第二十二話 王都の長い一日(8)
「まあ見てろ。俺はやると言ったら必ず実行する。お前らのことも悪いようにはしないからよ」
相変わらず言葉に詰まって黙るヒロシから視線を移し、ダンはメリアをジロジロと眺める。
「なるほど、なかなかいい具合に化けたんじゃねーか? あと数年もすれば、もっといい女になるぜ」
メリアはその言葉に答えることなく、わずかに視線を落としたまま耳を傾けている。沈黙続きの状況にうんざりしたのか、ダンはソファーに深く背を預けるように座って言った。
「おいおい、これじゃ俺がお前らをいじめてるみたいじゃねーか。なあメリア、せっかくだし魔法かなんかで場を盛り上げたりしてくれよ」
ダンにとってはただの軽口だったろうが、メリアは口元を真っ直ぐ結んだまま首を横に振る。
「魔法は見世物じゃありませんから……でも、代わりに私が踊ります。それで良いでしょうか?」
「ほう、踊りねえ。せっかくだし見せてもらうとするか。ヒロシも見たいよな?」
ヒロシがこくりと頷くと、メリアはソファーから立ち上がり、二人の前で踊りを披露し始めた。それは踊り子が披露するようなダンスと違い、流麗で神秘的な舞に近い動きだった。
ヒロシは初めて見るメリアの舞に見入っていたが、ダンはしばらく眺めた後、用意させた酒を口にしながら言った。
「ほう、なかなか上手いもんだ」
その後もゆったりとした舞いは続き、やがてメリアは躍り始めと寸分違わぬ位置に戻り、静かに舞いを終えた。ダンが最初に手を叩きその音が響くと、遅れて周囲からもまばらな拍手が飛び交った。
「この踊りは幼い頃、母に教えてもらいました。詳しくは聞いてませんでしたけど、きっと女神様に捧げるための、託宣の巫女の舞だったんだと思います」
「だろうな。昔見た旅巫女の舞に似てる気もするぜ」
「……では、私はこれで」
メリアがお辞儀をしてヒロシの横へ戻ろうとすると、ダンは急に立ち上がり彼女の腕を掴んだ。
「あの、離してください」
「なあメリア、俺と組まねえか? まだまだうちは人材不足でよ、有能な魔法使いも欲しいと思ってたんだ。お前ほどの腕なら、不自由なく暮らせる待遇で雇ってやるよ」
不敵な笑みを浮かべて言うダンを、メリアは怖気づくことなく真っ直ぐに見つめ返す。
「せっかくですがお断りします。私は今の生活で十分満足していますから」
「待て待て、お前ほどの才能を埋もれさせとくのは国の損失ってもんだ。考え直さねえか?」
「お断りしますと言ったはずです。私が誰と共に在るかは、自分で決めます。そっとしておいてください」
「こりゃ手厳しいねえ。だが理解に苦しむぜ……お前がヒロシの傍にいることに、なんの得があるんだ? 特別な『能力』のない転生者のお守りをするのが、そんなに楽しいのか、え? それこそ青春の無駄遣いってもんだぜ」
腕を掴むダンの手に力が入り、メリアの細い左腕が軋む。
だがメリアはまるで怯むことなく、ダンの頬を右手で張り飛ばした。
「人を裏切ったあなたに、ヒロシ様のことを悪く言われたくありません!」
「っく、この――!」
「それに……それにカーラさんがどんな気持ちでいるのか、少しでも考えたことがあるんですか! こんな姿を見たら……!」
メリアが言い終わる前に、今度はダンの張り手がメリアを襲う。
とっさに腕で顔を庇ったものの、メリアは弾き飛ばされて床に倒れ込んだ。
「メリア!?」
ヒロシは慌てて駆け寄り、メリアを抱き起こす。
大した怪我はしていないようだが、彼女の両眼には大粒の涙が浮かんでいた。
無論、それは痛みからくる涙ではない。
その雫の中に、怒りで仁王立ちするダンの姿が映り込んでいた。
「うるせえ、カーラのことは口出しすんじゃねえっ! お前になにが分かるってんだ!」
ダンの怒り方は尋常ではなく、どうやら痛い所を突かれた様子である。
だが頭に来ていたのは彼一人ではなかった。
「ダン……どうしてメリアを殴った? 都合が悪くなったら暴力で黙らせるのが、それがお前のやり方なのかよッ!」
ヒロシはダンに食って掛かろうとするが、そこへ護衛の兵士が構える槍の先が付き付けられる。
「うっ……」
ダンは腰に下げた剣を抜き、剣先をヒロシの眼前に付き付けて睨んだ。
「人情ごっこで渡っていけるほど世の中は甘くねえんだよヒロシ。覚えとけ……邪魔をする奴、逆らう奴は皆殺しにしてやる!」
一触即発の空気に、周囲は騒然となっていた。
これ以上刺激すればダンは暴発しかねないが、互いの感情を上手く収めるいい方法も思いつかない。緊迫した空気が続いたその時、宴の間の外から、乾いた破裂音が響き渡った。それは王宮の裏庭の方角から、空に向かって打ち上がった信号弾のものだった。
その音にダンとヒロシが我に返るのと同時に、宴の間へ取り乱した様子の兵士が駆け込んできた。
「た、大変です! 裏庭でロボットが暴れて、機械部隊に被害が出ています!」
「なんだと!?」
それを聞いたダンは窓の方へ走り、外の様子を確かめる。
この場所からは遠くてよく見えないが、裏庭の方角から激しく争う声と、白い煙が立ち上っているのが見える。
「なんだ、どこのロボットだ……!? おい、あれはなんの騒ぎなんだッ!」
ダンに怒鳴られた兵士は縮こまり、真っ青な顔をしてさらに続けた。
「そ、それが……た、大変申し上げにくいんですが」
「なんだ、はやく言えッ!」
「ダ、ダレル王が脱獄しました……ッ!」
その瞬間、ダンだけでなく周囲の兵士たちも含めて激しい動揺が走った。
ダンは数秒ほど言葉を失っていたが、すぐに兵士の襟首を掴んで怒鳴った。
「この大バカ野郎! 見張りどもはなにをやってたんだ!」
「そ、それが脱獄を手引きした仲間がいたみたいで……そいつに変な薬を嗅がされて放心状態なんです」
「ク、クソッタレがあ~~~~~~ッ!!」
ダンは兵士の顔面を拳で殴りつけ、悪鬼のような形相でヒロシの方を睨み付けた。
「やりやがったなヒロシ! この騒ぎはお前らが仕組んだんだろうッ!」
ざわざわという声と共に、ダンの周囲から人が離れていく。
ヒロシはメリアと一緒に立ち上がり、負けじと睨み返した。
「ダン、本当は分かってたんだろ。こんなやり方は間違ってるって。分かってたのに、どうしてここまで来ちゃったんだよッ!」
ダンは奥歯が潰れそうなほどに歯を食いしばり震えていたが、やがて深く呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「……仕方ねえ、あと一歩の所だったのに、とんだ邪魔が入ったもんだ。だが俺は諦めねえぞ。次に会う時には、必ずこの国を手に入れてやる」
そう言って強気の姿勢を崩さないダンだったが、遠巻きに状況を見守る人々の中から声が響いた。
「残念ですが、あなたに次はありません。チェックメイトです」
そう言いながらヒロシたちの元へ歩み寄って来たのはヤクモだった。
彼は肩に一匹のハトを乗せており、その足には書簡を入れる小さな筒が括り付けられている。筒の蓋はすでに開いており、その中身らしき紙切れをヤクモは手にしていた。
「誰がチェックメイトだと?」
そう言い返すダンに対し、いつもと変わらぬ微笑を浮かべたままヤクモは言った。
「脱出したのは王だけではありません。貧民街に拉致されていたリィナ姫もすでに救出されました。周囲に潜んでいた手勢百人余りも撃退済みです。彼女を人質に再起を図るつもりだったのかもしれませんが、どうやら詰めが甘かったようですね」
「――!?」
その言葉を聞いた瞬間、ダンは稲妻に撃たれたように硬直し、顔中から汗を吹き出し始めた。
手足はわなわなと震えて止まらず、表情はどんどん青ざめていく。
「ダン、あなたは何もかも急ぎ過ぎたのですよ。辛抱強く信を得ていれば、いずれ高名な将軍ともなれたでしょうに」
「うっ……ぐううっ……!」
「わずかな成功に慢心し、王を裏切った簒奪者。これがあなたの得た全てです。こんなものがあなたの望みだったのですか」
「う、うるせえっ!! 黙れ、黙れっ!!」
ダンはとうとう膝から崩れ落ち、その場に両手をついてうなだれた。
もはや護衛たちも戸惑うばかりで、彼を守ろうとする者はいなかった。
ヤクモは懐から小さな布の包みを出し、それを緩めてダンの目の前に放り投げる。
布の中から半分ほど飛び出したのは、鞘に収まった短剣だった。
「自分の不始末は自分の手で付けなさい、ダン。大人しく自害するのであれば、せめてあなたの汚名が軽くなるよう取り計らいましょう」
もはや逃げ道は無い。王宮に幽閉したゲオルク卿もじきに発見され、そうなれば誰もダンの命令を聞くことは無くなるだろう。
ダンは激しい眩暈と動悸の中、震える手で目の前のナイフを掴む。
「ば、馬鹿な……お、俺が、こんな……俺は、俺は……!」
ダンはナイフの柄を両手で握り締め、血走った眼で刃を見つめる。
だがその先にヒロシの姿を見た瞬間、ダンの中で何かが音を立てて崩れ去った。
「俺がッ! あるはずがねえんだッ! こんな所でぇぇぇぇぇーーーーーーッ!」
突如としてダンは獣のように飛び出し、ヒロシとメリアめがけて突進した。
その手には腰だめに構えたナイフが鈍く光っていた。
「メリア危ないッ! 離れるんだッ!」
ヒロシは咄嗟にメリアを押しのけ、自分が盾になるように立ちはだかった。
ダンが身体ごと迫って来た瞬間、ヒロシは考えるよりも先に一歩前に踏み出し、逆に自分からぶつかりに行った。そのまま二人は揉み合うように倒れ込み、床を何度か転がって止まった。
ヒロシはダンの身体の下敷きになっており、やがて床に赤い血だまりが広がっていく。その光景にメリアは悲鳴のような声を上げた。
「ヒロシ様!?」
その声に反応するように、ダンの身体がピクリと動いた。
正確には、下敷きになっていたヒロシがダンの身体を持ち上げ、その下から這いずり出てきたのである。ヒロシがダンの身体を仰向けに転がすと、彼の左胸にはナイフが深く突き刺さっていた。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」
血にまみれた手と服もそのままに、ヒロシはダンをじっと見ていた。
ヒロシが近付いて突き刺さったナイフに手を伸ばそうとすると、いきなりダンの右手が動いてナイフの柄を握った。
「うっ……!?」
ダンは勢いよく上半身を起こすと、その場に胡坐をかいて座り込み、自分の胸元を見て薄笑いを浮かべる。
「へっ、へへへ……ザマぁねえな、とんだドジ踏んじまったもんだぜ、この俺がよ……」
ダンは血の気が全くない青ざめた顔で、笑いながらヒロシを見る。
「な、なあヒロシ。お前も考えたことくらいあるだろ……? 自分はなんのためにこの世に生まれてきたのかってよ……」
「ダ、ダン……」
「お、俺の人生は……いや、誰だってそうだが……他人の添え物じゃねえ……わ、わかるよな……」
「ダン、俺は――!」
「ずっと誰かに使われて終わるくらいならよ、自分一人でどこまでやれるか……たとえ地獄に落ちようが、俺の生き方は俺だけのもんだ……そう思ってやってきたがよ……ぐうっ……」
「もういい、喋ったら余計に苦しいだけだ!」
「ごふっ……そ、そんな顔すんなよ……お前は悪くねえ……せめてダチのために、俺も最期くらい……」
ダンは口から血を吐きながら、左胸に突き刺さるナイフに目を落とす。
「じゃ、じゃあなヒロシ……短い間だったが、楽しかったぜ……あばよ……!」
直後、ダンは刺さっていたナイフを一気に引き抜く。
傷口からは溢れた血が溢れて飛び散るが、ダンはお構いなしにそのナイフを自分の喉に突き立てた。
ダンはそのまま前方に崩れ落ち、そしてもう二度と喋ることはなかった。
第二十二話 王都の長い一日 おわり




