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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第五章 旅立ち
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第二十五話 ドラゴン退治(2)

 ザシュッ――!



 なにかが裂けるような音と同時に、ドラゴンの左手に一直線の切り傷が生じていた。岩のように固いはずのウロコが、まだ幼い少年の剣の一振りで切り裂かれてしまったのだ。傷口から血が垂れる自分の手を見たドラゴンもまた、信じられない様子でハヤトを睨み付け吠えた。


「よーし、だんだん手応えが掴めてきたかも! いくぞー!」


 ドラゴンには信じられないことだった。取るに足らないはずの、羽虫の如き存在が自慢のウロコを切り裂き、あろうことか痛みを与えてきている。それはドラゴンにとってあるはずのない、あってはならない事であった。怒りと焦り、その両方からドラゴンは一層激しく暴れまわり、両前足を振り回したり後ろ足で踏み付けたり、あるいは伸ばした首で噛みつこうとするなど、なりふり構わない攻撃が始まった。


「うりゃうりゃうりゃー!」


 ハヤトは矢継ぎ早に剣での攻撃を続け、少しずつではあるがドラゴンの身体に傷を付けていく。ドラゴンはいつまでもまとわりつき痛みを与えてくるハヤトを振り払うべく、長く伸ばした尻尾をムチのように振り、巨体ごと回転しながら薙ぎ払う。巨木のように太い尾が高速で迫り、弧を描く軌道の途中にある瓦礫の全てを容赦なく粉砕しながら迫ってくる。


「わっ――!?」


 ハヤトは一瞬反応が遅れ、尾の一撃に足が引っ掛かってしまい、そのまま跳ね飛ばされてしまう。その着地点にはウィルが走り込み、ハヤトが地面に叩き付けられる直前で上手くキャッチする。


「おっとと、大丈夫ですか転生者さま!」

「いってー! 足はくっ付いてるけど痺れて感覚がないよー、どうしよう!?」

「じゃあ今度も俺が近くまで運びますよ!」


 ウィルはハヤトを再び背に乗せ、ドラゴンの方へと向き直る。ところがドラゴンはすでに口を開き、火炎のブレスを吐く体勢に入っていた。


「あわわわ、しまった……ッ!?」


 魔法の加護があっても、近距離でドラゴンの火炎をまともに受ければ無事では済まないだろう。回避のタイミングを逃したウィルは死を覚悟したが、急に強い風が背後から吹き始めた。


「ガアアアアッ!!」


 ドラゴンが火炎のブレスを吐き出すのと同時に、後方にいたメリアが杖を頭上に掲げ叫ぶ。


「突風よ吹き荒れろっ!!」


 突如として巻き起こった強風はドラゴンのいる方向に吹き荒れ、ドラゴンが吐き出した火炎は全て押し戻され消えていく。ドラゴンは自らが放った火炎の熱気に当てられ、傷口が焼ける痛みに声を上げ怯んだ。その瞬間を待っていたのが、デーヴィド率いる機械部隊であった。デーヴィドは大きなボウガンのような武器を装備したロボットたちを展開させ、手を振り上げて合図をした。


「ドラゴンの動きが鈍った今がチャンスだ!! 我々も転生者ハヤトを援護するのだ!」


 巨大なボウガンには返しの付いた特大の銛のような矢がセットされており、全体が黒光りする鋼鉄で作られている。それらの巨大な矢が一斉に発射され、そのうちの半数となる三本がドラゴンの左肩、左脇腹、そして後ろ足の付け根に命中し先端が突き刺さった。


「ギャアアアーーーーーッ!!」


 身を貫かれる激痛にドラゴンは叫び声を上げるが、まだそれでも動きを止めるには至らない。だが、それは事前に打ち合わせた作戦通りの流れであった。


「今ですメリアどの! 雷の魔法を!」


 じっと情勢を見ていたヤクモが、メリアに合図をする。メリアはありったけの魔力を解き放ち、頭上に大きな雷雲を呼び寄せた。


「天翔ける雷の裁きを!!」


 メリアが杖を振り下ろした瞬間、大気が張り裂けんばかりの強烈な稲妻がドラゴンの頭上に降り注ぐ。その凄まじい電流は身体に刺さった金属製の矢を通じてドラゴンの体内を駆け巡り、内側から強烈なダメージを与えるに至った。さしものドラゴンもこれは相当に効いたようで、ついにドラゴンは大きな音を立てながら地面に倒れ込んだ。兵士たちの間からもわっと歓声が上がったが、喜びに沸く人間たちを睨みながら、ドラゴンは倒れたまま口を開く。


「ま、まずい、あいつ最後に一矢報いる気だ! みんなが危ない!!」


 メリアやデーヴィド、兵士らよりドラゴンの近くにいたヒロシたちには、ドラゴンの狙いがすぐに分かった。急いで近付きどうにか止めようと走ったが、安全のために距離を取ったのが仇となり、近付いている間にもドラゴンの口内でエネルギーは膨れ上がっていく。


「ウマの兄ちゃん、さっきみたいに走ってオレを飛ばして!」


 ハヤトは咄嗟にそう叫び、ウィルはただ言われた通りドラゴンの方へ向かって全力で走り、前足で急ブレーキをかけた反動で下半身を跳ね上げた。その勢いに乗ってハヤトは一直線にドラゴンの頭上に迫り、剣先を向けたまま身体ごとぶつかっていった。


「どりゃーーーーーーーっ!!」


 気合い一閃、ハヤトの剣はドラゴンの眉間に根元まで深く突き刺さった。ドラゴンは一瞬にして瞳の色を失い、口の中で小爆発を起こしてから顎を閉じ、それっきり二度と動かなくなった。転生者ハヤトの手によってドラゴンとの戦いに終止符が打たれ、皆の間で歓声が上がった。ウィルの背に乗せられて戻って来たハヤトを、デーヴィドや部下の兵士たちは賞賛と共に迎えていたが、ヒロシたちは少し離れて仲間の無事を確認し合っていた。


「ふぃー、ちょっと生きた心地がしなかったニャ。シッポの毛が少し焼けちまったニャ」

「魔法の加護が無ければ私たちも黒焦げだっただろう。ドラゴンと戦った経験があると言うし、メリアの師匠は一体何者なんだ?」


 ヒナタとツキヨに大した怪我はなく、初めて遭遇するドラゴンとの戦いで互いに無傷であったことに安堵していた。ヒロシもハヤトを守るために投げ飛ばされたり地面を滑ったりはしたが、ケガらしいケガはなく無事であった。


「それにしても凄かったよ、メリアの雷魔法。また威力が上がったんじゃないか?」

「普段は全力で魔法を使うことがなくて、自分じゃよく分からないですけど……みんなが無事でよかったです」


 メリアは謙遜しているが、彼女の魔法使いとしての成長ぶりは目を見張るものがある。刺さった鉄の矢を介したとはいえ、ドラゴンをほぼ行動不能に追い込む威力が並大抵のものでないことくらい、素人のヒロシにも分かることだった。


「ヒロシ様こそ無事でよかったですけど、無理はしないでくださいね」

「あ、ああ。まさかドラゴンが口から光線を吐くとは思わなかったよ。もう怪獣映画の世界だったな」


 なにかの間違いであの光線に巻き込まれていたらと思うとぞっとするが、それ以上にヒロシはハヤトの事が気になった。


「それにしても驚いた……あんな子供が本当にドラゴンを倒すなんて。あれが転生者の『能力』って奴なのか」


 ヒロシがハヤトの名を口にすると、ヒナタとツキヨが神妙な顔つきで近付き、向こうで足の手当てを受けているハヤトを見ながら言った。


「なあ、ヒロシはハヤトの戦いぶりについてどう思ったニャ?」


 ヒナタに質問され、ヒロシは少し戸惑いつつも答える。


「どうって、運動能力も高いしドラゴンのウロコも斬って凄いなー、と……」

「……まあ、ヒロシは戦いについては専門じゃないからしょーがないニャね。アタシに言わせると、あのチビッコの戦い方はメチャクチャだったニャ」

「め、メチャクチャ?」


 そう聞き返すヒロシに、ヒナタの隣にいたツキヨが代わりに口を開く。


「ええ、確かにメチャクチャとしか言いようがありません。彼は剣の振りもデタラメで、身体の使い方や足の運びも完全に素人のそれです。つまり、動きは完全に子供の遊びと同レベルなのです。にも関わらず、転生者ハヤトはドラゴンの動きに追いつき、あの岩のようなウロコでさえ剣で切り裂いて見せました。これはもう、常識で測れる範疇を超えています」

「そ、そんなに……?」


 動きは子供のお遊びだというのに、ドラゴンに迫る力を発揮する。確かにそれは異様としか表現できないものだ。


「しかもそれだけじゃないニャ。あいつ、戦いの中でどんどん力も速さも上がってたニャ。アタシの読みが当たってるとしたら……」


 ヒナタが言いかけて沈黙したところで、話を聞いていたヤクモが一歩前に出て興味深そうな顔をした。


「転生者ハヤトの『能力』――すなわち『勇者の魂』には、戦いの中で成長する特性があるのかもしれません」

「それって、もう思いっきり漫画とか物語の主人公じゃないですか。文字通りハヤトは伝説の勇者ってことなのか……」


 ヒロシはただ関心と同時に、自分にもそんな力があればと複雑な胸中だったが、そんな気持ちを察したかのようにツキヨが言った。


「彼の『能力』は驚くばかりですが……実際に目の当たりにすると、不謹慎ではありますがダンの気持ちも少し分かる気がします」

「えっ?」


 思わぬ名前が出たことでヒロシは驚くが、ツキヨはそれ以上は口を開かず、代わりにヒナタが溜め息をついてからヒロシを見た。


「あーんな素人のチビッコがアタシらより強いなんて、さすがにちょっとアホらしくなってくるニャ。アタシらは血ヘド吐いてここまで身体と技を鍛えてきたのに、それって一体何だったんニャってさー。ヒロシもちょっとは分かるよニャ?」


 彼女の嘆息も無理もないと、ヒロシは頷くしかなかった。同じ人間でありながら、転生者というだけで人知を超えた『能力』の恩恵に与れるのは、確かに理不尽と言う他に無い。


「……」


 複雑な気分でハヤトの方を見ていると、足の治療が済んだハヤトはウィルの背に乗せられ、デーヴィドと共にヒロシたちの元へやってきた。最初にデーヴィドがヒロシと仲間全員の顔を見てから、落ち着いた所作で右手を差し出す。ヒロシがそれを握り返すと、彼は晴れやかな表情で頷いた。


「ヒロシどの、そして皆さんもご苦労様でした。ほぼ被害もなくドラゴンを倒せたのは、皆さんの協力あってのことです。特に……あの大魔法使いタバサという御方の協力無くしては、我々は生きて帰れなかったでしょう」


 デーヴィドが向けた視線の先には、とっくに魔法の結界を解除して、大きな瓦礫に腰を下ろして酒を飲むタバサの姿があった。


「そして転生者ハヤトの活躍は、まさに我々が期待していた通りのものでした。ダレル王もさぞお喜びになるでしょう」


 デーヴィドに視線を向けられたハヤトは、ウィルの背に跨ったまま包帯の巻かれた足をバタバタさせて喜んでいる。


「兄ちゃんたちも凄かったよ! ネコとウサギのねーちゃんたちもカッコ良かったしさー、オレもあんな風に、もっと上手に剣とか使えるかな!」


 無邪気に笑うハヤトを見上げて、複雑な気分であったヒナタやツキヨも、ふっと笑顔を見せる。


「ま、こいつが生意気なガキンチョじゃなかったのは救いだニャ」

「ああ、そうだな」


 心のわだかまりも薄まった所で、一人離れた場所で酒を飲んでいたタバサが立ち上がり、ヒロシたちの元へと近付いて来た。その息は相変わらず酒臭いが、機嫌が良さそうな顔をしている。


「ふー。とりあえず私の補助があったとはいえ、ドラゴン退治は合格ってとこかしら。それにしても、久しぶりに転生者の『能力』を見たけど、相変わらず底知れないわねえ。ま、せいぜい力に振り回されないようにすること。いいね」


 タバサが念を押すと、ハヤトは「はーい」と手を挙げて返事をする。


「さて、それではいつまでもここで立ち話もなんですし、王都へ帰るとしましょう。リィナ姫も待たせていますから」


 デーヴィドの提案に異を挟む者は無く、ヒロシたちは町の外に待たせていた馬車の元へ向かい、王都へと凱旋するのであった。新たな転生者がドラゴン退治を成し遂げた――この出来事を機に、ヒロシたちの命運はさらに動き出すことになるのだが、今はただ勝利の喜びと互いの無事を噛みしめるばかりだった。




第二十五話 ドラゴン退治  おわり

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