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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第五章 旅立ち
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第二十九話 要塞の秘密(4)



 四魔将の一人ギリュウの撤退とオーク製造工場の破壊により、『鋼の要塞アーバス』は陥落、魔王軍の手から解放された。この街の住人の多くは地方から連れて来られた奴隷であり、体格や年齢、あるいは種族的な問題でオークの素材に向かず、彼らの装備などを作る仕事に従事させられていたのだという。そして魔王軍の兵士たちが少なかったのも、四魔将の一人ギリュウという大物が支配者として君臨し、その圧倒的な暴力と恐怖が浸透していたことが大きかった。そのギリュウが敗れたことを知った人々はすぐさま蜂起し、元より数で劣る魔王軍の兵士たちへ逆襲を開始した。人々は自由の身となれたことを大いに喜び合っていたが、その立役者であるヒロシたちには素直に喜べない事情があった。


「これは……」


 要塞の地下、岩盤を深くくり抜いて作られた広大な空間には、横たわった棺桶のようなものが大量に、そして整然と並べられていた。それらは全て上階の工場で見たのと同じような形状で、丸い小さな小窓が付いているのも同じだった。ずらりと並ぶ棺桶のひとつを覗き込むと、中には黒い肌に恐ろしげな顔をしたオークが、目を閉じたままじっと動かないで入っていた。棺桶のようなそれは、いわゆる冬眠カプセルと呼べるものであり、近付くとひんやりと冷気が漂っているのが感じられる。


「ここで、こうやってオークを冷凍保管してたってことか?」


 ヒロシが考えながら呟くと、同じように隣の棺桶を見ていたヤクモが頷く。


「ええ、オークは気性が荒く獰猛で、しかも大食漢です。必要な時以外はこうして眠らせておいたほうが、扱いが楽なはずですからね。これほど大規模な格納庫を用意していたとは驚きましたが」

「で、でもどうするんですかコレ? 放っておいて、こいつらが全員目覚めて襲ってきたら……」


 青い顔をして言うヒロシの懸念は、その場の誰もが思っていた事でもあった。ヤクモは冬眠カプセルとその周りの装置をあれこれと調べた後、小さな注意書きを読んでから顔を上げた。


「どうやらこの冬眠カプセルとやらには、安全装置が組み込まれているようです。彼らの管理に問題が起きた時、暴走や反乱を事前に防ぐための策でしょう」

「安全装置? それ、もしかして……」


 ヒロシが聞き返すと、ヤクモは目を閉じて小さく頷く。


「警告文にはこう書いてありました。『収容物の制御・維持が困難となった場合、緊急廃棄措置を行い速やかに処分すること』と」


 もはやその続きを聞くまでもなかった。つまり、オークをこのまま永久に目覚めさせずに処理する仕組みが、この装置には備わっているということである。


「処分といっても、こんなに大勢いるんですよ。どうにかして、彼らを元に戻すとかは……」


 さっき耳に挟んだ研究員の言葉によれば、少なく見積もってもオークたちは千体以上が用意されているはずである。戸惑いながら口にした言葉だったが、大きく首を振ったのはメリアだった。彼女もまた、胸を痛め悲しげな表情を浮かべている。


「この人たちはもう、元に戻ることは出来ないと思います。オークから感じる気配、身体に流れる血や魔力の流れも人とは全く別……完全に魔物のそれなんです。これだけ身体が変わってしまったら、二度とは……」


 悲痛なその言葉に、ヒロシも言葉が出てこなかった。冷凍されたまま眠り続けるオークたちの棺桶。眼前に広がるその無機質な光景は、冷たく寂しい墓場そのものであった。ヤクモは冬眠カプセルに目を落としつつ、再び口を開く。


「四魔将の一人、ルークはこうも言っていました。再誕の魔将の『能力』は、死体を組み換え別の魔物へと作り変えてしまうのだと。そして実際に目の当たりにした猫の魔物も、まさにその通りの手順で誕生しました。つまりオークの素材とされたその時点で、人間の命はすでに失われているということです」


 あまりにも残酷で、あまりにも無慈悲。その現実に、ヒロシや仲間たちはただ言葉を失うばかりだった。


「……やるしかないのか。俺たちの手で、彼らを眠らせるしか……それしかないなんて、あんまりだ」


 拳を握り、唇を噛みしめるヒロシの肩に、ヤクモはそっと手を置く。


「私は北の砦の戦いでオークの大群を火にかけました。ですからこの役目には適任でしょう。憎むべきはこのようなおぞましい仕組みを作り上げた魔王とその配下であり、ヒロシどのが気に病む必要はありません」


 ヤクモは広大な部屋を見渡し、壁沿いに設置されている端末の方へと足を向けた。それは冬眠カプセルを一括で操作する装置であり、様々なボタンやつまみの中に、緊急用と書かれた、透明なカバー付きの赤いボタンがあった。ヤクモはそのカバーを押し破って赤いボタンを押す。すると、ボタンの隣に上部に握る部分の付いた金属製の円筒がせり上がってきた。円筒の中央部は横にスライドすることが出来るようになっており、指でそれを動かすと、中にまた赤いボタンがある。それを押し込んでスライドさせた部分を元に戻すと、端末のパネルから音声が響いた。


「緊急廃棄措置のコマンドが選択されました。実行するには上部のハンドルを握り、九十度回転させて最後まで押し込んでください」


 ヤクモが円筒のハンドルを握って力を込めようとした時、駆け寄って来たヒロシがその手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよヤクモ先生」

「ヒロシどの、残念ながら他に方法は……」


 ヤクモが言いかけた時、メリアやヒナタ、ツキヨにウィルが駆け寄り、同じようにヤクモの手の上に自分の手を重ねた。


「こんな重大なこと、自分一人で抱え込もうとしないでください。我々は一蓮托生なのですから」


 ツキヨが少しムッとした表情で言うと、他の仲間もそうだそうだとばかりに頷く。


「なーヤクモ、ちょーっとカッコつけすぎだニャ。これ見といて、自分だけ関係ないとか言えるわけねーのニャ」


 相変わらずな調子のヒナタに続き、ウィルも真剣な表情で言う。


「俺も皆さんと同じ気持ちです。そして、絶対に忘れません。こんなの……もう終わりにしなくちゃいけないんだ」


 そんなウィルの頭を空いた手でわしゃわしゃと撫でるヒナタの横で、メリアも続いた。


「楽しい事ばかりじゃなくて、つらいこともみんなで背負って、分かち合えるのが本当の仲間なんじゃないでしょうか」


 メリアの顔を見て深く頷き、そしてヒロシはヤクモへ視線を移す。


「俺も肚をくくりました。みんなでやりましょうヤクモ先生」


 ヤクモは仲間全員の顔を見回し、目を細めた。


「皆さんありがとうございます。私は人に恵まれました」


 感慨深くそう答えたヤクモに、その場の全員が頷く。そして一人遅れてやってきた、いまいち状況がよく分かっていないハヤトが首を傾げていた。


「ねえ、みんなどうして手を重ねてるの? オレも一緒にやりたい!」


 そう言ってハヤトは手を伸ばそうとしたが、それをヒロシが制止する。


「おっと、これは大人しか触っちゃダメなんだ。ハヤトはそこで見てるだけにしなさい」

「ちぇーっ、なんだよーケチ!」


 一人だけ仲間外れになってしまうハヤトだったが、誰もがこれでいいと思っていた。その手の先にあるものを、まだ十二歳の少年に触れさせるべきではないのだ。


「……では皆さん、いきますよ」


 ヤクモの合図に全員が頷くと、それぞれが手に力を込め、円柱をひねって回転させ、下へと押し込んだ。円柱は元通りに端末の中へと戻り、そしてすぐにけたたましい警告音が鳴り響く。そして冷凍カプセルがそれぞれ赤いランプを点灯させ、内部にガスのようなものが送り込まれる音がし始めた。しばらく経つとそれらの音も鳴り止み、赤いランプも消えていく。ヒロシたちは近くの冷凍カプセルに近付き、覗き窓の向こうをじっと見つめる。白い煙のようなものが徐々に引いていくと、その中でじっと横たわっていたオークの姿が見えて来た。だが、それは水分を失ったように干からびており、ヒロシたちが見ている前で乾燥しきった皮や肉が崩れ落ちた後、残った白骨も粉末となって完全に崩れてしまった。


「……」


 しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。たった今、この広い空間に並べられた装置の全てで、哀れな犠牲者たちが静かに眠りについていく。あまりにも重く、やり場のない怒りと悲しみだけが、ずっと彼らの胸の中で尾を引いていた。




 それから数日の間、ヒロシたちは鋼の要塞ことアーバスの街に滞在していた。住民の蜂起による混乱により、ヒロシたちも次の目的地に向かうどころではなかったからだ。立ち並ぶ工房の操業が止まり、煙とその臭いが減ったのは良かったが、元から空気の良くない環境であることに変わりはなく、快適とは言い難い状況だった。そんな中、ハヤトが急に出かけたいと言い出したので、ヒロシとメリアが付き添いで一緒に付いていくことになった。ハヤトは細い路地を通り抜け、住宅地にある袋小路へとやってきた。そこは以前、ハヤトがアンジェラと名乗る少女と、彼女が世話をしていた猫の親子と出会った場所だった。


「ハヤト、ここは?」


 ヒロシが尋ねると、ハヤトは壁の一部が崩れた場所に近付き、その奥を覗き込む。そして何度か「おーい」と声をかけたが、穴の向こうからはなにも出てこなかった。


「……ここでさ、会ったんだ。あの女の子と、ネコの親子。あの子はネコにご飯をあげてて、子ネコもまだこんな小さくてさ」


 ハヤトはその場にしゃがみ込み、じっと穴の方を見つめていた。


「なんにも悪い事してないのに、どうしてあんなひどい目に遭うのかな。アンジェラだっていきなり蹴っ飛ばされて、全然意味わかんないよ……オレ、あのメガネのやつ大嫌いだ! 今度あったら絶対やっつけてやる!」


 ハヤトは絞り出すように言い、両目からぼろぼろと涙をこぼしていた。ヒロシとメリアはハヤトの隣でしゃがみ、落ち着くまでじっと見守っていた。しばらく泣きじゃくっていたハヤトがようやく落ち着くと、ヒロシはまだ幼いその肩に手を置いた。


「その気持ちを忘れるんじゃないぞ。その悔しさが分かっているなら、ハヤトは本物の勇者になれるさ」

「……ホントに?」

「ああ。実を言うと、俺は今まで、自分が魔王と戦わなくちゃいけない理由がよく分からなかったんだ。転生者の使命とか仲間の仇討ちの手伝いってことでここまで来たけど……でも、そうじゃなかった。ここへ来てやっと、ハッキリ分かったんだ。


 ヒロシはこの世界で体験してきた全てを思い出し、そして真っ直ぐハヤトの目を見つめ、言った。


「許せないんだ。魔王も、その配下の四魔将や魔物たちも。命を道具みたいに扱ったり、気分次第で簡単に痛めつけたり殺したり……そんなこと、誰だろうと絶対に許しちゃいけない。ハヤトもそう思うだろ?」

「うん」

「だから転生者とかそんなの関係なく……魔王ってヤツに会って、文句のひとつも言わなきゃ気が済まないんだ」

「……うん!」

「俺には何のチカラもないし、相変わらず仲間に頼りっぱなしだけど……それでも自分の意思で、そう決めたんだ」


 ヒロシがそう言い切った直後、ハヤトは目元を腕で乱暴にぬぐい、勢いよく立ち上がった。


「うん、オレも決めた! あの悪い奴らぜーんぶやっつけて、アンジェラも意地悪な奴から自由にしてやるんだ!」


 決意を込めた瞳でそう言った少年の瞳には、確かな輝きが宿っている。それを見たヒロシとメリアは互いに笑みを浮かべ、立ち上がってハヤトの顔を見た。


「えらいぞハヤト、それでこそ勇者だ。これからの戦い、頼りにしてるからな」


 ヒロシがハヤトの頭に手を置いて撫でてやると、ハヤトは少し照れくさそうに歯を見せて笑う。


「ヒロシ兄ちゃんありがと! なんかすごくスッキリした! よーし、見てろよ悪者め!」


 立ち直ったハヤトは決意を胸に、再び宿の方へと引き返していく。その後ろに付いて、ヒロシとメリアも歩き出した。歩き初めてすぐ、メリアはヒロシの顔を見て嬉しそうに笑っていた。


「ど、どうしたんだメリア、そんなニコニコしちゃって」

「いえ……さっきのヒロシ様が、カッコよかったなって思いましたから」

「ほへっ?」


 思いもよらない彼女の言葉に、ヒロシはマヌケな声を出してしまう。


「私も同じ気持ちです。命を弄び、罪もない人々に対する残酷な仕打ち……これ以上、誰かの涙を見るのはもうたくさんです」

「ああ、そうだよな」

「だから、私も力の限り戦います。きっと、そのために女神さまが私に魔法を与えてくれた……そんな気がするんです」

「メリア……」

「ヒロシ様……」


 しばらく二人は見つめ合ったままだったが、再びメリアが口を開く。


「あの、ヒロシ様。ひとつだけ私のお願いを、わがままを聞いてもらっていいですか?」

「えっ? ああ、うん、もちろん」


 急な頼みごとにヒロシが上擦った声で返事をすると、メリアはヒロシの手をそっと握ってきた。


「メ、メリア?」

「……いなくならないで、くださいね。私を残して、一人で……遠くに行かないでください。それが私のお願いです」


 きっとそれは、紛れもない彼女の本心だったろう。ぎゅっと握り返す手のぬくもりが、全てを語っているように思えた。ヒロシはその手を握り返し、前を向いたまま答えた。


「ああ、メリアを一人にしたりしない。俺たちはいつも一緒だ、約束するよ」


 それ以上の言葉は必要なかった。手に伝わる確かなぬくもりだけを信じ、先を行く少年の背を見つめながら二人は歩き続けた。



第二十九話 要塞の秘密  おわり

次の更新は月曜19時予定です

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