第二十九話 要塞の秘密(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
ギリュウ:魔王軍四魔将の一人、力の魔将にして転生者の一人
元の世界ではヒロシをいじめていた上司だった
そこは思っていた以上に、要塞というより工場に近い施設だった。武装した見張りの数は多くなく、所々の通路や部屋はがら空きで、ほとんど身を隠すことなく移動が出来た。建物の構造からして、この場所で敵と戦うということを想定していない様子だった。
そして砦の中心部に近付くにつれ、鉄で作られた天井の高い建物の中に、やはり鉄の太い配管が縦横に走り、巨大な工場のような姿が明らかとなって来た。ヒロシたちはその巨大な工場の建物の一角、普通の建物で言えば三階部分ほどに当たる外周に作られた手すり付きの通路に身を伏せ、そっと眼下に広がる光景を見ていた。巨大な工場の中は真っ直ぐな三本の通路が伸び、その左右を挟むようにして、通路と並行して走るベルトコンベアと、高さが三メートルほどの大きな棺桶のようなものが斜めに立てられ、等間隔でずらっと並んでいる。その棺桶には無数の配管が背後に接続され、正面の通路側には丸い小さな小窓が付いており、棺桶のすぐ隣には機械式のアームのようなものが折り畳まれ、やはり棺桶と同じ数だけ並んでいた。そして白衣を着た作業員らしき人物たちが中央の通路を歩き、時折棺桶の小窓を覗いたりしながら行き来している。
「……ここは一体、なんの工場だ?」
ヒロシは呟きながら、注意深くその光景を観察する。機械の部品を作っているという感じではなく、不思議に思いつつ様子を見ていると、棺桶のようなものが並んでいる列のひとつで、けたたましい合図のような音が響き、同時に赤いランプが棺桶の上に点灯した。すると棺桶の蓋が上部を支点にして開き、棺桶の中から煙と鼻に付く臭いが周囲に溢れ出す。まもなく煙が排気口に吸い込まれて消えていくと、棺桶の中から全身が黒い肌をした、屈強な体格の怪物――オークの姿が現れた。彼らは気を失っているのかじっとしたままで、棺桶の隣にあった機械のアームが伸びてオークの身体を掴むと、棺桶の中から引きずり出してベルトコンベアへと放り出す。無数のオークを乗せたベルトコンベアーは、彼らを隣の部屋へと送り込んでいく。
「ど、どうしてオークがあんな棺桶みたいな箱から出てくるんだ……?」
状況が呑み込めず、もう少し様子を見ることにしたヒロシたちだったが、この後に続く光景に彼らは絶句した。オークたちが全て隣の部屋へ運ばれた後、ガチャンと音がしてベルトコンベアーの向きが逆転した。すると今度は隣の部屋から、ぐったりとして動かない普通の人間たちが運ばれてきたのだ。彼らは生きているのか死んでいるのか遠目には分からないが、それぞれ棺桶の前まで運ばれると、やはり機械のアームが彼らを掴み、棺桶の中へと押し込んだ。人間を詰め終えると棺桶は蓋を閉じ、そして上部のランプが紫色の光を放った。すると棺桶の中にガスのようなものが送り込まれ、辺りにシューっと空気が流れる時の独特な音が響いた。
「……!?」
その途端、ヒロシの横にいたメリアは両腕で自分の身体を抱えるようにして震え出した。表情は青ざめ、目を見開いて怯えるその様子は只事ではなかった。
「ど、どうしたんだメリア、大丈夫かい?」
「い、いま分かりました……ここは、人をオークに作り変えているんです。あの棺桶の中に、恐ろしい魔力が満ちていて……人が人でないものに……あああっ……!」
「な、なんだって!? そんな馬鹿な……!」
ヒロシも引きつった声を出すのが精一杯だった。これまでは幾度か戦い退けてきたオークは単なる魔物などではなく、魔王軍によって人間が作り変えられた存在だったのだ。あまりにもおぞましい事実と、オークと戦い退けたあの光景が脳裏にフラッシュバックし、ヒロシは一気に喉が渇いて上手く言葉を出せなかった。
「ひでーことするニャ。あいつら人間の命なんて、その辺の石ころと同じだと思ってんのニャ」
「まさしく悪魔の所業だな……許せない。こんなもの、今すぐ叩き壊してしまおう」
怒りと殺気を漲らせるヒナタとツキヨだったが、ヤクモが二人の顔を覗き込みながら、静かにと人差し指でジェスチャーをする。
「気持ちは分かりますが落ち着いてください。工場を破壊するにせよ、まずは人間をオークに変化させている元を断ちましょう。末端の装置を壊すだけでは効率が悪い」
ヤクモの言葉に納得した二人は、呼吸を整えてひとまず怒りを鎮める。
「あの棺桶みたいなのに繋がってる配管、あれを辿って行けばいいんじゃないでしょうか」
じっと様子を窺っていたウィルがそう言うと、ヤクモも頷く。
「ええ、その先こそ工場の心臓部ともいうべき場所でしょう。中枢を叩けば、この施設も機能不全に陥るはず」
はやる気持ちと怒りをぐっとこらえ、ヒロシたちは高い位置の通路を移動し、工場の中心部を目指す。所々に巨大なタンクや大きな窯のような装置が並ぶ区域を抜けて辿り着いた場所は広い吹き抜けの空間で、部屋の全周に渡る大掛かりな装置の中心に、直径十メートル近くはあろうかという、巨大な球状の容器が鎮座しており、ガラスのように透き通る素材の向こう側には、真っ黒な液体かあるいはガスのようなものが満ちていた。そして時折、オーク製造現場で見たのと同じ紫色のランプが光ると、球状の容器に繋がったパイプへと中身の黒いものが流れていくのが見えた。
「ここが施設の中枢……?」
小声で呟くヒロシに、ヤクモが頷く。
「周囲の機械の規模からみても間違いないでしょう。あの透明な球体に入ったモノが、人間をオークへ変えてしまう素のようですね」
「よ、よし、こんなものさっさと壊して……」
ヒロシが言いかけたその時、大きな足音を立てて中央の装置へ近付く二人の人物の姿があった。片方はさっきも見た白衣の作業員らしき人物で、もう一人は岩のような筋肉で全身が覆われた大男であった。
(……!?)
ヒロシは思わず声が出そうな口を手で塞ぎ、その大男を凝視する。それは忘れるはずもない力の魔将ギリュウであり、ヒロシにとっては転生前の世界から因縁の深い元上司でもあった。
「おい、オークどもの増産はどうなってやがる。いい加減五千は揃えられるんだろうな」
ひどくイラついた様子のギリュウの言葉に、白衣の男はうんざりした様子でため息をつく。
「無茶を言わんでください。まだ二千にも届いていませんよ」
「あん? いつからテメーは口答えするのが仕事になったんだ」
「今週中にオーク五千の製造なんて不可能だと言っているんです。ただでさえ人手が足りず、素材の奴隷だって集められていないのに」
「それをどうにかするのがテメェの仕事だろうが!」
「い、一万もいたオークを短時間で消耗しなければ、こんな事にはなっていませんよ!」
白衣の男も業務のストレスが限界だったのか、血走った眼で四魔将であるギリュウに食って掛かる。
「なんだとぉ……テメェ、俺のせいだって言いてえのかオォ!?」
ギリュウは悪鬼のような表情で白衣の男の喉を掴み、締め上げながら持ち上げる。
「あが……ッ!?」
白衣の男が喉から絞り出すような声を出した直後、ゴキンとなにかが折れる音が響き、白衣の男の手足がだらりと垂れ下がった。ギリュウは忌々しげに舌打ちし、動かなくなったそれを無造作に近くの壁へ投げつけた。グシャッと嫌な音がした壁には、べっとりと血の跡が伸びていた。
(……)
無残な光景に思わず目を背けてしまったが、ギリュウの周囲には護衛や警備の兵隊は見当たらず、攻撃を仕掛けるには絶好のタイミングであった。
「ヤクモ先生……!」
「ええ、またとない好機です。行きましょう皆さん!」
その言葉を合図に、ヒロシたちは通路の手すりを乗り越え、立ち並ぶ装置の上を伝って次々に床へと降り立つ。広い部屋の中央、巨大な球体の目の前にいたギリュウは、その物音に気付いて振り返った。
「あぁ? どうしてこんな場所にドブネズミどもがいやがる」
すこぶる不機嫌そうなギリュウの表情は、見る見るうちに歪んでいく。
「あー、思い出したぜそのツラ……テメェらのおかげで転送装置はぶっ壊れるわ、送り込んだオークの軍団も回収できずに全滅するわでよぉ……って、ちょっと待てやオイ。つまり全部テメェらのせいじゃねえか。オーク共が足りねぇのも、カスな研究員ごときにナメられんのも、なにもかも、テメェらの!!」
耳を塞ぎたくなるような大声で叫ぶギリュウの顔は、まさに憤怒の表情と呼ぶにふさわしいものだった。頭髪は逆立ち、全身の筋肉が盛り上がり、皮膚の色が血のように赤く変色していく。
「テメェはよぉ、いずれ俺が直々に出向いてブチ殺してやろうと思ってたんだよ。なんのつもりでノコノコ俺の前にツラ出したのか知らねえが、今度こそ首をへし折って息の根止めてやるぜヒロシ!!」
再び空気がビリビリと振動するような声に辟易しつつ、ヒロシはそれでも両足に力を込めてギリュウと向き合い、腰のショートソードを抜いて身構えた。
「あんたとの因縁も今日限りだ。ここで決着を付けてやる!」
「やれるもんならやってみろや能無しがァ!!」
激高したギリュウが地面を踏み付けると、そこを中心に蜘蛛の巣のような亀裂が周囲に広がる。そして彼が右腕を伸ばし手を広げると、赤っぽい光と共に巨大な石のハンマーが出現し、その手に収まった。
「みんな行くぞ! あいつを倒して工場を破壊するんだ!」
ヒロシとゴーレムを中心に仲間たちは左右に展開し、ギリュウを迎え撃つ体勢を取る。ギリュウは怒りに任せて猛牛のように突進してきたが、その行く手を遮ったのはゴーレムだった。
「どけ、邪魔だポンコツ!」
ギリュウは走りながら巨大な石のハンマーを振り下ろす。だがゴーレムはそれを両手で受け止め、さらにギリュウの突進を食い止めて見せた。一瞬驚きはしたものの、ギリュウは構わず腕にぐっと力を込め、そのまま強引に押し込もうとした。
「ちっ、学習能力ってもんがねーのかコイツ。前も俺と力比べして無駄だっただろーが。今度こそバラバラの鉄クズにしてやる!」
そう息巻いてさらに力を込めるギリュウだが、彼の丸太のような腕が前に進むことは無かった。それどころか、逆に地の底から隆起した大岩のような圧力が、徐々にギリュウを押し戻していた。
「ぐっ、どうなってやがる! こいつ、まるで別物……!?」
「むっ!」
ゴーレムの両目が光ったその瞬間、胸元の装甲から全身に青い光の線が無数に走り、それと同時にゴーレムは足を踏み出し、一歩、二歩とギリュウを押し返し始めた。
「なにっ……!?」
そしてついに石のハンマーを力任せにかち上げると、がら空きになったギリュウの胴体めがけて全体重を乗せた体当たりをぶちかました。
「ぐうううううっ……!」
ギリュウは両脚を踏ん張ったまま地面を滑るように後退し、その胸と腹の部分は身に纏う鉄の鎧ごと大きく窪んでいる。並の人間なら肋骨と内臓が潰れて即死であろうという衝撃を受けてなお、ギリュウは倒れることなく身構えている。
「おい……今のは少し効いたぞ……ぐぐ……かあっ!」
ギリュウが気合いを入れて顔を上げると、窪んでいた胸と腹が内側から押し戻されて元通りになる。生物として不自然なその現象に不気味さを覚えつつも、両翼の一番前でその光景を見ていたヒナタとツキヨは不敵に笑う。
「へんっ、強がってられんのも今のうちニャ。ツキヨ!」
「ああ、行くぞ!」
二人は同時に踏み込み、ギリュウへと一気に飛び掛かった。それぞれの得物であるかぎ爪と直剣の一撃が重なり、二人は交差して位置を入れ替えながらギリュウの両脇を駆け抜けた。例によってギリュウは瞬時に肉体を硬質化させて防御の構えを見せたが、ドラゴンの爪や牙から作り出された刃はその硬度すらも貫き、肌が剥き出しになっているギリュウの腕に深い傷跡を残した。
「がっ……!? 防御してんのに傷が……なんだその武器は!?」
普通の鉄であれば容易く攻撃を弾き返すはずが、逆に手傷を負わされたギリュウは驚愕していた。
「よっしゃ、バッチリ効いてるニャ! 前にやられた借り、ここで耳揃えて返してやっからニャ!」
「これで条件は五分。後はどちらの戦いの腕が上か、勝負!」
矢継ぎ早に攻めかかるヒナタとツキヨの動きに翻弄され、しかも時折ゴーレムも隙を狙って剛腕を振るい、ギリュウへ確実にダメージを与え追い詰めていく。巨大すぎるハンマーもその小回りの利かなさが仇となり、動き回るヒナタやツキヨはもちろん、ゴーレムにも直撃を加えることが出来なかった。
「おらおらー! 前の威勢はどこ行ったニャ! さてはオメー、身体が硬くて力がスゲー以外はド素人だニャ!」
「ぐっ……この、ケモノ風情が……ッ!」
戦いにおける技術と速さにおいてはヒナタやツキヨの方が圧倒的に有利であった。そこへギリュウの防御を貫く刃が加わったとなれば、状況は火を見るより明らかである。周囲を飛び回る二人を、まるで羽虫を追い払うがの如く腕や武器を振り回していたギリュウだったが、片手で振り下ろしたハンマーをゴーレムがパンチで弾き返した瞬間、体勢が崩れ決定的な隙を晒してしまう。
「もらった! 新兵器をくらえニャ!」
ヒナタはがら空きになったギリュウの懐へ一気に踏み込み、それと同時に腰に括り付けていた太い杭を左腕の手甲型発射装置に装填、ギリュウの胸部に先端を向け、左手を握り込んでトリガーを引いた。雷の魔法を応用したその発射機構の威力は凄まじく、押し出された杭の先端は音速に近い速度で、ギリュウが身に付けていた鉄の鎧ごと胸部を貫く。
ドゴォンッ――!!
次の瞬間、杭が内側から青白い光を放つと同時に激しい爆発を起こし、ギリュウは身体ごと後方に吹き飛んで仰向けに倒れた。
次の更新は金曜19時予定です




