第二十六話 勇者の旅立ち(1) ヒロシと刀鍛冶
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という能力を持っているらしい
デーヴィド:王都乗っ取り事件の共謀者ゲオルクの弟
真面目な性格で、兄の跡を引き継ぎ軍を率いる立場にある
リィナ姫:ダレル王の娘。ツンツンな性格
カーラ:大草原を走る巨大列車キャラバンの女性族長
かつてダンとは恋仲だった
転生者ハヤトがドラゴンを退治した――その報せは瞬く間に王都中に広まった。待ち望まれていた『転生者』とその華々しい戦果は、魔王軍の襲撃や王宮乗っ取り事件によって影を落としていた雰囲気を一気に払拭し、人々の間では日に日に期待が高まり続けていた。そうした空気の後押しも手伝い、ついにダレル王より正式な発表があった。
『勇敢なる転生者ハヤトは魔王討伐の旅に赴く』
その報せに王都の人々は沸き立ったが、ヒロシは彼らと同じように喜ぶことは出来なかった。いくら強いとはいえ、若干十二歳のハヤトに見知らぬ世界の、しかも敵地での一人旅など出来るはずもなく、当然ながら行動を共にする仲間が必要になる。そしてその仲間としてヒロシたちが指名されたからだった。ある程度予想できた事とはいえ、いよいよ自分たちから魔王軍の領地へ乗り込もうと言うのだから、その為の準備は入念に行う必要があった。
魔王討伐への同行が決まってから二週間、ヒロシとその仲間たちは鍛冶職人ギリウスの工房へ通い詰めていた。敵地へ乗り込むには更なる装備の充実が不可欠であり、そのために必要な素材は十分すぎるほどに揃っていた。ハヤトがトドメを刺したドラゴンの死骸はすぐに回収され、王都へと運び込まれた。ドラゴンは強大な魔物であると同時に、その血肉やウロコ、そして骨と皮に至るまで極上の武具の材料となり、それを見たギリウスを始めとする職人たちは、目を輝かせながら嬉々としてドラゴンの死体を解体していった。もちろんそれらの素材はハヤトやヒロシたちの装備へ優先して回され、まもなく開発が始まった。
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ――!
鍛冶工房の中で、同じリズムを刻む金槌の音が響く。ごつくて太い腕で金槌を振り下ろす横で、ヒロシも汗にまみれながら、赤熱した刃に金槌を振り下ろし続けている。その傍らではメリアも呪文を唱え、刃に魔力を送り続けている。
「ふう、ふう……!」
ヒロシは自分たちが使う予定の武器を、ギリウスと一緒になって鍛える作業をもう二週間もの間続けていた。ドラゴンの牙や爪、骨といった部分は骨と金属の中間のような性質を持っており、高熱と一定の魔力を送り込むことで赤熱化し、金属と同じように加工、鍛錬が可能であった。そのために呼ばれたメリアに同伴したヒロシは、自分も作業を手伝いたいと名乗り出た。この時になって初めて、ヒロシは刀剣を作るための鍛冶が、とてつもない重労働であることを思い知るのだった。真っ赤な熱の塊の近くでひたすら重い槌を振り続ける。ヒロシの全身は毎日汗でびっしょりとなり、帰宅すれば汗を流す風呂の中で意識を失いかけたのも一度や二度ではなかった。それでも自分にやれることがあると奮起し、ヒロシは毎日工房ヘ足を運び、作業に明け暮れた。また刃を熱する窯や炉に使う燃料も膨大で、その運搬だけでもへとへとになるほどの重作業であった。そうした作業を繰り返しながら、ついに最後のヒロシ用の武器が完成しようという所まで漕ぎ着けていた。
「どうだヒロシ、刀鍛冶ってえのは厳しいだろ」
「はあ、はあ……そ、想像以上でした……剣一本作るのが、こんなにも苦労するなんて」
「おっと、勘違いすんなよ。兵隊用の大量生産品なら、ここまで手の込んだ鍛え方はしねえ。俺たちゃ魔王のヤロウをブッ倒すための業物を鍛えてんだ」
「は、はい……!」
「聞いたぜヒロシ。お前は特別な『能力』ってぇのがない転生者だったんだってな。それでよく今まで生き延びて来られたもんだ」
赤く焼けた塊の形を延ばし、整えながらギリウスは言う。
「だが、そいつも今日までだ。お前は今、自分だけの牙を作ってるんだ。いつか魔王のヤロウに出くわしたらよ、こいつで穴ぼこでも開けてやればいいさ。ただの人間サマをナメんじゃねえってな、がはは!」
豪快に笑うギリウスの横で頷き、ヒロシもまた一心に金槌を振り下ろす。そうして仲間全員分も含めた装備が完成したのは、さらに一週間が過ぎてからのことだった。ヒロシと仲間たちが工房に顔を出すと、机の上にずらりとならんだ新しい武具とギリウスが彼らを出迎えた。
「おう、来たかお前ら。武器の研ぎも終わってるし、いつでも使えるようにしてあるぜ」
まずヒナタの武器であるかぎ爪は、ドラゴンの爪を加工したもので、刃は黒く深い色を放っている。左手用のワイヤー発射機構付きの手甲は発射時の威力を底上げし、近距離戦の切り札として専用の鋼鉄の杭を発射できる機能が追加されていた。愛用していた革鎧もドラゴンの上質な皮で作り直され、軽さはそのままに強靭さが格段に向上したものとなった。
「へー、見た目はあんまり変わってないけど、前よりずっと軽くなってるニャ。早く試し斬りしてーニャ!」
鎧と武器を身に付けたヒナタはその感触を気に入ったらしく、目を輝かせて興奮している。同じく自分用の剣と槍を手にしたツキヨも、その軽さには驚きを隠せない様子だった。彼女は剣を鞘から抜き、刀身をまじまじと見つめる。
「これは……素晴らしい。昔、稀代の業物と言われた剣を見たことがあるが、それにも劣らぬ出来だ。それになにより軽い。これなら思い通りに剣を振ることが出来る。ドラゴンの牙や爪がこれほどの素材とは思わなかった」
剣を鞘に戻し、感嘆した様子でツキヨは言った。彼女用の鉄鎧も新たに作り直されており、選別した鋼とドラゴンの骨と皮を組み合わせ、高熱で沸かしたドラゴンの血で焼き入れした強靭な鎧である。並の武器では傷も付かないだろうとギリウスは豪語しており、物言わぬ鎧はそれが大言でない雰囲気を放っていた。同じように胴鎧や足甲を用意してもらったウィルもそれらを身に付けてえへんと胸を張ったが、垂れ下がっている背中の部分についてギリウスに尋ねた。
「この背中の余ったような部分は何ですか?」
「おう、ケンタウロスの兄ちゃんか。そいつは変身してみれば分かるぜ。ちょいと試してみな」
ウィルは広い場所へ移動して下半身が馬の姿へと変わってみる。すると鎧の背中側で余っていた部分が連動し、馬となっている部分の胴体や足を守る帷子へと一瞬で変化した。
「す、すごい! これどうなってるんですか!?」
「古い魔法に、モノの形を記憶させてから変形させたり元に戻したりするってぇのがあってな。メリアの師匠がこれを作る時に、その魔法で手伝ってくれたんだよ。ドラゴンのウロコや皮はそういうのと相性がいいらしくてなあ。これで変身した後も、並みの矢くらいなら怖くねえだろ」
「はい、ありがとうございます!」
ウィルは元の人間形態に戻り、鎧の背中側を何度も確かめていた。一方、メリアは布で包まれた自分用の杖を手に取り、丁寧に包みを外していく。やがて姿が露わになった魔法の杖を見て、彼女はあっと驚きの表情を浮かべた。
「この綺麗な宝石、もしかして……」
杖は細く伸びた竜の腕が先端の宝玉を掴むような形をしているが、その先端にはめ込まれた蒼い宝玉は、どこまでも深く吸い込まれそうな神秘の輝きを宿している。
「そいつは竜玉ってヤツだよ嬢ちゃん。ドラゴンの体内で作られるっていう貴重な宝石でな、最高級の魔法の触媒になるそうだ。魔法使いがヨダレを垂らして欲しがる代物なんだぜ」
そう答えるダリウスの言葉に、メリアはやっぱりと目を見開く。
「い、いいんですか? 私がこんな立派な杖を頂いても」
「あったりめえよ。あんたらがこれから挑むのは並大抵の相手じゃねえ、魔王とその手下どもだ。武器を鍛える時にも手伝ってもらったし、これくらいの道具は用意してやんねえとな。遠慮なく使い倒して、派手に暴れてくれよ」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
メリアが礼儀正しくお辞儀をする横で、ヒロシの前には二本の剣が並べられていた。ひとつは刃渡りが六十センチほどのショートソードで、もうひとつはその半分ほど、長さ三十センチ程度のダガーであった。ギリウスはヒロシの元に近付き、鞘に入ったダガーを腰に装着させ、ショートソードを手渡して鞘から抜いてみるように言った。
「これが俺の剣かぁ……うん、いい感じなんじゃないかな」
刃渡りが短いこともあり、ヒロシが手にしているショートソードはとても軽い。この長さは剣の経験が浅いヒロシが無理なく扱えるよう、二人で相談して決めたものだった。刃こそ短いが、ドラゴンの牙から作られたこの剣とダガーは他に劣らぬ業物である。
「いい感じじゃねえかヒロシ。苦労して打った甲斐があっただろ?」
「うん、手に馴染むし、これなら武器に振り回されることもなさそうだ」
ギリウスは立派な白いひげを何度も撫でつけながら、じっとヒロシを見て口を開いた。
「正直に言うとな、ヒロシが剣を打つのを手伝うって言い出した時、途中で音を上げると思ってたんだ。けど、お前は毎日ヘロヘロになりながら、最後まで歯を食いしばって剣を鍛え上げた。あの根性、立派だったぜ」
「……ありがとうギリウス。こんな俺でも、なにかひとつくらいはやり遂げたくて」
ヒロシはつい鼻を赤くしてズズッとすするが、ギリウスは目を細めながら大きな手でヒロシの肩を叩く。
「おいおい、お前らの目的は魔王討伐だろ。感傷に耽るにゃあ、まだちょっと早いぜ」
「あ、ああ、そうだよな。よーし、頑張らないと!」
「おう、その意気だ。小型ボウガンも細かい部分を調整しておいたから、前より精度が上がってるはずだ。役に立ててくれよ」
「ありがとう、恩に着るよ」
武器の他にもドラゴンの革で作ったジャケットを着込み、守りも万全である。ヤクモも護身用の分割可能な棒を手に取り、その手応えや軽さを確かめていた。全員分の装備が行き渡った後、最後に一本の剣が残った。これは他ならぬ転生者ハヤトのために、特に念入りに鍛え上げられた最高級の品である。
「よし、あとはコイツを勇者サマに使ってもらうだけだな。俺たちの武器が魔王ってヤツに届くかどうか……勝負と行こうじゃねえか」
6月より更新頻度と投稿容量を変更します
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