第二十四話 新たな転生者(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
タバサ:いつも酒場で飲んだくれている自称、大魔法使いの女性
メリアの素質を最初に見抜き弟子に取った
ダレル王:王都ストームサングの王様。ドライな性格
リィナ姫:ダレル王の娘。ツンツンな性格
ヒロシ達とリィナ姫の話が落ち着いて雑談に興じていた頃、再び家のドアを叩く音が響いた。それもやけに慌ただしく、ヒロシがドアを開けてみると、王都の兵士と、その後ろには大きな馬車が止まっていた。
「ヒロシどの、王様がお呼びです。王宮まで急ぎ来られるようにとの事です」
「な、なにか事件でもあったんですか?」
「我々も詳しくは聞かされておりませんが、とにかく王宮へ参られよと」
「わ、わかったよ、すぐに準備するから」
ヒロシは仲間たちとリィナ姫に事情を説明し、迎えの馬車に乗って王宮へと向かった。ヒロシたちが案内されたのはいつもの謁見の間ではなく、中庭の一角にある兵士たちの訓練場であった。そこにはダレル王とローブを纏った数人の魔術師らしき人物、二十人ほどの鎧兜に身を包んだ兵士と、そして簡素な布の服を着た、見覚えのない少年が一人立っていた。栗毛の頭髪とあどけなさを残す顔つきをしており、身長は百五十センチ程でまだ成長途中といった感じである。少年は落ち着きのない様子で周囲をきょろきょろと見回していたが、それは不安の表情を伴うものではなく、むしろ目を輝かせて興味津々の様子であった。ヒロシたちが顔を出したことに気付くと、ダレル王はその少年を伴って近付いて来た。
「む、来たかヒロシよ」
「ええと、急に呼び出したりして何かあったんですか?」
「うむ……驚くべき事態だ。実は新たな転生者が出現したのだ」
「えっ!?」
その言葉にヒロシのみならず周囲の兵士たちからもざわめきが起こったが、ダレル王はそれを手で制して続ける。
「それがこの少年だ。まだずいぶんと若いが、間違いない」
ダレル王に促されて前に出て来た少年は、ヒロシを見上げて右手を勢いよく振り上げ、ニカッと笑う。
「ねーねー、おれハヤトって言うんだ! なんかてんせーしちゃったらしいんだけど、お兄ちゃん意味わかる?」
無邪気にそういう少年に、ヒロシはただ唖然としてしまった。
「て、転生者がこんな子供なんて……本当なのか?」
「うん、そこのヒゲのおっさんとか、ヘンな人たちがそう言ってた。ねえ、ここってドコなの?」
「あー、それは話すと長くなるから、また後でゆっくり説明するよ。ところでキミ、年齢は?」
「十二歳!」
「じゅ、じゅうに……まだ小学生じゃないか!」
「そんなことよりさー、大人が持ってる剣とか鎧って本物なのかな! すげー!」
ハヤトと名乗る少年は兵士たちを見ては両目をキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬといった具合である。ヒロシは彼の扱いに困ってダレル王を見ると、ヒゲのおっさん呼ばわりされたダレル王も小さく息を吐いてから言った。
「転生者がこのような少年とは思いもしなかったが、それはこの際目を瞑ろう。問題はこの少年が宿した『能力』の事でな」
「そ、そうだった。彼はちゃんと『能力』を授かったんですか?」
ヒロシは自分の時のことを思い出し、まさか同じように『能力』が無かったりしないかと心配になってしまったが、ダレル王は深く頷いた。
「うむ。その見極めをこれから行う予定なのだが、お前たちにも立ち会ってもらおうと思ってな」
「な、なるほど……でも見極めって、なにをするつもりなんです」
ヒロシが尋ねると、ダレル王の合図によって一人の兵士が木剣を用意し、それをハヤトに手渡す。ハヤトはそれを玩具のように振り回して興奮していたが、そんな彼に向かってダレル王は言う。
「転生者ハヤトよ、これよりそなたの授かりし『能力』の確認を行う。その木剣を使い、我が兵士と手合わせをしてもらいたい」
「手合わせ? 手合わせってなに?」
「つまり、そこの兵と勝負して見せよということだ」
「えっ、なんかかっけー! やるやる!」
ハヤトは状況を深く理解せず、ただこの状況を面白がって頷いた。
「ちょ、ちょっと王様、大丈夫なんですか。こんな子供が大人と勝負だなんて」
「だからこそ意味があるのだ。この少年の『能力』がいかほどのものか、ヒロシもよく見ておくがいい」
ダレル王の指示により、一人の兵士が木剣を持って訓練場の中央に立つ。鉄製の鎧兜に身を包んだ、武器以外は実戦と変わらぬいでたちである。ハヤトは物怖じする様子もなく、木剣を手に兵士の前に駆け足で進み向き合った。
「互いに位置に付いたようだな。では始めいッ!」
合図の声とともに、兵士は木剣を上段に振り上げ、ハヤトに向かって踏み込む。そのまま頭上から振り下ろした木剣がハヤトの頭に直撃しようかという刹那、硬い木剣同士がぶつかり合う音が響く。ハヤトは目を見張るような速さで木剣を振り上げると、兵士の木剣を簡単に弾き飛ばしてしまう。その衝撃に手がしびれて一瞬動きが止まった兵士の胴体に、鎧の上からハヤトは横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
「ぐわっ!?」
直撃を受けた鎧はひしゃげ、兵士は吹き飛ばされて地面に倒れ込んでいた。ハヤトは自分の動きに驚いたようで、両手や木剣を交互に見てぱあっと表情を明るくする。
「すげー! なんか身体が思ったように動く! ねーねー、みんな今の見た!?」
わずか十二歳の少年が、鎧に身を包んだ大の男を一撃で倒した事実に、状況を見守っていた他の兵士たちやダレル王の家臣らもざわざわと騒ぎ始める。
「おお、今の一撃は素晴らしい太刀筋であった。転生者ハヤトよ、今一度立ち合いを続けてみたいか?」
「うん、やるやる! なんかヒーローになったみたいだ!」
「よろしい。ならば次は一人と言わず、多勢を相手にしてみせよ」
ダレル王の指示により、今度は兵士十人が木剣を持ちハヤトを取り囲む。
「いくら何でも無理ですよ、この人数を一人で相手にするなんて」
その状況を心配したヒロシが言うが、ダレル王は静かに首を振る。
「大丈夫だ。少年の『能力』が鑑定通りであれば、兵士の十人や二十人など物の数ではないはずだ」
そう言って、ダレル王は手を振り上げ合図をした。
「転生者ハヤトよ、そなたの『能力』を我らに示して見せよ! 始めッ!」
王の声と共に、木剣を手にした兵士たちは雪崩を打って襲い掛かった。前後左右から攻撃されてはひとたまりもないと思った次の瞬間、ハヤトは素早く真上に飛び上がり、重なり合って殺到する木剣の上に立っていた。その神業のような身のこなしに兵士たちが目を剝いた次の瞬間、ハヤトは瞬きする程の間に無数の攻撃を繰り出し、兵士たちを鎧や兜の上から打ち据えていった。そしてひらりと跳躍して後方宙返りからの着地を決めると同時に、兵士たちは全員が地面に倒れ込み起き上がれなくなっていた。
「よっしゃー! なんかオレ、すげー強くなってる! うおー!」
「す、すごい……!」
まだ身体も成長しきっていない少年が、かすり傷ひとつ負うこともなく十人の兵士を一瞬で倒してしまったその光景に、ヒロシは思わず息を呑んだ。
「お、王様、彼の『能力』って一体……!?」
「魔術師の鑑定によれば、転生者ハヤトの『能力』は『勇者の魂』だということだ」
「ゆ、『勇者の魂』……?」
「これは数ある『能力』の中でも特殊でな。今までに確認されてきたそれらの中でも特別なものだ」
「そ、そんなに凄いものなんですか?」
「うむ。遥かな古代、女神と共に魔王と戦い討ち果たしたという転生者が、『勇者の魂』と呼ばれる『能力』を備えていたという。だがそれ以来、この『勇者の魂』を持った転生者は記録されておらん。それゆえにどういった力なのか、具体的には分かっていないのだが、魔王に対抗しうる力であることは間違いなかろう」
「そ、そんなに凄いんですか。まるで救世主か伝説の勇者みたいだ」
「正直、わしも半信半疑であったのだが……この状況を見れば信じざるを得まい。運命のいたずらか、天が我らに与えた幸運か……いずれにしても、ハヤトの存在は王都の未来を握ることになるはずだ」
こうして転生者の中でも上位と目される『能力』を持ったハヤトの名は、瞬く間に王都へと広がっていった。度重なる魔物の襲撃に疲弊していた王都の住民らの間では、ハヤトの活躍を期待する声が日に日に高まっていた。ハヤトは待ち望まれた『正しい転生者』として王宮の部屋を与えられ、不自由のない生活が保障されているとの事だったが、王宮の外で暮らすヒロシたちにはそれ以上の詳しいことは分からなかった。それから一週間ほど経ったある日、王都の正門で騒ぎが起きていた。
「おい、なにがあったんだ!?」
正門前にはボロボロになった数台の馬車と、着の身着のままといった衣服の人々が大勢集まっており、自分たちの窮状を兵士に訴えていた。
「ド、ドラゴンが……ドラゴンが村を襲ったのじゃ……!」
正門前に集まっている人々の代表であろう老人が、恐怖に震えた声でそう答えた。
ドラゴンが出現した――その報せはすぐに王の耳にも入り、会議が開かれた。ドラゴンは魔物の中でも特に上位の存在であり、その中には神と並びうるような力を持つ個体も存在するという。しかしその強大な力ゆえか個体数は少なく、この世界にあっても半ば伝説のような存在であった。王都の歴史でも最後にドラゴンの出現が報告されたのは数十年も昔の事であり、それも王都近くの上空を通過しただけというもので、具体的な習性や対策を記した文献や資料は、ほとんど存在しないというのが現状であった。
「――つまり、ドラゴンとどう戦えば良いかは、誰も知らぬということか」
ダレル王の重苦しい言葉に、会議の間は静まり返った。その場には王都の重臣以外にも学者や魔術師といった面々も顔を揃えていたが、実際にドラゴンを見たり相手をした者はおらず回答に窮するばかりであった。そうした沈黙が続いた後、席に座る一人の人物が静かに手を挙げた。
「王様、僭越ながら私の意見を述べてもよろしいでしょうか」
そう言ったのは短い金髪の若者で、一見すると穏やかな文官のような印象の男だった。その場の注目を一身に集めた若者に、ダレル王は思い出したように言った。
「そなたはデーヴィドか。申してみよ」
デーヴィドの名が出た途端、その場はにわかにざわついた。まだ記憶に新しい王宮乗っ取り事件の首謀者にして、王都軍の指揮官であったゲオルク卿の弟である。周囲からひそひそと喋る声を耳にしながらも、デーヴィドは動じずに頭を下げた。
「発言をお許し頂き、ありがとうございます。ドラゴンについてですが、当然ながら私も実物を見たことはありません。ですが古来よりドラゴンは力と恐怖の象徴ともされており、息は炎となって全てを焼き払い、翼は嵐を巻き起こすと伝えられています。そのようなドラゴンを討伐したという伝説やおとぎ話を思い返してみると、それを成し遂げたのは将の率いる軍隊ではなく、一握りの英雄であることがほとんどです。これが何を意味するか私なりに考えてみたのですが、ドラゴンと戦うに当たって、我々人間が数で挑むのはそもそも分が悪いのではないでしょうか。ドラゴンの強大な力に対抗しうる力や加護を持たぬ限り、兵団を差し向けてもいたずらに犠牲を増やす結果に繋がるのではと私は思っているのです」
整然と、滑らかな口調で語るデーヴィドに誰もが驚く中、ダレル王も少し目を見開いた後、しばらく考えてから口を開いた。
「確かにそなたの言う通りかもしれん。つまりドラゴン討伐には精鋭を選りすぐって向かわせろということか」
「おっしゃる通りでございます。そして最も適任なのは……」
「転生者ハヤトしかおるまいな。だがいくら『能力』を備えた者とて、一人でドラゴンに挑むには荷が重かろう。ハヤトの戦いを支援する者を選抜せねばならんな」
「それについては、冒険者ヒロシとその仲間に依頼するのがよろしいかと」
「うむ、わしも同意見だ。彼らには多くの魔物と戦い退けて来た経験がある。これ以上の適任はあるまい」
「ご理解頂き恐縮です。それと、ひとつだけお願いがございます」
「なんだ、申してみよ」
「新設した古代兵器の小隊、そしてその指揮官として私もドラゴン退治に同行する許可を頂きたい」
ゲオルク卿の後任として職に就いたばかりの指揮官が、直接戦いに参加したいというのは異例のことであり、普通では考えられない判断である。この提案にはさすがにダレル王も驚きを隠せず、デーヴィドに聞き返した。
「待てデーヴィド、そなたが直接赴くことはなかろう。王都の兵を束ねる者に万一のことがあっては――」
「だからこそ行かねばならないのです。私は過ちを犯した兄の後を継いだに過ぎぬ身。今ここで覚悟を示すことが出来なければ、この先も永遠に信頼を得ることは出来ないでしょう。王よ、どうかお願いいたします」
すでに肚は決まっている――デーヴィドの眼にはすでに固い決意が秘められていた。ダレル王はしばし考えてから、深く頷いた。
「よかろう。ドラゴン討伐の指揮はそなたに一任する。ただし無駄にその命を散らすでないぞ、よいな」
「はっ、ありがたく存じます」
デーヴィドが深く頭を下げ、ドラゴン討伐に関する会議は幕を閉じた。それからほどなくして、ヒロシたちの元へ通達が届くのであった。




