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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第四章 王都
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第二十二話 王都の長い一日(3) ツキヨ潜入作戦その1


 一方その頃。ヒナタとツキヨ、そしてウィルの三人は大人しく家で留守番などしているはずもなく、三人で繁華街の冒険者ギルドへ足を運んでいた。無論、意味もなく足を運んだのではない。冒険者ギルドには様々な人間が出入りしているが、その中には表沙汰に出来ないような暗い部分に精通している者もいる。そうした連中の中で、金額次第でどんな質問にも答えるという『情報屋』の存在があった。


 その情報屋を呼ぶ方法は、いつも空いている店の一番奥のテーブルに金貨一枚を()()()に置いて待つというものだった。この手順を教えてくれたのはヤクモであり、王都に関する情報を仕入れるために、かつて接触を図った事があるのだという。ヒナタたちは教えられた通りに一番奥のテーブルに裏面を上にした金貨を一枚置き、少し離れたテーブルに腰掛けて様子を窺っていた。


「それにしてもヤクモのやつ、よくこんなの知ってるニャ。人畜無害そうな顔して、結構やることやってんのニャ」


 感心と呆れが混じったように言うヒナタに、ツキヨはジトっと険しい目を向ける。


「いかがわしい言い方はやめろ。日頃から物事の先を読むためにも、ヤクモどのにとっては必要な事だったはずだ」

「お? ツキヨは最近アイツの肩を持つニャ。もしかして気に入ってんのニャ?」

「ヤクモどのの知恵には何度も助けられて来ただろう。私はそれに敬意を払っているだけだ」

「別に悪く言ってるワケじゃないのニャ。でも、アイツってば未だに底が見えん部分があるし、変わった奴だと思うのニャ」

「まあ、そこは否定しないが……」

「アタシは反応が面白いヒロシとかウィルと遊んでる方がいいニャ」

「だから、いつからそういう話になったんだ、まったく」


 女性二人の会話に入れず固まっていたウィルだったが、ふと奥のテーブルの方へ目をやると、いつの間にか頭からすっぽりとローブを纏った人物が席に座っていた。


「ヒナタさん、ツキヨさん、来ましたよ! たぶんあれが『情報屋』です……!」


 ウィルが小声で二人に知らせると、ヒナタとツキヨはすぐさま耳をピンと立てて顔を向け、席を立ってローブ姿の人物へ近付いていった。ウィルも慌てて席を立ち、二人の後ろから様子を見守る。


「オメーがなんでも教えてくれるっていう情報屋かニャ?」


 ニヤリと不敵に笑うヒナタだが、ローブを纏った情報屋は特に反応する素振りも見せず、妙に低くしわがれた声で言った。


「王都の事ならカネ次第でなんでも答えてやる。テーブルの金貨は俺の指名料として受け取っておく」


 そう言って情報屋は手袋を嵌めた手で金貨をつまみ、懐にしまい込む。ヒナタは大きな瞳に情報屋の姿を映し、その動きに気を配りながら尋ねた。


「それじゃさっそく質問だニャ。王宮の乗っ取り事件があった後、王様たちがどこへ連れて行かれたか教えて欲しいのニャ」


 誰かに聞かれたら兵隊が飛んできそうな発言だったが、情報屋は取り乱すような反応をすることもなく、人差し指を立てて声を発した。


「……料金は三千だ。値引きは一切応じない」


 事務的にそれだけ言って黙る情報屋に、ツキヨが貨幣の入った袋を渡す。情報屋はその中身を確かめると、真っ暗で表情が見えないフードの奥からこう答えた。


「ダレル王は捕らえられた後、王宮の牢へ連れて行かれたようだ。牢の見張りと周囲の警備は、全員ダンという男の部下と入れ替わっているとも聞いたな。料金分としてはこんなところだ」


 やはり淡々と喋る情報屋だったが、そこへ口を挟んだのはツキヨだった。


「待て。ダレル王の居所は分かったが、リィナ姫はどうなった? 一緒にいるのか?」

「……そっちは別料金だ。聞きたければ追加で一万払いな」


 いきなり三倍以上の情報量を吹っ掛けられ、ヒナタは指先の爪を見せつけて情報屋を睨み付ける。


「オメー、アタシらをボッタクろうとはいい度胸だニャ。そんだけのカネがあったら、上等な酒が何ヶ月飲めると思ってんだコラー!」

「払えないなら諦めな。情報ひとつで命も国も動く。あんたらがやってる取引ってのはそういうことだ」


 ヒナタの威嚇にもまるで動じる様子のない情報屋を見て、ツキヨが彼女を腕で制止する。


「分かった、言い分のカネは払おう。リィナ姫はどこにいるか教えろ」


 ツキヨがさらに大きなカネの袋を渡すと、情報屋は変わらぬ動作で中身を確かめ、答えた。


「王宮の乗っ取り事件があった日の夕方、ダンの手下の荒くれども数人が、慌てた様子で王宮から何かを運んでいた姿が目撃されている。行先はこの繁華街の外れのボロ宿だ。そしてそれと同じ時間に、リィナ姫の姿が王宮から消えている。これを偶然と思うかは、お前たちの判断に任せるが」


 話を聞いてヒナタとツキヨ、そしてウィルは顔を見合わせる。


「王様が牢屋に閉じ込められたのは分かるけど、今の話がリィナ姫だとすると、どうしてそんな場所に運んだんだろう」


 ウィルが首を傾げると、少し考え込んでからツキヨが言う。


「推測だが、いざという時の人質だろうな。ダンの身に不測の事態が起きた時、彼女の身柄は交渉に使えるはずだ」

「やれやれ、悪いヤツが考えそうな話ニャ」


 話を聞いたヒナタが頷き、ウィルも憤慨した様子で二人に尋ねた。


「だとしたら早く姫様を助けてあげないとかわいそうですよ。それで、誰がどっちに行きますか?」


 その問いかけに、ツキヨは言った。


「私は王宮に潜り込んでダレル王の救出に向かう。ヒロシどのから預かったゴーレムがあれば、万一の場合でも押し通れるはずだ」

「んじゃ、アタシはウィルと一緒に姫さんを助けに行くニャ。こっちの仕事が片付いたら手伝いに行くから、それまでヘマするんじゃねーのニャ」


 いつもの調子で軽口を叩くヒナタに、ツキヨも口の端を持ち上げて応じる。


「ふっ、後で笑われないように気を付けるさ。ウィルもこれでいいな?」

「はっ、はいっ!」


 三人の行動が決まった所で、不意に情報屋が言葉を発した。


「今日は王宮で宴が開かれ、日が傾く頃に新王の宣言……つまりダレル王の処刑が始まるそうだ。覚えておくといい」


 それを聞いたヒナタは情報屋の姿をじっと見つめ、耳をぴくぴくと動かしてから言った。


「まさか今のもカネよこせって言うんじゃねーだろニャ」

「こいつはサービスだ。金払いのいい客にはいつもそうしている」

「ふーん、商売上手なヤツだニャ。ところで……お前、どっかで会ったことニャいか? なーんか知ってる気がすんのニャ」


 情報屋は質問に答えず、ただ沈黙を貫いている。ヒナタは彼の纏っているローブを引き剝がしたいと思ったが、ぐっと我慢していた。


「まあいいや、今はそれどころじゃないニャ。聞きたいことは聞いたし、これでお開きニャ」


 ヒナタがくるりと仲間の方へ向き直ると、ツキヨもウィルもこくりと頷く。


「よし、それでは作戦開始だ。みんな抜かるなよ」

「俺も足手まといにならないよう頑張ります。ツキヨさんもお気を付けて!」


 ヒナタたちは二手に分かれ、それぞれの目的地に向かって歩き始める。王都の長い一日が始まろうとしていた。




 数時間後、ツキヨは二頭の馬を連れ、背負った大きな籠の中にタマゴ型に縮んだゴーレムを入れて王宮の裏手へとやってきた。この状態のゴーレムは地面からわずかに浮いていて重さを感じる事が無いため、移動は負担が無くスムーズだった。ツキヨは近くの木に馬を繋いでから少し離れた雑木林の中に身を隠すと、背負っていた籠を下ろしてタマゴ型のゴーレムを地面に置く。


「ここなら目立つこともないだろう。ゴーレム、元に戻れ」


 ツキヨの言葉に従い、ゴーレムは一瞬にして身長三メートルほどの大きな人型へと変身する。


「私はこれから単独で王宮に潜入し、牢に囚われた王の救出に向かう。お前は合図があるまでここで待機していてくれ」

「むっ」


 相変わらず目を光らせる以外にコミュニケーションの取れないゴーレムだが、話はしっかり伝わっている様子である。


「合図を確認できたら王宮に乗り込み、騒ぎを起こして兵隊の注意を惹き付けて欲しい。この役はお前が適任なんだ」

「むっ」

「武器を持った相手には反撃していい。が、なるべく命は奪うなとヒロシどのからの伝言だ。彼らしい提案だが……ともあれ頼んだぞ」

「むっ」


 ゴーレムが目を光らせて返事をすると、ツキヨは微笑みながら冷たい装甲を撫でてやった。それから音の出る金属の鎧をその場に脱ぎ、彼女は黒いインナーだけの身軽な姿となる。腰に差した鋼鉄の剣と鉤付きロープを持ち、ツキヨは静かに王宮の城壁に近付いた。鉤付きロープを投げてその先端が壁に引っ掛かると、ツキヨは器用にするすると壁を登っていく。そっと壁の向こうを覗くと、見張りの数はまばらで、侵入するには都合の良い場所であった。


「よし……!」


 ツキヨは素早く身を乗り出して壁を乗り越え、内側の庭園に着地して茂みに素早く身を隠す。そして物陰から物陰へと素早く移動し、慎重に見張りの兵の様子を窺った。彼らは鎧を身に付け武装してはいるが、あからさまにやる気が無い態度であり、立ち止まってあくびをしたり、壁にもたれかかって煙草を吸う者までいる始末である。


(やはり寄せ集めということか。この方が私には好都合だが)


 気の抜けた兵士たちの目をかいくぐり、ツキヨは静かに城へと近付いていく。そして手近な窓をそっと開け、まんまと城内へ忍び込むことへ成功した。


(上手く忍び込めたのはいいが、この格好だとかえって目立ってしまうな)


 城内を行き来しているのは、主に巡回の兵士や慌ただしく行き来しているメイドである。そこへ一人だけ違う格好をしていれば、いくら身を隠していても目に付いてしまう。ツキヨは事前に手に入れていた城の見取り図を確認し、まずはメイドたちの控室へと急いだ。部屋のドアに鍵は掛かっておらず、そっと中を覗き込むと、幸いな事に誰の姿もなかった。ツキヨは部屋の中へ忍び込み、部屋の両脇に並ぶクローゼットのうち、手近な場所の扉を開けた。中にはメイドの服が何着もぶら下がっており、彼女は自分の体に合うサイズのメイド服を選び、インナーの上からそれを身に付けた。メイドが頭に被る白い帽子もツキヨの耳を隠すには都合がよく、長い耳を畳んで帽子の中にしまい込むと、王宮の中を歩いていても違和感のない姿へと変わることが出来た。


(これで怪しまれずに済みそうだな。あとは牢屋に向かうだけだ)


 ひらひらとしたスカートを若干気にしつつも、ヒナタはメイドの控室を後にする。廊下を歩くとすぐに何人かの兵士やメイドとすれ違ったが、特に気に留められる事もなく、順調に牢屋の方角へと向かっていた。だが、さすがにダレル王が閉じ込められているだけあって徐々に兵の姿が多くなり、牢に繋がる扉の前の通路では、両側の壁に等間隔で見張りの兵が並び、厳重な警戒が敷かれていた。


(さすがにこの人数の目を誤魔化すのは無理だな。だったら……)


 ツキヨは曲がり角から通路の様子を見て一旦身を隠すと、ポケットから短い導火線の付いた灰色の球を取り出した。直径五センチ程のそれはヤクモから受け取った道具で、火を点けると麻酔に似た効果の蒸気を出し、それを吸った相手の思考を一時的に麻痺させてしまうという。完全に眠らせたり意識を断つわけではないため、相手が棒立ちになるだけで怪しまれにくいのが利点だとヤクモは言っていた。


 よくよく考えるとかなり物騒な道具であることに苦笑しつつ、ツキヨは火種で導火線に火を点け、それを通路に投げ込んだ。すぐに口元を袖で押さえて少し離れ、およそ一分ほど経ってから再び通路の先を覗き込む。すると兵士たちは床に転がった球の近くで立ったまま、じっとその場を動かない。ツキヨが慎重に彼らへ近付いて顔を見ると、いずれも焦点の定まらない目つきで虚空を見つめるばかりで、目の前にいるツキヨにまるで無反応であった。


(すごい効き目だな……しかし、どこでこんな物を手に入れてくるんだ、あの人は)


 想像以上の効果に少しゾッとしつつ、ツキヨは牢屋への扉を開けて中に入った。扉一枚を隔てた先は漆喰と美しい装飾で飾られた城内とはうって変わり、剥き出しの石壁と湿った空気が漂う薄暗い空間であった。入り口付近には看守の姿が無く、奇妙に思いつつもツキヨは奥へと進み、通路の両側に並ぶ鉄格子の奥をひとつずつ確かめて進んだ。そして通路の半ばに差し掛かったその時、ふいに背後から肩を掴まれた。


「……!?」


 反射的にキックを繰り出しそうになるのを抑えて振り返ると、どこから出て来たのか看守らしき男が立っていた。男は薄暗い中でもやけに目立つ目玉を浮かび上がらせ、ツキヨをじっと見ていた。


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