第三十話 嘆きの牢獄(6) ヤクモとツキヨ.1
広いホールの暗がりに、無数の目が光り蠢いている。
互いに背中を合わせ、ツキヨとヤクモは武器を構え眼光の主を見据えていた。
「数が多い……! 大丈夫ですかヤクモどの」
槍を構えながら、ツキヨは背後のヤクモに声をかける。
彼らの周囲には無数の怪物が倒れているが、それはこの部屋に潜む気配の、ごく一部に過ぎない。
「骨は折れそうですが、なんとか」
ヤクモも両端に銀の箍が嵌められた、竜の骨から削り出した六尺棒を手に答える。
中央で棒の分割と接合が可能な仕組みを備えた、ギリウス特製の武器である。
「私のことは気にせず戦ってください。身を守る程度の技は心得ています。
それに私も男の端くれ、守られてばかりでは面目も立ちませんからね」
正面の暗がりから飛び掛かって来た、犬に似た獣人の怪物に向かってヤクモは棒を素早く突き出す。銀の箍が嵌った先端が獣人のみぞおちに直撃すると、身体をくの字に曲げて動きを止めたその顔面に、素早い後ろ回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
「わかりました。とにかく敵の数を減らすのが先決のようですし、こっちから仕掛けてみます。その間、なんとか耐えてください」
ツキヨは槍を握る手に力を込めるが、そこへ紐で括られた数本のビンをヤクモから渡された。
「ヤクモどの、これは?」
「連中が死体を元に作られた怪物ならば、その聖水の効果が期待できます。
武器に振りかけて使ってください」
「なるほど……助かります」
ツキヨはビンの蓋を口で咥えて外すと、中身の透明な水を槍の穂先に振りかける。残りのビンを首から肩に掛けてぶら下げると、気合一閃、ツキヨは怪物の集団に突っ込んでいった。槍で突き、斬り、身体ごと回転し薙ぎ払う。
聖水を振りかけた刃の効果はてきめんで、倒されたモンスターたちは糸が切れたように動かなくなっていった。
「全員まとめてかかってこい! 引導を渡してやる!」
ツキヨは槍を振り回し、嵐のような勢いで敵を次々になぎ倒していく。
その言葉に、声に、その瞳に。
ただの怒りではない感情が滲んでいるのが、その光景を見るヤクモには痛いほど伝わっていた。ツキヨも故郷を滅ぼされ、魔王軍に連れて行かれた仲間もいたはずである。時折飛び掛かってくる怪物を棒で打ち据えながら、ヤクモも苦い表情をしていた。
「でやあああああっ!」
ツキヨは聖水の効果が切れるたび、穂先を聖水で濡らし戦い続けた。
怪物はその刃に触れただけでも行動不能になるほどのダメージを受け、バタバタと倒れては物言わぬ躯へと戻ってゆく。
ざっと見積もっても百匹以上は潜んでいた怪物を殲滅し、それらの気配が消えた所で、さすがのツキヨも肩を揺らしながら、両足で床を踏みしめその場に立っていた。
「はぁ、はぁ……」
新手が来ないかと警戒を続けるツキヨにヤクモが近付き、彼女に液体の入った小瓶を渡す。
「消耗した体力を回復する飲み薬です。味も飲みやすいよう調整してありますので」
「ありがとうございます。さすがにこれだけ数が多いと手を焼きます」
ツキヨは受け取った小瓶の蓋を取り、中身をぐいっと飲み干して小さく息を吐く。
「実に見事でした。鬼神のような戦いぶりとは、まさにあのような事を言うのでしょう」
「いえ……私が戦い方を習った師は、こんなものではありませんでした。
あの高みへ辿り着くには、もっともっと鍛錬が必要です」
「厳しいのですね、戦士の道とは。しかし……」
ヤクモは部屋の方へ顔を向け、怪物の死体が積み上がるばかりの様子を硬い表情で見つめている。
「わざわざ我々を分断しておいてこの程度とは、罠にしてはお粗末です。
なにか別の狙いがあるのか、それとも……」
ヤクモが考えていると、彼らの正面、床から数メートルの高さの位置に音もなく人の姿が現れる。これまで他の仲間たちが見たのと同じように、四魔将の一人ルークの姿だ。
彼は眼鏡を指で直す仕草をすると、ニヤついた笑みを浮かべて二人を見下ろしている。
「あちゃー、ちょっとでも足止めできりゃいいと思ってたが、想像以上に早かったな」
ツキヨは武器を背負っていた弓に持ち替え、矢をつがえていつでも射抜ける体勢を取る。
「足止めだと……? 他の仲間は無事なんだろうな!」
自分に矢を向けるツキヨに対してもまるで動じる様子がないのは、やはりこの場に居るルークが幻だからである。
「くくく、さあね。俺が答える義理なんかないだろ。
ただまあ、ひとつだけ謝っておくぜ」
「なに……?」
「正直こっちもタネ切れでさ、お前らにぶつける駒を用意できなかったんだ。
なにしろ急な話だったもんでね。だが、おかげで用済みの実験体どもを始末する手間が省けたぜ」
「貴様……ッ!」
ツキヨは弓の弦を引いてルークを射抜こうとしたが、横からヤクモが手を伸ばし制止する。
「無駄です、あれもおそらく幻影でしょう。
本人は安全な場所から我々を観察しているはずです」
その言葉を聞いて悔しそうな顔をするツキヨと、あくまで冷静なヤクモを見てルークは口の端を持ち上げる。
「へえ……そういえば、例のパーティに頭の回る奴がいるって話は聞いてたが、なるほどねえ」
ルークはヤクモを値踏みするように眺め、相変わらずのニヤついた表情のままで続ける。
「なあお前ら、ひとつ提案があるんだが……俺たちの仲間にならないか?」
臆面もなく言い放つルークの言葉に、ツキヨは面食らい動揺してしまう。
「な、なんだと……馬鹿なことを! 自分が何を言っているか分かっているのか!」
表情を強張らせて再び弓を構えるツキヨに、ルークは大げさに肩をすくめる仕草をする。
「おー怖い顔。だが、こっちは真面目に言ってるんだぜ。
そっちの色男なら分かるだろ?」
ルークは視線をヤクモに向け、やはり笑みを浮かべたまま眼鏡越しにじっと見つめている。
「オークの軍団、転送装置、拠点の要塞……これらを続けて失い、
魔王軍も人手不足といった所のようですね」
ヤクモが簡潔に答えると、ルークは手を叩いて喜ぶ。
「そうそう、やっぱりバレちまうか。魔王軍とか四魔将とか言ってても、どいつも問題のある奴ばかりでさ。全然人の話を聞かない脳筋に、性格のねじ曲がった男嫌い、そして全く喋らないお子様。こんな連中の中で真面目に働いてる、俺の苦労も想像できるだろ? だからさぁ、話が通じて使える奴を探してたんだよ俺は」
ニヤニヤと笑うルークの表情もその声も、ツキヨにはただただ不快でしかなかった。彼女は両耳を絞り、弦を引く手に力を込めようとする。
(……!?)
その時、奇妙な違和感がツキヨの体内を走った。
視界が霞み、五感が鈍り、指に力が入らない。
彼女が自分に置き大変に戸惑っていると、隣に立つヤクモはじっとルークを見つめたまま言った。
「ひとつ聞いておきますが、魔王軍に与することで私にどんな得があるのでしょう」
「なっ……ヤクモどの……!?」
ツキヨは驚いた顔でヤクモの方を見るが、舌も上手く回らない。
やがて足の力も入らなくなり、ツキヨは膝を折りしゃがみ込んでしまう。
「お、なんだ? そのウサギ女はお前の味方だろ。
こっそり一服盛ってたのかよ、怖い野郎だな」
「質問の答えになっていませんよ。
魔王軍に付いて、どんな得があるかと聞いているのです」
微動だにせずそう言うヤクモに、ルークは興味深そうに眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
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