第三十話 嘆きの牢獄(9) 【蘇生】.2
「ううっ……!」
メリアは限界だった。
額に大粒の汗を滲ませ、全力の魔力を放出し続けたせいで今にも気絶しそうな状態であった。だが『蘇生』の魔法の完成にはまだ少し足りず、ここまで来て全てが無駄になるかもしれないという思いが脳裏をよぎった。
「あ、あと少し……なのに……!」
その時、倒れてしまいそうなメリアの肩をヒナタが支える。
「アタシに魔力なんてあるか知らんけど、好きなだけ使って構わんニャ」
ヒナタはメリアの身体越しに生命力を吸われるような感覚に耐えながら、そう笑って見せる。するとヤクモやツキヨ、ハヤトもメリアの身体に手を触れ支えた。
「ヒロシどのを救えるなら、私の命でもなんでも使って欲しい。
彼にはまだ返しきれていない恩がたくさんある」
傷ついたヒロシの身体を見つめ、ツキヨは静かにそう言った。
「私も同感です。なによりヒロシどのの命運がここで尽きるとは思えない。
我々がこの場に居るのがその証拠です」
ヤクモもメリアの肩に手を置き、物言わぬヒロシをじっと見つめる。
「ヒロシさんは臆病者の俺に、勇気の意味を教えてくれた。
まだ教えて欲しい事がたくさんあるから、こんな所でお別れなんて嫌ですよ!」
ウィルは拳をぐっと握り締めた後、メリアの背中に手を添える。
「がんばれ兄ちゃん! オレも頑張るからさ、一緒に魔王やっつけよーぜ!」
最後のハヤトの手が触れ、全員の力がメリアを通じて発せられたその時、ついにそれは起こった。
ヒロシの周囲を囲む円と紋様の全てが完成し、光を放ち始める。
その光を浴びたヒロシの身体は、まるで時を遡るかのように回復していく。
折れた手足が真っ直ぐにくっつき、全身の傷口が塞がり、折れた肋骨や傷ついた内臓が元通りに修復されていく。
その様子を確認したゴーレムが右手を引き、喉に挿していたチューブを引き抜くと、切開した喉の穴も痕すら残らず綺麗に塞がっていく。
そうしてヒロシの身体が元通りになった所で、蘇生の魔法の紋様は光の粒となって消えてしまった。
「なあ、これって成功したんニャ?」
身体は元通りになったものの、まだ目を覚まさないヒロシにヒナタは不安そうな声を出す。ヤクモがヒロシの首筋に指を当て、続けて胸に耳を当てて心音を確かめると、微笑みながら深く頷いた。
「……」
ヒロシが自然に目覚めるまで、仲間たちはじっと待っていた。
ほどなくしてヒロシの指先がわずかに動いたかと思うと、ヒロシはバネ仕掛けの玩具のように上体を起こして飛び起きた。
「はうあっ!?」
間抜けな声を出して両目を見開き、ヒロシは唖然としていた。
仲間たちもまた、目を丸くしたままヒロシをじっと見つめている。
「あ、あれ? なんでみんながここに……いや、それより俺どうなってたんだっけ」
我に返ったヒロシがそう言うと、彼の隣で座っていたメリアがヒロシに抱き着いた。
「う、う……うわああああああんっ!!」
メリアは堰を切ったように泣き出した。
日頃はあまり強い感情を露わにすることの無い彼女が、子供のように泣きじゃくっていた。そんなメリアの様子に戸惑っていると、反対側からヒナタも抱き付いて来た。
「ヒロシのあほー!! 本当に死んじまったと思ったニャ! ううー!」
女性二人に泣き付かれ、ヒロシは何が起きたか分からず、彼女たちが泣き止むまでじっとしているしかなかった。
しばらく時間が経ちメリアとヒナタが泣き止んだところで、ようやく落ち着いて話ができる状況となった。
床に座ったままのヒロシに、ぴったりとくっ付いて離れないメリア、そしてヒロシの正面にはあぐらをかいて座るヒナタがいる。
他の仲間たちは立ったままで、ヒロシの方に顔を向けていた。
「まずはお互いの状況を報告して整理しましょう。
最初にヒロシどの、ここで一体なにがあったのですか?」
ヤクモが尋ねると、ヒロシは苦笑いを浮かべて答えた。
「あーっと、実は上司……じゃなかったギリュウと出くわしちゃって」
平然と語るヒロシに仲間たちは驚きを隠せず、ツキヨは素早く警戒して部屋の中を見回すが、そこにギリュウの姿は影も形も見当たらず、床が円形に大きく抉れた跡と、周辺に焼け焦げた燃えカスが散らばっているだけである。
「部屋の中に敵の気配はありませんが、ヤツはどこへ?
もしやあの爆発音は……」
ツキヨが聞くと、ヒロシはこくりと頷いた。
「いざという時のために、ギリウスが用意してくれた爆弾を使ったんだ。
まさか跡形もなく消し飛ぶとは思わなかったけど」
「ば、爆弾ですか。それで……」
床の爆発跡に目をやりながら、ツキヨは納得がいった様子である。
「恥ずかしい話だけど、俺は全く歯が立たなくてさ。
ボロボロに痛めつけられて、さすがに無理があったみたいだ……」
あの時の苦痛を思い出してヒロシが顔をしかめていると、ずっと左腕を掴んでいたメリアの手に力が入る。
「本当に……ダメかと思いました。
ヒロシ様のあんな姿……もう二度と見たくないです」
泣き腫らした目で、メリアはぽつりと呟く。
そしてそれは、ヒロシ以外の全員が同じことを思っていた。
ヒロシを見つけた時の状態を思い出し、ヤクモは傍らで静かにたたずむゴーレムに目をやった。
「あの怪我の度合いから見て、本来なら手遅れのはずでした。
しかし我々より先に駆け付けたゴーレムの治療が、ヒロシどのの命の火が消えるのを皮一枚で食い止めていたのでしょう。
それが無ければ、メリアどのの蘇生魔法も間に合わなかった気がします」
皆の視線が集まる中、ゴーレムは両眼を光らせていつものように「むっ」と声を発した。
「そっか……ありがとうゴーレム。
いつもいつも助けられてばっかりで、本当に頼もしいヤツだよお前は」
「むっ」
ゴーレムに表情は無いが、もしそれがあるとすれば、今は嬉しそうな顔をしていたに違いないとヒロシは思った。
その後、メリアとハヤトがアンジェラの作った巨大な怪物と戦ったこと、ツキヨとヤクモの立ち回りで四魔将ルークが塔を放棄して撤退したことを語った。
「――四魔将のうち二人は撤退し、ギリュウはヒロシどのが討ち取りました。
となれば、もはやこの地での脅威は消えたと考えていいでしょう。
我々の勝利です」
ヤクモはそう宣言したが、それを素直に喜べる者はいなかった。
いつもなら真っ先に鼻息を荒くしているであろうヒナタが座ったまま静かにしている事に、ヒロシはすぐに違和感を抱く。
「どうしたんだヒナタ、どこか具合でも悪いとか?」
ヒロシの問いに、ヒナタは首を振って笑って見せる。
「へへ、なんでもないニャ。ヒロシが無事でチカラが抜けちまっただけニャ」
その表情はどこかぎこちなく、作り物のようだとヒロシには思えた。
ただ、それを聞いて良いものかと考えていると、ウィルがヒナタの傍らに近付いてしゃがみ、彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……こんな時まで無理しないでくださいよヒナタさん。
俺たちは仲間じゃないですか」
ウィルの口調は優しげで、ヒナタを案じているのがすぐに分かった。
ヒナタは少し困ったようにうつむき、黙り込んでしまう。
「もしかして、ヒナタになにかあったのか? ウィル……」
ヒロシと視線が合ったウィルは小さく頷くと、もう一度ヒナタに声をかけた。
「さっきの出来事……俺から説明してもいいですか?」
ヒナタは顔が見えないようにうなだれたまま、小さく肩を揺らす。
「……うん」
「分かりました。じゃあ俺からみんなに話します」
ウィルはヒナタの肩当ての上に手を置いて頷き、彼とヒナタの身に起きた出来事を話した。
生き別れになった妹、そして戦い方を学んだ師匠との再会、そして長らく探し求めていた彼らと戦わなければならなかったヒナタの境遇に、ヒロシも他の仲間たちも言葉が無かった。
しばらくは重い沈黙が続いていたが、そんな空気の中でヒロシが口を開く。
「ヒナタにそんな事情があるなんて、全然知らなかったよ。
どうして今まで教えてくれなかったんだ?」
ヒナタは相変わらずうつむいたままだったが、少し間を置いてから言った。
「何年も探して見つからなくて、生きてるかも分からなかったし……
みんなにヘンな気を遣わせたくなかったニャ。
暗い顔してめそめそしてるなんて、アタシらしくないよニャ」
「ヒナタ……」
「でも……やっと会えたのに、こんな事になってて……やっぱりつらいニャ……」
うつむいたままの前髪の向こうから、一粒の雫が音もなく落ちて弾けた。
それを見たメリアはヒロシから身体を離し、そっと腕を伸ばしてヒナタを抱きしめた。
「メリア……どしたんニャ?」
驚いてそう尋ねるヒナタに、メリアは静かに首を振る。
「らしくないなんて、そんなことないです。
家族や大切な人を失うのは、とてもつらくて悲しいことだから……
だから無理して笑ったり、抱え込まないで……みんなここにいますから……」
「う……メリア、ありが……と……うええええん……!」
ヒナタはメリアの肩に顔をうずめ、唇を震わせて泣いた。
そうしている間、引き裂かれ痛む心を包み込んでくれる温かさが、ただ嬉しかったのだ。
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