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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第四章 王都
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第二十話 暗雲(2)


「んで、コイツはどうすんのニャ?」


 ヒナタの言葉で全員の視線が集まった先には、今までちょっと影の薄かったウィルの姿があった。普段は人間と同じ姿を取っていることもあり、大人しくしていると目立たない。実際に変身した姿を見なければ、彼が半人半馬のケンタウロス族とは誰も気が付かないだろう。


「どうする、とは?」


 ヒロシが聞き返すと、ヒナタは呆れたように彼をジトっと睨む。


「だから、ヒロシん家で寝泊まりさせるのかって聞いてんのニャ」

「確か部屋もまだ余ってるし、俺は別に構わないけど。皆はどうかな」


 メリアやツキヨ、ヤクモの顔を順番に見ても、拒絶を示すような顔をする仲間は見当たらない。


「古い伝承では、ケンタウロスとは女神と共に戦った一族の末裔とも伝えられています。いざという時、彼の秘めた力が助けになるかも知れませんよ」


 ヤクモがそう説明すると、仲間内からは「おおっ」と声が上がる。当の本人は「自分なんか全然で」と慌てていたが。


「特に反対も無さそうだし、一緒に暮らすってことでいいんじゃないか?」


 ヒロシがそう言うと、それまで不安そうだったウィルの顔色が一気に明るくなる。


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 実は知らない土地で宿とかどうしようと思っていたので……」

「ふっふっふ、アタシに感謝するニャよ」


 肘でツンツンとつついて笑うヒナタに、ウィルは少し興奮した様子で頷く。


「もちろんです! このご恩は必ずお返ししますので!」


 鼻息荒くそう宣言するウィルの陰で、ヒナタは一瞬だけ悪い顔をする。それを見逃さなかったツキヨは「またか」という顔をしていた。


「なーウィル、これから同じ屋根の下で暮らすワケだけどー、ちゃーんと節度は守るんニャよ」

「は、はい?」

「ヒロシなんてこんな顔でスケベだからニャー。着替えを覗かれたり、寝込みの無防備なアタシを襲ったりで……くすん」

「ええーっ!?」


 ヒナタのわざとらしい泣き真似を微塵も疑わず、ウィルは信じられないといった顔でヒロシを見る。


「なに言い出したのこの人!?」


 突然の流れ弾に当たったヒロシは慌てて弁解しようとするが、隣でメリアが青い顔をしたままじっと見つめてきていた。


「寝込みを襲った……?」

「してないしてないッ! こらっヒナタ、デタラメを吹聴するんじゃあないッ!」


 ヒロシはヒナタの口を塞いでやろうと掴みかかるが、彼女はひらりと身をかわして逃げていく。


「へっへーん、ヒロシがスケベなのは本当なのニャ。なーツキヨ」


 急に話を振られ、表情を変えずに騒ぎを見ていたツキヨはため息をつく。


「ヒロシどのが女性の胸を好んでいるのは知っているが、そういう言い方は良くないぞ。健康な男子なら異性に興味があるのは当然だろう」

「ごっふうっ!?」


 予想外の援護射撃に仰け反りながらも、ヒロシはヒナタを捕まえようとして低レベルな鬼ごっこが始まる。その光景を見て最初は目を丸くしていたウィルも、最後には噴き出して笑ってしまうのだった。


「あはははっ! 待ってくださいよ二人とも、そんなに走り回ると危ないですよ!」


 ウィルが口元に両手を添えて大きな声を出すと、ヒナタは逃げ回りながらウィルの方を見て二ッと笑った。


「そうだウィル、今度アタシが街を案内してやるニャ! ありがたく思うニャ!」

「はいっ、よろしくお願いしまーす!」


 そんな仲間の様子を微笑んで見守るヤクモの隣に近付き、ツキヨが言った。


「ところでヤクモどのは、女性の好みだとかそういう話を聞きませんね。隠しているのですか?」

「いえ、別に隠しているわけではありませんよ」

「しかし異性に対する特別な反応というものを見たことが無いのですが」

「私とて美しい女性など見れば、美貌に感心したりはします。しかし、それと心惹かれるというのは別の話ですから」


 やはり当たり障りのない回答でのらりくらりと逃げていくヤクモを、ツキヨは目に少し力を入れて見つめる。


「……そういえば以前の露天風呂の時も、ヤクモどのは女湯の方に顔を向けてもいませんでしたね。もしや女に興味が無いと? そっち側の趣味だったのですか?」


 グイッと迫ってくるツキヨに少し苦笑しつつ、ヤクモは答える。


「いえいえまさか。私は折檻されたくなかっただけです。それともツキヨどのは見て欲しかったのでしょうか?」


 思わぬカウンターパンチにツキヨは勢いを削がれてしまうが、なおも食い下がっていく。


「そ、そんな趣味はありません。しかし、まるで気にされていないというのも、それはそれで腹が立ちます」

「ツキヨどのは十分魅力的だと思いますよ。そのような心配をする必要が無いと思うくらいには」


 しれっとヤクモの口から出る言葉に、ツキヨは少し顔を赤くする。


「くっ、またそうやって人を煙に巻こうと……」

「ふふ、この難問の答えは次の機会ということで、どうかご容赦を」


 結局ヤクモから納得の返事は得られないままであったが、ツキヨもこれ以上の追及はしなかった。そんな風に賑やかな帰り道であったが、これから待ち受ける運命を予感できた者はいなかった。



 ヒロシたちが王都へ帰還してから三ヶ月が過ぎた。その間に大きな出来事は無く、破損した王都の城壁も修復が進み、魔王軍の襲撃など噓だったかのように平穏な日々が続いていた。王様から貰った報酬はまだ残っていて生活に困ることは無かったが、いざという時に備えて少しでも貯えを増やしておこうと、ヒロシは行政区の食堂内にある窓口で事務の仕事を再開したりしていた。収入のことはもちろんだが、ここで再び働き始めたのは、自称大魔法使いタバサの元で修行をするメリアの様子を確認しやすいという理由もあった。魔法の修行は常に行われている訳でもなく、タバサの家で魔法書の読み込みや魔力の鍛錬をするのは週に二、三日程度であり、それ以外は授業料代わりにタバサの酒代を賄うという名目で、メリアも食堂で働くことになったからだ。ヒロシもだが、すでに多くの手柄を上げて名が知れてしまったこともあり、メリアは性格や容姿の良さも手伝って、食堂ではすっかり人気の看板娘になっていた。


(ここは俺がしっかりと見張って、メリアを守ってあげないとな!)


 などとヒロシは意気込んではいたが、すでに魔法使いとして経験を積んだ彼女にちょっかいを出せる人間などそうはおらず、たまに酔っぱらいが絡もうとしても魔法で眠らされるなどで、心配していたような出来事は特に起きなかった。そんなある日の昼前、入口の扉を開けて中に入ってきた人物に、食堂内がにわかにどよめいた。よれた三角帽に着崩して胸元が露出気味となったローブを身に纏い、そしてなにより酒の臭いをプンプンさせた美女――メリアの師匠にして、自称大魔法使いのタバサが姿を現わしたのである。彼女はフラフラと歩いて近くのテーブル客に何事かを尋ね、それから空いたテーブルに腰掛けてメリアを呼ぶ。それから何事かを話した後、メリアはヒロシのいる窓口へとやって来た。


「ヒロシ様、少しお時間よろしいですか?」

「ん、どうしたんだ?」

「はい、お師匠様がヒロシ様を呼んでいまして」

「分かった、すぐ行くよ」


 ヒロシは席を外し、タバサの待つテーブルへと向かった。ヒロシが椅子に座ると続いてメリアも隣の椅子に座り、三人でテーブルを囲む形となった。


「しばらくぶりだねえヒロシ。前に会った時より、少しはマシな顔になったじゃないか。多少は修羅場を踏んできたようだね」

「そ、それはどうも。ところで、俺になにか用事でも?」

「あー、うん。その話なんだけどさー」


 タバサは気怠そうな姿勢のまま視線だけを動かし、周囲の様子に目を光らせてから喋り始める。


「あんた、ダンって男を知ってるわよね。北の地から一緒に王都へ戻ってきたんだから当然だけど」

「ええ、もちろん。ダンがどうかしたんですか?」

「あの男が最近なにをしてるか聞いたことは?」

「いや……遺跡で古代の機械を発掘してるとしか。何体かはすでに見つけたとか聞いたけど、それ以外は特に」


 その言葉を耳にした途端、タバサの目つきがにわかに鋭くなる。


「そのダンがさ、時々冒険者ギルドの酒場に顔を出すようになってね。それで店に集まる荒くれに、手当たり次第に声をかけてんの。当然、私の所にも来たけどね」

「それでダンはなんて?」

「俺の仲間にならないか、デカい仕事をやってみる気はないかって誘われたわよ。断ったけどね」

「は、はあ」


 話の本筋が見えないヒロシは、つい間抜けな相槌を打つ。しかしタバサは表情を緩めることなく続けた。


「変だと思わない? 王様から人手を預かって地面を掘り返してる男が『デカい仕事がある』なんて。荒くれに声をかけてるのも気になるし、こっそり様子を探ってみたのよ。そしたら……」

「そしたら……?」

「掘り出した機械をすぐに王都には送らず、荒くれを乗せて動かしてたのよ。それも遊んでるわけじゃない。あれこれと指示を出して、乗り方をイチから教え込んでる感じだったわね」

「……ええと、それのどこに問題が? 機械だけ掘り出しても、操作方法を知らなきゃ意味がないわけだし」

「もう、バカねあんたは。そんなのは機械を引き渡した後に、兵隊に教えれば済むじゃない。なのに黙って自分の集めた連中に操縦の仕方を教えてるなんて、どう考えても怪しいでしょーが」

「あっ……!?」

「仕事にあぶれた冒険者崩れのチンピラなんて、かき集めれば結構な人数になるわ。発掘作業で集められた作業員も、結局は日銭のために雇われた連中に過ぎない。それがダンの下で百人近くも集まってる……正直、危険な兆候だと私は見てるんだけど」

「まさか、ダンが悪さをしでかすって言うんですか?」

「そうとしか考えられない証拠が、すでに積み上がってんの。それに魔法使いとして言わせてもらうと、あのダンって男は良くないわね。反骨の相がモロに出てる」

「反骨って、裏切るってことですか?」

「そう。反骨の相を持つ者は主に従わず、己の野心のために動く。大人しく他人の下に付いたりはしないはずよ。あの男が騒ぎを起こす前に、あんたたちには話をしとこうと思ってね。だからわざわざ来てやったんじゃないの」

「ダンが……そんな……」

「私としては酒場が巻き込まれて酒が飲めなくなったり、メリアが危ない目に遭わないか心配でね。あんたたちは同じ釜の飯を食った仲だし、なおさら騙される危険があるでしょ」


 タバサの言うことはいちいち図星であり、ヒロシは言葉が出ずに押し黙ってしまった。


「とにかく忠告はしたからね。私の可愛い弟子にもしもの事が起こらないよう、十分気を付けなさいよ」


 タバサからの忠告を受けた後は三人で一緒に昼食を取り、豪快に飲み食いをした後にタバサは帰って行った。ヒロシは彼女の話を胸にしまっておくわけにもいかないと思い、その日の仕事を終えてメリアと共に帰宅すると、夕食時に同居する仲間たちに事情を話した。


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