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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第五章 旅立ち
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第二十八話 鋼の要塞(1)

登場人物


ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性

    特別な能力がなにも無い『無能』の人


メリア:木精(ドリアード)の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明

    魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い


ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士

    かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある


ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士

    剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格


ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ

    非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる


ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる

    少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている


ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット

     鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上


ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児

    『勇者の魂』という強力な能力を所持



「――で、二人はどのくらいまで行ったんニャ? もうチューくらいはしてんのニャ?」


 昼食のため集まった大列車の食堂で、テーブル席に座り、ヒナタはニヤリと笑みを浮かべながら言った。それを聞いたヒロシはテーブルに額をぶつけ、メリアは真っ赤になってうつむいてしまう。


「うごご……急になにを言い出すんだヒナタッ!」

「いやー、どのくらいまで進んだのかなーと思って。ヒロシもメリアも奥手だから心配してんのニャ」

「か、関係ないだろそんなのっ」


 苦し紛れに呟くヒロシに、ヒナタはギロリと鋭い視線を向ける。


「いーや関係大アリ巨大アリだニャ。アタシらは敵地へ向かってんのニャ。それなのに、あの時あーしとけば良かったーとか、心残りがあったら後悔してもし切れんのニャ。こーゆー時こそ、ちゃんとお互いの気持ちを知るのが大事なのニャ」


 ふふんと鼻を鳴らし得意げなヒナタを呆れ顔で見つめ、ヒロシは言う。


「で、本当の所は?」

「ただの興味本位だニャ」

「やっぱりからかってるんじゃないかッ!」

「ニャハハハ!!」


 ケラケラと笑うヒナタの横で、ツキヨはため息をしつつ食事を口に運ぶ。彼女の向かいにはヤクモが座っており、いつものようなやり取りを繰り返すヒロシとヒナタを静かに見守っている。


「ヤクモどのには心残りとか、そういうものは無いのですか?」


 ふと思った疑問だったが、ツキヨは構わず聞いてみることにした。ヤクモは食事の手を止め、相変わらずの穏やかな口調で言う。


「ありませんねえ。私には別れを惜しむ身内もいませんし、これから起こる出来事に興味が向いていますから」


 予想通りの返事ではあったが、ならばとツキヨは続けて尋ねてみることにした。


「もしも望みを叶えられずに倒れたとしたら、その場合はどうお考えですか? 自分が生きてきた全てが消えて、無になってしまう……そうなったら無念ではありませんか?」

「ええ、もちろん無念です。なるべくそれは避けたい所ですが、無念のままに果てるのも、それが己の運命だったということでしょう」


 そう淡々と答えるヤクモに、ツキヨは彼を睨むように見つめる。


「やはりあなたは変です。自分のことでさえ、どこか他人事のような……普通はもっと生きることに執着したり、人との繋がりを必要とするはずだ。なのにあなたからは、そういう部分が感じられない」


 やや強い口調で言うツキヨに仲間たちの視線が集まるが、ヤクモは穏やかな笑みを浮かべた。


「ツキヨどの、あなたはとても優しい方だ。私のような人間を案じてくれたこと、嬉しく思います」

「なっ……」


 珍しくツキヨは顔を赤くし、落ち着きなく耳をくるくると動かしている。


「順を追って話さなくてはなりませんが……もちろん私とて、人との繋がりが不要なわけではありません。現にこうして、皆さんと行動を共に暮らし、大いに支えられてきました。ただ私は、必要以上に誰かとの距離を近付けない方がいいのです」

「そ、それはどうしてですか?」


 皆の視線を気にしながら聞き返すツキヨに、ヤクモはいつになく真剣な顔つきで彼女を見た。


「私の興味の先、追い求めている謎とその答えが、この世界に隠された影……深い闇の中にあるからです」

「世界の……影……?」

「ええ、それはとても謎めいていて、未だに全容を明らかにはしていません。この世界に現れ続ける転生者と、人知を超えた『能力』。そして魔王。その秘密を暴こうとする者には災いが降りかかり、人知れずこの世界より排除される……私はそう考えているのです。そうでなければ連綿と続く歴史の中で、なぜ転生者と魔王が戦い続けるのか、なぜ誰もこの仕組みに疑問を抱かないのか。なぜ、それらの記録がごっそりと歴史から抜け落ちているのか。まるで意図的に歴史から消されているかのように……その説明が付かないからです」


 普段は見ることの無いヤクモの眼差しに、ツキヨは思わず息を呑む。


「謎を追いたいという私の気持ちは変わらない。しかし、この身に災いが降りかかった時、親しい人を巻き込んだり無用な悲しみを生むことを私は望んでいません。それが私の立ち位置であると……そう理解してください」


 ヤクモが語り終えた時、しばらくその場は静まり返っていた。だが、やがてツキヨは両眼を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと目を開いてヤクモを見つめた。


「ヤクモどのの事情は分かりました。ですが……あまり私たちを見くびらないでもらいたい」

「ツキヨどの?」


 ツキヨは口元を膨らませ、ムッとした表情でヤクモを睨む。


「私たちは今までに何度も、共に死線をくぐってきた。もうダメかと思うようなことも何度かあった。でも、私たちはこうして生きている。ヤクモどのが我々の危機を救ってくれたように、我々もヤクモどのの危機を救えるはずだ。この先、ますます戦いは苛烈になるでしょう。そんな状況で自ら距離を取ろうとする人に、私は背中を預けられない」


 そして珍しく感情を露わにした彼女は、握り締めた拳でテーブルを叩いた。


「その身に降りかかる災いとやらがあろうと、そんなもの私が振り払ってやる。だから改めて言いますが……あなたはもっと私たちを信用してください。いいですね?」


 ヤクモはしばらく目を丸くしたまま固まっていたが、やがて肩を震わせて笑い始めた。


「ふふ、ははは……これは……ふふふ……」


 ひとしきり笑い終えた後、ヤクモはいつになくさっぱりとした表情でツキヨを見つめ、言った。


「参りましたツキヨどの。私の完敗です。己一人で世界の影に挑むなどと……考えてみれば思い上がりも甚だしい事でした。確かに、私は皆さんの力がなくては前に進めない。この身が砕け散るその時まで、どうかお付き合い願いたい。そして私も、皆のために骨の一片となるまで力を尽くすと誓いましょう。皆さん、あらためてよろしくお願いします」


 深々と頭を下げるヤクモに、ツキヨもふんすと鼻を鳴らしつつも、その表情は明るかった。そんな彼女にヒナタがぐいっと肩を組み、両目を爛々と光らせてニヤついていた。


「ツーキーヨーちゃーん? やっぱりさー、ツキヨってヤクモになんか思う所あるんよニャー?」

「な、なにを言い出すんだ急に」

「もう隠しても無駄ニャ。そんなもの私が振り払ってやる(キリッ)とか、なかなか言える台詞じゃないのニャ」

「う……うるさいぞヒナタ!」

「正直にゲロっちまいニャー。ツキヨはヤクモのこと、実は――」

「うがーっ!!」


 三角に吊り上がった両目で叫びながら、ツキヨはヒナタにヘッドロックを仕掛ける。頭蓋骨を強く締め上げられ、ヒナタはバタバタと手足を動かしてもがいていた。そんな様子を不思議そうな顔で見つめていたハヤトは、フォークを手に口をもぐもぐ動かしながら隣のヒロシを見た。


「なー兄ちゃん、みんななんの話してんの?」

「えっ? うん、あーっと……やり残したことはありませんか、とか、みんな仲良くしましょうとか、そういう感じかな」

「ふーん。なんか遠足の前みたいだ」

「遠足かぁ、懐かしい響きだ。そういえばハヤトは、こっちに来る前はどんなことしてたんだ?」

「えー? んーっと、勇者ごっこしてた!」

「ゆ、勇者ごっこ……」

「河原とかでイイ感じの棒拾ってさー、橋の下とか草むらとか探検してた!」

「そ、そうなんだ。子供のやる事っていつの時代も変わらないんだな」


 自分の少年時代をふと思い出し、ヒロシもつい笑ってしまう。


「でも学校の先生とか、かーちゃんが遊んでばかりいないで勉強しろってうるさくてさー。それで……えーっと、なんだっけ」


 ハヤトはフォークを口にくわえたまま、考え込む仕草をする。


「そうだ、坂道を勢い付けて降りる遊びしてたんだ。そしたら道路に出た所で……うーん……気が付いたら王様たちに囲まれてた」


 ハヤトも転生前の記憶が曖昧になってきているようで、首をひねりながらそう答えた。


(道路に飛び出して、車か何かにぶつかったって所か。それにしても、こんな子供まで転生者になるなんて……素質や能力だけで選んでるっていうのは本当なんだろうな)


 ヒロシがそんなことを考えていると、ハヤトは丸い目でヒロシとメリアを交互に見ながら言った。


「で、二人はチューするの?」

「ぶっ!?」


 ヒロシはまたも額をテーブルにぶつけ、ガバッと顔を上げた。


「どうした急にッ!?」

「さっきネコのねーちゃんが言ってたから、するのかなーって」

「そんなの気にしなくていいからッ! センシティブな話題には配慮しなさいって習ったでしょーが!」

「えー、そんなの覚えてないよ」

「いつかハヤトもする時が来るかもしれないんだから、他の人もからかっちゃいけませんッ!」

「えぇ、オレも!? うひゃー!」


 上手く話を切り返され。つい自分で想像してしまったハヤトは戸惑った様子で悶えていた。ヒロシは赤くなった額をさすりながら、賑やかな仲間たちに顔を向けた。


「えっと、みんな聞いてくれ。この先、まだどんな敵が出てくるのか分からないけど……俺はみんなで家に帰りたい。誰一人欠けることなく、またいつもみたいに暮らせたらなって。だからその……ええと、とにかく無事に帰ろう!」


 全員の視線がヒロシに集まり、そしてツキヨの脇に頭を抱えられたヒナタがプッと笑う。


「ヒロシ、同じこと二度言ってるニャ」


 ヒナタを捕まえているツキヨも、ふっと口元に笑みを浮かべる。


「だが、その意見には私も賛成だ。必ず魔王を倒し、全員で帰りましょう」


 その言葉にヤクモやメリアも深く頷く。それまで黙って皆の話を聞いていたウィルも、ここぞとばかりに立ち上がる。


「い、いざという時は俺が皆さんを背負って逃げますんで!」


 仲間同士の結束を確かめ合いながら、穏やかな時は過ぎて行った。

 草原を行く大列車はゆっくりと、重いエンジンの音を響かせながら東へと向かう――。


 


「……みんな、出てきても大丈夫そうだ。周りには誰もいない」


 食料に見せかけた木箱の中から顔を出したヒロシは、同じように別の箱に隠れていた仲間に合図を送る。すると近くの木箱から仲間たちが次々と顔を出し、ふうっと息を吐いた。そこは積み荷を保管しておく倉庫の中で、人の姿はほとんど見当たらない。全員が箱の外に出ると、足音を立てないように倉庫の外へと抜け出した。ヒロシはタマゴ型に縮んだゴーレムを背負い、紐で縛って上から布をかけて誤魔化しておいた。こうすれば一見すると、大きな背荷物を背負っているようにしか見えない。ゴーレム本来の重量も、地面から浮遊する特性のおかげで気にならなかった。


 魔王軍の拠点とされる都市は街全体が工業地区といった様相で、大小問わず様々な工房が並び、屋根の煙突から吐き出される煙、軒先に積み上げられた大量の刀剣といった光景がずっと続き、そこかしこから鉄を叩く音が響いている。街を行き交う人々は様々だが、王都よりも人間以外の種族である亜人――ヒナタやツキヨのような獣人や、ギリウスのようなドワーフ、あるいは肌の色が青い魔族的な外見の者など――が多く見受けられた。とはいえ彼らは特に争ったりいがみ合う様子は無く、黙々と自分の仕事をこなしている連中の方が多かった。彼らはよそ者であるヒロシたちにもあまり興味がないようで、特に気にする様子もなく通り過ぎていく。いきなり兵士に通報されて逃げ回るようなハメにならずホッとしながら、ヒロシたちは街の様子を見て回った。


 街の北部には巨大な要塞がそびえており、城壁や建物の至る所に金属が使われ、まさに『鋼の要塞』とでも呼べるような代物だった。要塞からも無数の煙が立ちのぼっており、街が吐き出す煙と合わさって空を覆い、都市全体がどんよりと薄暗かった。


「あれが魔王軍の拠点……でも空気が濁ってて、気分が……」


 威圧的な風貌の要塞を眺めながら、メリアは青ざめた顔をしている。木精ドリアードの血を引いているせいなのか、彼女は空気の汚れに敏感な様子で、水で湿らせたハンカチを口元に当てていた。周囲には薪やコークスを燃やしたような臭いが充満しており、普通の人間であるヒロシでさえ目や喉が痛くなってくる程である。感覚が鋭いヒナタやツキヨも同様らしく、このきつい臭いのする場所にはうんざりといった表情をしていた。とにかく雑踏を抜け落ち着ける場所を探そうと足早に進み、密集した住宅地の路地裏に辿り着いた所で、ヒロシは愕然としてしまった。


「なっ……ハ、ハヤトがいない!?」


 何度確かめても、ついさっきまで一緒に付いて来ていたはずのハヤトの姿がどこにも見当たらなかったのである。


次回より投稿間隔と文字数が変更になります

投稿 月、金曜19時

1話10000文字オーバー程度を5000字程度へ

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