第二十四話 新たな転生者(2)
「え"っ……」
ドラゴン討伐に参加せよという王からの手紙を見た瞬間、ヒロシは引きつった表情で青ざめていた。魔物が闊歩するこの世界に来てから、いずれこんな日が来るのではと思っていたのが、ついに現実となってしまった。手紙を持って固まっているヒロシの手から、ヒナタが手紙をひったくって中身を読むと、フッと笑みを浮かべてヒロシの頭をポンポンと叩いた。
「なーんでそんな顔してるニャ。アタシらは四魔将のうち三人も相手してきたんだし、今更ドラゴン一匹くらいでビビったりしねーのニャ」
ヒナタは普段と変わらぬ調子で言うが、ヤクモとツキヨはヒナタから受け取った手紙の内容に目を通しており、ウィルはヒロシと同じように不安な表情を浮かべてリビングをウロウロしている。メリアはドラゴンについてあまりピンときていないらしく、引きつった表情のままのヒロシに尋ねた。
「あの、ヒロシ様。ドラゴンというのは、そんなにも恐ろしい魔物なのですか?」
メリアの声にヒロシは我に返り、目を丸くしたまま彼女を見た。
「恐ろしいもなにも、ドラゴンといったら魔物の親玉というか頂点みたいなもので、デカくて強くて火を吐いてくるって相場が決まってるものなんだよ」
「そうだったんですね。すみません、私あまり魔物には詳しくなくて。魔法の勉強で名前は知ってたんですけど」
「ああ、別に謝らなくていいんだよ。ただ個人的に、火にはちょっといい思い出がないからさ」
ヒロシは以前、四魔将の一人ルークと対峙した際に大火傷を負わされたことを思い出し、苦い顔をする。
「私の魔法でドラゴンの火が防げるでしょうか……」
メリアは想像上のドラゴン相手にどう対抗するべきか考えてみたものの、やはり実物を知らない相手では具体的なイメージが固まらなかった。一人を除いてそれぞれが難しい顔をしている中、手紙を読み終えたヤクモが口を開いた。
「今回の依頼ですが、我々の役目は支援となっていますね。つまりドラゴンと正面から戦うわけではないと」
「そ、そうなんですか、よかった」
そう聞いて安堵するヒロシだったが、ふと気付いてヤクモに聞き返す。
「あの、それじゃドラゴンと戦うのって、まさか……」
「ええ、転生者ハヤトを中心にした少数の精鋭部隊、その一翼が我々ということです」
「そんな、いくら強い『能力』があるったって、あんな子供をいきなりドラゴンと戦わせるなんて!」
「……いえ、これは極めて合理的な判断だと思います。ドラゴン相手に数で挑むのは愚策とされていますし、転生者ハヤトの『能力』の真価を計るにはこれ以上ない機会でしょう。ドラゴン一匹に後れを取るようでは、魔王に挑むなど夢物語ですから」
「そうかもしれないけど、しかし……」
どうしても引っ掛かるものをヒロシが感じて首を傾げていると、玄関の方からドアを勢いよく開ける音が響く。驚いてヒロシとメリアが様子を見に行くと、メシアの師匠であるタバサが立っていた。
「お、お師匠様? どうしたんですか急に」
突然の師の来訪にメリアも驚いていたが、タバサは被っていたつば広の三角帽子を脱ぎ、珍しく真面目な顔つきで言った。
「はぁ、聞いたわよ。あんたたちドラゴン退治に呼ばれたんだってね」
「ど、どうしてそれを?」
ヒロシが聞き返すと、タバサの肩にスズメほどの小鳥が止まり鳴き声を奏でる。
「私はなーんでもお見通しなのよ。ま、これが普通の魔物なら放っておいたんだけどさー。あんたらドラゴンのヤバさをイマイチ理解してないようだし、この大魔法使いの私が引率で付いてってやろうって言ってんの」
気怠そうに言うタバサとは対照的に、メリアは嬉しそうな表情である。
「わあ、お師匠様が来てくれるなら心強いです!」
「ったく、こんなことで可愛い弟子にもしもの事があっちゃたまんないからね。世話が焼けるわ」
溜め息をつきながらも、タバサは喜ぶメリアを見てふっと微笑む。なんだかんだと二人の師弟関係は良好のようだと、ヒロシも少しだけ嬉しくなってしまった。
「それじゃ、とっとと支度しな。すぐに迎えが来るわよ」
タバサに促され、ヒロシたちが慌てて支度を済ませて間もなく、王宮からの迎えの馬車がやって来た。ヒロシたちは馬車に乗り込み、ドラゴンが出現したという村へ向けて出発するのだった。
ドラゴンが出現したという場所は王都から北東、鏡の迷宮よりもずっと先の、山脈と海に面した小さな村だった。そこへ向かう馬車は三台あり、一台はやけに立派な作りで、そこにハヤトが乗っているのだという。さらにもう一台は馬車こそ普通だが、その後ろに発掘された数機の古代兵器と兵士たちが随伴し、ちょっとした行列のようになっていた。戦いに向かうには少々不釣り合いな馬車が気になりつつも、丸一日をかけてヒロシたちは問題の村へと辿り着いた。
馬車を降りて目に飛び込んできたのは、焼かれ破壊され尽くした無残な建物の跡と、その残骸の上にうずくまる巨大なドラゴンの姿だった。ドラゴンに気付かれていない距離からでも分かるその巨体は、そこにいるだけで圧倒的な威圧感を放っている。以前戦ったワイバーンと比較してもその身体は遥かに大きく、頭の先から尻尾の先まで、ざっと見ただけでも二十メートルをゆうに超えている。全身は灰色がかった岩のような鱗で覆われ、その巨体を覆い隠す巨大な翼が背中に生えている。その姿は人間が手を出してはいけない存在なのだと、雄弁に物語っていた。
「わーっ、すげー! 本当にドラゴンだ! 空飛ぶのかな!?」
興奮した様子で立派な外見の馬車から飛び出してきたのは、簡単な鉄の肩当てと胸当てを身に付け、背中に鞘入りの剣を背負った格好のハヤトだった。彼は相変わらず落ち着きがないようすで、ドラゴンの方を指したり飛び跳ねたりしている。
「ああもう、静かになさいまし! ドラゴンが起きたらどうするの!」
そしてもう一人、耳に響く特徴的な声の主が馬車から姿を見せたことで、ヒロシは目を剥いて驚いてしまった。
「リィナ姫、どうしてここに!?」
彼女はその辺を走り回るハヤトを従者に任せ、疲れた顔でヒロシの方へ歩み寄って来た。
「はぁ、どうもこうもないわ。あのハヤトっていう子、あまりにも落ち着きが無さすぎて手に負えないからって、私が世話係を任されちゃったのよ」
「そ、それはまた……あの年頃の子供はとにかく元気ですからねぇ」
「元気なんてもんじゃないわよ。すぐに走り回るし大声出すし、食事の仕方は汚いし気を抜くと鼻をほじったりして……! 今までどういう教育を受けてきたのか、親の顔が見てみたいわね、まったく」
彼女もハヤトの扱いには頭を悩ませているようで、盛大に溜め息をついていた。そんな二人の元へ、三代目の馬車から降りて来た男が近付き、丁寧にお辞儀をした。身長はヒロシよりわずかに高く百七十五センチほど、短めの金髪に温厚そうな表情で仕立ての良い服に身を包んだ若者だった。
「リィナ姫、そしてヒロシどの、お初にお目にかかります。今回のドラゴン討伐の指揮を任されたデーヴィドと申します。以後、お見知りおきを」
その名前にしばらくピンとこなかったヒロシは、なにも考えずに差し出された手を握り返して握手をするが、その瞬間に彼がゲオルク卿の弟にして後任の司令官であるという話を思い出して、一気に血の気が引いてしまった。
「あわわわ……えっと、その、ご丁寧にどうも……」
そんなヒロシの様子を見てもデーヴィドは表情を変えず、相変わらず穏やかな表情のまま言った。
「ヒロシどの、お気になさらずとも大丈夫です。兄は身の丈に合わぬ野心に目が眩み、そして報いを受けました。私はそのことで誰かを咎めるつもりはありません」
デーヴィドの口調や表情からは、それが演技や社交辞令でないことは伝わって来た。完全な本心なのかまだ分からないが、ひとまず首の皮が繋がったような気分で、ヒロシは愛想笑いを浮かべていた。
「は、はは……そう言ってもらえると助かります」
「その話よりも、今は我々の成すべきことに集中しなければ。あのドラゴン一匹でこの有様ならば、まるで油断のならない相手です。我々の力がどこまで通じるか分かりませんが、お互いに全力を尽くしましょう」
デーヴィドの態度は今の状況に真摯であり、恨み言をぶつけられる覚悟をしていたヒロシが拍子抜けしてしまうほどだった。ヒロシとデーヴィドの挨拶が終わると、二人の元へヤクモが近付いてきた。
「ヒロシどの、こちらの方は?」
「あ、ヤクモ先生。この人は――」
ヤクモの名を耳にしたデーヴィドは、ヒロシが言い終わる前に一歩前に出て真っ直ぐヤクモを見つめ、右手を差し出した。
「私はデーヴィド。兄ゲオルクの跡を継ぎ、王都の軍を任されている者です。どうぞよろしく」
ヤクモは普段通りの微笑みを浮かべたまま、差し出された手を握り返す。
「ヤクモと申します。今は縁あって、ヒロシどのと行動を共にしております」
「あなたの噂は私の耳にも届いていますよ。ダレル王も素晴らしい知恵者だと褒めておられました」
「それは恐縮です」
「それと機械部隊の再編に関する書簡に書かれていた内容は、実に見事なものでした。あれほど兵や部隊の状況を詳しく把握しているのは、王都の中でも数えるほどしかいないでしょう。機会があればぜひ、じっくりと腰を据えて話をしたいものです」
「ええ、私などでよろしければ喜んで」
二人は性格が似ているのか、早くも気が合っているような雰囲気である。ともかく余計なしがらみを回避できたことに安堵しつつも、ヒロシは遠く村の中央に鎮座する巨大なドラゴンの姿に、ただ気が滅入るばかりであった。
「なーオメーら、いつまで立ち話してんのニャ。アタシらはナニをすればいーんニャ?」
横から聞こえて来た声の方を見ると、待ちくたびれた様子のヒナタとツキヨ、そしてウィルがいた。彼らもそれぞれ武装を済ませ、準備万端といった状態である。
「ああ、待たせてしまってすまない。ハヤトどの、こちらへ」
デーヴィドに呼ばれ、遠巻きにドラゴンを見て興奮していたハヤトは素直にやってきた。見た目こそ少年剣士といった趣だが、彼自身から醸し出される雰囲気は完全に子供のそれである。それからデーヴィドは部下に合図を送り、随伴してきた六機の古代兵器たちがずらりと並んだ。二脚のタイプが三機と、重機ゴーレム型がそれぞれ三機で、以前見たような機銃の他に、ロボットたちは新たに大きなボウガンのような装置を装備していた。
「今回のドラゴン討伐は、転生者ハヤトを中心とし、我々は彼の援護を行いつつ戦うのが作戦だ。ヒロシどの一行はドラゴンを牽制し、奴の注意を逸らすのが主な役目だ。私は機械部隊を率い、距離を保ちつつ射撃で支援を行う。いかに強大なドラゴンといえど、隙は必ず生まれるはず。そこを転生者ハヤトが突けば、勝機はあるものと私は見ている」
デーヴィドはそれまでの穏やかな雰囲気とはうって変わり、兵を率いる者としての威厳を兼ねた口調で語る。だがその直後、これまであまり喋らなかったツキヨが口を開いた。
「作戦は理解したが、攻撃をあの少年一人に任せて本当に大丈夫ですか? 彼が普通の子供ではないのは分かりますが、それがドラゴンに届くかは誰も知らないでしょう」
ツキヨの疑問はもっともであった。いかに『能力』を得た転生者とはいえ、一人の力に頼り切るのが危険であろうことは、口に出さないだけで誰もが思っている事だった。
「言いたいことは分かる。だが落ち着いて考えてみてくれ。彼の力が届かないのであれば、他の誰を連れてこようと同じことだ。ドラゴンが出現した時点で、我々は分の悪い賭けに乗るしか道はないのだ」
デーヴィドの言葉に辺りは静まり返った。ハヤトは話の内容が頭に入っておらず、大人たちの顔を見て不思議そうな顔をするばかりだったが、そんな空気を壊すような気怠いため息が響き渡った。
「はぁ……ドラゴン討伐だとか意気込んでるから黙って聞いたけど、本当にそんなもんでドラゴンを相手に出来ると思ってんの?」
つば広の三角帽子に着崩した黒い魔導士のローブ姿。切れ長の瞳と赤い唇が印象的なその女――タバサは、呆れた様子でデーヴィドの前に歩み出た。
「失礼ですが、あなたは?」
「私は大魔法使いのタバサ。この際だからよーく覚えておきなよ坊ちゃん」
「ぼ、坊ちゃん……」
「それでさー、ドラゴン退治の作戦なんだけど……私から言わせてもらっていい?」
「ど、どうぞ」
仮にも王都の軍を束ねる司令官に対し、タバサは毛筋ほども臆さずに言い放った。
「あんたら全員死ぬわよ」
その言葉に、その場の空気は凍り付いた。これだけ言い切るには根拠があるのだろうとデーヴィドは口を開きかけたが、それを先回りするようにタバサは続けた。
「この程度で殺れるとか思ってるなんて、ほんとドラゴンをナメるのも大概にしときなさいよ。あいつ、最初からこっちに気付いてるけどあえて動いてないの、分かってる?」
「えっ!?」
「いつでも捻り潰せる……そういう自信があるから居眠りキメてんのよあいつは。ドラゴンが本気を出したら、この転生者のチビッコだって、ご自慢の『能力』を出すヒマもないだろうね」
「し、しかし……ここでドラゴンを倒さねば、我々に未来は無い! たとえ無茶と言われようと、それしか――!」
デーヴィドが珍しく語気を強めかけた瞬間、タバサは彼の唇に人差し指を当てて『静かに』と制止する。
「ふふ、熱くなれるのは若い証拠だわね。でも、そのまま戦えば勝ち目がないのは変わらない。だから私がここに居るんだよ」
「……もしや、あなたはドラゴンに対抗する方法を知っているのですか!」
「まーね。私は大魔法使いって言ったでしょ? 不可能を可能にするのが大魔法使いの役目ってもんさ」
タバサはゆっくりデーヴィドから離れ、廃墟と化した村に身体を向ける。そして両手を正面に構えると、不思議な呪文を唱え始めた。魔力の言霊が周囲に響くと、地面に黄金の帯が無数に現れ、村全体を円で囲むように広がっていく。瞬く間に村全体を取り囲んだ黄金のそれは、とてつもなく巨大な魔法の結界であった。
「この結界の中でなら、あんたたちに魔法の加護を与えてあげられる。ドラゴンのブレスや攻撃にも幾分かは耐えられるはずだよ。だけど、その先はアンタら次第……本当にドラゴンを仕留められるか、私はここで見物させてもらうからね」
異変に気付いたドラゴンは目を覚まし、長い首をもたげて招かれざる客を睨み付ける。そして身体を細かく振るわせ、二十メートルを超す身体を覆う程の巨大な翼を広げると同時に、鼓膜が破れそうなほどの凄まじい咆哮を放つのだった。
第二十四話 新たな転生者 おわり




