第十九話 キャラバン(2)
草原の大列車に乗車して数日が過ぎた。その日はちょっとした催しをするということで、大列車は草原の真ん中で停車し、乗員たちも列車の外に出て地面に穴を掘ったり、テントや簡単な建物を慣れた手つきで作り始めていた。
「なにが始まるんです?」
賑やかなその様子をヒロシが尋ねると、カーラは長い黒髪を風になびかせながら笑う。
「露天風呂さ。ずーっと列車で生活してると気が滅入っちまう連中も多いからね。だから時々こうやって、表で羽根を伸ばせるようにしてるんだよ」
「露天風呂か、そりゃいいなあ」
久しぶりに大きな湯船に浸かれるというのは単純に嬉しかったが、ヒロシはすぐに別のことが気になり始めた。地面に浅く広い穴を掘っているのが露天風呂の設置場所だといのは分かるが、問題はどうやって湯を張るかである。単純に土を掘った穴に湯を流し込んだ所で、それはただの泥水になってしまうし、水も乾燥した土に吸われてすぐに消えてしまう。石やレンガを敷き詰めるのは現実世界でも普通に見た作り方だが、それもコンクリートを流し込んで隙間を埋めるなどする必要があり、仮にコンクリートを使う場合は硬化するまでに一日から数日が必要で、使い終わった後の処分も一苦労である。まさか作りっぱなしで放置するはずもないと思ったが、他にどんな方法があるのかヒロシには思い付かなかった。
「となれば、実際に作ってるところを見せてもらうしかないな!」
好奇心に駆られ、ヒロシは露天風呂を掘っている作業員の近くでじっと様子を眺めていた。すると必要な広さの穴を人力で掘った後、彼らは茶色っぽいブロックを持ってきて、それを穴の底や壁面となる部分に並べ始めた。大きさや見た目はレンガによく似ているが、力を加えると粘土のようにぐにゃりと変形する素材であった。それを穴の全面に敷き詰め終えた後、現場のリーダーが先端に鉱石のようなものが付いたステッキを取り出し、その先端をコツンとブロックに当てた。するとブロック全体に青い光の筋が伝播し広がってゆき、次の瞬間にはブロックとブロックの間が継ぎ目も無く繋がり、大きな湯船の形となった。目の前で起きたことが信じられず、ヒロシは一体となった湯船に触れてみるが、それは陶器のように硬質でありながら、滑らかで隙間のない手触りである。
「す、すごい! 今使ってたのはなんなんですか!?」
ヒロシはステッキを持つ作業リーダーの男に近付き、目の前で起きたことについて尋ねた。
「ああ、あんたも見るのは初めてかい。このブロックは古代の遺跡で見つかったもんでね、特別な刺激を与えると一瞬で性質が変わるんだよ。大昔の文明人は、こういう道具を使って便利に生活してたらしい。もっとも、俺たちに出来るのはブロックをくっつけるか、元に戻すかくらいなんだがね」
それだけでも大変な特性だとヒロシは思ったが、これを手に入れられれば自宅をもっと快適に出来るだろうな、などと考えてしまう。
「あのー、この粘土みたいなのって、少し分けてもらえたりしますか? ダメ?」
「はっはっは、なかなか目の付け所がいいな兄ちゃん。こいつは山ほど在庫があるから、後で好きなだけ持っていきな。ああ、切替用のステッキも忘れなさんなよ。アレが無きゃただの粘土と変わらないからな」
「やった! ありがとうございます!」
思わぬ収穫があった事に小躍りしそうなヒロシだったが、そうしているうちに二つの大きな湯船が完成し、その間には男女を分ける仕切りも設置された。後は湯を張るばかりだが、どうするのだろうと思って見ていると、大列車の機関部に走る大きなパイプに繋がったホースを湯船の中へ引き込み、機関部のバルブを開くと一気にお湯が流れ出て来た。大きなパイプはエンジンの熱を利用して温水を作る装置らしく、エネルギーを有効に利用した仕組みだった。それから一時間ほど経って湯が適温になると、いよいよ温泉に入れる時間がやって来た。ヒロシとウィル、ダンとヤクモは一糸纏わぬ姿で湯船に浸かり、そして全員同時にこう言った。
「「「「っか~!」」」」
魔王軍の脅威など嘘としか思えないような青空を眺めながら熱い湯に浸かっていると、今までの冒険の疲れが溶けていくようである。しばらくそんな風に露天風呂を満喫したところで、ダンがヒロシに向かって言った。
「しかしまあ、ヒロシは不思議な男だな。最低限の筋肉は付いてるみてえだが、やっぱり戦いに向いてるような身体つきじゃねえ。それが魔王軍とやり合ってここまで生き延びて来られるとはな……本当にお前、なんの能力も無い転生者なのか?」
遠慮のないダンの言葉に、ヒロシもむすっとした表情で返す。
「能力ってのがあれば、こんなに苦労してないよ。それに……盗賊団の砦でも色々と思い知ったよ。俺は覚悟も技術も、まだ全然足りてないんだなって」
「……なんだ、まだ気にしてたのか。最初は誰でも通る道だ、気にすんなよ。それに相手が悪党で良かったじゃねえか。場合によっちゃ、恨みも無い相手をやらなきゃならねえ場面もあるんだぜ」
「そうだとしたら、俺はちゃんと動けるかな。俺はやっぱり素人だし、自信が無いんだ」
深刻な顔つきをしてうつむくヒロシにうんざりとした表情をしたダンは、両手で湯を掬ってヒロシの顔面にぶっかけた。
「ぶわっ!?」
「せっかくの露天風呂で辛気くせえツラするんじゃねえよ。いいかヒロシ、戦いで一番大事なのは能力だの技術だのじゃねえ。やると決めたら躊躇わない心構えだ。たった一瞬の迷いが自分の命も、仲間や無関係の人間の命も奪う事だってある。お前、自分の迷いで嬢ちゃんたちにもしもの事があったら、耐えられるのか?」
「い、いやだ……」
「だよな。そいつさえ理解できてりゃ、誰だって一端の戦士だ。たとえ非力でも、それなりの戦い方ってもんがあるからな」
「……」
ダンは黙り込んだヒロシの横に近付くと、腕を伸ばし肩を組む。
「ところで大将、お前は誰が好みなんだ?」
「は?」
「だから、三人の中で誰が好みかって聞いてんだよ。やっぱりよく一緒にいるメリアか?」
「なっ、なな、なにを急に……!?」
「急にもなにも、男と女が一緒にいたら普通はそういう考えに至るだろーが。こう言っちゃなんだが、あの三人は場所が場所ならみんな上玉と呼ばれるくらいの粒ぞろいなんだぜ、このスケベ。どこであんないい女ども捕まえて来たんだ」
「いやそれは俺の責任では……」
「ほれほれ、吐いちまいな。おっとウィル、お前の好みも聞いておこうか? ヒナタやツキヨは性格に癖があるけどよ、二人とも顔とおっぱいは大したもんだしなあ」
急に話を振られ、話を聞いていたウィルは変な声を出す。
「ひゃいっ!? いやあの、俺はそういう破廉恥なのはちょっと……!」
「おいおい、ここは男同士、裸の付き合いの場だろーが。互いの親睦を深めるためにも、包み隠さず答えるトコだろーがよー。やっぱりヒナタか、ああいうグイグイ来るのがタイプか?」
ダンがニヤニヤと笑いながら言うと、緊張が頂点に達してしまったウィルは思わず立ち上がって叫ぶ。
「い、いけませんよ、女性をそんな風に言うのはッ! 俺はただ純粋に、ヒナタさんの強さを尊敬していて――!」
拳を握り締めて力説するウィルだったが、ダンとヒロシの視線は正面の一点に集中し、二人同時にこう叫んだ。
「「とってもウマナミ!?」」
男たちが頭の悪い会話で騒いでいる一方、仕切りを隔てた反対側ではメリアとヒナタ、ツキヨの三人と、カーラも交えた四人が露天風呂の湯に浸かっていた。
「はあ、いいお湯……こんな大きなお風呂に入れるなんて、思ってませんでした」
心地よさそうに呟くメリアに笑顔を向け、カーラも空を仰いで微笑む。
「ふふ、気に入ってくれて良かったよ。時にはこうやって、身も心も洗い清める時間を作らないとね」
普段は露出の少ない服を身に付けているため分かりにくいが、カーラの胸は豊満であり、湯船に浮かんでいる。
「あ”ー、確かにいい気持だニャ。ここで酒の一杯でもあれば最高だったんだけどニャー」
風呂の縁に両手を広げてもたれかかったまま、ヒナタも相槌を打つ。その豊満な胸もまた、湯船に浮かんでいる。
「前から思っていたんだが、時々発言がオジサンぽいぞヒナタ。もう少し年頃の娘らしい発言をしたらどうだ」
もはやいつものことだと割り切りながら、ツキヨはだらけたヒナタに一言を付け加える。彼女の胸もまた豊満であり、やっぱり湯船に浮かんでいた。
「ツキヨこそ普段から真面目のカタブツすぎるんニャ。もーちょいキャピキャピして女の子らしくしないと、嫁の貰い手が見つからんニャよ」
「大きなお世話だ。そんな馬鹿みたいなこと、できるわけないだろう」
「あー、その発言は敵を増やすから気を付けた方がいいニャ!」
なんだかんだと楽しそうな二人を横目に、メリアとカーラも話し込んでいた。
「――そう、あんたも色々と苦労したんだね。でも、今は我慢してきた甲斐があったと思ってるんだろ?」
「はい、とても。みんな良い人たちばかりで、頼りになります」
「人の巡り合わせだけは、どんなにお金を積んでも買えやしないからね。身近な人こそ大事にするんだよ」
「はい」
カーラは穏やかな表情をメリアに向け、メリアも彼女の気遣いを嬉しく思っていた。やがてカーラはメリアにそっと顔を近付け囁く。
「で、カレシとはどこまで行ってんの?」
「……はい?」
「隠さなくていいから。あんた奥手そうだし、なんなら色々とアドバイスしてあげようか?」
「えっ、いやあの、なんの話を……?」
「男なんて単純でバカだからさー、こう腕を組んでぐいぐい押し付けたりすると、コロッといっちまうもんだよ」
カーラが両手で自分の胸を強調するポーズをすると、メリアの顔は茹でたように真っ赤になっていく。
「きゃーっ!? な、なにを言い出すんですか急に!?」
メリアの慌てぶりに気付いたヒナタとツキヨも二人に近付き、露骨に耳を向けて目を見開いている。
「んんー? なんか今、面白そうな話が聞こえたニャ。押し付けるとかナントカ」
「さしずめヒロシどのを誘惑する算段というところか。彼は女性の胸が好きなようだし、押し付けるのは確かに効果的だろう」
悪い顔のヒナタと真顔のツキヨも、便乗してメリアにずいっと詰め寄ってくる。
「あわわわ、二人までそんな……!? そういうのを面白がるのは、よ、良くないと思いますっ!」
精一杯の抵抗として声を上げるメリアだが、年上三人に囲まれて逃げ場はなかった。が、その時――
「おーいメリア、大丈夫か!? そっちでなにかあったのか!?」
仕切りの向こうからヒロシの声が聞こえ、メリアは思わずその方へ逃げ出してしまう。
「ええと、なにかあったというかなにも無いんですけど、色々と大変なんですぅぅぅっ!」
自分でもなにを言っているのか分からないメリアだったが、とりあえず必死に助けを求めてみる。すると仕切りの向こうが段々と騒がしくなってきた。
「おいっ、押すなヒロシ! そんなに体重かけたら仕切りが……!」
「どいてくれダン! 覗き穴なんか探してる場合じゃないんだッ! うおーっ、今行くぞメリアッ!」
「あっ馬鹿野郎、そんなに押したら――!?」
その瞬間、ベキッという乾いた音と共に仕切りの板がへし折れ、向こうからダンとヒロシが女湯の側に倒れ込んで来た。それからしばらくの沈黙を挟み、メリアの絶叫が周囲に響き渡るのだった。
「いやーーーーーっ!?」
メリアは電光石火の素早さで湯舟にしゃがみ込み、一目散に反対側まで逃げて行く。
「痛てて、顔を打った……」
「だ、だから押すなって言ったのによ……ハッ!?」
我に返ったヒロシとダンが顔を上げると、腕を組んで胸元を隠すついでに仁王立ちしたヒナタとカーラが、サディスティックな笑みを浮かべて二人を見下ろし、ついでにその後ろでツキヨは感情の消えたしょっぱい表情をしていた。
「男がスケベなのは理解してるニャ。けど、これは一般的に犯罪っていうんニャよオメーら」
「はあ、男ってのはいくつになっても男なんだねぇ。まさかこの歳になってもこんなイタズラするとは思わなかったよ、ダン」
二人とも顔は笑っているが、目は笑っていない。突き刺すような冷たい視線と殺気に包まれながら、馬鹿二人の絶叫が青空の下に響き渡るのだった。




