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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第四章 王都
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第二十三話 幕間(1) ヒロシの涙

登場人物


ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性

    特別な能力がなにも無い『無能』の人


メリア:木精(ドリアード)の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明

    魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い


ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士

    かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある


ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士

    剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格


ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ

    非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる


ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる

    少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている


ダン:ヒロシたちと一時行動を共にしていた北部生まれの男

   王都でとある事件を引き起こした


ダレル王:王都ストームサングの王様。ドライな性格


リィナ姫:ダレル王の娘。ツンツンな性格



 王都を震撼させた『乗っ取り事件』は、わずか三日で終わりを迎えた。ダンが死んだ知らせを受けた後、ダレル王はすぐに王宮へ戻り、自ら民衆の前に姿を見せて事態の収束を宣言した。首謀者のダンは死亡、共謀者であるゲオルク卿も王宮の客室へ軟禁されていた所を見つかり、彼の捕縛によって王宮を制圧していた私兵たちは指揮官を失ったことを理解し、ダンの機械部隊と共に投降した。


 王宮では混乱した状況の鎮静化、事後処理や各所への通達で数日を要し、ダンが事件を起こしてから一週間を過ぎ、ようやく王宮は通常通りの営みを取り戻した。その間、ヒロシたちも様々な証言や尋問のために何度も王宮へ呼ばれ、なかなか落ち着いて過ごすことが出来なかった。王宮が落ち着きを取り戻すと、ヒロシとその仲間一行は、あらためてダレル王に呼ばれ謁見の間へと訪れていた。ダレル王は表情に多少の疲れは見えるものの、普段通りの落ち着いた様子で玉座に座り、ヒロシたちに向かって言った。


「此度の事は、ヒロシとその仲間たちには大いに助けられた。ダンを王都へ連れて来た責を問う者もいるようだが、状況やそなたらの行動を顧みても、奴の独断による行動だったことは疑いあるまい。わしだけでなくリィナを救ってくれた件も含め、あらためて礼を言おう」


 それは王の個人的な言葉というだけではなく、重臣らとも十分に話し合った上で決まったものだった。王都では魔王軍という敵が存在することで人間同士の結束は強く、歴史的にも分裂や内乱といった経験があまり無かった。それゆえに国の内側でこうした事件が起きた際に、迅速な判断を下せる人物は少なく、ヒロシたちの――主にヤクモの知恵であるが――行動の早さは王都の重臣らも認める所であり、被害を最小限に食い止めたことも含め、『無能』の転生者ヒロシとその一行に対する評価は大きく上昇していた。


「して、その功績を踏まえ、そなたらの望みには可能な限り応じよう。事件の責任はダンと奴の甘言に乗ったゲオルクにあり、事情を知らされぬまま従っただけの兵士や、彼らの身内の責は問わぬ。これでよいな?」

「は、はい。ありがとうございます」


 ヒロシは深く頭を下げ、仲間たちも彼に続き頭を下げた。王位を奪い取ろうという企ての重大さを考えれば、本来ならダンやゲオルク卿のみならず、それに与した兵士らも反乱分子として処刑するというのは不思議な話ではない。しかしヤクモが責任の所在と自国の兵士を減らす選択の不毛さを説き、ダンの機械部隊とゲオルク卿の私兵らを再編し、新たな指揮官の元で管理するということで決着が付いた。最終的に『乗っ取り事件』で処断されたのはダンとゲオルク卿ほか実行役の数名程度であり、彼らに従った兵士らに粛清や追及が及ぶことは無くなった。


「この決定についてはヤクモの進言もあるが、ダンという男が無用な殺傷をしなかったことが大きかったな。そうでなければ家臣らを納得させることは出来なかったであろう。奴の行いを許すことは出来ぬが、ほぼ血を流さずに計略を成功させた手腕は見事だったと言わざるを得まい」


 ダレル王は複雑そうな表情ではあったが、彼の立場を考えれば無理もない事である。


「しかし、つくづく悔やまれるな。ヒロシが正しく『能力』を与えられていたならば、魔王軍とも互角……いや、あるいはそれ以上に渡り合えたかもしれんというのに」


 ダレル王の口から零れたその言葉は、紛れもない本心であった。ヒロシも自分の無力さを痛感するたび同じことを思いはしたが、今回ばかりはそれがずっと背中に重くのしかかっている気がした。


「……あの、ところで王様。もう一つのお願いの件ですが」


 話題を逸らすようにヒロシが言うと、ダレル王は思い出したようにヒロシを見た。


「うむ。ダンの遺体の引き渡しと埋葬の許可であったな」

「は、はい」

「遺体の検分はすでに終了したと報告を受けておる。引き渡しは構わんが、ひとつ条件がある」


 ダレル王は一拍間を置いて、それから再び言った。


「埋葬自体は好きにしてよい。だが墓碑に名を刻むことは許可できぬ。王都を揺るがした罪人の名が残れば、後々の禍根となるやもしれんのでな」


 この回答が十分に譲歩された内容であることは、ヒロシにもよく分かっていた。罪人としての決定が下った以上、その名を刻んだ墓碑もまた罪の象徴となってしまう。ダンを静かに眠らせてやるには、名など無い方が好都合であったのだ。


「望みを聞き入れて下さってありがとうございました。ダンは俺たちの手で葬ってやろうと思います」

「うむ。重ねて申すが此度の働き、実に見事であった。褒美は十分に取らせるゆえ、しばらくは身体を休めるがよかろう」


 労いの言葉と十分な報酬を受け取った後、ヒロシたちは自宅へと戻った。しばらくして王宮からの荷馬車が到着し、ダンの遺体が入った棺と遺品が届けられた。遺品は彼が身に付けていた衣服や多少のアクセサリーだけで、他は生活費程度の金品のみであったという。確認のために棺の蓋を開けて中を覗き込むと、簡素な死に装束に身を包んだダンの遺体と、その周囲に青白く冷気を放つ石が敷き詰められていた。この石は氷魔法を閉じ込めたもので、食品の保存や腐敗を防ぐために使われている物だという。大量に出血したはずの血は綺麗に拭き取られ、喉と胸の傷は見えないよう包帯が巻かれており、一見すると眠っているようにしか見えない。検分のためとはいえ遺体が粗末な扱いを受けていなかった事に安堵しつつ、ヒロシは棺の蓋をそっと閉じた。


「棺を運んで来てくれてありがとうございました。このまま墓地まで一緒に来てもらえますか」


 遺体を確認した後、ヒロシたちは荷馬車と一緒に王都の外れにある墓地まで足を運んだ。墓地を管理している墓守の老人に料金を渡すと、敷地の隅の目立たない位置へと棺を運び、ヒロシは墓穴を掘り始めた。地面はやや乾燥して硬い土だったが、ゴーレムが軽々と土を掘り返してくれたおかげで、本来は結構な重労働である作業はすぐに終わった。穴の中へ棺を納め、上から土を被せて埋めた後は、その上に銘の刻まれていない墓石を置いた。その後、墓前にメリアが摘んで来てくれた野草の花と供え物のラム酒を供えると、ヒロシたちは言葉少なに自宅へ帰っていくのだった。


(……)


 その日の夜遅く、深夜の時間になってもヒロシはなかなか寝付けないでいた。この数日は事情聴取や様々な検分の立会いで忙しく、帰宅すれば疲労によって倒れるように寝ていたものだが、ダンの埋葬を終えて全てが片付いたと思った途端、様々な思いが脳裏を駆け巡っていた。いくら目を閉じても寝られそうもないため、ヒロシは自室を出てリビングへ向かった。卓上のランプに火を灯し、ダンの墓に備えたのと同じラム酒の瓶をテーブルに置き、その中身をグラスに注ぐ。しばらく琥珀色の液体が満ちたグラスを眺めていたが、やがてヒロシはグラスに手を伸ばし、それを一気にあおった。


「うげっ……!? ごほっ、ごほっ……!!」


 独特の風味と甘み、そして喉が焼けるようなアルコールの強さに驚き、ヒロシは盛大にむせてしまった。酒を飲み慣れていない事もあるが、そもそもアルコール度数の高いラム酒を一気に飲み干せばこうなるのは当然である。喉を手で押さえながら悶えていると、物音を聞き付けたであろうメリアが寝巻姿のままで現れ、部屋の明かりを付けてヒロシの元へ近寄って来た。


「どうしたんですかヒロシ様、こんな時間に」


 メリアはテーブルに置かれたラム酒の瓶とグラスを見て、すぐに水の入ったグラスを用意してヒロシに手渡す。


「ヒロシ様、お水です。ゆっくり飲んでください」

「う、ううっ……!」


 ヒロシは喉を焼くアルコールを押し流すように水を飲み干し、息を吐いてから顔を上げた。


「はぁ……ありがとうメリア。うっかり火を吹くかと思ったよ」

「大丈夫ですか? こんな強いお酒、そのまま飲んじゃダメですよ」

「ああ、酔えば寝られるかなと思ったんだけど……今のですっかり目が覚めちゃったな」


 へらへらと笑うヒロシだったが、メリアはただじっとヒロシを見つめたまま言った。


「あの……もし迷惑でなければ、ヒロシ様が今思っていることを話してくれませんか?」

「……」

「私なんかが役に立てるか分かりませんけど……」


 ヒロシは空になった水のグラスに目を落としていたが、すぐに顔を上げてメリアを見た。


「そうだな、ごめん。心配かけたみたいで」

「いいんです、謝らないでください」


 メリアは空になったグラスに手を伸ばして受け取ると、用意していたボトルから新しい水を注いで手渡す。そして彼女もヒロシの隣の椅子に腰掛け、次の言葉を待つ。しばらくの沈黙の後、ヒロシはグラスの水面を見つめながらぽつりぽつりと喋り始めた。


「最近……というか最初からそうなんだけど、こっちの世界に来てから昔の記憶が曖昧になってきてさ。だんだん元の世界のことが思い出せなくなってきてるんだ。ただまあ、俺はあんまりいい記憶が無かったし、こっちでいろんな事がありすぎて思い出してる暇もなかったんだけど」

「そうですね。転生する前のお話とか、ほとんど聞いたことが無い気がします。ヒロシ様がいた元の世界って、どんな所だったんですか?」


 メリアの問いはごく自然な疑問であったが、ヒロシは記憶の中で薄れ始めている元の世界のことを思い浮かべた。


「……いい所だったよ。平和で魔物もいないし、食べ物も薬もたくさんあって、娯楽にも不自由しなかった。今にして思えば、本当に贅沢な世界だったなぁ」

「そんな夢みたいな場所が本当にあったんですね。私も一度でいいから行ってみたいな……」

「ああ、出来る事ならメリアを案内してあげたかったよ。もちろん他のみんなも」

「でも、そんな素敵な場所なのに、良い記憶が無かったって……どうしてですか?」

「ん、ああ……」


 ヒロシはこの世界に来ることになった理由を思い出し、苦笑を浮かべる。


「いい場所ではあったんだけど、生活していくのはそんなに楽じゃなくてね。それはこっちの世界でも同じだけど、なんていうかな……仕事は山ほどあるのに給料は全然上がらないし、仕事が少しでも遅れれば怒鳴られるから毎日の作業をこなすのに必死でさ……そしたらいつの間にか両足が深い泥に埋まってるような状態になって、身動きが取れなくなってたんだ」

「そうだったんですね。でもその気持ち、少しなら分かる気がします」

「うん、メリアも王宮で下働きして苦労してたんだもんな」

「はい。ヒロシ様に連れ出してもらえなかったら、今もあそこで働いていたんだと思います」

「だからいつも思ってたよ。いつかはこんな仕事辞めて、自分にしか出来ない事を成し遂げて胸を張りたいなって。けど、結局思うだけでなにも出来なかった。自慢できるような特技も技術も無かったし、職を失って最初からやり直すのが怖くて、なにもしてこなかったのが俺なんだ」


 自嘲するヒロシにかける言葉が見つからず、メリアはじっと耳を傾け続ける。


「ダンと最初に出会った時、押しが強くて自分とは正反対だなって思ったんだ。いつも堂々としてるし、勇気も行動力もあって、誰とでもすぐ打ち解けられるし……正直、あの性格は羨ましかったよ」


 ヒロシは水の入ったグラスを両手で握り、暗い声で続けた。


「ダンがあんな事件を起こして、なに考えてるんだって思ったけど……あいつも俺と同じで、なにも出来ない自分のままでいたくなくて……自分はここにいるんだぞって、世の中に証明したかったんだと思う。もちろんダンのやり方が正しかったとは思ってないし、止めるにはああするしかなかったって分かってる。でも……」


 グラスを握る手に目を落としたその時、あの生々しい記憶が蘇ってくる。 


「まだ手に残ってるんだ……血の臭いと生暖かさが……まだ……」


 ヒロシが手にしたグラスがカタカタと震え、注がれた水が波打って溢れる。メリアが自分の手をそっと重ねて震えを抑えたその時、彼の両目から涙が頬を伝い落ちた。


「バカ野郎……カーラになんて言えばいいんだ……!」


 こぼれ落ちた涙が二人の手の上で弾けていく。ヒロシは溢れる感情のまま、身を震わせながら嗚咽を続けていた――。


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