第二十二話 王都の長い一日(7) ヒナタとウィル、貧民街へ その3
「ギャーッ!? これどうすんのニャ、アホ酔っぱらいー!!」
ヒナタが怒り心頭と言った様子で叫ぶのとは正反対に、タバサはのんきにくしゃみを放っていた。
「はーっくしょん!」
その瞬間、タバサを中心にして巨大な竜巻が巻き起こり、近付いて来た十数人を巻き込み、一瞬にして空高くへ吹き飛ばしてしまった。空中でもみくちゃになった冒険者崩れの男たちは、近くのバラックやボロ小屋の屋根に落下して頭から突き刺さり、前衛アートのオブジェクトみたいになってしまっていた。
「なっ……!? こいつ、ちゃんと魔法が使えたのか!?」
惨状を目の当たりにした冒険者崩れの男が引きつった声を出すと、タバサは顔を上げてため息をつく。
「はぁ、時の流れってのは残酷ねえ。私が誰かも知らない連中が、こんなに増えてるなんてさ。そりゃ歳も取るわけだわ」
一瞬で無数の仲間をやられ、二の足を踏む冒険者崩れたちだったが、先頭に立つ男が険しい表情で叫んだ。
「うるせえ! あんなデカい魔法は何度も連発出来ねえだろ、たった二人ぽっち、全員で圧し潰しちまえ!」
普通に考えれば、その男が口走った言葉は正しい。魔法は高い威力の代わりに連発が難しく、威力が上がれば上がるほどその傾向は強くなる。一度に十数人を吹き飛ばすような魔法を放ってしまえば、次の魔法の発動までには相応の隙が発生する。魔法使いはそこを突かれると弱いため、無防備な間は前衛に守ってもらう必要があるというのが一般的な認識だったからだ。
「ああ、それが正解だよ普通ならね。でもさ、アンタらの前に立っているのは大魔法使いだってこと、もうお忘れ?」
タバサが唇をすぼめて上空に息を吹くと、そこから真っ黒な雲が渦巻き始め、一瞬にして上空へと広がっていく。周囲を暗くするほど広がった暗雲は雨雲へと変化し、叩き付けるような強い雨を周囲に降らせ始めた。
「な、なんだあっ、急に雨が……!?」
あっという間にずぶ濡れになってしまった冒険者崩れたちは戸惑いながら足を止めたが、身体や足元がずぶ濡れになった以外に変化はなかった。やがて雨の勢いが弱まると、タバサは鋭い目つきで言った。
「さてと、最後の警告だよ。このまま大人しく引き上げるなら見逃してあげる。そうでないなら、きついお仕置きが待ってると思いな」
だがその言葉を聞いてなお、濡れた冒険者崩れの男は不敵な態度を改めようとはしない。
「へっ、そんなハッタリでビビるかよ。もう二度も魔法を使ったんだ、どんなに急いだって次の魔法は間に合いやしねえはずだ。野郎ども、とっ捕まえてひん剥いてやれ!」
下衆な笑みと共に突っ込んでくる冒険者崩れたちの大群を見て、タバサは鋭い目つきのままでヒールをカツンと踏み鳴らした。するとと突然、なんの予兆もなしに上空の雲から稲妻が生じ、雨に濡れた地面を直撃した。強烈な電撃は一瞬にして周囲に広がり、ずぶ濡れになった冒険者崩れの大群全てを巻き込んで伝播していった。
「ぎゃあああああああああ!?」
青白い光と衝撃に全身を貫かれ、彼らは絞り出すような悲鳴を発しながら痙攣していた。タバサとヒナタの身体には防御の魔法が展開され、水の一滴さえ触れておらず無傷のままである。電撃の奔流が過ぎ去った後、黒焦げになった冒険者崩れたちは、全員が糸が切れた人形のようになって同時に地面に倒れ込み、もう起き上がることはなかった。
「す、すげー。杖も詠唱も無しでこんな威力の魔法を連発するなんて、初めて見たニャ。オメー何者だニャ」
たった一撃の魔法で冒険者崩れの集団を壊滅させてしまったタバサに、ヒナタは驚きを隠せなかった。
「おや、メリアから聞いてないのかい? 私はあの子の師匠のタバサっていうんだ、覚えておきなよ子猫ちゃん」
「あ、メリアの師匠だったんかニャ! どーりで強いワケだニャ。ところで……こいつら全員殺しちまったのニャ?
戦場と見紛うような周囲の惨状に、ヒナタはぞっとした表情で尋ねる。
「ヘーキヘーキ、ちゃんと手加減したから死んじゃいないよ。ただし二、三日は足腰が立たないだろうけどね」
「魔法使いっておっかないニャ……」
メリアをからかうのも程々にしようと、心の中で密かに思うヒナタであった。
「ともかく助かったニャ。アタシは助けた姫さんを信用できる人間の家まで連れてかなきゃならんから、また後でニャ」
「ああ、ちょいと待ちなって」
早々にその場を立ち去ろうとしたヒナタの肩を掴み、タバサが呼び止める。
「それ私のコト。ウチにかくまって欲しい人がいるって、メリアに頼まれててね。ここに来たのもあの子の頼みだから仕方なくだよ。それにしてもさー、無茶は程々にしときなよ子猫ちゃん。私が居なかったらどんな目に遭ってたか、少しは想像できるでしょ」
「無茶でもなんでも、これはアタシらの生活とショーライセッケーがかかってんのニャ。ダンのバカを止めるしか、アタシらが生き残る手はないんニャ」
「……それもそうか。ま、この話はここら辺にして……おーい、もう出てきていいわよ」
タバサが声をかけると、建物の陰からリィナ姫を背に乗せたウィルが出て来た。
「ああっ、ヒナタさん無事でしたか。どこか怪我とかしてませんかっ」
小走りで駆け寄り、焦った様子で無事を確認するウィルに、ヒナタはニッと笑って顔を向ける。
「ニャハハハ、このヒナタ様が簡単にやられるワケねーのニャ。でも心配してくれてありがとニャ」
ホッと安心するウィルの背中に跨っていたリィナ姫は身を乗り出し、口を開く。
「ねえ、一体何が起こっているのか教えてちょうだい。私は急にあの連中に捕まってこんな場所まで連れてこられて……お父様は無事なの? ねえ、ねえ!」
彼女の心配はもっともであるが、今この場で話すには説明するべきことが多すぎて、ヒナタもウィルもどう答えればいいか悩んでしまう。
「まあまあ姫様、ここで長話するわけにもいかないし、続きは私の家で。そこで順を追って説明いたしますわ」
「そ、そう……じゃあ早く行きましょ。もうこんな場所に長居したくないもの」
タバサの言葉に少し気が軽くなったのか、リィナ姫は緊張の糸が切れたようにうなだれてしまう。無事に彼女を救い出すことに成功し、ヒナタたちは急いで貧民街を脱出するのだった。
着替え終わったヒロシとヤクモが案内された宴の間では、広いホール状の部屋に真っ白なクロスが敷かれたテーブルがいくつも並び、身分の高そうな貴族の男や着飾った女たちが大勢いた。二人が姿を見せると、色めき立ったのは女たちであった。彼女らの視線の先にはヤクモがおり、正装し身なりを整えた彼の姿は、そうと知らなければ貴族と見間違うほどの端正さと落ち着きを兼ね備えていた。早速彼の周囲には女性たちが集まり始め、正装したところでパッとしないヒロシは女たちの輪に弾かれ追いやられてしまう。
「まいったな、ヤクモ先生があんなにモテるとは思わなかった。出来が違うってのはこういう事なんだなぁ」
遠巻きにその様子を見たヒロシは、その場で頭を搔きながら呟いた。他に知り合いも見当たらない会場でぽつんとしていた彼だが、しばらくして後ろから袖を引っ張られて振り返る。そこには髪を結い、白いドレスを身に纏ったメリアが、少し落ち着かない様子で立っていた。
「お、お待たせしましたヒロシ様。このドレス、メイドの皆さんが用意してくださったんですけど……私、似合ってますか?」
ヒロシは口をぽかんと開けたまま、ただじっとメリアを見つめている。ヒロシの反応が無く、メリアは小首を傾げてもう一度尋ねる。
「あの……ヒロシ様?」
その呼びかけでようやく我に返ったヒロシは、思わずビクッと身体を震わせた。
「……あ、いや、ちゃんと聞こえてるっ! 大丈夫っ!」
明らかに挙動がおかしいヒロシの様子に、メリアは心配そうに顔を近付ける。
「もしかして、どこか具合が悪いんですか? だったら……」
「そ、そうじゃないんだ、別に体調が悪いとかじゃなくて。メリアが綺麗だったから、つい見とれちゃって」
「えっ」
「……はっ!?」
つい口から出た言葉だったが、それは紛れもない本心である。ヒロシとメリアは顔を赤くして一歩距離を取ってしまったが、しばらくして恥ずかしそうにしながら見つめ合った。
「あーっと……そのドレス、よく似合ってるよメリア」
「は、はい、ありがとうございます。変じゃなくて良かったです」
「変なんかじゃないよ。メリアは普段から可愛いけど、こういう服装は見たことなかったから新鮮で……って、はうっ!?」
またしても口から出た言葉を聞いて、メリアは耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。ヒロシも自分が口走った台詞が急に恥ずかしくなり、その場でわたわたと変なポーズを繰り返していた。
「あ、あの……こんな時に言うことじゃないって分かってるんですけど、それでもヒロシ様に喜んでもらえて良かったです」
メリアはうつむいたまま、そっとヒロシと腕を組んで身体を寄せる。こうした状況に慣れていないヒロシは直立不動のまま、落ち着きなく視線を泳がせるばかりであった。だが、慣れない場所で自分のすぐ隣にメリアが居てくれることは心強く、彼女もまた同じ気持ちであった。若干の居心地の悪さを感じつつも時間が過ぎ、やがてテーブルの上に食事が運ばれてきた。ちょうどお腹が空いて来たタイミングだったので、二人はバイキング形式の料理を皿に取り、部屋の隅にある休憩用のソファとテーブルが設置してあるスペースへ移動し、そこで二人並んで腰を下ろし料理を口に運んでいた。
「それにしても、みんな無事かな」
惣菜の揚げたジャガイモをフォークで口にしつつ、ヒロシは呟く。すでに時刻は昼を過ぎ、それぞれの作戦が開始されているはずである。メリアも同じことが気になっていたようだが、ヒロシほど不安の色は濃くない様子だった。
「大丈夫ですよ、きっと。皆さん強いですし、私のお師匠様にも手助けしてくれるようにお願いしましたから」
「お師匠様って、あのタバサって人だっけ。俺は酒飲んでる所しか記憶にないけど……」
「もう、なに言ってるんですか。お師匠様は私なんかよりずーっと、それこそ指一本でひねっちゃうくらい強いんですよ。それに昔は魔王と戦ったこともあるって言ってました」
「ま、魔王と戦った!? いやちょっと待った、女神様が言ってた魔王と同じかは分からないけど……だとしたらあの人、何歳なんだ?」
ヒロシが首を傾げて考え込むと、メリアはむっとした表情で言う。
「女性の年齢を詮索するのはマナー違反ですよ、ヒロシ様」
「アッハイすいません」
メリアに怒られ反射的に謝るヒロシだったが、そうしているうちに宴の間へ、護衛を連れたダンが姿を現した。その姿は王様が身に付けるのと同じ上等な衣服を着て、肩飾りの付いた赤いマントを羽織っている。事情を知らない者が見れば、彼が王だと思うくらいには堂々とした態度であった。ダンが姿を見せたことで宴の間の空気は張りつめ、ピリピリとした緊張感が漂い始める。場の注目が集まる中、ダンはヒロシの姿を見つけると真っ直ぐ近付いてきた。
「ようお二人さん。宴は楽しんでもらえてるか?」
相変わらずの調子で言うダンだが、ヒロシにとっては嫌な汗が滲む瞬間である。余計なことを口走らないよう、ぐっと背中に緊張が走る。
「ま、まあ……料理は美味しかったよ」
若干言葉を詰まらせながらそう答えるヒロシを、ダンはじっと見つめる。ヒロシが気になったのはダン本人より、その両脇で武装した護衛が立っている威圧感の方だったが、ダンは護衛を一歩下がらせヒロシの隣に座り、グッと肩を組んできた。
「そうカタくなるなってヒロシ。それより見ろよ……この場に居る奴ら全員が俺の敵だ」
ダンの言う通り、まだ王として認められていないダンの味方と言えるのは、彼が引きつれている兵士たちくらいである。
「だが、あと少し経てばそいつらが俺の家来になる。王様って椅子をぶん取る奴がいたら、貴族だろうが頭を下げてそいつに従うしかないのさ。よくよく考えると変な話だよなあ?」
「あ、ああ……」
「確かに変な話だが、世の中がそう出来てるんなら、俺はそれを利用させてもらう。この国を手に入れ、いずれは魔王もブッ倒して俺が世界を統一するんだ。でっけえ夢だろ?」
どう答えていいか分からずヒロシが沈黙していると、ダンはガハハと笑って肩に回していた腕を離した。




