第三十話 嘆きの牢獄(10)
大人たちが話し込んでいる間、ハヤトは部屋の中を歩き回り、部屋の隅に転がっていたヒロシの剣を見つけた。強烈な爆発に巻き込まれながらも刀身は無事で、柄が多少痛んでいる程度で使用には問題ない状態であった。
剣を拾い上げたハヤトが顔を上げると、目の前の壁の一部が剥がれかかっており、その向こうに人工物らしきものが見えた。
「なんだろ、これ」
ハヤトが壁の一部を取り除いてみると、そこには隠されたレバーがあった。
なんとなくレバーを上から下へ操作してみると、ガチャンという音と共に天井の一部が開き、壁の一部が次々にせり出して来て上階へ続く階段となった。
「ねえみんな、階段が出て来たよ!」
ハヤトの声に仲間たちが集まり、全員で上へ続く階段を見上げた。
「もう敵の罠は無さそうですが、どうしますか?」
ツキヨが言うと、ヤクモが顎に手を当てて続く。
「せっかくですし、少し調査していきましょう。
塔から脱出する方法が見つかるかもしれません」
下の階は通路を塞がれてしまったことを思い出し、特に反対の意見もなく、一行は上を目指すことにした。
「はい兄ちゃん、これ!」
ハヤトはヒロシに拾った剣を手渡し、ニッと歯を見せて笑っている。
ヒロシも剣がほとんど無傷だったことに驚きながら、腰の鞘に納めて溜め息をつく。
「せっかく良い剣を作ったのに、ろくに使えないまま死にそうになるなんて、
やっぱりみっともないよな」
肩を落とすヒロシの脇腹をポンポンと叩いて、ハヤトはぶんぶんと首を振る。
「そんなことないよ。兄ちゃんは俺みたいなチカラがないのに、
あの悪いヤツを一人でやっつけたんだからさ!」
ハヤトは純粋に、ただそう思っていたに違いない。
自分の力でギリュウを倒せたのかといえば違うだろうが、その事実は変わらない。そして自分は仲間のおかげで辛くも生き延びることが出来たのだ。
ヒロシは仲間に感謝しつつ、ハヤトの頭を少し雑に撫でてやった。
「そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」
気を取り直し、ヒロシは仲間たちと顔を見合わせてから上の階へと足を進めた。
上の階は他と違って檻のようなものはなく、研究用と思われる装置やカプセルが並んでいたが、それらは長らく稼働していなかったようで、装置の中に怪物が潜んでいるようなこともない。
さらに進んで上の階を目指すと、広い屋上と、その端に位置する管制室のような部屋に辿り着いた。
大きなガラス張りの窓からは屋上の様子がはっきりと見えるようになっており、部屋の外の広い空間には巨大なクレーンが設置されている他に、大型の飛行船が停まっていた。
飛行船の隣には不自然に開けたスペースがあり、同じサイズの飛行船がもう一台は停まれるくらいの広さがある。
「屋上はこんな風になってたのか。
ルークは一足先に、片方の飛行船で逃げて行ったんだな」
ヒロシが呟きながら窓の外を見ていると、仲間たちは部屋の中にある機械やコンソールを見て難しい顔をしている。
「みんなどうしたんだ? そろって眉をひそめたりして」
そう尋ねると、ヒナタは目の前にあるモニター装置を指してヒロシの方を向く。
「見れば分かるニャ。こんなの誰だって同じ顔になるに決まってるニャ」
そう言われてヒロシがモニターを覗き込むと、画面には詳細な地図が映っており、その上に現在地らしき点と、そこから東に向かって伸びる線、そして気候や風向き、現在時刻と飛行時間などといった情報がずらりと表示されていた。
「ふーむ、これは飛行経路を表示してるんだな。
こんなものがこの世界にあるのに驚いたけど……
これが現在地と時刻、ここが飛行距離で、こっちが到着時刻。
他にも天気や風の流れも表示してるみたい……って、あれ?」
ブツブツ言いながら顔を上げると、仲間たちは揃って目を丸くしてヒロシを見ている。変なことでも口走ってしまったのだろうかと思い、ヒロシは尋ねた。
「みんな、どうしてそんな目で俺を見るんだ?」
「いや、だって……」
唖然としているヒナタに続き、ツキヨが画面とヒロシを交互に見て続く。
「ヒロシどのはこの文字が読めるのですか?」
「え?」
自分が見ているのは慣れ親しんだ文字である。
元の世界で嫌というほど仕事で眺めてきた書類に書かれていたものと、まったく同じ書体、構造の文字である。
最初はそれがなぜ驚かれるのだろうかと思ったが、すぐにヒロシも気が付く。
(あっ……!?)
モニターに表示されていたのはこの異世界で使われている文字ではなく、転生する前の世界で使われていた物だった。
自分には無意識でも理解できるものだが、仲間たちにとっては異世界、異文明の言語なのだ。
「そうか……これは多分、ルークが自分で用意したんだろうな。
あいつも転生者だから、どうにかして元の世界のコンピューターを再現して使ってたのかも」
その話を興味深そうに聞いていたヤクモは、彼にとっては謎の文字が羅列する画面をじっと見ていた。
「とりあえず記録を読んでみよう。ええと……やっぱりそうだ。
ついさっき、ここから飛行船が飛び立ってる。
行き先は……東の方ってのは分かるけど、それ以上の事が書かれてない。
後を追われないよう、マニュアル操縦になってる」
そう説明すると、ヒナタは窓の外にある残りの飛行船を指して言う。
「なーなー、アッチの船で追いかけられんのニャ?
あんニャろー追いかけて後ろからぶちのめしてーニャ!」
「……いや、それは無理かな。
残ってる方は緊急用の脱出機で、決まった進路を自動で往復するだけらしい。
飛行船を壊さず残していったのも、それが理由だと思う」
それを聞いたヒナタは近くの椅子に身を投げ出し、当てが外れた顔でがっくりしていた。
「ちなみに決まった進路というのは、どこへ向かっているのでしょう?」
そう尋ねてきたヤクモに説明するため、ヒロシはもう一度画面をじっと見つめる。
「ええと、ここから北東へ五百の距離……
時間にするとおおよそ半日くらいを飛ぶみたいだ。
到着点の近くに小さな町があるらしい」
話を聞いたヤクモは少し考えた後、飛行船に目を向けて言う。
「魔王の居城は、大陸の遥か北東の果てと聞いています。
であれば、飛行船の進路と我々の向かう方角は同じ。
せっかくですし、この飛行船は有効に利用させてもらいましょうか」
ヤクモの意見に異を唱える者は無く、ヒロシたちは管制室らしき部屋を出て飛行船の元へ向かった。
飛行船の内部は思った以上に快適に作られており、足を投げ出して座れるゆったりした座席の他に、大きな貨物を乗せるスペースもある。半日といわずこれに乗って旅をしたいところだったが、燃料や動力の問題もありそこは諦めるしかなかった。
「うん、発進には問題無いみたいだ。今すぐにでも飛び立てる状態だよ」
飛行船の操縦室で船体の状態を示すパネルや計器を眺めながら、ヒロシは後ろで見ていたヤクモやツキヨにそう伝えた。さっそく出発しようかと思っていると、部屋の入り口からメリアがひょっこり顔を出した。
「あの、ヒロシ様。少しいいでしょうか?」
メリアに呼ばれて飛行船の外に出ると、ウィルとハヤトが近付いて来た。
「あ、ヒロシさん! ちょっとお願いがあるんですけど聞いてもらえますか?」
「あ、ああ。お願いって?」
こんな時に相談とは珍しいなと思いつつ、ヒロシは耳を傾ける。
「ほら、ここに来るまでに乗って来た馬車があるじゃないですか。
それも一緒に連れて行けないかなーって」
ウィルが言うと、横にいたハヤトがよく通る大きな声で続く。
「ここまで一緒に旅してきたのにさー、こんな場所に置いてけぼりなんてかわいそうじゃん! オレもあの馬たちと一緒に行きたい!」
言われるまですっかり馬車の事を失念していたヒロシは、彼らの言う事にも一理あると思った。馬車は単に移動の手段というだけでなく、食料や様々な物資も積んでいる。
それを置いて見知らぬ土地を旅するというのは、なるべく避けたいところだ。
「うん、確かに二人の言う通りだ。
問題はどうやって馬車を飛行船に積み込むかだけど……」
そう呟いて考え込んでいると、屋上に設置されている巨大なクレーンが目に入る。最初は飛行船そのものを持ち上げたりするための設備だと思っていたが、屋上の端に位置している事と、クレーンのフックには太く頑丈なワイヤーに繋がった、鋼鉄製のリフトがぶら下がっている。
「そうか、このクレーンで荷物の上げ下げなんかもやってたのか。
こいつは使えるぞ!」
すぐにそう理解したヒロシはクレーンに近付き、操縦席に上がり込む。
その空間は異世界には似つかわしくない、元の世界で見たことのあるクレーン車のそれと酷似していた。
「えーと、エンジンはこれかな」
正面右手にある大きなスイッチを押すと、ブルンと音を立ててクレーンのエンジンが作動する。そして座席の左右にあるレバーの表示に従い操作してみると、重い音を響かせながらクレーンが動き始めた。
フックを巻き上げていくと、リフトが床から浮き上がり、ゆっくりと旋回してリフトを塔の外側へと移動させる。
すると思った通り、地上まで真っ直ぐリフトを下ろせるようになっていた。
「ねーねー、なんか面白そう! オレもやりたい!」
そう言って操縦室に飛び込んできたハヤトに驚いたせいで、クレーンがガクンと音を立てて揺れる。
二人で思わず息を呑むが、リフトの揺れはすぐに収まり、二人でため息をつく。
「こらハヤト、これは慎重に操作しないと危ないんだ。
今みたいなので、途中で馬車が落っこちたらどうするんだ?」
「ううー、ちょっと勢い余っただけじゃん」
こういう部分はまだまだ子供だなと思いつつ、後から駄々をこねられるのも良くないなと思ったヒロシは、自分の膝を叩いてここに座るようにと促す。
「これはゲームじゃないんだぞ。
俺の言うことをちゃんと聞いて、落ち着いて操縦するって約束できるか?」
「するする! オレだって馬車を落っことしたくないもん!」
ハヤトは喜び勇んで膝の上に飛び乗り、左右のレバーを両手で握り上機嫌である。ヒロシは外にいたウィルに声をかけ、リフトで下に降りて馬車を連れてくるように頼んだ。
ウィルはすぐにリフトに乗り込むと、手を振って合図をする。
「よーし、いくぞー」
ヒロシの指示に従い、ハヤトはレバーを動かしてリフトを下ろしていく。
リフトの姿が見えなくなってしばらくすると、操縦席にある赤いランプが点灯した。どうやらフックを伸ばし切り、リフトが地面に到着した合図のようだ。
ヒロシとハヤトは一旦操縦席から降りてリフトを下ろした場所から塔の下を覗き込む。地上は遠く、リフトも豆粒のようにしか見えないが、やがてウィルが連れて来た馬車が到着し、頑丈な鋼鉄のリフトに乗り込んだ。
地上からウィルが手を振って合図をしているのを見た二人は、さっきと同じように操縦席へ乗り込み、フックにぶら下がったリフトを巻き上げていった。
「あっ、来た来た!」
ほどなくして馬車を乗せたリフトが到着すると、クレーン本体をゆっくりと旋回させて、そっと屋上へ下ろす。
馬車の馬たちはウィルが上手くなだめていたようで、特に興奮したり怯えている様子もない。リフトのゲートを開けて外へ出た馬車は、そのまま飛行船の貨物スペースへ乗り込んでいく。
「よーし、上手く行ったぞ! ちゃんと出来てえらいじゃないか」
「へっへー、ざっとこんなもんだぜー!」
褒めるヒロシとドヤ顔を決めるハヤト。
そんな男子らしい二人のやりとりを、メリアは少し離れた場所で微笑ましく思いながら眺めていた。
上機嫌なハヤトを先に飛行船に乗るよう伝えると、ヒロシはメリアの方へ近付いた。
「よし、準備も出来たことだし、さっそく出発しよう。
メリアもかなり疲れてるだろ? 飛行船でゆっくり休もう」
「……はいっ」
五体無事で、いつもと同じように喋るヒロシを見て、メリアはつい涙ぐむ目元を拭って頷く。
彼女はヒロシの隣にぴったりとくっ付き、一緒に飛行船へ乗り込んだ。仲間全員が座席に座ったのを確認すると、ヒロシは運転室で飛行船の始動スイッチを押す。
すると飛行船を係留していたロープが自動的に外れ、船体はゆっくりと浮かんでいく。
そのまま自動操縦で北東の方角へと進み始めたのを確認すると、ヒロシもゆったりした座席に腰を下ろした。隣の窓側にはメリアが座っていて、後の座席ではヒナタやハヤトが物珍しそうに窓の外の景色を眺めている。
ヒロシは自分の手足をじっと見つめ、塔の中で体験した記憶を思い返す。
(嫌な記憶しか残らない場所だったな。
変な夢も見た気がするけど……結局、今回もただ運が良かっただけじゃないか)
自分の不甲斐なさにぎゅっと拳を握り締める。
そしてふと隣に目をやると、メリアは静かに寝息を立てていた。
(高度な魔法を使ったから、よっぽど疲れてたんだろうな……
ありがとうメリア。今度こそ、俺が力になれるように頑張るよ)
ヒロシはメリアにブランケットをそっと掛けてやると、自分もそっと目を閉じ、そして泥のように眠るのだった。
飛行船は北東を目指し、忌まわしき塔から離れていく――。
第三十話 嘆きの牢獄 おわり
次の投稿は月曜19時予定です




