第二十九話 要塞の秘密(3) 謎の少女
「お、お前は鏡の迷宮の……!?」
「おっと、この格好で会うのは初めてだったもんなあ。せっかくだし、あらためて自己紹介でもしといてやるよ。おれは欺の魔将ルーク。で、ついでにこのちっこい奴は俺のお仲間……四魔将の一人アンジェラだ」
ルークの隣に浮かぶ、まだ十歳前後にしか見えない少女が、残る最後の四魔将の一人であった。それは少女の見た目も含めて、にわかには信じられない話であった。そして、それを聞いたハヤトは前に出て叫んだ。
「なに言ってるんだよ! その子が悪いヤツの仲間なワケない! 嘘つくなメガネのおっさん!」
自分に食って掛かるハヤトを見て、ルークは呆れ顔をする。
「あん? なんだこのチビッコは。お前は初めて見る顔だなあ……初対面で大人をウソつき呼ばわりするのは良くないぜ」
「嘘つきだから嘘つきって言ったんだよ! 悪いのはそっちだろー!」
「やれやれ、しょうがねえなあ。おいアンジェラ、とりあえず後始末するところでも見せてやれよ。このままじゃ漏れたアレももったいないしな」
ルークが面倒くさそうに言うと、アンジェラは小さく頷く。そして彼女が前髪の奥から床に広がる黒い液体を見つめた瞬間、それは起こった。巨大な球体から漏れた黒い液体のようなものは、突如として意思を持ったように動き出し、うねりながら一ヶ所に集まり始めた。巨大な容器に入っていた残り全ても集まり、まるで真っ黒な蛇が塊のように蠢くその様は、見るものに生理的な嫌悪感を抱かせる。アンジェラがその小さな手を黒い塊の方へ向けると、黒い塊が吸い上げられるようにして彼女の手の中へと消えていく。そして後には、破壊され尽くした施設と、床で動かなくなっているギリュウの姿だけが残った。
「ほれ、これで分かっただろーが。いきなり大人をウソつき呼ばわりするんじゃねーぞクソガキ」
ルークは眼鏡を指で直し、面倒くさそうに言う。
「そ、そんな……」
眼前で起こった光景が信じられず目を見開くハヤトに、近くに居たヤクモが声をかける。
「ハヤトどの、先ほど出会った少女とは彼女なのですか?」
「う、うん……でも、あの子が魔王軍の悪いヤツなんて……猫に餌あげてたのに!」
その言葉を耳聡く聞いていたルークは、表情を歪めてハヤトに目を向ける。
「へえ、お前よく知ってんじゃん。こいつ普段はだんまりでろくに感情も無いんだけど、どういうわけか野良猫の面倒見ててさ。まあ、俺は別に興味もなかったんだけどな。たった今まで」
「そ、それがどうしたっていうんだ!」
「くくく……どうしてこのチビが四魔将なのか、その理由を教えてやるよ。特別サービスってヤツだ」
ルークが右手を前に伸ばすと、その手元にやや大きめの布袋が現れた。その中身はもぞもぞと動き、時折聞き覚えのあるミャーという鳴き声が聞こえてくる。
「おい、これがなんだか分かるか?」
ルークは袋を見せびらかすように、乱暴に振り回す。袋の中からは、まだ子供であろう甲高い声も混じっている。
「な、なんだ? 袋に猫が入ってるのか?」
横で見ていたヒロシが呟いた瞬間、ハヤトはハッと気づいたような表情で目を見開く。
「ま、まさか……やめ――!」
ハヤトが言いかけたその時、ルークは笑いを浮かべたままその袋を床に投げつけた。一瞬だけ呻くような声と、肉が叩き付けられる嫌な音がした後、袋はもう動かなくなった。躊躇なく行われたその行為に、ヒロシたちは一瞬理解が追い付かなかった。
「なんてことするんニャてめー! アタシの前でよくも猫を殺しやがったニャ!」
それを見たヒナタは激高し髪を逆立てるが、ルークは歪んだ笑みを浮かべ、悪びれる様子もない。
「おいおい、落ち着けよ。本当に面白いのはここからなんだから。アンジェラ、やれ」
そう言ったルークが続けて取った行動は、その場にいた全員を戦慄させた。突然、ルークはアンジェラの腹を足で蹴り飛ばしたのだ。彼女は声ひとつ出さずに弾き飛ばされ、猫が入った袋の近くに落下した。アンジェラは床に転がったまま、ぴくりとも動かなかった。
「なっ……!?」
誰もがその行動を理解できずにいたその時、変化が起こった。アンジェラの身体から、ついさっき彼女の身体に吸い込まれたのと同じ、黒い液体のようなものが溢れ出してきた。じわじわと広がるそれは、近くにあった袋に向かいそれを呑み込んでいく。すると突然、物言わぬはずだった袋の中身が激しく動き始めた。ボコボコと表面が蠢いたかと思うと、ついに袋が破れ、飛び出した中身にヒロシたちは恐怖した。
「ギシャァァァッ!」
それは肉の塊が混ざり合い、黒い液体のようなものと混ざり合って膨れ上がっていく姿だった。それは変形を繰り返しながら大きくなり、やがて体長二メートル近くもあり、四本足に大きな猫の頭が三つくっ付いた、おぞましい怪物となり果てた姿だった。
「どうだ、面白い見世物だろ? アンジェラは『再誕の魔将』……その力で死体を組み替え、新しいバケモノを作り出せるのさ」
冷酷な笑みを浮かべるルークの眼鏡には、あまりに残酷な現実に慄くハヤトの顔が映っていた。
「あ、あっ……あああっ……!」
「くっくっく、いいねえその顔! 俺はさあ、そういうのが見たくてコレやってんだよ! あはははは!」
両手を叩き、本気で嬉しそうに笑うルークの声が、周囲に響き渡る。
「お、お前……許さないぞ!」
ハヤトが我慢の限界を超えて飛び出すと、同じように腹に据えかねていたヒナタも同時に飛び出してルークへ迫る。だが、あと少しという所まで近付いた時、生まれたばかりの三つ頭の怪物が行く手を遮った。
「グアアアアアッ!!」
哀れな姿となった怪物は、前足を振りかざしてハヤトを襲う。ハヤトは素早く後ろに飛び退いて攻撃をかわすが、怪物もしなやかな動きでハヤトを追いかけ回す。
「や、やめろ! お前とは戦いたくないよ!」
ハヤトは叫ぶが、もはや怪物に人の声など届いていない。ハヤトは避けるのに精一杯で、これ以上ルークに近付けそうもない。ならばとヒナタが脇を抜けようとしたが、床に転がったままのアンジェラから黒い液体のようなものが再び広がり、ヒナタの目の前で壁のように立ち上がった。
「うっ……熱ちぃニャ! これ水とかじゃなくて、黒い炎だニャ!」
近付いてみて初めて、ヒナタはその正体を知った。黒い液体に思えていたそれは、アンジェラの魔力によって生み出された、高熱の炎だったのだ。近付けば焼けるような熱さがあるのに、その見た目はどろりとしていて、熱の奥には底知れない冷たさも感じる。メリアが触れてはならないと叫んだ理由が、ヒナタにもようやく理解できた。
「これじゃあのクソ野郎に近付けんニャ! ちくしょー!」
ヒナタが悔しさに奥歯を噛み締めていると、ルークはパチンと指を鳴らす。すると動かなくなったギリュウの身体が、青白い光に包まれて消えてしまった。
「アイツにはまだ使い道があるんでね、回収させてもらうぜ。んじゃ、今日のお遊びもこの辺でお開きかな」
そう言ったルークに、ハヤトは強い怒りの目を向けて叫ぶ。
「待てよ、どこ行くんだ! オレと勝負しろちくしょー!」
「へっ、威勢のいいガキは嫌いじゃないぜ。だからひとついいコトを教えといてやる。ここからさらに東に向かうと、俺たち魔王軍の研究施設がある。そこまで辿り着けたら相手になってやるよ。せいぜい頑張って追ってくるんだな」
ルークは続けて指をパチンと鳴らす。すると床に倒れたままのアンジェラが青白い光に包まれて消え、そしてルークもニヤついた笑みを浮かべたまま、虚空へと消えて行った。
「く、くそーっ! 逃げるな卑怯者、絶対許さないぞ!」
ルークに逃げられたハヤトは悔しさのあまり叫ぶが、まだ目の前には変異した怪物が残っている。どうしてもハヤトは剣を抜いて怪物と戦うことが出来ず、両目には涙が浮かんでいた。
「ハヤトは下がって! ヒナタ、怪物の動きを止めてくれ!」
ツキヨが弓を構えて後ろからそう叫び、ヒナタは頷いて怪物に飛び掛かる。そして急所である脇にヒナタがかぎ爪を突き刺すのと同時に、三つの頭の眉間に矢が突き刺さった。怪物は断末魔の声を上げる事もなく絶命し、その場に倒れ込んだ死体は跡形もなく崩れて消滅してしまった。
「……魔物を退治してこんなに後味が悪いのは初めてニャ。あのクソヤロー、次に会ったら、生まれて来たコトを後悔させてやるニャ」
ヒナタは怪物が倒れた場所を見つめたまま、拳を強く握りしめていた。
「ハヤト、残念だが……これ以上苦しませないようにするには、これしか無かった」
ツキヨはあまりの出来事に呆然とするハヤトに声をかけ、彼の肩にそっと手を置く。ハヤトもツキヨの声は聞こえていたが、一度に理解を超えた出来事が起こりすぎた為に、ただ言葉もなく立ち尽くすだけだった。
鋼の要塞を統べる力の魔将ギリュウが敗れ、要塞施設は壊滅。ヒロシとその仲間に怪我人を出すことなく、内容はまさに完勝であったが、彼らの心はずっと晴れないままだった。
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