第二十一話 飛翔する影(2)
「うわーっ!?」
ヒロシは慌ててベルトから爪を外そうとしたが、すでに落下したら無事では済まない高さまで来ている。ワイバーンは違和感を感じ、ヒロシを振り落とそうと足をバタつかせた。
「わわわっ、待った待った!! 今それやるの無し!! お願い落とさないでッ!!」
ヒロシは逆にワイバーンの脚にしがみつく格好となってしまい、そのままどんどん上空へと連れて行かれてしまう。幸いにも飛行中はバランスを取るために尻尾を伸ばす必要があるらしく、毒の棘に襲われることはなかったが、空いた片方の足で何度も引っ掻かれそうになり、ヒロシはとにかく必死にしがみ付きながら爪を避けていた。
「ヒロシ様!? ど、どうしよう……全然魔法が当たる気がしないし、当ててもあんな高さから落っこちたら……」
メリアは自分のせいでこんな状況になってしまったと血の気が引く思いだったが、遠くの高い場所から声が聞こえてふと我に返る。
「メリア聞こえてんのニャ! ヒロシはアタシがなんとかするから、魔法を当てることだけ集中するニャ!」
遥か高い建物の屋根の上で、ヒナタが叫んでいた。彼女の言う通り、今はワイバーンを倒すことが先決である。だが高速で飛び回る相手に魔法を当てるというのは、戦っている最中に針の穴に糸を通すような、並外れた繊細さと集中力を要求される芸当であった。
(でも、やらなきゃヒロシ様が死んじゃう……!)
メリアは深呼吸し、両目を閉じて精神統一しながら師匠であるタバサの言葉を思い出す。
「――魔法ってのは想像力の世界だよ。出来ると思えばなんだって出来るし、出来ないと思えば一生かかっても出来やしない。もちろん魔力の基礎鍛錬とか準備は色々あるけど、魔法を成功させる一番のコツは『出来て当然』って信じ込むこと。そうすればどんな無茶だってひっくり返る……それが魔法の世界ってもんさ。この言葉、よーく覚えておくんだよ」
酒臭い息を吐きながらそう教えてくれたタバサの言葉が、頭の中で繰り返される。雑念や不安を振り払い、ただ一心に思い描いたそれを信じ形にする。メリアは静かに魔力を高め、ゆっくりと瞳を開きワイバーンの姿を視界に捉える。
「……火の球よ、追え――!」
杖の先から放たれた火球の魔法は、普段の三倍ほどもある巨大な塊となり、一直線に空へ向けて放たれた。だが強い魔力と熱を帯びた火球を感じ取ったワイバーンは急旋回し、火球を難なく避けてみせる――そのはずだった。ところが火球は空中で鋭く軌道を変え、『そんなものが当たるものか』と高をくくっていたワイバーンの頭部に直撃したのである。着弾と当時に空気を揺るがすほどの爆発が起こり、ワイバーンの頭部を含めた上半身が跡形もなく消し飛んでしまった。
残った胴体とそこに引っ掛かったままのヒロシは重力に逆らえず、急速に地面へ向けて落下していく。そこへ一筋の何かが走ったと思った瞬間、ワイヤーを伸ばし急接近してきたヒナタが、すれ違いざまにワイバーンの脚を切り裂き、ヒロシの身体を掴んで離脱していた。
「ふう、間一髪だったニャ! って、およっ――!?」
ヒナタは高くそびえる煙突にワイヤーの杭を打ち込んでいたが、その杭が刺さった部分は脆く、あっさりと崩れ落ちてしまったのである。支えを失ったヒナタとヒロシは、その勢いのまま地面に向かって落下し始めた。
「……なあ、これも予定のうちなんだよな?」
「フギャーッ!? 想定外ニャ! 超マズイのニャー!!」
「ぎゃーーーーっ!?」
涙目になって叫ぶヒナタとヒロシはそのまま町の中へ落下、あわれ硬い地面に叩き付けられ――と思われたその時、地上には大きな布を広げて待ち構える数人の兵士と、そこに混じるヤクモの姿があった。ヒナタとヒロシは間一髪で地面への激突を免れたが、勢い余ってすっぽりと布に包まれ、そのまま少し地面を転がってようやく止まった。
「ふう、どうやら間に合ったようですね。皆さんもご協力感謝します」
ヤクモは珍しく額に汗をかき、呼吸を乱して兵士に礼を述べていた。彼はヒナタがやろうとしていることを察した瞬間、万が一にと落下地点を予想し、近くにいた数人の兵士に声をかけて受け止める準備をしていたのだった。そうして二人を無事に受け止められたのは、まさにギリギリのタイミングであった。ほどなくしてメリアとゴーレムがその場に駆けつけ、落下した二人が無事かどうか布をめくってみた。
「ぶはっ! や、やっと出れた……! 動けなくて息が詰まるかと……!」
ガバッと顔を上げて大きく息を吸うヒロシだったが、その姿を見たメリアは引きつった表情で固まってしまった。
「あれ、どうしたんだメリア、そんな顔して……って、げえーっ!?」
ヒロシは両手を付いて顔を上げていたのだが、その指先はヒナタの豊満な胸にがっつりめり込んでいたのだった。
「なぁヒロシ、いつまで人の胸揉んでんのニャ……」
さすがに恥ずかしそうな顔をするヒナタと、ショックで凍り付いているメリア。まさに前門の虎、後門の狼といった状況にヒロシは一気に血の気が引いて両手をバッと頭上に上げる。
「いや違う、これは誤解だッ! 落っこちた勢いで揉みくちゃになって、ワケがわからないうちに――!」
「やっぱりそうだったのニャ、ヒロシはドサクサに紛れてアタシの身体を狙ってたのニャ。このケダモノー!」
ヒナタは演技がかった口調で言いながら胸を隠す仕草をし、それを見ていた兵士たちの刺すような視線がヒロシに集中する。
「ギャーッ!? 許してくださいこれ以上は死んじゃうッ!! 社会的に死んじゃうーッ!!」
それからツキヨとウィルが合流するまでの間、ヒロシはひたすらメリアとヒナタに向かいマシンガン土下座で謝り続けていたのだった。しばらく経ち、王都の兵士たちは町に散らばる魔物の死体を片付けるなどの作業に追われていたが、その光景を見ていたウィルが言った。
「あのー、ちょっと疑問なんですけど、この大量の魔物はどうしてここに集まって来たんでしょうか」
それはごく自然に口から出た言葉ではあっただろうが、あらためて考えてみると大きな疑問であった。特に理由もなく魔物が大挙して押し寄せるというのは考えにくく、やはり相応の原因がどこかにあると考える方が自然である。だが初めて訪れる町の事情など詳しく分かるはずもなく、ヒロシたちは首を傾げるしかなかった。。
「あの……今まで慌ただしくて言い出せなかったんですけど、この町に来てから感じるんです。なにか強い魔力の波動を……」
そう言って皆の注目を集めたのはメリアだった。魔法やそれに関する気配には人一倍敏感な彼女がそう言う以上、なんらかの原因がこの町に潜んでいるのは間違いなさそうである。メリアは感覚を開き、その奇妙で強い力の気配がする方へと歩き出した。しばらく町の中を進んで辿り着いたのは、鉱山から掘り出された鉄鉱石やクズ石が積み上げられた広場であった。そこにはまだ片付けられていない工夫たちの死体も転がっており、ヒロシは心の中で手を合わせながらメリアの後に続いて奥へと向かって行った。メリアが足を止めたのは高く石が積み上げられた一角で、そこを指して彼女は言う。
「ここです。この中から強い魔力を感じます」
ヒロシはゴーレムに命じて石の山を掘り返させる。するとゴーレムは崩した石山の中から、深い青紫の光を湛える拳大の宝石らしきものを取り出した。半分ほど普通の石と混じり合ったその石には、メリアが思わず立ち眩みを起こしそうな濃度の高い魔力が秘められていた。
「この石、もしかして……」
コーレムの手の上で輝くその石を見て呟くメリアに続き、ヤクモが口を開いた。
「これは魔光石ですね。私が以前見たものは、小指の爪よりも小さな粒でしたが……魔光石は多量の魔力を貯える性質があり、魔法に関する優秀な触媒となるそうです。ただし希少な鉱石のため、滅多に見つかることは無いと聞いています。これほどの大きさとなれば、屋敷の一軒や二軒を建てても釣りが出るくらいの価値となるでしょうね」
メリアの感覚とヤクモの解説を照らし合わせて考えれば、この大きな魔光石はかなり強い魔力を秘めていることになる。
「ということは、えーと……魔物たちはこの石の魔力に惹かれて集まってきたってことですか?」
ヒロシが尋ねると、ヤクモとメリアは同時に頷く。しかしヤクモの表情はどこか浮かない様子である。
「思わぬ拾い物ではありますが、少々困りましたね。これが存在する以上、また同じように魔物が群れを成して集まってくる危険性があります。しかも下手に魔光石を傷付けると、内に秘められた魔力が一瞬のうちに解き放たれてしまい……早い話が大爆発を起こすのです」
「だ、大爆発?」
「ええ。さっき話した小指の爪より小さな物でさえ、ひとたび爆発すれば建物を丸ごと消し飛ばすほどだと聞きます。これほどの大きさだと、町ひとつが消える規模になるかもしれません」
「げっ……とんでもない危険物じゃないか」
「かといって放置するわけにもいきませんし、どうしたものか……」
放置するのも持ち運ぶのも、あまりに危険なこの魔光石の扱いに関しては、正直手詰まりであった。なにか良いアイデアは無いかと頭をひねりながら辺りを見ていた時、ゴーレムの眼がしきりに点滅していることにヒロシは気が付いた。
「どうしたんだ、なにか言いたいことがありそうな感じだけど」
ヒロシがゴーレムに話しかけると、ゴーレムは目を光らせて「むっ」と返事をした。
「もしかして、この石が欲しいのかい?」
「むっ」
ゴーレムは頷くように目を光らせ、じっとヒロシの顔を見つめる。
「分かったよ、俺たちじゃその石はどうしようもなさそうだし、なにかいい方法を知ってるなら任せるよ」
ヒロシの許可を得たゴーレムは「むっ」と返事をすると、手の平に乗せていた魔光石を顔の前まで持って行く。するとゴーレムの両目から細い光線が発せられ、魔光石の周囲を器用にカットして形を整えていく。ただの石の部分は綺麗に削ぎ落とし、最終的には雫のような形の美しい宝石となった。ゴーレムは顔の前から手を下ろし、両目を点滅させる。するとゴーレムの胸元の装甲が開き、その内側には複雑な機械の回路と、それに繋がる雫型の宝石が露わになった。
「これは……今作った宝石と同じものじゃないか。もしかしてこの魔光石がゴーレムの動力なのか?」
ゴーレムは開いた左手で胸部の回路に嵌っていた宝石を取り外すと、削り出したばかりの新しい魔光石を取り付けた。するとゴーレムの回路に青白い光が走り、力強く輝き始める。ゴーレムは胸の装甲を閉じ、古い宝石をヒロシの目の前に差し出したが、ヒロシがそれに触れようとした刹那、宝石は音もなく崩れ去ってしまった。
「ま、まさか……お前、今までエネルギー切れギリギリの状態でずっと動いてたのか?」
「むっ」
「そうか、だからいつも戦いの時以外はじっと充電ばかりしてたんだな……気付いてやれなくてごめんよ」
「むっ」
ヒロシが申し訳なさそうにゴーレムの胴体に触れると、ゴーレムは心なしか嬉しそうに両目を光らせていた。
「でもゴーレムの動力になるのはいいけど、石が無くなったわけじゃないし、魔物が集まってきたらマズいよなあ」
ヒロシがふと思いついて首を傾げるが、メリアがヒロシの隣にやってきてゴーレムの身体にそっと手を触れる。
「……それなんですけど、大丈夫みたいです」
「えっ?」
「身体の中に石を組み込んだせいなのか、今まで周囲に漏れていた魔力が綺麗に消えてるんです。これならよほど密着しない限り、誰も気付かないと思います」
「ほ、本当かい!? ゴーレムの装甲の内側ならどこよりも安全だし、これで一件落着じゃないか」
「はい、むーちゃんもきっと喜んでますよ」
「ん? むーちゃん?」
聞き慣れない名前にヒロシが変な顔をすると、メリアはふふっと笑顔を見せて言った。
「私、この子に名前を付けてあげたいって前から思ってたんです。ゴーレムっていうのは名前じゃないみたいですし」
「ああ、そういえばそうだったなあ。それでむーちゃんか……」
「いつも『むっ』って返事してくれるのが可愛くて。ヒロシ様もそう思いますよね?」
「ん? あ、ああ、確かに可愛い……かな?」
「だからこの子はむーちゃんって呼ぶことに決めたんです。あの、これって変でしょうか……?」
「いや、名前を付けてもらってきっと喜んでるよ、こいつ……じゃなかった、むーちゃんも」
楽しそうに笑うメリアに余計な水を差すこともないと、ヒロシは彼女の好きなように呼ばせることにした。魔物の群れを撃退し、魔物が集まって来た原因を取り除いたことで鉱山の町は平穏を取り戻し、すぐに普段の営みを取り戻せるはずである。大きな事件が片付いてホッと胸を撫で下ろすヒロシの元に、ダンが笑いながら近付いて来た。
「よう、こんな場所にいたのかお前ら。ワイバーン三匹を簡単に片付けちまうとは、さすが俺が見込んだだけのことはあるぜ」
「ダンの応援が無ければ俺たちも危なかったし、お互い様だよ」
「へっ、それもそうか。だがまあ、この町は王都の生命線のひとつでもあるからな。それを無事に守り切ったんだ、王様からの覚えもめでたいってもんだぜ」
「はは、そうだといいんだけど」
「……相変わらず欲の見えねえ奴だな、お前はよ。だがまあ、今日のことはお互いの手柄ってことで話はしといてやるよ」
「あ、ああ」
「んじゃ、俺も手下どもの面倒を見てやらなきゃならねーし、この辺で引き上げるとするぜ。じゃあなお前ら、あばよ」
ダンはヒロシと肩を組んで脇腹を軽く小突く真似をすると、機嫌良さそうに手を振って立ち去っていく。だが、発掘した古代兵器の一団を従えるダンの後姿を見つめていると、ヒロシは言いようのない胸騒ぎを感じずにはいられなかった。戦いの事後処理を王都の兵士たちに任せ、ヒロシたちも自宅へ戻ることにした。新しい武器の使い勝手やゴーレムのエネルギー確保など、彼らにとっても色々と収穫のある戦いだったが、この日の出来事が後に始まる騒動へと繋がっていく。
第二十一話 飛翔する影 おわり




