大きな隙を作ったハヤトを褒めた。ちゃんと名前を呼んでもらえたことが嬉しかったのか、ハヤトもエヘンと胸を張っていた。
ヒナタはハヤトに軽く手を振ってやり、タイロンの後方で胸を撫で下ろしているヒロシの方に目をやる。
(あの一瞬……アタシからはよく見えなかったけど、おっさんの頭に何かが当たって気が逸れた。あれはなんだったニャ……)
そしてタイロンから少し離れた地面に突き刺さったボウガンの矢を見つけた。
(まさか、これもヒロシが……?)
しかし、今は小さな事に気を回している場合ではないと頭を切り替え、ヒナタは天を仰ぎ「ふー」と息を吐くのだった。
ウィルとブラッド、ヒナタとハヤトらとタイロンが戦っているのと同じ頃、メリアの発生させた目隠しの煙の中で、ツキヨは無数のケンタウロス兵とほぼ一人で渡り合っていた。
「くそっ、どうして向こうはこの煙の中で正確に狙いが付けられるんだ!」
ケンタウロス兵の一人が矢を受けた味方を前に声を上げる。
だが次の瞬間、煙の中から飛来した矢が前足の付け根に突き刺さる。
「ぐわっ!?」
矢を受けたケンタウロス兵がその場に倒れ込むと、他の仲間たちも身構えるが、場所を変えて次々に煙の中から矢が飛来し、彼らの身体に刺さっていく。煙の中に身を隠しているツキヨは、新たな矢をつがえながら耳を立て、次の標的の居場所を見極めながら移動する。
「探せ! 矢はそっちの方向から飛んできたぞ!」
そう叫びながらケンタウロス兵は見当違いの方向へ向かい、ツキヨは足音を殺しながら彼らの後を追跡する。
(ラビト族の耳の良さを舐めてもらっては困る。
目が使えなくとも、声さえ聞こえれば相手の居場所を知るなどわけもない)
だが、彼女はただ戦っていたのではなかった。一見不規則に思える攻撃も、ある方角から敵を遠ざけるための仕込みだったのだ。
(今のうちに頼みますヤクモどの――)
ツキヨが敵の注意を引き付けている間に、気配を消すのが特技であるというヤクモは転倒して身動きが取れないゴーレムの元へ忍び寄る。そしてゴーレムの身体に絡まったロープの数本をナイフで切断する。すると片腕を動かせるようになったゴーレムは自力で残りのロープを引き千切り、ようやく立ち上がることが可能となった。
「待たせてしまいましたねゴーレム。ひとまずツキヨどのの援護を頼みます」
「むっ」
ヤクモの言葉に頷くようにゴーレムは両眼を光らせると、白煙が漂う周囲の様子をサーチし始める。そして煙の中に点在する無数のケンタウロス兵の影をロックオンすると、身体中の装甲を開き、四方へマイクロミサイルを発射した。
「なっ、なんだ!? ぐわあっ!!」
頭上から突如降り注いだ小型の炸裂弾を浴び、ケンタウロス兵たちは次々に倒れていく。目隠しの煙が徐々に晴れていくと、そこには多数のケンタウロス兵が倒れ、無傷の者はほとんど居ない状況となっていた。こうなってしまえば、残りはゴーレムやツキヨの敵ではない。
敵が無力化されたことを確かめたツキヨは、弓を収めゴーレムとヤクモの元へ近付く。
「助かりましたヤクモどの、ゴーレム。
さすがにこの数を私一人で捌くのは無理がありましたので」
「間に合って良かった。ツキヨどのも怪我はありませんか」
「ええ、おかげさまで」
二人が言葉を交わしている横で、ゴーレムも目を光らせながら「むっ」と返事をしている。だが、地面に倒れているケンタウロス兵の中で、傷の浅い者が倒れながら弓矢を構えている事に、彼らは気付くのが遅れてしまった。
「しまった! ツキヨどの――!」
立ち位置から、一番最初に放たれた矢に気付いたのはヤクモだった。
考えるヒマもなくツキヨを突き飛ばしたその直後、ヤクモの右肩に矢が突き刺さっていた。
「ぐっ……!」
「ヤクモどの!?」
その場にうずくまったヤクモとツキヨを守るようにゴーレムは射線に立ちはだかり、出力を落とした熱光線を両目から放つ。それを頭部に受けたケンタウロス兵は衝撃で被っていた鉄兜が吹っ飛び、脳震盪を起こして気絶した。
「大丈夫ですか、なぜこんな無茶を!」
ツキヨは肩を押さえて座り込むヤクモに声をかけるが、脂汗を滲ませながらもヤクモは笑みを浮かべている。
「い、今は戦力が落ちるのは避けなくては。
ツキヨどのが無事でなによりでした……ううっ」
「この場所なら……痛みますが我慢してください」
ツキヨはヤクモの肩を左手で押さえて固定し、右手で矢を真っ直ぐに引き抜く。
「ぐうっ……!!」
ヤクモは歯を食いしばって耐えるが、傷口は血が溢れて彼の白い服が真っ赤に染まっていく。ツキヨは矢が刺さった部分の服を脱がせ、ヤクモが持っていた荷物から消毒用のアルコールをかけてから、膏薬を塗り込んだガーゼを当てて包帯できつく巻いていく。
「今は傷を縫っているヒマがありません。しばらくこれで我慢してください」
「ええ、ありがとうございます……私のことは気にせず、先に皆の加勢に向かってください」
「なにを馬鹿なことを。怪我人を置いて行けるわけがないでしょう」
ツキヨはヤクモに手を貸して立たせ、ヒロシ達がいる方へ向かった。
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