第二十二話 王都の長い一日(2)
王宮の正門は固く閉じられ、その両脇は武装した兵士が守りを固めている。すでに何度も行き来して見知った光景ではあるが、今日はその兵士たちに無言の圧力と殺気が感じられる。だがヤクモはそんな空気に動じることなく、一人前へ出て兵士に声をかける。
「どうも、ヒロシとその一行でございます。城内へ通して頂きたいのですが」
平時と変わらぬ様子でそう言うヤクモに面食らったのか、兵士はしばし言葉が出ない様子だったが、ハッと我に返ると手にした槍を構えて言った。
「ダメだダメだ、今日は誰も通すなとの命令が出ている。それにお前、あの騒ぎを知らんはずがないだろう」
「もちろん存じております。だからこそ王宮に用事があるのです」
「お前たち正気か? ともかくここを通すわけにはいかんのだ、諦めて帰れ!」
「残念ながら……ここで大人しく引き返すのであれば、我々もわざわざ出向いたりはしません。どうしても通せぬというのなら、不本意ながら力で押し通らせてもらいましょう。そうなればこの扉に大穴が開くことになると思いますが、その覚悟はおありですね?」
ヤクモの後ろには戦闘態勢のゴーレムと、杖を構えたメリアが立っている。この二人が本気を出せば、ヤクモの言葉を実現させることも訳はない。
「うっ……き、貴様、我らを脅す気か? くっ……」
兵士は引きつった顔で仲間の顔を見ると、鉄兜を目深に被り直して呟く。
「我ら下っ端の兵士には、なにも教えられておらんのだ。なぜ急にこんな事になったのか、こっちが教えて欲しいくらいでな……お前たちはそれを確かめに行くつもりなのだな?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「……俺たちはなにも知らんし見ていない。それでいいな?」
「ご協力感謝致します。我々もこのことは口外しないと約束致しましょう」
ヤクモの交渉により、ヒロシたちは王宮の正門を通してもらえることが出来た。王宮の中は慌ただしい様子は無かったが、各所に立つ兵士や女中たちの様子は落ち着きがなく、あちこちから聞こえる話し声には戸惑いが色濃く浮かんでいた。そうした様子を横目で眺めながら、ヒロシたちは玉座のある謁見の間へと向かった。そこでもやはり扉の前で警備兵に足止めされたが、今度はヒナタとツキヨが力ずくで兵士たちを追い払い、謁見の間への扉を蹴飛ばして中に足を踏み入れた。
「何事だ騒々しい! 誰も通すなと命じたはずだぞ!」
そう叫んだのは玉座に座る身分の高そうな男であった。年齢は三十代半ばくらいとまだ若く、険しい表情のせいもあってか神経質そうな顔つきをしている。身に付けている衣服は豪華で、肩の部分に飾り付けの付いた派手なマントを羽織り、頭にはダレル王が被っていたはずの王冠を乗せている。彼が王宮を乗っ取ったというゲオルク卿であり、そしてその傍らにはヒロシたちも良く見知ったダンが立っていた。
「む……お前たちはヒロシとかいう冒険者とその一味か。私はお前たちを呼んだ覚えなどない。どうやってここへ来た」
すこぶる機嫌の悪そうなゲオルク卿だったが、ダンは彼をなだめながら言った。
「お待ちください陛下。連中は私が呼んだのですよ。少し相談したいことがありましてね。ですが、その前に……」
ダンは素早く腰の剣を抜くと、玉座に座るゲオルク卿の喉元に刃を突き付けた。
「あんたがその椅子に腰掛けるには十年、いや三十年早いぜ」
「なっ……貴様、なんのつもりだ! まさか裏切るつもりか!?」
青ざめた顔のゲオルク卿に、ダンは呆れたような笑い顔を浮かべる。
「いいや裏切りじゃありませんよ陛下。計画は順調に進んでましてね……おかげで平和的に玉座を手に入れられた。大いに感謝していますとも」
「な、なんだと!? 貴様、もしや最初から……!?」
「残念だが無駄話してる暇はないんでね。続きはまた今度にしましょうや」
ダンが合図をすると、謁見の間に控えていた兵士たちがゲオルク卿に近付き、武器を取り上げたうえで羽交い絞めにする。その表情はニヤニヤとした笑みを浮かべており、ヒロシはその兵士たちが、ダンが集めた荒くれ者たちであるとすぐに気が付いた。
「陛下を丁重に部屋までお連れしろ。まだ用が残ってるんでな、ケガさせるんじゃねえぞ」
ダンはゲオルク卿の頭から冠を取り上げると、彼が謁見の間から連れ出されるのを見届けてからヒロシの方へ振り向いた。
「へへっ、まさかお前らの方から出向いてくれるとはな。もう少ししたら、こっちから呼ぼうと思ってたんだぜ」
悪びれる様子もなく、普段通りの調子で言うダンの姿に、ヒロシは言いようのない不安を感じた。
「ダン、どうしてこんな……王宮を乗っ取るなんて、本気なのか?」
「おいおい、冗談でこんなマネ出来るわけがねえだろう。本気も本気、大真面目さ」
ダンはゲオルク卿から取り上げた王冠を頭に乗せ、不敵な笑みを浮かべながら玉座に腰掛ける。
「なるほど、悪くない座り心地だ。王様ってのはこういう気分だったんだな」
足を組んでこちらを見下ろすという不遜な態度を取るダンに、ヒロシはごくりと生唾を飲み、言った。
「今は人間同士でモメてる場合じゃないだろ。こんな騒ぎを起こしてる間に、魔王軍が襲ってきたら……!」
「だからこそ必要だったんだよ。分からねえかヒロシ?」
「えっ……?」
「俺も自分なりに王都の連中については探りを入れてたのさ。だがな、王宮の連中は偉そうな椅子に座っちゃいるが、テメェでは何もしようとしねえ。魔王軍と戦うのは転生者任せ、軍を動かすのはいつもコトが起きた後だ。その辺はお前の方がよく知ってるだろ」
「……」
「そんな甘っちょろいやり方で、魔王軍を相手にできると思ってんのか? 奴らには四魔将って大物と手下の魔物軍団がいて、そのうえ古代兵器もとっくに戦力に加えてんだ。いつ現れるか分からねえ転生者に期待する前に、こっちも出来る限りの手を打って戦力を増やすしかねえだろうよ。そう思ってるのは俺以外にも大勢いるんだぜ」
「だからって、こんなやり方でなくても良かったじゃないか。王様や姫様たちはどうしたんだ」
ヒロシの口からその言葉が出ると、ダンは何故か憐れむような眼を向けて来た。
「……聞いたぜヒロシ。お前、こっちの世界に来てすぐ、『能力』が無いからってゴブリンの餌にされる所だったんだってな。そんな人情のねえ奴らに肩入れする必要があんのか?」
「そ、それは……」
「安心しろ、まだ殺しちゃいねえよ。相変わらずお人よしな奴だ」
ダレル王やリィナ姫が無事と聞いて安堵するヒロシだったが、そんな彼を見るダンの両目は好奇や憐れみ、あるいはもっと複雑な感情の色が渦巻いていた。
「なあヒロシ、俺はお前を敵に回したくはねえが……邪魔しようってんなら容赦は無しだ。そっちも苦労して建てた家や今の生活を台無しにしたくはないだろ?」
「うっ……」
「ま、俺とお前の仲だ、今すぐ返事をしろとは言わねえ。一日猶予をやるから、仲間と一緒に身の振り方ってヤツをよく考えるんだな。明日の朝、またここへ顔を出せよ。答えはその時に聞かせてもらうぜ」
「お、おい、ダン――!」
「俺は必ず自分の夢を成し遂げてみせる。どんなにこの手が汚れようとな……そういう覚悟がねえ奴に俺を止めることは出来ねえぞ」
ダンのその言葉を聞いた後、ヒロシたちは兵士たちに囲まれ、王宮から追い出されてしまった。仕方なく自宅へと戻ったヒロシたちは、今後のことを考え重い気分のままだった。
「あああっ……ダンのやつ、なんてことをしでかしたんだ」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すヒロシを見つめながら、ヤクモは口を開いた。
「どうやらずいぶん悪い状況となってしまったようですね。ダンの行動を放置していれば、取り返しのつかない事態を招くことになります」
その言葉に顔を上げたヒロシは、不安そうな顔をしてヤクモの言葉を待つ。
「軍の一部を掌握し、自らが王と成り代わる……ダンの狙いはある程度成功したと言えるでしょう。しかし問題はこれからです。時が経つほど騒ぎは知れ渡り、彼の行動を良しとしない諸侯は反撃の準備を整え、首謀者のダンを打ち倒そうとするでしょう。そうなれば王宮はもちろん、王都全体が戦場と化す恐れがあります。戦が始まれば多くの住民にも犠牲が出るうえ、その隙を魔王の軍勢に狙われたらひとたまりもない。それだけはなんとしても避けねばなりません」
王都が戦場と化す――その言葉を聞いただけでもヒロシは眩暈がしそうだった。話を聞いている他の仲間たちも同様で、皆がヤクモの話に耳を傾けている。
「我々も無関係ではいられません。ダンを王都へ連れて来た以上、いずれ責任を追及されるのは目に見えている。この状況を傍観してしまえば、我々の立場も足元から揺らぐことになります。王都からの追放か、あるいは死罪か……いずれにせよ厳しい結果となるでしょう」
「し、死罪!?」
その言葉を聞いて顔を青くするヒロシだったが、ヤクモは表情を動かさずに答えた。
「ならば考えられる最善の手はひとつ。出来るだけ早く、我々の手で事件の始末を付けることです」
「始末って、まさか……」
「我々も肚を括らねばならないのですよ。多くの犠牲が出る前に事態を食い止めるには、それしかありません」
しばらくの間、重苦しい空気と沈黙が続いた。ヒロシは両眼を見開いたままうつむいてテーブルを見つめていたが、やがて疲れの滲む顔を上げて尋ねた。
「あの……そういえば王様やお姫様たちはどうしてるんですかね」
「ダンの言うように、彼らはまだ生きているはずです。新たな王の誕生を示すためには、必要不可欠な儀式が残っていますから」
「儀式?」
「民衆の前で古き王や彼の血縁者を処刑し、自らが新たな王であるとアピールする。王都での後ろ盾がないダンにとっては、自らの存在を知らしめる為にもそうする必要があります」
「処刑!? いやまあ、あんまりいい思い出のない王様だったけど……姫様だってこんなのに巻き込まれて気の毒すぎるじゃないか」
「それが王族の宿命です。都合のいい時だけ個人として逃れることは出来ません。早ければ明日にでも処刑は行われるでしょう」
ダレル王にはいい思い出があまり無く、リィナ姫は口を開けば口うるさい人だと思ったものだが、だからといって処刑されても仕方が無いと思うことは出来なかった。こうしている間にも、王都の運命の時は刻一刻と迫って来ている。
「ヒロシどの、ご決断を」
どちらを取るかなど悩むまでもない、分かり切ったことだった。それなのにヒロシはずっと、胸の奥に引っ掛かる感情を振り払うことが出来ないままだった。
「――それで、身の振り方は決まったのか?」
翌日の朝、謁見の間で昨日と同じように足を組んで玉座に腰掛け、ダンは面会にやって来たヒロシとヤクモ、そしてメリアの三人に尋ねた。こういう場での言葉遣いに慣れていないヒロシは返事をしようとするが、うまく言葉が出てこない。それをフォローするように、すかさずヤクモが一歩前に出てお辞儀をし、じっとダンを見て答えた。
「我々は無用な争いを望みません。転生者ヒロシとその仲間一同は、新たな王に恭順いたしましょう」
丁寧な回答にダンは口の端を上げ、玉座から立ち上がるとヒロシの前に歩み寄って来た。
「賢明な判断だな。俺はてっきり小言のひとつでも言われるかと思ってたぜ」
ヒロシの肩に手を置いて笑うダンとは対照的に、ヒロシの表情は固いままである。
「これでもずいぶん悩んだんだ。おかげで昨夜は一睡もできなかったよ」
「そいつは悪いことをしちまったな。だが、ここらで世渡りの仕方を覚えておくのも勉強ってもんだぜ。ところで他の三人はどうしたんだ」
ダンの言う通り、謁見の間に現れたのはヒロシとヤクモ、メリアの三人だけで他の仲間の姿は見当たらない。
「こういう場所は性に合わないって留守番してるよ。話し合いなら俺たちだけでも十分だろ?」
「……まあいい、そういう事にしといてやるさ。だが……余計な真似はするなよ」
顔を近付けて言うダンの声には、単なる脅しではない威圧感が含まれていた。嫌な汗が頬を伝い落ちるのを感じてヒロシがごくりと喉を鳴らすと、ダンはゆっくり離れて玉座へ戻って行った。
「さてと、心配事がひとつ消えた所で提案だ。この後、新たな王の誕生を祝う宴を開く予定なんだ。ついでだからお前らも参加していけよ」
ダンが合図をするとヒロシたちの元へ数人の侍女が近付き、客室へと案内される事となった。ヒロシとヤクモは同室だが、メリアは女性という事で、廊下を挟んだ正面の別室に分かれた。宴のために用意された礼服を渡されたヒロシは、ジャケットに袖を通した瞬間、つい懐かしさを感じてしまった。しかしそれは楽しかった事よりも、毎日夜遅くまでくたびれて働いた事ばかりが思い出され、苦笑いと共に溜め息を漏らすしかなかった。
「どうしましたヒロシどの、気分がすぐれませんか?」
慣れた手つきで着替えを済ませたヤクモは、いつもと変わらぬ穏やかな表情で言う。緊迫した状況にあっても一切態度が変わらない度胸は大したものだと思いつつ、ヒロシは答えた。
「あ、いや大丈夫ですよ。ちょっと昔のことを思い出しただけで。それより宴を開くなんて、ダンはどういうつもりなんですかね」
「もちろん、ただの祝い事ではないでしょう。王宮の守りを固めているのはダンの古代兵器部隊とゲオルク卿の私兵のようですし、外から城に攻め込んでダンを討ち取るには、攻め込む側も相当な犠牲を覚悟しなければなりません。王都の重臣や有力者を宴に呼びつけ、大人しく従えば良し、そうでない者は排除する……これがダンの狙いだと私は見ています」
まるですべて見通しているかのようなヤクモの頭の回転の速さに、ヒロシは舌を巻くしかなかった。
「……それで、これからどうしましょうか」
「今は待つしかありませんね。彼女たちが上手くやってくれることを信じましょう」
そう言って窓の外へ視線を向けたヤクモに続いて、ヒロシも不安そうな眼差しで窓の外を見つめていた。




