第二十二話 王都の長い一日(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
ダン:辺境の村で暮らしていたリーダー格の男
念願の王都へ到着してからはヒロシらと別行動を取る
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
ヒロシたちが鉱山の町を襲撃した魔物の群れを撃退したという報せは、すぐ王都中に広まった。しかしここで強調して語られていたのは、ダンが発掘した機械の部隊が、いかに優れていたかという事であった。実際、古代兵器の武装のおかげで魔物の群れの大半を殲滅出来たのだから間違いではないのだが、噂で聞く話ではいつもこの部分が強調されていた。ヒロシは殊更に自分たちの活躍を主張する気も無く、ひとまず魔物撃退の報酬を受け取るために冒険者ギルドへと足を運んだ。ヒロシがギルドのマスターに挨拶して近付くと、ひげを生やしたマスターは明るい表情で迎えてくれた。
「よう、鉱山の町を救った英雄サマのお帰りだな」
「はは、そんな大したものじゃないですよ」
「だがワイバーン三匹を倒したのはお前さんたちなんだろ? あまり話題にゃなってねえが、立派な戦いぶりだったって聞いたぜ」
マスターはそう言いながら一度店の奥に引っ込み、報酬が入った袋を持って戻って来た。
「ほれ、今回の報酬だ。俺もあやかりたいもんだねえ」
袋の重みを確かめつつぼやくマスターだったが、それをカウンターに置いてから小声で喋り始めた。
「ところでヒロシさんよ、もう聞いてるか?」
「え、なにをですか?」
「ほれ、あのダンって男の話だよ。一時はアンタらの仲間だったっていう」
「ああ、ダンがどうかしたんですか?」
マスターは周囲を気にするように視線を動かし、続けた。
「実はな、今度あのダンって男が王都軍の部隊長を任されるらしいんだよ。まだ正式な話じゃないが、偉いさんたちの間じゃその方向で話が進んでるそうだ」
「へえ、ダンが軍の隊長に……すごいな」
「あいつ、以前はうちの店に何度も出入りして荒くれたちを集めてたからな。それが古代の機械を掘り当てて、おまけに今度の功績もプラスで軍の部隊長に大出世さ。俺もいろんな人間を見てきたが、あの行動力だけは大したもんだぜ」
「確かに押しは強い性格だったなあ、うん」
「なんでこの話をしたかって言うとだな、この話にアンタらも少し関わってるからさ」
「え? 俺たちが?」
「お前さんはあんまり自覚が無いみてえだが、ヒロシとその一行って言えば王都じゃすでに有名人なんだ。あちこちで手柄も立ててるしな。で、ダンはそのヒロシの仲間でもあったってんで、アイツの言うことを簡単に信じ込むやつも大勢いるのさ。貴族様だって例外じゃねえ」
「な、なんか余計なこと喋ってなければいいんだけど、ダンのやつ」
ヒロシが想像しながら苦笑していると、マスターはぐっと顔を近付けて言った。
「笑いごとじゃないぜ。アンタぁ自分の知らない所で名前を使われてダシにされてるんだ。それにこいつは俺の勘だが、あのダンって男……どうも腹にイチモツ抱えてる気がしてな。ヒロシも厄介ごとに巻き込まれないよう気を付けなよ」
「わ、わかったよマスター。心配してくれてありがとう」
「へっ、アンタはうちにとっても上客だからな。つまんねえ事で潰れて欲しくないだけさ」
「ああ、気を付けるよ」
ヒロシは報酬を受け取り、冒険者ギルドを後にする。以前は酒場に多くたむろしていた荒くれ冒険者も、ほとんどがダンの仲間に加わり姿を見なくなった。おかげで繁華街周辺の治安と雰囲気も良くなり、ダンが彼らをまとめているなら悪いことばかりでもないかと考えながら、ヒロシは自宅へと帰って行った。その日の夜、夕食を囲むテーブルでヒロシは冒険者ギルドでの話を同居する仲間たちにも伝えた。
「そうですか、ダンが部隊長に抜擢されましたか」
さほど驚いた様子もなくそう言ったのはヤクモだった。まるで想定通りといった口ぶりに、かえってヒロシの方が内心驚いたくらいである。
「ヤクモ先生はこうなると分かってたんですか?」
「ここまでの出来事を考えれば自然な流れですよ。王都の軍隊に古代兵器の部隊を提案し、実戦での成果も示して見せた。これだけの手土産があれば、部隊長の座を与えられるのも順当な評価と言えます。とはいえ彼は新参者ですから、いきなり多数の兵を与えられるとも思えません。新設の部隊であることも含めて、彼の指揮下に入る兵の数は五百前後といった所でしょうか」
「じゃあ、元から居た百人くらいも合わせると、大体六百人くらい?」
「ええ、その程度かと」
「おおよそ六百かあ……その人数だと行動を起こすのは難しそうだなあ」
「はい。いくら古代の機械を所有しているとはいえ、不審な動きをすればすぐに制圧されるでしょう。現状のままであれば、行動を起こすのは難しい。しかし……」
ヤクモは含みのある言い方をして言葉を区切り、ヒロシは黙ってその続きを待つ。
「それはあくまで順当な流れを辿った場合の話です。策を講じる時に重要なのは、相手や周囲の目を欺くこと。例えばヒロシどのがカードの賭け事をしているとしましょう。その時、自分の手札が相手に知られている状態で、勝負を仕掛ける気になりますか?」
「いやあ、さすがに手札がバレてちゃ無理ですよ」
「その通り。仮に私が王に逆心を抱く者であったとして、手札を伏せ計画の実行までに仕込みを済ませるのが当然です。それなりの兵を動かせる有力者に近付き、古代兵器を手土産に交渉する。そして計画が成功した暁には有力者を王座に立て、自分はあくまで彼に恭順する意思を示す。こうすれば共犯者は己の手を直接汚すことは無く、汚れ役はこちらに押し付けることが出来る。あえて自分たちを都合の良い駒と見せておくことで、共犯への抵抗感を薄める効果も期待できます。そして元から王宮での地位を持つ人物であれば、その台頭に一定の説得力を持たせ、後の不満や反乱を抑え込む大儀を掲げることも可能です。私ならば最低限、このように動きますが」
「う、うわあ……ちょっと先生、実際にありそうで怖い怖い」
やけに具体的なヤクモの推察にヒロシは思わず引いてしまったが、それだけに現実味も十分に帯びた話だった。
「計略は相手に知られず、裏をかく事が肝要です。十分に準備を整え決定的な隙を突くことが出来たなら、寡兵であっても容易に城を落とす事が可能です。ダンがこれらを心得ているとするなら……近いうちに動きがあるかもしれません。我々も十分注意しておきましょう」
ヤクモが語る話の説得力と、ダンを信じたいという気持ちは半々であったが、それから数日と経たぬうちに、ヤクモの推測は実現してしまった。
それはダンが正式に部隊長へ任命される叙任式の日であった。まばらな雲が浮かぶ青空の下、新たに設立した古代兵器部隊とその指揮官の姿を見せるため、王城の中庭にダレル王と王都の重臣たち、ダンと彼が率いる兵士たち、そして新たに発掘された古代の機械がずらりと立ち並んでいた。王都の中核を成す人物が一堂に会するその時、事件は起こった。だが、それは王都を震撼させるような衝撃的なものではなく、静かに進行していった。その日は特に目立った変化もなく、一日が過ぎて行った。しかし翌日の朝になると状況は一変し、その騒ぎはヒロシたちの耳にも飛び込んできた。
「大変だ! ゲオルク卿が兵を率いて王宮を乗っ取ったらしいぞ!」
そう叫んで回る市民たちによって、王都は騒然となった。ゲオルク卿とはダレル王の重臣の一人で、主に軍を統括する立場の人物である。しかし彼の地位は勇猛果敢な将軍だった亡き父から引き継いだもので、ゲオルク卿本人は父親ほどの武芸の才はなく、軍事や政治に関してもまったく凡庸な人物だった。それ故に有能であった父と比べられることが多く、また重臣たちの中でも低い序列での扱いとなってしまったことから、日頃から他人の視線に人一倍敏感で、怒りやすく気難しい人物――というのがもっぱらの評判の人物だった。
その凡庸さゆえ、今回のような行動を起こす度胸や胆力があるとは見なされていなかったゲオルク卿が王宮を乗っ取ったという報せは、大きな衝撃を伴って王都に広まっていった。ヒロシたちがその噂を聞き付けた時、ヤクモは「ついに始まったか」と呟いた。国の一大事ではあるが、立場上は王都の一市民に過ぎないヒロシたちは余計な騒ぎを避け、自宅のテーブルに向き合って座り顔を突き合わせていた。
「ヤクモ先生、どう思います? 今回の件、やっぱり……」
「ダンが新設部隊の隊長へと叙任されたのと同時この騒ぎが起きたのは、偶然ではないでしょう。ならば――」
ヤクモは少しだけ考えてから、その場にいる全員の顔を見て言った。
「一度顔を出すとしましょうか、王宮へ」
その場の全員がポカンとした顔をする中で、ヤクモはいつも通りの微笑みを浮かべていた。




