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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第三章 北の辺境
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第十九話 キャラバン(3)


 ちょっとしたハプニングもありつつ、やがて日は暮れ大草原に夜が訪れた。昼間は少し肌寒い程度の気温が、夜になるとたちまち凍り付くほどに低下し、防寒着を着込んでいても危険な程になる。そのため大列車では夜間の外出は禁止され、暖房の効いた社内で過ごすのが決まりだった。


 昼間の出来事もあってなかなか落ち着かない気分のメリアは、天井までガラス張りのバルコニーに足を運んでいた。頭上に広がる夜空はまさに満天の星空であり、びっしりと敷き詰められた無数の星々が天の川となり、天を貫いて静かに輝いていた。メリアは深呼吸をし、星の輝きに秘められた神秘を感じようと意識を集中する。やがて彼女の自我は霧のように形を失い、遥かな星々の間を流れるように進んでいく。


 それからどれくらいの距離を進んだか、遥か眼前にふたつの温かい光が見えた。その光は輪郭を捉えることは出来なかったが、ひどく懐かしく、その存在を感じるだけで郷愁の思いが満ち溢れてくる。メリアはその光に手を伸ばそうとしたが、形を失った身体ではどうやってもそれは叶わない。それがとても悲しくて、思わず瞳から雫がこぼれ落ちたその瞬間、彼女の意識は一瞬にして現実へと引き戻された。


「――メリア、メリア。大丈夫かい? こんな所でボーっとしてると風邪ひいちまうよ」


 メリアに呼びかけていたのはカーラだった。昼間とは違う部屋着姿ではあるが、相変わらず凛とした佇まいは変わっていない。その傍らにはヒナタとツキヨの姿もあり、彼女たちはなかなか部屋に戻らないメリアを心配して様子を見に来てくれたのだという。


「すみません、つい考え事をしていました。もう大丈夫です」

「ならいいんだけどね。あんた時々、思いつめたような顔をする時があるからって、お仲間の二人も心配してたんだよ」


 ヒナタやツキヨは日頃からあまり踏み込んだことを聞いてこないが、それも彼女たちなりに気を遣ってくれていたのだと、メリアは申し訳なさと嬉しさが入り混じったような感情を覚えていた。次になにを喋ればいいか考えていると、カーラもガラス張りの天井を見上げ、目を細めて笑った。


「大草原の夜空は綺麗だろ? 私たちの言い伝えではね、あの星のひとつひとつは、死者の魂が天に昇って輝いているって言われてるんだ。だから家族に先に死なれた者は、夜空に向かってそれを探すんだ、ってね」

「死者の魂、ですか……」

「ああ。でも、ダンはこの話が嫌いでね。星空を見るといつもこういうのさ。星が多すぎて誰が誰だか分かりゃしねえ。向こうからだって、目印でもなければこっちを見つけられないだろうが、ってさ。笑っちゃうだろ?」

「いえ、そんなことは……」

「でもね、私はその言葉が好きだった。まだ小娘だった頃にあいつと知り合って、一緒に馬に乗って、あちこち冒険したり無茶もやったもんさ。そしていつかは二人で名を上げて、私たちの名前を世の中に轟かせてやろうってね。懐かしい話さ」


 楽しそうに語るカーラに、傍らで聞いていたヒナタが尋ねる。


「おめーらずいぶん仲が良いとは思ってたけど、やっぱりそういう関係だったのニャ。それがどうして今は離れてんのニャ? 何年も会ってなかったとか言ってたけど」


 その問いかけに、カーラは寂しげな表情で呟く。


「十年前、先代の族長だった父が病で倒れてね。私は急に父の跡を継ぐことになっちまった。あの頃の私は大草原から出たことが無かったし、ダンと一緒に遠くへ逃げ出すことも考えなかったわけじゃない。でも出来なかった……自分のわがままで、みんなを放り出すわけにはいかなかったんだ」


 一族の長として責任を果たす道を選んだ彼女に、誰も異を挟む余地は無い。だが道理としては正しくとも、心情はまた別の話である。


「あれからずっと、私は長としての務めを果たしてきた。そのことに後悔は無いし、今は一族をまとめる者としての誇りもある。だけど……ダンは今もずっと、あの頃の夢を追い続けてる。久しぶりに再会してみて、それがはっきりと分かったんだ」


 どういうわけか悲しそうなカーラの態度に、今度はツキヨが問いかける。


「確かに彼は野心的な所があるようだが、私が知る限りは筋を通す人物だ。なにか問題でも?」

「あんたたちはダンとの付き合いが短いからね。あいつは昔からお調子者だったし、手柄やチャンスのためなら、どんな無茶でも平気でやる。それがいつか、大きな不幸を招きそうでね……ずっと心配してるんだよ」


 泣きそうにも見える笑顔を作るカーラに、メリアは彼女の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「好きだったんですね、彼のことが」

「……愛してるよ、今でも。だけど私はあいつの傍にいてやれなかった。だから……もしダンが道を踏み外すようなことがあれば、その時は……あいつを止めてやってくれないか」


 バルコニーの天井を見上げるカーラの頬に、一筋の雫が滑り落ちた。しばらくの沈黙が続いた後、カーラは何事も無かったかのように、いつも通りの芯の据わった調子に戻って言った。


「ああ、ごめんごめん。つまんない話をしちまったね。風邪をひいちゃいけないし、はやく部屋に戻って寝るんだよ」


 カーラはメリアの肩に手を置き、そのまま一人で自分の寝室へと戻っていく。その姿を見送った後、ツキヨが言った。


「では我々も部屋に戻るとしよう。カーラの言う通りここは冷える」


 寒いのが苦手なヒナタは一足先に戻ってしまったが、メリアはゆっくりと首を振る。


「もう少しだけ……残ってもいいですか? すぐに戻りますから」

「分かった。あまり遅くならないように」


 そう伝えたツキヨが部屋に帰っていくのを見届けると、メリアは再びじっと頭上の星空を見上げ、呟いた。


「お父さん、お母さん……」


 カーラによれば、星々は死者の魂が天に上り輝いており、家族に死なれた者は星空にそれを探すのだという。もしあの中に自分の両親がいるのだとしたら、ひと目だけでも会いたいとメリアは願った。


 ――カツン。


 その時、床を踏む足音が響いた。メリアが素早くその方向を見ると、暗がりから姿を見せたのはヒロシだった。


「ああ、ごめんメリア。邪魔しちゃったかな」

「どうしたんですかヒロシ様、こんな時間に」

「そりゃこっちの台詞だよ。たまたまトイレで部屋の外に出たら、ヒナタとツキヨに出会ってさ。メリアがまだバルコニーにいるから、後で声をかけとけって言われて」

「そうだったんですか。すみません、気を遣わせてしまって。もう戻りますから」


 ヒロシはなぜか視線を泳がせて落ち着きなくしていたが、やがて意を決したようにビシッと直立姿勢になり、そして腰を九十度の角度に曲げて頭を下げた。


「ごめんメリア、昼間はその……覗くつもりじゃなかったんだけど、勢い余ったというか。嫌な気分にさせてごめん!」


 あまりにも真剣なヒロシの様子にメリアは面食らってしまったが、なぜか急に笑いがこみあげて止まらなくなってしまった。


「ふふっ……あの、大丈夫ですよ。確かにあの時は驚きましたけど、もう怒ったりしてませんから。だから顔を上げてください」


 上目遣いでメリアの様子をちらりと見てから、ヒロシはため息混じりに上半身を起こす。その顔にはまだうっすらと、ヒナタの爪で引っ掻かれたミミズ腫れの痕が残っている。


「くすくす、ヒナタ様にそう言えって言われたんですね?」

「ぎくっ」


 図星を突かれてヒロシはまたしても嫌な汗をかいたが、メリアはもう本当にへそを曲げたりはしていない様子だった。


「いやあの、ただ言われたから謝ったわけではなく……俺もメリアには悲しい顔とかさせたくないから、その……」


 上手く言葉に出来ずどもってしまうヒロシだったが、メリアにはそれで十分だった。


「ヒロシ様。私、実はまだ話してないことがあって……それを今、お伝えしようと思います。聞いてくれますか?」


 急な申し出に驚いたヒロシだったが、彼女の様子から察するに重要な話のようである。ヒロシはしっかりと彼女の目を見て頷いた。


「私の両親がすでに亡くなっているという話はしたと思います。でも、これは正しくないんです」

「正しくない?」

「はい。正確には……私の父と母は、何者かに殺されました。犯人がどこの誰かも、どんな理由があったのかも分かりません。私が森へ山菜摘みに出かけた、ほんの一時間足らずの間の出来事でした」

「こ、殺された……!?」

「私が家に帰ると、血だまりの中で両親が倒れていました。二人とも首に刺し傷があって、後から来て私を保護してくれた兵隊さんの話では、どちらも油断した所を一突きだったそうです。あの日からずっと、私は時が来るのを待ち続けていたんです」

「ま、まさか……メリアが魔法を必死で覚えたりしてたのは……!?」

「はい。いつか自分の手で犯人を見つけ出すためです。両親は他人から恨みを買うような人じゃありませんでした。それがどうして殺されなければならなかったのか、その理由を知りたいんです」

「そ、そうか……そうだったのか……」


 そんな深刻な理由があるとは知らず、能天気に彼女へ接していた自分が急に恥ずかしくなり、ヒロシはそれ以上の言葉が出なかった。


「まだ犯人の手がかりは掴めていません。でも、こうして旅や冒険を続けていれば、いつか辿り着くはずだと信じています。今まで黙っていたこと、申し訳ありませんでした」

「い、いや、謝るのはこっちの方だよ。そんな事情があるのも知らずに俺は……」

「いいんです。ヒロシ様はそのままでいてください。私はもう十分すぎるくらいに良くしてもらっていますから」


 そう言ってメリアは微笑んで見せる。だがヒロシは感情と思考が上手くまとまらない不快感に歯を食いしばり、頭を抱えて懊悩した後、急にメリアの手を両手で握って言った。


「お、俺にも手伝わせてくれないかな。一人で両親の仇を探すよりは、その方がいいはずだし」

「でも、これは私の個人的な事情で……いいんですか?」

「当たり前じゃないか。メリアの両親の仇は、俺にとっても仇だよ。そんな悪党、絶対に許せるもんか!」


 それは勢いで口に出た言葉だったかも知れないが、同時に紛れもないヒロシの本心でもあった。そのことが分かっていたから、メリアも手に伝わる温かさが嬉しくて仕方がなかった。


「ありがとうございます、ヒロシ様。私、本当に……」


 彼女は言葉を詰まらせ、それ以上はなにも言わなかった。だがヒロシもメリアも、ここでようやくお互いの距離が本当の意味で近付いたような、そんな気持ちを感じていた。もうしばらくそうしていたい所だったが、いよいよ本格的に冷えてきたこともあり、二人はそれぞれの部屋に戻っていった。


 やがて夜が明け、また日が暮れて夜が明ける。その間も大列車は草原を進み続け、目的地へ向かい進み続けていく。メリアの両親のことや魔王軍の動きなど、ヒロシたちには気になることが数多くあったが、やがてカーラが語った心配事が最悪の形で実現してしまうことを、この時は知る由もなかった。



第十九話 キャラバン  おわり

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