第三十話 嘆きの牢獄(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
鋼の要塞アーバスが解放されてから一週間後、魔将ルークが言い残した魔王軍の研究施設を目指し、ヒロシたちは東へ向かう馬車に揺られていた。ルークの言葉が事実なら、回収したギリュウの治療や新たな魔物の部隊を編成し、逆襲に出てくる可能性が高い。その誘いがあからさまな罠であると分かっていても、ヒロシたちに他の選択肢は無かった。
「こ、これはまた異様な……」
一日ほどをかけて辿り着いた魔王軍の研究所と思しき場所は、アーバスで見た要塞と同じく異様な存在感を放っていた。眼前には巨大な塔のような建物がそびえ立っているのだが、その目に前には幅が百メートル以上もある大地の裂け目が広がっており、断崖の下を覗き込んでみると、底が見えない暗黒の奈落がどこまでも広がっている。今度ばかりはゴーレムの力で堀を泳いだようには行かず、ヒロシたちは途方に暮れるしかなかった。
「来いって言っといてコレとか、おちょくられてるとしか思えんニャ」
腹立たしげに言いつつ、ヒナタはその辺の石を拾って裂け目に投げ込む。石はあっという間に見えなくなり、そしていつまで経っても地面にぶつかる音は聞こえてこなかった。これからどうしようかとヒロシたちが立ち止まっていると、急に不思議な事が起こった。目の前に広がる裂け目の間に、透明な直方体のブロックが無数に出現すると、それらは整然と並んでレンガのような実体へと変化していく。やがて組み合わさったブロックは巨大な橋を構成し、裂け目の向こうにある巨大な塔へと繋がった。
「お招きにあずかり光栄だな、まったく」
そびえ立つ塔を睨み上げ、ツキヨは忌々しげに言う。橋の向こうから魔物が出てくる様子もなく、眼前の不気味な塔はヒロシたちを静かに待ち構えていた。
「ここで手をこまねいていてもしょうがない、行こうみんな」
ヒロシの言葉に全員が頷き、馬車を裂け目から少し離れた岩陰へ避難させてからヒロシたちは橋を渡っていった。近付くにつれ、塔の巨大さが浮き彫りになってくる。石を隙間なく積み上げて作られたその直径は五十メートル以上もあり、円形の外周には等間隔で小さな窓があり、そしてその全てに頑丈な鉄格子が付いている。そしてそれらの窓から漏れているのか、異様な臭気が辺りに漂っている。汚物や腐った肉、あるいはその全てが混じり合ったような、不快な臭いである。
「うぷっ……ひどい臭いだ。あいつは研究施設とか言ってたけど、これじゃまるで……」
ヒロシが手で口と鼻を押さえながら塔を見上げると、隣に立つメリアも気分の悪そうな顔で呟いた。
「私には牢獄に見えます……とても不吉な……」
大地の裂け目から吹く風が、不気味な音を立てて吹き抜けていく。この場所が人々の間で『嘆きの牢獄』と呼ばれている事を、彼らはまだ知る由もなかった。
正面に見える巨大な鉄の扉に近付くと、手を触れる前に扉は重い音を響かせて開いていく。まさに入ってこいと言わんばかりの塔の中へ、ヒロシたちは慎重に足を踏み入れた。一階はただ広い空間があるだけで、壁に沿って作られた長い階段が上の階へと伸びているのが見える。部屋の中央にはエレベーターのようなものもあったが、それはどうやっても反応せず、自分の足で上へ向かうしかなかった。二階へと辿り着くと、そこは暗く弧を描いた通路の両脇に、頑丈な鉄扉が取り付けられた殺風景な場所だった。鉄扉には蓋の付いた小窓があり、重い金属の棒で外から厳重にロックが掛けられている。最初にメリアが呟いたように、そこはどう見ても塔の形をした監獄としか呼べないような場所だった。
「嫌な予感しかしない……とにかく慎重に、注意して先に進もう」
ヒロシはすっかり引けた腰で恐る恐る前へと進むが、おおよそ通路の半ばという所まで辿り着いた時、突然硬質な音が周囲に鳴り響いた。
ガチャン――!
それは扉の錠前を外す時のような、重い金属音。次々に響き渡るその音が鳴り止んだかと思うと、続けて別の音が響く。
ギギィッ――!
錆び付いた重い金属扉が開く音。確かめるまでもなく、通路の両脇にならんだ扉が開き、その向こうには暗闇が色濃く口を開けている。そして黒く塗りつぶされた空間から、ぬるりと這い出して来る姿があった。
「ウゥ……アアァ……アアア……!」
不気味な呻き声を発しながら現れたそれは、『元は人であっただろう何か』であった。胴体があり、二本足で立ち、二本の腕がある。そこまでは人間と同じ形だが、それらは手や足が異形の怪物のそれと入れ替わっていたり、青ざめた皮膚に巨大な翼を背中に生やしていたり、あるいは頭がふたつ並んでいるもの、背骨が酷く浮き上がって飛び出し、トカゲのように長い尻尾を引きずる者など――人間と魔物のパーツをでたらめに組み替えたような、異臭を放つおぞましい怪物の群れだった。
「うげっ、気色悪いヤツらがゾロゾロ出て来たニャ」
「こんなものが奴らの研究だと言うのか……」
ヒナタとツキヨは武器を構え、前方からじりじりと近寄ってくる異形の群れに対峙する。背後も同じように、通路へと出てきた怪物の群れが、ゆらゆらとおぼつかない足取りで迫って来ていた。
「気の毒だが、彼らに構っている時間はありません。ここは一気に突破しましょう」
その場に居た全員が、そう言ったヤクモと同意見だった。先陣を切ったのはハヤトで、彼は背負った鞘から剣を引き抜くと、前方に立ち塞がる異形の群れに突進していった。
「今はお前らの相手してる場合じゃないんだ、どけどけーっ!」
通路を塞いでいた異形の者たちはハヤトの剣に弾き飛ばされ、その後には海の水を割る奇跡の如く進路が出来上がる。ヒロシたちも急いでハヤトの後を追い、それでも腕を伸ばして襲いかかる異形たちを振り払いながら先へ進んだ。そのまま二階の通路を駆け抜けて上階へ続く階段へ辿り着くと、そこでメリアは振り返り、追いすがる異形の群れに向かって火球の魔法を放った。
「火よ、燃え上がれっ!」
床に着弾した火球は火柱となり、後を追ってくる異形たちの行く手を阻む。彼らは火を見ると怯えた様子を見せ、不気味な声を発しつつ火柱に近付こうとしなかった。
「足止めが効いてるみたいです。今のうちに上へ!」
ヒロシたちが急いで三階に駆け上がると、そこも二階とまったく同じような作りのフロアだった。そして同じように頑丈な鉄扉が並び、またしても同じようにロックが外れた。そして姿を現したのは、二本足で立っているのは同じながらも、その顔や身体を体毛で覆われた獣人たちであった。彼らも同じように手足が別の生物と入れ替わっていたり、異常に伸びた爪や牙を持っていたりで、やはりいずれも正気を失った様子で飛びかかって来た。
「これは……!? ヒナタ!」
「わかってるニャ! どうせコイツらも、死体を改造されたんニャ!」
二人は奥歯を噛みながら、床を蹴って一気に駆け出した。改造された異形の獣人たちは一階の怪物とはうって変わり、理性をかなぐり捨てた動きで猛然と襲いかかるが、ヒナタやツキヨはそれらをまとめてなぎ倒し、立ち塞がる相手を次々に得物で斬り伏せていく。二階と同じように全員を相手にしている余裕は無く、ヒロシたちは二人に続いて三階を駆け抜け脱出した。メリアは一階の時と同じく炎の魔法で追っ手を食い止めようとしたが、それより先に通路の天井から鉄格子が落ちてきて、追いすがる獣の異形たちの行く手を遮った。鉄格子はきわめて頑丈らしく、人間よりもはるかに強靭であろう彼らの腕力でさえびくともしなかった。
「助かった……けど、これって退路を断たれたんじゃあ……」
通路を全力疾走して呼吸を乱しながら、ヒロシは引きつった表情を浮かべる。もしもの時はゴーレムに頼んで破壊してもらうことも考えたが、魔物が群がっても壊れない鉄格子となると、ずいぶん骨が折れそうである。
「へん、上等だニャ。ここの親玉をやっつけて、堂々と外に出てってやればカンケーねーニャ」
ヒナタはフンスと鼻を鳴らし、背を向けて階段を上っていく。皆が彼女に続いて四階へと辿り着くと、そこは一階で見たのと同じような、なにもないただ広いだけの空間だった。天井の高さも十メートル以上はあり、殊更に広さを感じるようになっている。
「な、なんだ? 建物の中間にこんな階があるとか、不自然だな」
ヒロシたちは固まって部屋の中央まで進んでみたが、部屋のどこを見ても襲ってくるような怪物の姿は見当たらない。そしてもうひとつ奇妙だったのは、上に登る階段が見当たらない事だった。外から見た塔の高さから考えても、まだこの上にもフロアが続いているはずなのである。
「うーん、変だな。ここが終点ってことはないはずなんだけど」
ヒロシが一歩踏み出したその時だった。
――ガシャン!
突如、床から金属の槍が垂直に飛び出してきた。それも一本ではなく、一列に並んだそれらは十センチ程度の等間隔に並んでいた。
「うわっ!?」
尖った先端が服の袖を掠め、ヒロシは思わず尻もちをつく。目の前で一気に伸びあがった槍はそのまま天井に突き刺さり、目の前に檻のような壁が出来上がってしまった。
「ふう、脅かすなよ。心臓に悪いな」
そう言いながらヒロシが飛び出した槍の横を通り抜けようとすると、再び地面から同じ金属の槍が飛び出して来て行く手を遮る。
「ヒロシ様!」
メリアが焦って反対側からヒロシの元へ近付こうとするが、やはり同じように飛び出した槍に行く手を阻まれる。気が付けば、ヒロシは一人だけ分断される形となってしまった。
「あ、あれ? これって、ものすごーくまずい状態なのでは……」
ようやく自分の置かれた状況を理解したヒロシが青い顔をしていると、今度はメリアやヒナタ、ツキヨたちの足元からも次々に槍が飛び出してくる。これで負傷した仲間はいなかったものの、やはり彼女らもヒロシと同じように分断されてしまっていた。
「この部屋そのものが大きな罠だったのか、くそー! ゴーレム、なんとかしてくれ!」
ヒロシが叫ぶと、ゴーレムは目の前に伸びる金属の槍に両手を伸ばす。そして力ずくで槍を曲げようとしたその時だった。
――バリバリバリッ!!
前触れもなく、金属の槍に強烈な電撃が流れ、両手でそれを掴んでいたゴーレムは電流をモロに浴びてしまった。そのショックで内部の機械が故障したのか、ゴーレムはしきりに両目を点滅させた後、その場に膝を付いて動かなくなってしまった。
「ゴ、ゴーレム! おいっ、大丈夫か!?」
ヒロシの呼びかけにも応じず、ゴーレムは沈黙したままである。いよいよこれは危険が差し迫っていることを、その場の誰もが覚悟しなくてはならなかった。
「ま、待て、落ち着くんだ。まだ慌てるような時間じゃない」
完全に泳ぎまくる視線をぐるぐるさせながら、ヒロシは鉄の槍に触らないよう周りを見る。それぞれの状況を確かめてみると、メリアはハヤトと、ヒナタはウィルと、そしてツキヨはヤクモと一緒であり、一人なのはヒロシだけであった。
「あああっ、よりによって俺だけ一人ッ!」
ヒロシが頭を抱え込んでいると、メリアは皆を隔てる金属の槍に魔法の杖を向けた。
「ただの鉄の槍なら、私の魔法で――!」
メリアが放った火球はまっすぐ飛び、地面から伸びる鉄の槍に命中した。どころが槍の表面がうっすらと青白く光ったかと思ったその時、火球がメリアめがけて跳ね返ってきた。
「きゃあっ!?」
「ねーちゃん危ないッ!」
咄嗟にハヤトがメリアの手を引っ張ると、火球は彼女のすぐ横を掠めて石壁にぶつかり、炎を撒き散らしながら消滅した。メリアが無事だった事に安堵しつつも、ヒロシは目の前の槍を見て叫ぶ。
「これ、ただの槍じゃないぞ! 魔法を跳ね返すのか!?」
ヒナタとツキヨもかぎ爪や剣を撃ち込んでみたが、やはり槍は青白い光を放って攻撃を弾き返し、表面に傷ひとつ付ける事が出来ない。ゴーレムも動かない今、この場での合流は絶望的となってしまった。
「どっ、どどどどーする!? もしかしてずっと、ここに閉じ込められたまま!?」
ヒロシが青ざめた顔であたふたしていると、それぞれ分断された側の壁の上部から、上の階へ続く階段が降りて来た。その様子をじっと見つめ、ツキヨが口を開いた。
「上がって来いということか。手の込んだことをする」
耳をぴんと立てて警戒心を露わにしながら、ツキヨはそう言った。
「ですが、我々はその誘いに乗るしかないようですね」
迂闊に罠に嵌ってしまったことを後悔しつつ、ヤクモも目を伏せる。そしてヒナタは仲間を見渡し、最後にヒロシに目をやって難しい表情を浮かべる。
「まずいことになったニャ。アタシらはともかく、ヒロシ一人だけってのはシャレになってないのニャ」
ヒナタと同様、メリアにとってもそれが一番の心配事であった。
「ヒロシ様、すぐそっちに行きますから……!」
心配したメリアがヒロシの方へ進もうとした時、またしても地面から槍が飛び出して来て行く手を阻んだ。
「メリア下がって。とにかくここじゃどうしようもなさそうだ。上の階に進んで、合流できる場所を探そう」
不安で泣き出しそうなメリアの顔を見て、ヒロシは不敵に笑って見せる。
「メリア、俺は大丈夫だよ。誰かが助けに来てくれるまで、死ぬ気で逃げ回ってみせるから」
「ヒロシ様……」
「こんな時に敵をやっつけてやるって言えないなんて、やっぱりカッコ悪いよな……でも、俺は信じてる。頼んだぞみんな」
それが今のヒロシに出来る、精一杯の強がりだった。この状況に至っては、もう仲間を信じる以外に術はない。
「ヒロシもなかなか言うようになってきたニャ。アタシらが行くまで持ち堪えるニャよ」
ヒナタも二ッと笑みを浮かべ、その隣でウィルも真剣な顔つきでぐっと拳を握っている。
「すぐにそっちに行きますから、無茶しないでくださいよヒロシさん!」
ヒロシが深く頷くと、仲間たちも同じように頷く。不安な気持ちをぐっと胸の奥にしまい込むと、ヒロシは目の前に続く階段を上り始めた。仲間たちもまた、それぞれの眼前にある階段の先へと進んで行った。
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