第二十話 暗雲(3)
「――なるほど。タバサという方の推察は、おおよそ当たっていると見ていいでしょう」
最初にそう言ったのはヤクモだった。仲間内で一番知恵の回る彼がそういうからには、間違いはないのだろう。そう思うとヒロシはますます気が重くなった。
「私もダンについてはそれとなく情報を仕入れてはいましたが、やはりガラの良くない連中と一緒にいるのを目撃されています。発掘作業のために集められた人員と、ダンが声をかけて回った冒険者崩れの荒くれたち。彼らをまとめれば、それなりの戦力として計算できます。そこへ発掘した機械が加われば、騒ぎを起こすには十分。ですが――」
ヤクモは一区切り置いて、次の言葉を待つ仲間たちの顔をそれぞれ見てから続けた。
「百人程度を集めた所で、王都の兵とは数の上で大きな差があります。古代の機械を利用したとしても、いずれ制圧されるのは目に見えている。ダンもそれは分かっているでしょうし、今は迂闊に動くことは無いはずです。手勢を増やしているのは、次の段階へ進む下準備とも考えられます。ダンが事を起こす……その確たる証拠が無い状況では、我々は彼の行動を注視し、巻き込まれないようにするしかありませんね」
疑わしいとは思いつつも、今は様子を見るしかない。そんな魚の小骨が喉に刺さったような気持ちを抱きながら、さらに時間は過ぎて行った。そしてある日、ヒロシの家に冒険者ギルドからの手紙が届いた。
手紙には王都から西の森を越えた先にある鉱山の町が大規模な魔物の群れの襲撃を受けた為、急ぎ腕に覚えのある冒険者に討伐依頼を回しているという内容が書かれていた。この鉱山は王都の製鉄に欠かせない鉄鉱石の重要な産地であり、すでに兵士で編成された討伐部隊も向かっているという。手紙を読み終えた後、ある事が心に引っ掛かったヒロシは王都の鍛冶工房へと向かった。ヒロシが工房の扉を開けて中に足を踏み入れると、工房で働くドワーフたちの間には暗く重い空気が漂っており、意気消沈した様子で座り込んでいた。
「あのー、こんにちは。ヒロシですが、ギリウスに会いに来ました」
その声が工房に響くと、奥の方からバタバタと走る音が聞こえ、真っ白な髭が特徴的なドワーフのギリウスがヒロシの元へ駆け寄って来た。
「ヒロシ、来てくれたのか! ううっ……!」
「どうしたんです、そんなに慌てて」
「これが慌てずにいられるか! 鉱山が魔物に襲われたって話、おめえも聞いてるだろ!?」
「さっき冒険者ギルドから手紙が届いたんだ。それで気になってギリウスに会いに来たんだよ」
「だったら話は早えぇ! あの鉱山はな、俺たちドワーフの故郷みてえなモンなんだ。あそこにゃ俺の実家もあるし、ここで働いてる連中の女房子供だって大勢いるんだ。俺だって今すぐ駆け付けてえ所だが、ここを離れるわけにゃいかねえんだ。頼む、魔物退治に手を貸してくれ!」
「もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうだったんだな。それじゃ俺もこの依頼を受けることにするよ。友達の家族が困ってるなら、放っておけないよな」
「うう、すまねえ……代わりにウチに置いてる武器なら好きなのを持って行ってくれ」
ヒロシは一度自宅へ戻り、事情を説明した仲間を連れて工房へ戻って来た。そこで各々が装備を新調することになり、ヒナタは鋼鉄製の新しいかぎ爪と、ワイヤーが飛び出す機構付きの手甲を左手に装着してもらい、その感触を確かめている。ツキヨとウィルはそれぞれ剣や槍、弓、そして金属の鎧などを新しい物に替え、鉄の鏃が付いた矢をたっぷりと用意してもらった。メリアは魔法銀の装飾が施された杖を、ヤクモは分割、接続が可能な金属棒を武器として受け取り、最後にヒロシは小型のボウガンと、専用の矢となるボルトをギリウスから受け取った。
「こいつは新発明の小型軽量ボウガンってヤツだ。従来のはデカくて重くて扱いづれえの三拍子だったが、こいつは戦いに不慣れな人間でもすぐに使えるよう設計したんだ。射程は普通の弓よりは落ちるが、十分使い物になるはずだぜ」
試しにヒロシがボウガンに矢をセットして構え、藁で作った的を撃ってみると、矢はいとも簡単に命中した。
「す、すごい! 俺には願ってもない武器だよ、ありがとうギリウス」
「礼なら後でたっぷり聞いてやるよ。だから俺たちの故郷を頼んだぜ……!」
ギリウスたちの切実な願いを受け、準備を済ませたヒロシたちは鉱山の町へと向かうのだった。そして馬車を走らせ西の森を抜けた先で見たのは、暗雲のような黒い影が、町を覆い尽くしている光景だった。
「な、なんだアレ!?」
近付くほどにはっきりと見終えて来た暗雲の正体は、空を覆い尽くさんばかりの大量の鳥の魔物たちであった。魔物たちは町の上空を飛び回り、時々地上へ降りては飛び立つという行動を繰り返しており、やがて魔物は一人の男をくちばしに咥えて舞い上がり、はるか上空でくちばしを開く。男はそのまま落下して無残にも地面に叩き付けられ、そこに無数の魔物たちが群がって食い荒らし始めるという、悪夢のような光景が飛び込んできた。
「ひ、ひどい……」
メリアは思わず目を背け、絞り出すような声を漏らした。全員が同じ気持ちであったが、あまりの数の多さに感傷に浸る時間すら無かった。馬車を安全な場所へ避難させると、ヒロシたちは鉱山の町へと突っ込んでいく。町の中ではすでに到着していた兵士たちが展開して戦っていたが、弓の数が十分でないうえ頭上を支配する魔物たちには劣勢であった。
「敵の数が多すぎる! とにかく数を減らさないと始まらないぞ!」
ヒロシの言葉を合図に、仲間たちも戦闘態勢に入った。ヒロシは目の前に降りて来た鳥の魔物にボウガンを撃ち込むと、矢は胸元を貫き、一撃で絶命させた。
「すごいぞ、これなら俺も役に立てるかも……うわっと!?」
上空から襲いかかる鳥の魔物を地に伏せて間一髪かわすと、ヒロシは四つん這いのまま走って建物の陰に隠れる。メリアは開けた場所で杖を両手で垂直に構え、呪文を唱えていた。
「雷よ、悪しき者を貫け!」
杖の先端から強烈な電撃が生じ、稲妻が拡散して上空に広がっていく。枝分かれした無数の電撃に貫かれ、一度に十匹以上の魔物たちがボトボトと空から落ちて来た。
「へへっ、やっぱりこいつらには魔法のが相性いいニャ。だったらアタシはメリアを守っといてやるかニャ!」
ヒナタは目を見張るような瞬発力で一瞬にして建物の屋根へ飛び乗り、近付いて来た鳥の魔物をかぎ爪で次々に切り裂いていく。その光景に恐れをなした個体が翼を翻して逃げようとしたが、ヒナタは口元に笑みを浮かべて左腕を前方に突き出した。
「せっかくだし新兵器の試し撃ちしてやるニャ!」
右手で手甲を擦るようにしてトリガーを引いた瞬間、手甲に装着されたワイヤーが勢いよく発射された。ワイヤーの先端には返しの付いた金属製の杭が付いており、それが魔物の背中に刺さると同時に、ヒナタはもう一度手甲のトリガーに触れる。するとワイヤーは勢いよく巻き取る動作を始め、魔物より軽いヒナタの身体が引き寄せられていく。ヒナタはその勢いに逆らわず、屋根を蹴って宙に飛び、ワイヤーを伝うようにして鳥の魔物の背中に飛び乗った。
「これで終わりッ!」
首の付け根をかぎ爪で突き刺してトドメを刺すと、ヒナタは突き刺さった杭からワイヤーを外し、落下する魔物の身体を両足で蹴りながら近くの屋根へ着地する。ワイヤーの先に新しい杭を装着してセットし直すと、ヒナタは目を丸くしてフンスと鼻息を吐く。
「コレ使えるニャ! こんなおもしれー武器があるなんて、世の中まだまだ広いニャ」
ヒナタはメリアに近付く魔物を警戒し、素早く屋根から屋根へ飛び回っていた。一方、ウィルは半人半馬の姿に変身し、地面を駆けながら弓をつがえ、次々に矢を放っていた。矢はほとんどが命中していたが、敵の数が多すぎてだんだんと手が回らなくなり始めていた。
「あわわわ、これじゃすぐに矢が無くなっちゃうぞ、どうしたら……!」
前方の魔物に矢を命中させて呟くウィルだったが、その一瞬の隙を狙って背後から鳥の魔物の鋭いかぎ爪が襲いかかった。
「しまっ……!?」
槍に持ち替える暇もなく切り裂かれそうになった瞬間、鳥の魔物の両足は胴体から離れ、力なく落下していく。ふと気づけば、彼の背中に剣を抜いたツキヨが乗っていた。
「油断するにはまだ早い。気を抜いたらやられるぞ」
「は、はいっ! すみません助かりましたツキヨさん!」
「攻撃と同時に敵の攻撃に備えろ。戦いの鉄則だ」
「はいっ!」
ウィルは頭を振って気合いを入れ直し、武器を槍に持ち替えて街の中を駆け続ける。
「動き続けていれば、そう簡単にやられないはずだ……!」
途中でツキヨはウィルの背中から高く跳躍し、上昇中に剣で一匹、落下しながら弓で二匹を射落とすという神業のような攻撃をやってのけた。それを見て奮起したウィルも一気に跳躍し、正面に迫った鳥の魔物を矛先で刺し貫く。
「まだまだ! 俺はもっと強くなるんだ!」
気合い一閃、ウィルは槍を振り回して魔物の群れに向かっていく。その頃、ヤクモは連結した棒を両手で構え、近付く魔物を無駄のない動作で叩き落していく。重量はさほどでもないが、正しい動作の乗ったその一撃の威力は十分で、鳥の魔物の骨を砕くには十分であった。
「ふむ、これは便利だ。軽さと丈夫さ、しなやかさも申し分ない。私も多少は戦力として働けるか……」
とはいえ、戦いが専門でないヤクモが戦い続けるのは無理がある。彼の近くではゴーレムが壁になるように立ち、上空を見上げて両目を光らせていた。
「むっ」
ほどなくして敵の位置を把握したゴーレムは両腕を交差するポーズを取る。すると全身の装甲が開き、内側から出現した無数の小型ミサイルが上空めがけて一斉に発射された。小型ミサイルは密集していた鳥の魔物たちに次々と命中して爆発し、バラバラに飛び散った黒い羽根と肉片が雨のように降り注ぐ。それでもなお、数と勢いが減らない鳥の魔物たちを見上げるゴーレムだが、そのセンサーに反応する信号を感じ、ゴーレムはその方向に顔を向けた。ゴーレムの光る両目には、町の入り口、森の方面から次々に姿を現す古代の兵器たちと、それに乗って腕組みをするダンの姿が映っていた。
第二十話 暗雲 おわり




