第二十二話 王都の長い一日(5) ヒナタとウィル、貧民街へ その1
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
ダン:辺境の村で暮らしていたリーダー格の男
念願の王都へ到着してからはヒロシらと別行動を取る
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
ツキヨが王宮へ侵入を試みたのと同じ頃、ヒナタとウィルの二人は王都の外れにある区域へとやってきていた。この一帯は土地の開発が進んでおらず、そこへまともに税を払えぬ住民や流れ者といった連中が集まり貧民街を形成していた。整備が行き届かず無数のごみが散乱するこの地域は、粗末な建物が乱雑に並び、通りの至る所にテントが張られ、怪しい露店が軒を連ねている。こうした闇商売は取り締まりの対象となっているはずなのだが、すでに一定の規模のマーケットを形成してしまっていることや、貧民街が流れ者などの受け皿として機能していることから、存在を黙認されているというのが実情であった。
「な、なんか嫌な雰囲気ですねここ」
周囲からの視線を浴びながら、ウィルは居心地悪そうに呟く。普段着であっても貧民街の中では身なりが良く見えるウィルやヒナタは、それだけで注目を集めてしまう。特にヒナタは若く見た目も良い女性のネコ人であることから、特に男からの粘っこく値踏みをするような視線が注がれていた。今日のヒナタは革鎧を身に付けておらず、上半身は普段着の襟付きシャツのみ、下半身はショートパンツの上から鮮やかな模様の入った布を腰に巻き、スカートのようにして肌の露出を抑えていた。
「貧民街なんてどこもこんなもんニャ。隙を見せたら路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剝がされるから、気を付けるニャ」
「ヒエッ、こ、怖すぎる……ヒナタさんはこういう場所、慣れてるんですか?」
「……昔、連れてかれた仲間を探してこういうトコに出入りしてたことがあるニャ」
そう答えたヒナタの表情から、一瞬だけいつもの明るさが消えたのを見たウィルは、ごくりと唾を飲む。
「そ、そうだったんですか。すみません、余計なことを聞いてしまって」
「気にすんニャって。別にウィルが悪いわけじゃないニャ」
もう少しその辺の事情を聞いてみたい気はしたが、これ以上踏み込んでヒナタの機嫌を損ねたくないと思い、ウィルは黙って彼女の隣を歩いていた。そんな緊張を察したのか、ヒナタはウィルの背中を強く叩き、二ッと笑って見せた。
「こらー、こういう場所では堂々としてないと駄目ニャ。カモだと思われたら、すぐ囲まれて袋叩きに遭うと思えニャ」
「はっ、はいっ、すみませんっ!」
「男ならシャンとするニャ。そんなんでか弱いアタシのこと、ちゃんと守れんのニャ?」
流し目で自分を見つめるヒナタに、ウィルはつい赤くなって前を向く。
「そ、それはもうっ! 誰が相手でも指一本触れさせませんッ!」
「あっはっは、頼りにしてるニャ。いざススメー!」
気合いを入れ直したウィルと共に貧民街を進んでいくと、やがて道端に立つ人々が、派手で肌の露出が多い女たちに変わり始めてきた。
「あの、なんか目のやり場に困る女性の方々が増えてきたと言うか……なんなんですか、ここは」
「お? ウィルは知らんのかニャ。ここに来た男は気に入った相手を選んで、そこら辺の宿とかでヨロシクやるっていう、まあそういう商売してる場所だニャ」
「そ、そうだったんですか!? あわわわ……」
こうした方面の事情にはまるで疎いウィルは、顔を真っ赤にして落ち着きなくキョロキョロとしてしまう。
「こんなの別に珍しいモンじゃないニャ。繁華街でもそういう店とか酒場はあるけど、ここは表に顔出せないような奴とか、許可も取ってない非合法な商売してる連中が集まってんのニャ」
「そ、そんな場所に姫様は連れて行かれたのか……無事だといいんですけど」
「この辺はごちゃごちゃしてるから、人を隠すには好都合ってことニャ。情報もなしに貧民街で人探しなんて、何日かかるか分かったもんじゃないニャ」
「た、確かに……」
そんな話をしているうちに、ヒナタとウィルは目的地の近くまで辿り着く。この周辺になるとそうした女性たちに加え、冒険者崩れのゴロツキと見られる風体の連中が目立つようになってきた。彼らは数人でたむろしていたり、道路脇でじっと立っていたりと様々だが、いずれも腰などに剣を携えており、通りを歩くヒナタたちに鋭い視線を向けてくる。二人は一旦前に進むのをやめ、手近な物陰に身を潜めた。
「な、なんかあからさまに怪しい雰囲気ですね」
「確かめるまでもなく当たりって感じだニャ。こんなに大勢集めて殺気ばら撒いてたら、ここに何かありますって自分で言ってるようなもんニャ。ド素人でも気付くニャ」
ヒナタは不快そうに耳をピクピク動かしながら、周囲の気配を探る。目の前に続く通りや物陰ばかりでなく、立ち並ぶ建物の窓からも外の様子を窺う視線があることに、ヒナタは辟易した様子で舌を出す。
「うへー、思った以上に見張られてんのニャ。たぶん見える範囲の建物全部に敵が潜んでるニャ」
「そ、そんなに? これ、僕ら二人だけで大丈夫なんですか?」
「それをどーにかするのがアタシらの役目だニャ。とはいえ、いちいち全員相手にしてられんし、どうすっかニャ……」
リィナ姫が連れ込まれたという宿までは、まだ百メートルほど離れているうえ、そこへ至る通りの監視は厳重である。このまま進めば呼び止められて追い返されるか、余計な騒ぎを起こしてしまうのは目に見えている。ヒナタは難しい顔をして首をひねり、うーんと悩んだ後、隣に立つウィルの顔をじっと見た。
「しょーがない、この手で行くかニャー」
ヒナタはシャツのボタンを外して胸元を大きく開くと、ウィルの左腕にしがみついて身体を密着させた。ウィルはぎょっとして顔を真っ赤にするが、ヒナタはしっかりくっついて離れようとしない。
「どっ、どどど、どうしたんですか急にっ!?」
「いーからいーから、このまま表に出るニャ」
「いやでもその……!! そんなにくっ付いたら腕に柔らかいのが、あ、あたっ……!?」
「当ててんだから当たり前ニャ。ごちゃごちゃ言ってないで、ほら行くニャー!」
ヒナタに引きずられるようにして、ウィルも強引に連れ出されてしまう。そのまま二歩、三歩と前へ歩き出すと、ヒナタがウィルの腕に顔をぐりぐりと押し付けながら言った。
「うっふーん、お兄さんてばアタシの好みだからー、サービスしてあげたくなっちゃうニャン」
まさしく文字通りの猫なで声が耳から脳へと突き抜け、ウィルは思わず全身が硬直してしまう。
「うっふーんて! どこからそんな声出してるんですかヒナタさんッ!?」
前を向いたまま、真っ赤になったままウィルは小声で言う。
「いーからアタシに合わせるニャ。周りの連中にこれからヨロシクやりに行くカップルだと思わせんのニャ!」
「ま、待ってくださいよ! こういうのは前もって言ってくれないと、心の準備が……!」
「乙女みてーなコト言ってんじゃねーのニャ! アタシのおっぱいじゃ不満かッ!」
「いや全然不満じゃないです凄いですッ、とても!!」
二人にしか聞こえない小声で言い合った後、ヒナタは大げさに身体をくねらせ、顔や身体をぐりぐり押し付ける。そうしてふらふら歩く二人の姿は当然の如く目立ってしまうが、そこへ向けられる視線は警戒のそれより、もっと別の感情へと置き換わり始めていた。
(ちっ、昼間からイチャイチャしやがって……!)
と、周囲の連中がイライラするのを尻目に、ヒナタとウィルはさらに前へと進んでいく。だが目的の宿まであと少しという所まで辿り着くと、道の両脇にいた冒険者崩れの連中が示し合わせたように動き出し、道を塞ぐような形で立ち止まる。あからさまに『これ以上近付くな』という警告であったが、ヒナタは視線だけ動かして周囲を確かめ、近くに狭い路地があるのを目ざとく見つけ出す。
「ねーねー、アタシ我慢できなくなってきちゃったニャ。こっちで先にイイコトするニャン」
またしてもウィルの脊髄に直撃しそうな甘ったるい声を出し、ヒナタはウィルを細い路地へと引きずり込む。二人の姿が見えなくなり、冒険者崩れたちは路地の近くまで急いで集まってきたが、それと同時に路地から声が聞こえてきた。
「あーん、お兄さんすっごいニャン。こんなの覚えたらクセになっちゃうニャーン」
突然響いて来た声に男たちはピタリと立ち止まり、聞き耳を立ててごくりと唾を飲む。冷静であればわざとらしいだけのセリフだが、この場にいる馬鹿たちにはそれどころではなかったのである。
「ちょっ、待ってくださ……そんなところ触っちゃ……!?」
「我慢しなくていいニャン。先に一回スッキリさせとくニャ、おにーさん」
「あっダメですこんな場所で!? ほっ、ほあぁぁーーーーっ!?」
甘い猫なで声と、若者の奇妙な絶叫が響いた後、細い路地からの物音がしなくなった。続きが気になった冒険者崩れたちがそっと路地を覗き込むと、道の真ん中で立ち尽くしているウィルの後ろ姿があった。彼は声を発さずただじっとするばかりで、不思議に思った三人ほどがウィルの前に回り込むと、上着がはだけて肩と胸が露わになり、肌に無数のキスマークを付けたウィルが真っ白に燃え尽きていた。
「こ、こいつ、立ったまま……!?」
騒然とする男たちの頭上でヒナタは建物の壁を登り切り、音も無く静かに移動していたのだった。




