第三十一話 砂漠を越えて(1) ナイショ話
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
身体がバラバラになりかけたが無事に復活
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法の実力は急上昇、上級魔法使いクラスへ到達
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
嘆きの牢獄での事件で落ち込み中
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
他人には言えない秘密があるようだが……?
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
嘆きの牢獄で新たな力に目覚める
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
飛行船で北東へおよそ半日。
ちょっとした山地を飛び越えて辿り着いた場所は、肌寒い風の吹く平地だった。空の上からでは大したことが無いように見えるが、地上から進もうとすれば数日は必要となる道のりだ。
着陸地点のすぐ近くには町があり、ヒロシたちはひとまずそこへ足を運ぶ事にした。街の中に魔王軍の姿は見当たらず、見る限りでは平穏な空気が流れている。ひとまず宿を取り、町の人々に話を話を聞いてみたところ、ここから先へ向かうには、町の東側に広がる砂漠を越えなければならないという事だった。だが幸いにも砂漠を渡る連絡船というものがあり、徒歩で過酷な道のりを進まなくても良い事に仲間からも安堵と歓喜の声が上がった。出航予定日は数日先らしく、ヒロシたちは町に滞在し、身体を休めつつ出航を待つことにした。
「ヒロシ様、体調は変わりありませんか? どこか痛むとか痺れたりがあれば言ってくださいね」
牢獄のような塔で死にかけたあの一件以来、メリアはヒロシのそばを離れず、これまで以上にヒロシを気にかけ身の回りの世話を買って出るようになった。彼女がそう口にしたわけではないが、バラバラになりかけて瀕死だった姿がよほどショックだったのだろうと、一人でいるときにツキヨがそっと教えてくれた。大部屋のテーブル席に座っていたヒロシはサッと立ち上がり、軽く肩を回して自分の健全さをアピールする。
「あ、うん。大丈夫だよ。今日も不思議と調子が良くてさ。前より身体が軽い気がするんだ」
手を握って開いたり、その場で屈伸をして感覚を確かめながらヒロシはそう答えた。メリアは普段から細やかな所にも気が付く性格だが、今は目を離したくないというのが本音のようだった。彼女に心配をかけて申し訳なく思う一方、長年探し続けた最愛の家族と師匠に再会できたのも束の間、二人を同時に失うという悲劇に見舞われたヒナタの落ち込み方も深刻で、なるべく彼女を一人にしないよう皆で話し合ったばかりでもあった。もっとも、ヒナタは大抵自分から誰かの近くに寄って来るのだが。立ち上がったついでにヒロシはヒナタが寝転がっているベッドに近付き、彼女の様子を見る。
「……」
ヒナタは横になったまま両膝を抱えて縮こまっており、さながら丸まった地虫かダンゴムシのようである。
「ヒナタ、大丈夫か?」
そう声をかけると、彼女は耳だけを動かして反応する。
「まだちょっとキツいニャ……」
力のないその声に、どうにか励ましてやりたいとは思うのだが、こればかりは境遇も性別も違うヒロシにはいい考えが浮かんでこない。せめて気の利いた言葉でも出ないかと頭をひねっていると、メリアが二人の元に近付いて来た。
「ヒナタさん、まだ気分が優れませんか?」
メリアはベッド横に置いてある小さな椅子に腰掛け、優しく声をかける。
「身体は元気なハズなんだけどニャ……気を抜くとすぐ思い出して、力が抜けちゃうニャ」
相変わらず目線を合わさずにそう答えるヒナタにメリアはそっと手を触れて言った。
「その気持ち、私にも分かります。家族を失うのは、とても心が痛くて悲しいですから……」
それを聞いた途端、ヒナタは頭を上げてメリアの顔を見た。
「メリア……? メリアもそうだったのニャ?」
ヒナタにとっては初耳だった話に驚いていると、メリアはゆっくりと頷く。
「私の両親は、たまたま私が家を離れた一時間足らずの間に、何者かに殺されました。まだ小さかった私は一人では生きていけなかったから、引き取ってくれたお城で下働きをして暮らしていたんです。ヒロシ様が連れ出してくれるあの日まで……」
話を聞いたヒナタは勢いよく起き上がり、そのままメリアをぎゅっと抱きしめた。
「なんでそんな大事なコト黙ってたのニャ……水臭いニャ」
「ごめんなさい。皆さんには余計な気を遣わせてしまうんじゃないかって思ったから」
「アタシらはもう一心同体みたいなもんニャ。そんなの気にするわけねーのニャ」
「はい……ありがとうございます」
二人の声には涙が混じっていた。ヒロシは横でじっと二人を見守っていたが、やがて顔を上げたヒナタがヒロシにこう言った。
「ヒロシ、悪いけどちょっと席を外して欲しいニャ。女同士で話したいことがあるニャ」
「あ、ああ、わかったよ」
言われるままヒロシはベッドから離れ、二人の声が聞こえないよう大部屋の外へ出て行った。ヤクモとウィル、それからハヤトは買い出しに出かけており、部屋の中に残っているのは、自分のベッドに腰掛け砂漠に関する書物に目を通しているツキヨだけだ。ヒナタはメリアを抱きしめていた腕の力を緩め、そっと身体を離して彼女の顔を見る。
「メリアはヒロシのことが好きかニャ?」
ヒナタが尋ねると、メリアは耳まで赤くして戸惑ってから、コクリと頷く。
「は、はい……」
「ニャハハ、アタシもヒロシは好きだニャ。でも多分、メリアの好きとはちょっと違うかも」
「ヒナタさん……?」
「アタシも色んな場所を旅してきて、たくさん人間を見てきたけど、どこへ行ってもアタシみたいな亜人とか獣人の扱いなんてロクなもんじゃなかったニャ。だけどヒロシは違ったニャ……出会ってから今までずっと、アタシやツキヨ、ウィルのことも自分と同じ一人の人間として扱ってくれたニャ。だからアタシもヒロシのためなら、なんでもしてやろうって思ってる。アタシが言う好きってのは、大体そんな感じニャ」
そう言って笑うヒナタの顔を、メリアは久しぶりに見た気がした。
「今度のことでアタシも骨身に染みたけど……自分の気持ちとか本当に大事なことは、言わなくても伝わるとか胸の奥にしまっておくなんてダメだニャ。相手がいなくなってから、後でいくら後悔したってどうしようもないニャ」
「はい……そうですね」
「明日死んでも悔いが無いように、今のうちにドーンとぶつかっとくニャよ。アタシはたまにヒロシ貸してくれたらそれでいいニャ」
「も、もうっ……ヒナタさんっ」
いつもの調子でカラカラと笑うヒナタに、メリアは少し拗ねつつも安堵していた。そこへ目を通していた本をパタンと閉じ、席を立ったツキヨが近付いて来てベッドに腰を下ろす。
「盗み聞きするつもりはありませんでしたが、二人の話が聞こえてしまったので……詫びと言ってはなんですが、意中の男性に思いを伝えるラビト族の作法をメリアにお伝えしましょう」
「え、ええっ?」
話が思いもよらぬ方向へ進んだことにメリアが戸惑っていると、ツキヨは姿勢正しく真面目な顔と口調で続ける。
「まずは夕食か酒に睡眠薬と強壮剤を仕込み、皆が寝静まった頃にこう、ガッ! っと……」
「え? す、すいみん?」
「あるいは二人で逢引などの最中、薄暗く人気のない茂みや物陰に連れ込んでこう、グイッ! と」
「あ、あの、ツキヨさん?」
「あえて胸元や足の露出が多い衣装を選び、それらをさんざんチラつかせた後でこう、耳元でねっとり囁いてからクワッ! と!」
ツキヨはあくまで背筋を伸ばし真面目に語るが、メリアとヒナタは開いた口が塞がらない。
「ここまでは入口の話。閨に持ち込んでからも四十八の作法が……」
「あわわわ……だ、大丈夫ですからっ!」
より具体的に、えぐい話が飛び出しそうな気配を察知してメリアは慌てて話を遮る。その隣でヒナタも呆れかえった顔を続けていた。
「ツキヨ、ラビト族の作法ってどうなってんのニャ。それ全部オトコを襲う話だニャ」
「どうもこうも、我々の種族は女が気に入った男を伴侶に選ぶのがしきたりだ。捕まえた男を逃がさないのも良い女の証とされている。なにか問題でも?」
「いや問題っつーか……ツキヨってこんな顔でとんでもない肉食系だったニャ!」
「なにを言っている。肉が好きなのはヒナタの方だろう」
「そーゆー意味じゃねーのニャ!」
そんな感じで賑やかになった会話は、ヤクモとウィルが買い出しから戻ってくるまで続いた。
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