第二十二話 王都の長い一日(4) ツキヨ潜入作戦その2
(しまった、帽子で耳を隠していたから気配に気付くのが遅れた……!)
そう思ったが後の祭りである。ツキヨはとにかく平静を装い、この状況を騒がずに切り抜けなければならない。
「どうしてメイドがここにいる? まだ囚人の食事の時間じゃないぞ」
「い、いえ、それは……具合の悪くなった方がいるので診てこいと言われまして」
咄嗟に苦しい言い訳をしてみたが、こんな話が通るはずもないのはツキヨ本人が一番わかっている。とにかく一瞬で黙らせる隙を作るための時間稼ぎをしようと思っていたのだが、目の前の看守らしき男はやけにジロジロと身体を眺めてくる。
「お前、見ない顔だなあ。俺は城で働くメイドが好きでよう、一人一人の顔や体形も全部覚えてるんだ」
不気味なことを言う看守に一歩後ずさりするツキヨだが、看守は同じだけ踏み込んでまた距離を詰めてくる。
「むむむっ……! この身長、見事な胸の大きさ、腰のくびれに足の長さ……! 俺のデータにはいないメイドだッ!」
鼻息荒く両目を輝かせる看守に、ツキヨは引きつった表情を浮かべるしかなかった。
「いや怖っ。なにを言ってるんだおま……いえ、あなたは」
「ふふふ、隠しても分かるぞう。お前ッ! さては新入りだなッ!!」
「いやまあ……はい、そうです新入りです」
なぜか妙に自信たっぷりに指を差して来る看守に、馬鹿馬鹿しいと思いつつツキヨは雑に返事をする。
「よく見れば顔も俺好みだしなーうひひ。いいぞいいぞ、俺はそういうのが好きなんだ」
男の笑い声に思わず背筋がぞわっとしたツキヨは、看守の近くにいるのが心理的にキツくなってきた。
「あの、そろそろお許しいただけませんか。仕事がございますので」
「いいっていいって、新入りだから道に迷ってここに来ちまったんだろ。そういう事にしといてやるよぉ」
粘っこい笑みを浮かべながら看守はツキヨの顔に手を伸ばしてきたため、彼女はそれを素早く払いのける。
「すみませんがお手を触れないでください。服が汚れてしまいますので」
「おっとっと。なるほど、新入りだけど気の強い上玉メイドさん、そういうのもあるのか。奥が深いぜ……」
なぜかブツブツと言い始める看守を見て、これ以上時間を無駄に出来ないと判断したツキヨは頭部に蹴りのひとつでも入れてやろうと思ったが、その気勢を先回りするように看守が口を開く。
「ところでずっと思ってたんだけどよぉ、お前隠してることがあるよなあ?」
その言葉に、ツキヨの身体が一瞬硬直する。これまで正体を悟られるような隙は見せなかったつもりだが、どこかに見落としがあったのだろうか。そうであれば自分は最初から罠に嵌められたのではないか――そんな想像で固まってしまった瞬間、看守は素早くツキヨの帽子を掴んで奪い取ってしまう。
「あっ……!?」
帽子が無くなった頭部からは、ツキヨの両耳がぴんと立って存在を主張する。一目でウサギ人と分かる特徴は、彼女が何者であるかをはっきりと物語っていた。
「おおおおっ!? やっぱりッ! お前はウサギの亜人でメイドでおっぱいが大きくて、つまりウサ耳巨乳メイドさんッ! なんということだ、こんなにも属性てんこ盛りのメイドが実在するとは……こんの欲張りさんめぇッ!」
ものすごい早口でまくし立てる看守に、ツキヨは開いた口が塞がらなかった。
「ええと……なにを言ってるのか全然分からない……」
「ええいっ、どうなっとるのかね君ィ! これはもう奇跡のコラボ……メイドハンター歴十年の俺をもってしても、これほどの属性と出会う僥倖は初めてッ! 頼むッ! 頼むからスーハ―させてくれぇぇぇッ!! ツンツンメイドさんの特盛フレグランスをぉぉぉぉッ!!」
看守は変態であった。目を血走らせ両手を広げ、興奮しきった様子でツキヨに迫ってくる。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからッ! 先っちょだけでいいからッ! 絶対それ以上しないからお願いッ! ぬおおおーーーっ!」
ツキヨは深くため息をついた後、瞬時に身を屈めて踏み込むと同時に、看守の側面からみぞおちに膝蹴りを叩き込む。
「チャランボッ!?」
変な言葉を発して看守がくの字に体を折り曲げた所で、ツキヨはその背中に体重を乗せた肘を落とす。看守はぐえっと絞り出すような声を出した後、床に倒れ込んで気絶してしまった。ツキヨは看守の腰にぶら下がっていた鍵束を見つけ、それを取り外して牢の奥へと向かった。通路の突き当りは曲がり角になっており、そこをさらに進むと一番奥の方に独房らしき部屋があるのが目に入った。分厚く重い鉄扉の小窓から部屋の中を覗くと、粗末なベッドに腰掛けてうなだれるダレル王の姿が目に入る。ツキヨは鍵束から独房の鍵を使ってそっと扉を開け、部屋の中へと身体を滑り込ませる。
「どうやら無事だったようですね王様。お迎えに上がりました」
ツキヨに気付いたダレル王は顔を上げて彼女を見るが、一瞬訝しんだ表情をする。
「む……なぜメイドがこんな場所に? いや、そなたの顔は見覚えがあるな。確かヒロシと共にいた戦士であったな」
「ツキヨと申します。時間がありませんので詳しい話は後ほど。まずは急いで脱出しなければ。走れますか?」
「う、うむ。しかしそなた、どうやってここまで来た? 牢の外は警備の兵で固められていたはずだ」
「連中は薬でしばらくまともに動けません。今のうちに早く!」
「そうか、手間をかけさせたな」
ツキヨはダレル王を連れ、急いで牢屋を脱出する。独房の並ぶ通路を引き返し、城内へ戻る扉を開けた先では、相変わらず虚空を見つめてぼんやりしている兵士たちが並んで立ち尽くしている。その脇をすり抜けるように進んだところで、ダレル王が兵士の槍を足に引っ掛けてしまい、倒れた槍が床に落ちて大きな音を立てた。
「どうした、なにかあったのか?」
それを聞き付けて、通路の奥から顔を出した一人の兵士が、その状況を目撃してしまう。
「脱走だ! ダレル王が逃げたぞ、なんとしても捕まえろ!」
ツキヨは舌打ちしつつ、ダレル王の手を引いて廊下を駆け抜ける。騒ぎに気付いて立ち塞がろうとした兵士たちを蹴り飛ばして強引に突き進んだが、急ぐあまりに戻る方向を間違え、向かった先は行き止まりとなっていた。
(しまった……こうなったら全員斬り伏せてでも……!)
振り返りながら、ツキヨはスカートの内側に隠れている剣を抜いて抵抗を試みようとしていた。しかしダレル王は壁に向かって両手を触れ、奇妙な動作をしている。通路の向こうから数人の武装した兵士たちが駆け寄ってくるのが見えた所で、ツキヨは突然腕を引っ張られた。
「こっちだ、連中に構うな」
振り返るとダレル王が触れていた壁の一部が開き、行き止まりの壁に地下へ続く階段が出現していた。ツキヨは急いで壁の向こう側に飛び込むと、ダレル王は開いた壁を閉じて素早くかんぬきを仕掛けて追撃を封じることに成功した。ドンドンと壁を叩く音が響く中、ダレル王はあらかじめ壁に引っ掛けられていたカンテラを取り、灯りを点けて言った。
「これは万一のために作られた抜け道のひとつだ。よもやわしがここを使うことになるとは……」
「いえ、おかげで命拾いしました。外へ抜けられれば味方の援護があります。急ぎましょう」
「うむ、頼んだぞ」
抜け道は狭く湿っぽかったが、背後から追手が迫る気配は無く、二人は出口へ向かって進んでいった。やがて上りの階段へと辿り着き、重い石の蓋を開けた先は、王宮の裏庭であった。周囲の様子を眺めると、さすがに騒ぎが伝わり始めたらしく、無数の兵士が慌ただしく行き来している。このまま飛び出せばすぐに囲まれるのは目に見えていた為、ツキヨは後ろに控えているダレル王に言った。
「仲間に合図を送ります。しばらくお待ちを」
ツキヨは石蓋の隙間から信号弾を発射する筒を空に向け、引き金を引く。パシュッという音と共に空高く舞い上がった弾は、はるか上空で大きな破裂音と光を発した。城壁の外で待機していたゴーレムが信号弾を感知すると、両目を光らせて雑木林から前進、城壁の前で両膝を曲げて身を屈めると、背中の一部が変形し出現したノズルから青白い火を吹き出しながら、一気に跳躍して城壁を飛び越えた。城内へ着地したゴーレムは周囲を見渡し、状況の分析を開始する。脱走騒ぎによって兵士たちが裏庭周辺に集まり始め、中には人が搭乗した古代兵器の姿も無数に確認できる。ゴーレムはツキヨから命じられた作戦を実行すべく、兵士たちの集まる方角へ突進していった。
「おい、なんだありゃ? 誰かあんなロボット連れて来たか?」
兵士の一人が自分たちの方へ向かってくるゴーレムを見て言ったが、当然ながら誰も知るはずもない。ゴーレムは兵士たちの目の前まで迫ると、両目を光らせてじっと彼らの方を見つめていた。兵士たちは数十人ほど、人が搭乗した二脚のロボットが四機、ゴーレムに似た人型重機のようなロボットが三体ほど周囲に集まっている。ゴーレムは近くの地面から飛び出していた岩を両手で掴み、それを力任せに引き抜いて頭上に持ち上げ、近くにいた二脚のロボットめがけて投げつけた。
「うわーーーっ!?」
岩が直撃した二脚のロボットは耳を突く金属音と共に装甲がひしゃげ、そのまま横倒しになってしまった。ゴーレムが両目を光らせて近くの兵士たちを睨むように見つめると、兵士たちは表情を引きつらせて手にした武器を構えた。
「こ、こいつは敵だ! 破壊しろ!」
兵士たちが槍や剣を構えてゴーレムに殺到するが、その頑丈な装甲の前では硬質な金属音を響かせるばかりで、傷を付けることは出来なかった。ゴーレムは目の前の一人を右手で掴み上げ、兵士たちが密集している場所へ放り投げる。数人がまとめて将棋倒しになった後、今度は二脚ロボットがゴーレムめがけて機銃を放ってきた。銃弾は曲面の装甲に弾かれてさしたるダメージを与えることもなく、ゴーレムは両腕を顔の前で揃えて防御の姿勢を取りつつ、そのまま前方へ走って二脚ロボットへ体当たりをぶちかました。二脚ロボットはバランスを失って転倒し、搭乗していた兵士も投げ出されて草地の上に転がり落ちた。ゴーレムは倒れた二脚ロボットから機銃をもぎ取ると、まだ周囲に残っている兵士たちの方へ向けて乱射し始めた。
「ぎゃーーーーっ!?」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ回り、地面は蜂の巣のように穴だらけとなった。やがて機銃の弾が尽きるとゴーレムはそれを投げ捨て、人型重機のようなロボットの方へ向かっていく。自立行動する人型重機ロボットは、最初の一機が正面からゴーレムの胴体にしがみついて足を止め、左右の二機がペンチのような形状の手でゴーレムの右腕と左足を挟んで潰しにかかった。
「――むっ!」
だがゴーレムの怪力は彼らの予想を遥かに超えていた。正面から組み付く人型重機ロボットの頭を左手で掴んで引き剝がし、そこへ強烈な頭突きを見舞った。頭部を破壊されたロボットが仰け反って仰向けに倒れると、右腕を挟むロボットの腕を掴んで力任せに引き千切り、それを左足を掴む人型重機ロボットの頭部に叩き付けてぺしゃんこにしてしまった。ゴーレムは目の前に倒れたロボットを両手で持ち上げ、両目を光らせて周囲の兵士たちを見た。
「な、なんだこいつ!? 我々のロボットとは性能が段違いだ!」
まるで勝負にならない事実に顔を青くする兵士たちに向かって、ゴーレムは人型重機ロボットを投げつけた。その下敷きになる兵士はいなかったが周囲は騒然となり、さらに周囲から大勢の兵士やロボットたちが集まってきたが、ゴーレムの強さに怯んで尻込みするばかりである。ゴーレムは両眼で状況を確認し、視界に状況分析の文字を表示させた。
『戦闘結果表示。敵機5体の無力化確認。死者ゼロ。作戦継続中……』
石蓋の下からその様子を見ていたツキヨは、自分たちの近くに兵士がいなくなったのを確かめ、地面の下から飛び出した。そしてダレル王の手を取って地上へ引き上げると、急いで外壁へと向かい、鉤付きロープを使って素早く塀の上へと昇る。続いてロープを掴んだダレル王を引き上げ、ツキヨは彼を連れて無事に反対側へと脱出を果たすのだった。そのまま雑木林に突っ込んで身を隠し、ツキヨはダレル王に言った。
「どうにか無事に外へ出られましたが、ここもまだ安全ではありません。信用できる人物の元へ案内します」
彼女はダレル王に姿を隠すためのローブを渡すと、頭上が開けた場所で打ち上げ花火のような筒を地面に置き、長い導火線に火を点けてその場から離れた。
(あとはヒナタたちが上手くやってくれるのを祈るばかりだな……)
木に繋がれた二頭の馬の元へと戻ったツキヨは、ローブを纏った王を乗せた馬と共にその場を離れる。ほどなくして雑木林の中から二度目の信号弾が打ち上がり、乾いた音を周囲に響かせるのだった。




