第二十九話 要塞の秘密(2)
「うへー、耳がキーンとしたニャ」
間近で爆音を浴びたヒナタはその影響で軽く目を回してしまったが、すぐに気を取り直してギリュウの方を見た。ギリュウの胸元には拳大の大穴が開いており、その周囲は焼け焦げてしまっている。並の人間なら跡形もないくらいの爆発でさえ原形を留めている肉体の強靭さには驚いたが、それでも深手を与えたのは間違いない様子である。
「へへっ、かなり効いてるみたいだニャ。やったか……!?」
手ごたえを感じたヒナタがお決まりの台詞を口にしたその時、倒れていたギリュウの手が動いた。そしてゆっくりと立ち上がると、ギリュウは自分の胸元に空いた黒い穴に目を落とす。
「ぐぐ……痛てぇ……やりやがったなテメェら……よくもぉぉぉぉぉ!!」
地の底から響くような怨嗟の声を放つギリュウだったが、ヒナタやツキヨ、そしてヒロシたちも怯むことは無い。
「すでに勝負はついた。無駄なあがきをしなければ、ひと思いに介錯してやる」
剣を握ったまま構えを解かずにツキヨは言ったが、その言葉にギリュウはぴくりと反応する。
「おいコラァ……テメェ誰に向かってもの言ってやがる。この俺が……力の魔将、剛力のギリュウ様がよぉ……負けるわけねぇだろうがあ!! お前らみたいなゴミクズどもによお!!」
ギリュウは突如、大きく仰け反って絶叫した。その叫びは大気を震わせ、近くにあった機械のネジが振動で緩み飛んでいくほどの強烈さである。
「ぐおおおおおお……がああああああっ!!」
地響きのような唸り声と共に、ギリュウの身体に変化が起こり始める。全身の筋肉が前にも増して隆起し、胸の傷跡も盛り上がった肉によって塞がってしまう。異常なほどに盛り上がった筋肉によって膨れ上がったその姿は、もはや到底、人間とは呼べぬ恐ろしいモノへと変化を遂げていく。ギリュウの両目は血のように真っ赤に染まり、顔面も変化して巨大な牙が伸びていた。
「なっ、なんだ!?」
異様な変化に驚いたヒロシが声を出した途端、ギリュウはヒロシが居る方を睨み付ける。
「グアァ……そ、そういやヒロシ……テメェ、仲間に任せてずっとそこで見てやがったなァ……! 殺す……テメェはこの手で握り潰……グオアァァァァーーーー!!」
ギリュウはその場で、爪を立てた右腕を大きく降り抜いた。その動きは目に見えない程に速く、空を切り裂く音と同時に破壊のエネルギーが塊のようになって放たれていた。それは触れた全てを巻き込んでめちゃくちゃに捻じり、粉砕しながらヒロシへと迫る。
「げっ!?」
突然の出来事に反応が遅れたヒロシは、その破壊のエネルギーを避けるのが間に合わない。だが、間一髪のところで半人半馬の姿へ変身したウィルが駆け寄り、ヒロシの腕を掴んでその場を駆け抜けた。目標を外した破壊のエネルギーは近くのタンクや機械を巻き込んでめちゃくちゃに破壊し、壁に大穴を開けて飛び出していった。
「よかった間に合った! 無事ですかヒロシさん!」
「あ、ありがとうウィル、命拾いしたよ」
ウィルはヒロシを自分の背に乗せ、ギリュウから距離を取る。正真正銘の怪物へと変貌したギリュウは膨れ上がった自らの力に我を忘れ、手当たり次第に腕を振り回し始めていた。そしてその度に放たれる破壊のエネルギーが、周囲の施設を次々に破壊し尽くしていく。
「ギニャーッ、こいつメチャクチャだニャ! 危なっかしくて近寄れんニャ、退避ー!」
「機械を自分で破壊してくれるのは都合がいいが、このままでは私たちも危ない。どうする……!?」
ヒナタとツキヨも危険を察知して下がり、ゴーレムも身を守る光の壁のようなものを自分の周囲に展開し、防御に専念している。このままでは建物の崩壊に巻き込まれかねない状況となり、大きな天井が崩れでもしたら、全員で生き埋めになってしまうかもしれない。そんな中で一人、メリアは冷静にギリュウをじっと見据えていた。
「私、やってみます。上手く行けば、動きを止められるかも……!」
メリアは青い宝玉のはまった杖をかざし、呪文を詠唱する。空気中から集まった静電気が次第に強い電流となり、さらにそれらが束となって杖の先端に集中する。
「雷の槍よ、貫けっ!」
メリアが叫ぶと共に、青白い稲妻がギリュウめがけて放たれる。電光石火の雷撃はそのままギリュウを貫くかと思われたが、理性を失いかけた本能とでもいうべきものが、逆にその身を守る行動をさせた。
「ガアアアッ!!」
ギリュウは右腕を伸ばし、そこに稲妻を受けた瞬間に腕を強引に振ることで、強烈な電撃を逸らし弾き飛ばしてしまった。目標を逸れた電撃は近くのタンクに直撃し、大穴を開けて傾かせていた。
「まだまだ、えいっ!」
メリアは続けざまに稲妻を放つが、ギリュウは同じようにそれらの電撃を払い、あるいは地面に叩き付けるようにして弾いてしまう。それは意識してではなく、反射的な行動と呼べるものだった。
「悪く思わないでくださいね。今こそ――!」
最後にメリアは再び魔力を高め、杖の先端から放つ。しかしそれは今までの稲妻ではなく、炎の魔力を一点に集中させた、一直線に伸びる真っ赤な光線だった。ギリュウがそれを同じように弾こうとした瞬間、光線に触れた手が一瞬で真っ黒になり、そして跡形もなく崩れてしまった。
「ギャアアアアーーーーッ!?」
それは以前ゴーレムが使用し、ドラゴンとの戦いでも見た技だった。魔力を一点に収束させ、灼熱の光線として放つ魔法。ドラゴンがゴーレムの武器を真似てこの技を放ったように、自分にも同じことができるのではと彼女は考えた。そして今、彼女のイメージ通りに放たれた『焼滅光線』とでもいうべき新たな魔法が、ギリュウの右手を灰にしてしまったのだ。
「う、腕が……お、俺の腕……ガアアアァァァッ!?」
手首から先が消え、傷口すらも炭化した右腕を見てギリュウは絶叫する。その痛みのためか、ギリュウの瞳にはわずかに理性が蘇っていた。
「あ、あり得ねえ……お、俺がこんな所で……まだだ、まだ俺の『能力』はこんなもんじゃ……!」
ギリュウは残った左腕を下から振り上げる素振りを見せ、最後の抵抗を試みようとしたが、その動きを見越していたメリアが一瞬早く魔法を放ち、ギリュウの左足を撃ち抜く。一撃で膝から下が焼け崩れてしまったギリュウは大勢を崩し、そのまま振り上げた腕から放った破壊のエネルギーが、施設の中央にあった巨大な球体を支える金具に命中した。金具はバラバラに弾け飛び、支えを失った巨大な球体はぐらりと傾き、大きな音を立てて床に落下した。その一部、透明なガラス部分が割れ、中に充満していた黒い液体のようなものが漏れ出して周囲に広がると、その場にいた全員が本能的な悪寒を感じ、一気に青ざめた顔になった。
「み、皆さん逃げてください! あの黒いものに触れてはダメです、あれは――!」
いち早くそう叫んだのはメリアだった。ヒロシたちは慌てて後退し、近くにあった機械をよじ登り、壁沿いの高い位置を渡る通路まで避難した。工場は警報がけたたましく鳴り響き、騒ぎを知った白衣の作業員らしき男たちが数人、部屋に駆け込んできたが、彼らは床に漏れた黒い液体のようなそれに、運悪く触れてしまった。
「ぎっ……ぎゃあああああっ!?」
黒い液体のようなものに触れた途端、白衣の男は絶叫を上げ、みるみるうちに身体が黒く変色しボロボロに崩れてしまう。
「ひ、人が一瞬で崩れて……!?」
あまりにも無残なその光景に、ヒロシはそれ以上の言葉が出なかった。もしメリアの言葉を聞かずアレに触れていれば、自分も同じ運命を辿っていたことだろうと、後になって震えが来てしまう。溢れ出す黒い液体のようなものは、金属などにはボロボロにする効果が出ないらしく、さらにしばらく経つと蒸発するように薄まり空気中に消えていく。
「そ、そうだアイツは……ギリュウはどうなったんだ!?」
ふと気付いたヒロシは、この惨事の原因になったギリュウの姿を探した。するとギリュウは倒れたその場から動いてはおらず、黒い液体に身体が浸かっていても、白衣の男たちのように腐って崩れたりはしていなかった。
(なんだ……? あの黒いモノは、ギリュウには効かないのか?)
ヒロシが疑問に思っていたその時、崩れ落ちた球体の上に、突如として二つの光の球が出現した。それは宙に浮いたまま人と同じ輪郭を取り、次の瞬間には人間の姿へと変わっていた。片方は長身で四角い眼鏡をかけ、ボタン付きのシャツにスラックスという姿の男、そしてもう一人は白っぽい髪に薄紫色の洋服を着た幼い少女だった。
「あっ!?」
その少女を見た途端、ヤクモと一緒に後ろに控えていたハヤトは身を乗り出して声を上げる。それはこの要塞に潜入する直前、ハヤトが出会ったあの少女に違いなかったからだ。
「あーあー、派手にぶち壊してくれちゃってまあ。騒がしいから来てみれば、どうすんのコレ」
メガネをかけた男は眼下の惨状を眺め、うんざりといった表情を浮かべている。隣の少女は宙に浮いたまま、ただじっとしているだけで言葉を発さない。メガネの男はヒロシたちの方を見た後、床に座り込んだギリュウに視線を移し、口の端を持ち上げて言う。
「力の魔将ともあろう者が、あんな連中に後れを取るとはねえ。やっぱり脳みそまで筋肉で出来てるような奴には、責任とかそーゆーのは難しかったかぁ」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、メガネの男は再びヒロシたちを見る。
「ようお前ら、いつ以来だったっけなあ? ついにこんな場所まで来ちまったのかよ」
メガネの男は何故かヒロシたちを知っているような口ぶりで言う。
「だ、誰だお前は! 俺はお前なんか知らないぞ!」
ヒロシはそう答えるが、メガネの男は意地の悪そうな表情を浮かべ、言った。
「俺はよーく知ってるぜ。腹の傷と火傷はもういいのかよ、ヒロシ様」
「……!?」
その瞬間、ヒロシは思い出した。この冷淡で人を嘲笑うような口調。かつて鏡の迷宮でメリアに化け、ヒロシに重傷を負わせた欺の魔将ルークのことを。
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