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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第六章 四魔将
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第三十話 嘆きの牢獄(5) ヒロシの受難


「うう、なにも出るなよ……」


 ヒナタとウィル、メリアとハヤトがそれぞれ敵と遭遇していたのと同じ頃、一人階段を上り続けながらヒロシは呟いていた。


 あらためて自分一人となってしまうと、その心細さに腰が引けっぱなしである。


 他の仲間と違い、自分一人だけで敵と戦える力がないことは、自分自身が一番よく分かっていた。それなりの準備と武器は用意したものの、ちょっとした魔物が現れただけでもヒロシにとっては命取りになりかねないのだ。


 ブツブツと祈りながら階段を登り切った先にあったのは、他の仲間たちが見たのと同様、なにも無く広いだけの空間だった。十メートル近い高さの天井や外壁以外に柱が見当たらない構造など、ヒロシもすぐに建物の違和感に気が付いた。


「なんだここは……この広さで柱も無いなんて、やっぱり普通の建物じゃないってことか」


 広い部屋の様子を確かめながら進むヒロシは、部屋の中央に巨大な棺桶のようなカプセルが設置してあるのに気が付く。それはオークの製造工場で見たのとよく似ているが、大きさがその数倍はあり、周囲には大きなタンクや機械も設置され繋がっている。


「うっ……い、嫌な予感が……」


 背筋にぞっとするものを感じて後ずさるヒロシだが、残念なことにその予感は的中してしまっていた。


 ヒロシが近付いた事を感知したのか、巨大なカプセルと機械は低い駆動音を響かせ始める。そしてカプセルのてっぺんにある赤いランプが点灯すると、シューっと気体が漏れる音が鳴り、カプセルの蓋がゆっくりと開いていく。


「ウ……ググ……ガハァァァ……」


 カプセルに充満する気体の中から姿を現したのは、四メートル近くもあろうかという巨体に、二本ずつ手足が付いている以外には、もはや人とは呼べないような姿をした異形の怪物だった。


 全身は赤黒く異常に発達した筋肉に包まれ、胸元には癒えきっていない傷痕の穴がぽっかりと開いている。特に目を引くのは右腕と左足の部分に金属製の義手と義足らしきものが装着され、薄暗い部屋の中でも鈍く光り存在感を放っている。


 ヒロシはその姿と、そして息遣いを感じた瞬間に、目の前の怪物が誰であるのかすぐに分かってしまった。


「ギリュウ……!?」


 城塞の中でヒナタやメリアの攻撃によって撃退したはずのギリュウだが、あの時はルークに回収されトドメを刺すには至らなかった。


 あの時、追い詰められたギリュウは人間離れした姿へと変貌しかけていたが、目の前にいるギリュウは一回りも身体が巨大化し、ますます人間離れした姿へと変わり果てていた。


(ま、まずい……まずいまずい、まずいぞ――!)


 ヒロシの本能が、全力で危機を告げていた。仲間と分断され、自分一人しかいないこの状況で、もっとも出会いたくない相手と遭遇してしまった。


 おまけにギリュウはヒロシを目の敵にしている。


 思わず後ずさるヒロシだったが、その時ギリュウの頭上の空間に、ルークが青い光を放ちながら出現し、宙に浮かんだままヒロシを見下ろす。


「ようヒロシ様。お前とギリュウの間には因縁があるって聞いたんで、親切な俺がたっぷり話し合いができるようセッティングしといてやったぜ。どうだ、嬉しいか?」

「お、お前はルーク……よ、余計なお世話だっ!」


 ヒロシは腰の鞘から剣を抜いて構えるが、ルークは薄笑いを浮かべたまま気に留める様子もない。


「俺が知ってる嫌な上司は……少なくともこんな怪物じゃなかった。これもお前がやったのか?」


 ヒロシが尋ねると、ルークはふっと嘲笑うように口の端を持ち上げる。


「俺のせいじゃないさ。ギリュウは元々、俺たち四魔将の中でも肉体の改造度合いが強くてな。本人がそうしろってしつこいから、頼まれて色々と強化してやってたんだよ。今回のだってそうだ」

「肉体改造……お前たち、そんなことまでやっていたのか」

「どんな『能力』(チカラ)を持ってた所で、転生者がただの人間ってことに変わりは無いんだ。魔王軍の幹部を名乗ってんのに、あっさり死んじまったら意味が無いだろ。ま、俺はこんなザマになるのはゴメンだけどな」


 目覚めたばかりの、変貌したギリュウを見下ろしながらルークはせせら笑う。


「不死身の身体……そんなのがあればお前だって欲しいだろ? 俺も欲しい。だから、ここで四魔将のための理想的な肉体を研究したってワケだ。不死身の身体に俺たちの『能力』が合わされば、もう誰も逆らえる奴なんかいなくなる。実に夢のある話だと思わないか?」


 ヒロシは頬を伝い落ちる汗もそのままに、剣を構えたままルークを睨む。


「……ひとつ教えてくれ。お前の言う肉体改造ってのは、人格とか人の心も無くしてしまうのか?」

「は? 関係ないねそんなもの。改造受けて別人になったら意味がないだろ。心なんて別に弄ってないさ、俺も他の連中もな」


 つまり、この欠片も人間味を感じられないルークの言動も、全て本人そのものが発しているということになる。

 ヒロシの胸中には、ただルークに対する嫌悪感しか残らなかった。


「さてと、ついお喋りしすぎちまった。下のコイツも待ちくたびれてるだろうし、そろそろ相手してやってくれよ。前の戦いで結構な深手を負ったせいで、肉体の制御が不安定になっててさ。そのせいで頭の方もずっと錯乱してんだわギリュウのやつ。せいぜいワンパンで終わらないよう頑張ってくれよな、くくく……!」


 薄笑いを浮かべたまま、ルークの姿は空中で霧散して消えてしまう。残されたのはヒロシと、より膨れ上がった身体のギリュウだけだ。


「グウゥ……ヒ、ヒロシ……」

「ギリュウ!? 意識があるのか!?」

「コ、殺ス……グオオォォォォォッ!!」


 空気が震えんばかりに叫ぶと、ギリュウはいきなり突進してきた。

 技術もなにもない、ただの突進。

 しかし圧倒的な体格とそのパワーから繰り出される威力は、大型のダンプカーが迫って来るのとほぼ同じであった。


「うわあっ!?」


 ヒロシは横っ飛びでギリュウの突撃を避けるが、ギリュウはすぐさま方向転換し、再び迫ってくる。


 もはや武器を使う知能も残っていないのか、ただ闇雲に自分へ向かって突進を続けてきた。単純ではあったが、肉体において埋めがたい差があるヒロシにとって、その質量と無尽蔵のスタミナは純粋な脅威以外の何ものでもない。


 体力の限界はすぐに訪れ、ついにヒロシはギリュウの突撃を避けきれず、体当たりをまともに食らってしまった。


「ぐはッ……!?」


 激突した瞬間、ヒロシの身体は数メートルも跳ね飛ばされ、声を上げるヒマも無かった。硬い石の床の上を転がりやっと止まったが、激突の衝撃で肺が押し潰されたようになり、ヒロシはまともに呼吸が出来なかった。


「あぐ……がは……ッ……!」


 全身を貫く衝撃のせいで、全ての感覚が消え失せている。


 なんとか残った力で起き上がろうと試みたが、そこへギリュウが猛然と走って近付き、ヒロシの身体をサッカーボールのように蹴り飛ばす。


「ぐぁ……!!」


 その瞬間、重い衝撃と同時に硬いものが折れる嫌な音をヒロシは聞いた。

 ヒロシの身体は放物線を描いて飛び、石の床に叩き付けられた。


 ヒロシの左腕は肘から上の部分で折れ、通常ではありえない角度に捻じれてしまっている。だが、その激痛すら感じるヒマがないほどに、ヒロシの意識は混濁し始めていた。


「コ……ロス……コロス……ハァ、ハァ……ウググ……!」


 ギリュウはそこで走り回るのをやめ、大きく肩で呼吸をしながらその場で立ち止まる。興奮しすぎたせいで彼もまた、意識が混乱してしまっている様子である。


 床をのたうちながらも、その隙にようやく呼吸が出来るようにはなった。

 しかし、身体はほとんど感覚が無く、ろくに力を出せそうもなかった。


「ぐっ……ぐうっ……あが……ッ! はぁ……はぁ……ッ!」


 ヒロシは霞んで揺らぐ視界の中で、立ち止まるギリュウの姿をじっと見ていた。

 景色が、どろりと生暖かい赤いもので染まっていく。

 頭から垂れた血が、ヒロシの目に入って滲ませていたのだ。


 それをぬぐう事も出来ず立ち上がると、ヒロシはまだ折れていない右手で剣を握り締め、ギリュウの元へ近付いて行った。


 ザクッ――!


 力のない斬撃だが、竜の牙から作られた剣がギリュウの脇腹を裂く。

 しかし傷口はすぐに塞がり、痛みを与えられたギリュウはヒロシの方へ振り返ると、金属の義手が付いた右手を大きく降り上げた。


 ヒロシはその隙に剣を突き出してギリュウの胸を狙って突いたが、刀身が半分ほど刺さってもギリュウはビクともしない。それどころか痛みを気にする様子もなく、鋼鉄の義手でヒロシを力任せに殴りつけた。


 ベギッ――!


 再びヒロシの身体から、硬いものが折れる嫌な音が響いた。

 跳ね飛ばされたヒロシの胴体は脇が陥没し、服の下から真っ赤な血が染み出してきていた。


「ごぼ……ッ!」


 その一撃でヒロシの肋骨は砕け、一部は肺と皮膚を突き破るほどであった。

 誰が見ても致命傷――ヒロシは口から大量の血を吐き、仰向けに倒れていた。


 だが、まだかろうじて息があると気付いたギリュウは、ゆっくりとヒロシに近づいて来る。


(ダ……メだ……死……ぬ……)


 死を強く感じたその時、ヒロシの脳裏にメリアの顔が、そして次々に仲間たちの顔が浮かんでは消えていく。あとはトドメを刺されるのを待つばかりとなったヒロシの目の前に、服のポケットに入れていた短い筒のようなものが転がって来た。


 それを見た時、ヒロシはこれが鍛冶屋のギリウスから受け取った『切り札』だったことを思い出す。




『いいかヒロシ、こいつは魔光石を仕込んだ小型爆弾だ。なりは小せえが、ちょっとしたバケモノくらいなら丸ごと吹っ飛ばせる威力がある。いざって時のために渡しておくが、使い所を間違うんじゃねえぞ。巻き添えを食ったらお前もバラバラになっちまうからな』




 真っ白な髭を撫でつけながらそう説明してくれたギリウスの顔を思い出しながら、ヒロシはその小さな筒に手を伸ばす。


「う……ッ」


 やっとの思いで筒を握り締めた瞬間、ヒロシの右足に激痛が走った。


「ぐっ……ぎゃああああっ!」


 いつの間にか迫っていたギリュウが、ヒロシの右足を踏み潰していた。

 骨が潰れる音を聞きながら、ヒロシは悲鳴をあげるしか出来なかった。


「ウ……ヒ、ヒロシ……!」


 苦悶の声を聞いたギリュウは歪んだ笑みを浮かべ、脚の下で這いつくばるヒロシを愉快そうに眺めていた。そしてようやく足を退けると、もはや生きているのが不思議な状態のヒロシの頭を左手で掴んで持ち上げ、自分の顔の前に近付けた。


「グ、クク……い、いいザマだなあオイ……あんまり嬉しくてよぉ……あ、頭がスッキリしてきたぜ……!」


 完全にバケモノじみた顔ではあるが、その両眼にはギリュウの意志が宿っていた。

 ヒロシを痛めつけたことで満足したのか、あるいは偶然か分からないが、ギリュウは錯乱した状態から理性を取り戻していた。


「こ、これで分かっただろぉ……能無しは結局こうなる運命なんだよ。この世はなぁ……強えぇヤツが全てを手に入れるように出来てんだ。無能は無能らしく……俺の前に這いつくばって養分になればいいんだよ……グく……ハハハハ!」


 口から血を吐き出したまま、ヒロシはゆっくりと目を開く。

 目の前で勝ちを確信したギリュウが、完全に見下した目で自分を見ている。


 元の世界にいた頃、無理難題を押し付けては自分をなじり、罵声を浴びせ、全ての責任を押し付けてきた――二度と思い出したくもない、あの目だった。


「がはッ、ごぼっ……! お、俺だって……前とは……違う……」


 最後の力を振り絞り、ヒロシは口を開く。肺の中に血が溜まり、もはや喋ることすら困難である。

 だが、どうしてもヒロシはこれを言わずにはいられなかった。


「でも信じて……ました……よ……最期……まで……」

「あ? てめぇ、なに言って――」


 ヒロシの手の中で、カチリと小さな音がした。

 そしてギリュウの胸元に開いた穴に右腕を突っ込み、血を吐きながらふっと笑った。


「い、いつもそうやって……お、俺にイヤミを……がはっ……! 言わなきゃ……気が済まなかった……もんな……はは……」


 ヒロシの顔にあったのは、諦めと絶望の色では無かった。

 それに気付いたギリュウが自分の胸元に目を落とすと、ヒロシが胸の穴に押し込んだ小さな筒が見えた。


「テ、テメェ、まさか……!?」


 ヒロシの狙いに気付いたギリュウは押し込まれた筒を取り出そうとする。

 だが鋼鉄製の義手は大きすぎて、胸の穴に指を突っ込むのは不可能だった。


「クソが、ふざけ――!!」




 ドゴォォォォォン――!! 




 起爆した魔光石から解き放たれた破壊のエネルギーが、塔全体を揺らす。


 ギリュウの身体は言いかけた言葉もろとも爆炎に呑まれ、粉々に砕け散ってしまった。焼け焦げた破片が周囲に飛び散る中、ヒロシも床に投げ出されたが、もはや彼は指一本すら動かすことはなかった。


 すでに、ヒロシは呼吸をしていなかった。


 

次の投稿は金曜19時予定です

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